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婚約破棄の破棄?
しおりを挟む「いえ、殿下。お気になさらないでくださいませ」
私は驚きと慌てる気持ちを繕いつつ、立ち上がりました。
「ごめんよぉぉぉ」
殿下は汗をかかれながら、私の近くまでやって来られました。急がれたのでしょうね、そのお気持ちだけで――。
「……待たせた挙句に嘘は如何なものでしょうか。私から述べさせていただきます」
いつもの綺麗な笑顔ですが、その、シルヴァン殿? ほんの少しだけ、眉間に皺が寄ってませんこと?
「殿下は三年の教室にて自席に座っておられました。しきりに『緊張するよぉ』、『心臓に悪いよぉ』、『脂汗が止まらないよぉ』と一心に呟かれてました」
「さようでございましたか……殿下?」
私もまたそうなのでしょう。貼りつけたような笑顔を殿下に向けているのですから。ひっ、と殿下は声を上げてますわ。怖ろしかったかしら。
「……てへ?」
あら……殿下もまた舌をぺろりと出して笑ってますわね。いいえ、殿下? 私と同様にまだまだでしてよ。シルヴァン殿の鉄の笑顔に比べたら。
「エミリアン様? いい加減お伝えしては?」
「くっ……でも、確かにそうだな。待たせるわけにもいかない」
殿下のこの嫌々といったご様子、喜ばしい話ではないのでしょう。私は緊張しながらも彼の言葉を待つことにしました。
「あー……とにかく座ってくれ」
「はい」
またシルヴァン殿に椅子を引いてもらい、私たちは着席をしました。
「……」
殿下は両手をテーブルの上に置き、言い淀んでおられます。ええ、お待ちしますわ。
「……アリアンヌ? 俺はな、一夫多妻は望まない。一人の女性を生涯大事にする」
「よろしいのですの?」
殿下の突然のお言葉。私は確認をとってしまいました。私個人としては、素敵! といいたいところですが、色々とありますものね。
それにしてもですわ。一夫多妻を選択しないとは。女性愛に溢れるこの方にとって、もってこいでしたでしょうに。それに何より、お世継ぎのこともありますから。
「ああ、いいさ。いいに決まっている……! そういうことだからな、アリアンヌ!」
「ええ、そうですのね。殿下の御心、理解いたしましたわ」
私に対して所信表明でもしたかったのでしょうか。殿下がそうお思いでしたら、私も反することもありませんわ。
「あとは……そうだな。君が他の男と仲良くしてようと、不問にする。まあ、そこはバレないようにやってくれればよい」
「え……」
「コロシアムだっていくらでも付き合う。ダンジョンもそうだ、危険が及ばない範囲なら良い。君が好みそうな料理もたくさん用意しよう。ドレスも宝飾品も存分に用意する。君に何一つ不自由のない暮らし、それを約束しよう!」
「……」
殿下は一方的に話しています。私は今は聞くしかありません。ですが、殿下? あなたはどこか――。
「……子に限っては、自由にとはいかないかもしれないが。だが、こちらは出来る限り待つ。アリアンヌの心の準備が整うまでは……待つ」
殿下はこんなにも辛そうに話されている。あなたは何を仰ろうとしているのでしょう。
「殿下……私に向けてのお話ですの? そちらの内容では」
殿下が話し終えられたと判断し、私は尋ねてみました。私は婚約破棄された身でしょう? とても私に関連するものとは思えなかったのですが、名指しまでされてしまっては。
「……そうだ。アリアンヌに言っている」
殿下の強い眼差しは、この時ばかりは偽りとは思えないもので。彼はそのまま。
「……ええい、ままよ! アリアンヌ! 俺との婚約破棄の破棄を願いたい!」
覚悟を決め、私に願い出たのです……!
「……殿下?」
私はついていけませんでした。頭も、この状況そのものにも。
「っと、逆婚約破棄だったか。逆婚約破棄を撤回してもらえないか!」
テーブルに額をこすりつけながら、殿下は私に懇願しています。
「……殿下、よろしいでしょうか」
私は大分冷静になってきましたので、今一度確認してみることにしました。
「殿下は私の境遇を慮ってのことだと存じます。ですが、私のことは気遣い無用です。破棄されたのも至らなかったと思ってますから。ええ、今となってはですわ」
気がかりは家のことですが……。
「……そう、家同士のことだ」
「!」
驚いた。私の考えが読まれてしまったのかしら。杞憂でしょうか。お顔を上げた殿下と視線が重なり、彼は告げてきたのです。
「我が父がそう願っているのだ。今一度、公爵家の息女と婚姻関係を成せと」
「……!」
現国王ときましたわね。そういうことですの……逆らえませんわね、お互いに。
「君が望まないのも承知だ――『今だけ』でいいんだ」
「え……」
なんでしょう。いやに頭に響くお言葉。あまりにも異質な感じがしたのです。当の殿下はいつものお姿だというのに……この違和感はなんなのでしょうか。
「君の卒業までという期間もある。その間に対策は講じておく――どこかの国の王女を立てたっていい」
「……!」
最初の頃の『あの時』のように? 他国の王族という、私より良縁であるとした上で。
ああ、殿下。あなたにはやはり望ましくない婚姻関係なのでしょうか。父君の命令であろうと、あなたはというと。
――なんだかんで必死になって退避しようとしている。
「……殿下。殿下のお考えは伝わりました。どのみち、私のことにまで気を配ってくださるのですね」
その一方で、私のことも考えてくださると。思いのままにいられる立場ながらも、私のことを尊重してくださっているようですもの。
「いや……」
殿下はただ、バツが悪そうにしておられます。負い目があるともいえましょうか。
「……ええ、そうですわね。『今だけ』」
殿下は御存知ないのでしょうね。この気まずい再婚約も――巻き戻って無くなってしまうのだと。殿下と私では意味合いが違ってくるのでしょう。
「謹んでお受けいたします。光栄であると存じますわ」
思うところは沢山あるけれど、私は蓋をすることにしました。
「……すまない、アリアンヌ」
それは殿下もそうなのでしょう。色々思うところがあるのは、お互い様。
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