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抱きしめたい婚約者。
しおりを挟む私は今、王城に招かれています。今日もまた美しさと栄華を誇りし、アルブルモンド城ですわね。
いつもなら本日がダンジョンに向かう日でありましたが、お呼出しされたとなってはでした。
「……」
こちらとしても利がありますもの。殿下からお話があること、ええ、気になることが多々ありましてよ。
「――じきに主が参られます。しばしの間、お待ちくださいませ」
「……」
応接間に通された私に付き添ってくださるのは――シルヴァン殿。長めの前髪を上げられた、きちんとした身なりの側近たる彼。短くなった髪も、腕まくりをしたシャツの姿ではなく――あの港町で共に過ごした彼ではなくて。
「……アリアンヌ様? 何か気になる点がおありでしょうか?」
アリアンヌ様。そうですわね――私はもう『アリィ』ではありませんもの。そう……過ぎ去ってしまったのですから。これもまた、私が選択したものであるのだと。
――さて、不躾に見てしまいましたわね。フォローしませんと。
「……いいえ? 失礼しましたわ、緊張していただけですの」
私はこれでもかと微笑みました。淑女でいられて?
「さようでございますか。では、僭越ながらではございます。私めに話相手を務めさせていただけませんか?」
「ま、お願いできますの?」
王太子の側近と婚約者――これが私たちの関係ですもの。そつのないシルヴァン殿と共に、殿下をお待ちすることになりました。
「――呼び出しておいてすまない! 待たせたな」
「いえ、お気になさらないでくださいませ。貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございます」
「そうか?」
「ええ」
しばらくして殿下が来られました。かっちりとした正装姿、公務を執り行われていたのでしょう。
殿下もそうですわね。彼も彷徨っていた姿とは別人ともいえました。もっとも、こちらの方が見慣れた姿ではありますわ。
「……」
そう、今までになかったパターンですもの。彼がしてくる話、こちらも心しておりませんと。
「といってもな、抜けてきただけだから。そこまで時間をとれないんだ。すまんっ」
殿下は両手を合わせて謝ってこられました。
「いえいえ、そのようなことは……多忙なお時間を割いてまでですもの。こちらが申し訳ないくらいですわ」
「ああ、アリアンヌぅ……」
殿下、またしても。私に抱きつこうとしていますわ。じりじりと彼は近づいてくるではありませんの。こっそりとシルヴァン殿を確認しますが、彼は優雅に笑んだまま。ええ、婚約者同士が睦まじいだけですものね。
……避けるか、受け入れるべきか。ええ、私は殿下の婚約者ですもの……私は。
「アーりアンヌっ」
「……」
私は今、殿下に抱きしめられています。ご機嫌に私の名も呼んでおいでですわ。ええ、慣れないものですわね……硬直したままでしてよ。
「はあ……やっとだぁ。こうして抱きしめるの、初めてだからなぁ……」
「……」
殿下はしみじみとしておられますが、依然私は固まったままでございます……! こう、緊張感が消えてくれないというか。極度の緊張状態と申しましょうか……!
「――殿下。お話がおありでしたのでは? お時間も限られているかと存じます」
ああ、シルヴァン殿! 助け船ですのね……ええ、ここいらで――。
「私は外で控えさせていただきますので、どうぞお二方でごゆるりとお過ごしくださいませ」
おっふ、シルヴァン殿? 結局二人きりのままではありませんの!
「……殿下、ごめんなさいまし。私、緊張しておりますの。ほら、手に汗も握ってましてよ? 殿下のお洋服を汚しかねませんわ」
自分でも悲しい理由ではありますが、事実は事実。現状では話もままならないですもの。
「あ、ほんとだ。手汗びっしょりなんだなぁ」
「ほほほ、ええ、そうですわね?」
殿下は抱きしめるのをやめたと思ったら、今度は私の手をとっているではありませんか……! このようなご指摘まで……私が言い出したことではありますわね。
「――構わんぞ。服が汚れるくらいなんだ。俺は君の全てを包み込みたいんだ」
「殿下……?」
またしても私は抱きしめられていました。私の発言を受けてからか、より強く。御自身は厭わないと言わんばかりに――。
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