願いが叶う話

よしゆき

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前編

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野上のがみ、このチョコ凛音りおんくんに渡して」
「…………」

 当然のように突き出してくる、可愛くラッピングされたソレを見て俺はうんざりする。
 今日はバレンタインデー。
 女子に呼び出されたら普通はドキドキワクワクソワソワものだけど、俺はちっともそうはならない。とっくに期待などしなくなっていた。
 何せ小学校の頃から大学生になった今まで、呼び出しは食らえど俺宛のチョコなど一つも貰った事がない。
 最初は俺だってドキドキワクワクソワソワした。そりゃあ、した。だが、甘酸っぱい期待を抱いて呼び出された場所に向かえば、女子が口にするのは決まって凛音の名前だった。
 つまり、自分で渡す勇気がない、渡しても断られる、だったら幼馴染みで仲の良いコイツに渡してもらおう、ということだ。
 何十回と同じ事を繰り返されればいつしか諦めの境地に達していた。
 バレンタインデーに女子から呼び出され渡されるチョコは、漏れなく俺宛ではなく俺の幼馴染みの凛音宛のチョコなのだ。
 そんなわけで、俺はバレンタインデーなんて嫌いだ。

「嫌だよ。バレンタインのチョコなら、自分で渡せよ。じゃないと意味ないだろ」
「はああ? できないから頼んでんだろ、察しろよ。てか『嫌』ってなに。チョコ渡すくらいよくない? 心狭くね? そんなんだからモテねーんだよ。どーせお前、チョコ一つも貰えてねーんだろ。妬みとかだっさ」
「っ~~う、う、うっせーよ!!」
「はっ、図星? てか泣いてる?」
「泣いてねー!!」

 断ろうものなら、お前ごときが断ってんじゃねーよという勢いで言い返される。
 だから俺は、バレンタインデーなんて大嫌いだ。





 結局チョコを押し付けられ、凛音宛のチョコが何個も詰まった紙袋を持って凛音が待っている場所に向かう。
 俺がどんな目に遭ってるかも知らず、凛音はのんきにスマホでゲーム。
 近づく俺に気づいた凛音は気だるげに顔を上げた。

「遅いよ、わたる。どんだけ待たせるの」
「おっ、お、お、お前のせいなんだよ!!」
「何が俺のせい? 俺なにもしてないよ?」
「毎年のことだろーが!! お前宛のチョコ!! 色んな女子から頼まれて遅くなったんだよ!!」

 たくさんのチョコで満たされた紙袋を突き出せば、凛音は僅かに眉を顰めた。

「また受け取ってきたの? 受け取らないでって言ってるのに」
「これも毎年言ってんだろ!! 断ったらめちゃくちゃ扱き下ろされて無理やり押し付けられるんだって!!」
「誰かもわかんない相手からのチョコなんていらない。俺、受け取らないからね」
「はあ!? ちょっと待てよ、凛音!!」

 凛音は突き出されたチョコを無視して歩き出した。

「受け取ってもらわないと俺が困るんだよ!! どーするんだよ、このチョコ!!」
「知らないよ。亘が勝手に受け取ってきたんでしょ」

 スタスタと行ってしまう凛音を慌てて追いかけた。
 これも毎年の事だが、凛音にチョコを渡そうとすると決まって機嫌が悪くなる。意味がわからない。俺なら大声を上げて喜んで、一つ残らず全部大切に食べるだろう。受け取らないなんて、そんなもったいない事はしない。
 こんなありがたい事なんてないというのに、凛音はちっとも嬉しそうじゃない。甘いものが苦手というわけでもないくせに。
 女子も女子だ。喜んでくれない相手よりも、心の底から喜んでくれる相手に渡せばいいのに。俺とか俺とか俺とか。
 凛音なんて愛想いいタイプじゃない。表情もいつもあんまり変わらないし、笑顔なんて滅多に見ない。いつも気だるげだし、愛嬌ないし、何考えてるのかわかりにくいし。
 それに比べたら俺の方がよっぽど付き合いやすい相手なのに。
 はいはい、わかってますよ、顔ですよね、顔。めちゃくちゃカッコいいから、クールだとかミステリアスだとか、何でもかんでもいいように受け取られるのだ。顔だけじゃなくスタイルもいいから、スカウトとかも結構されてるし。
 どうせ俺は平凡モブ顔だよ。イケメン凛音の隣に並べば、女子には俺の顔なんてへのへのもへじみたいに見えているに違いない。視界にも入っていないかもしれない。
 小学生の頃からずっとそうだ。凛音は女子にモテモテで、俺は凛音の隣にいるただのモブ。女子からはそういう認識をされている。
 悔しいとか妬ましいとか思わなくもないが、それでも俺は大学生になった今でも凛音の隣にいる。それは凛音と一緒にいるのが一番楽で落ち着くからだ。何だかんだ凛音と一緒にいる時間が一番楽しい。
 だから、理不尽な目に遭う事があっても凛音から離れたいなんて思わなかった。
 凛音も凛音で、他のヤツの前ではにこりともしないのに、俺の前では笑顔を見せるのだ。そういうところを見ると、嬉しいって思ってしまう。女子に相手にされないけど、凛音はちゃんと俺を見てくれている。だから、それでいい。

「でも、やっぱ羨ましいなー……」

 電車を降りたところで溜め息を零せば、凛音がこちらを振り返る。

「え、何か言った?」
「いや、俺は今年もチョコ貰えなかったなーって」
「あげたでしょ、朝」
「あー、アレ、凛音のお母さんからのヤツだろ? 毎年くれるの嬉しいけどさー、義理っつーか社交辞令的なヤツだしさー。俺が欲しいのはそういうんじゃなくて……」
「…………亘ってホントに鈍いよね」
「はあ?」
「だからモテないんだよ」
「はあ!? イケメンが平凡を詰るなよ! 顔で人生得しまくってるヤツが! 損しまくってるヤツを貶すなんてサイテーだぞ!」
「ほら、鈍い」
「はああ!? 意味わかんねーって!!」

 呆れた視線を向けられてムッとする。

「なんだよ、クソッ、モテないからバカにしてんのか!? 俺だってなー、お前くらいのイケメンだったら、今頃彼女の一人や二人……」
「欲しいんだ」
「えっ?」
「彼女、そんなに欲しいの?」
「そ、そりゃ欲しいだろ」
「ふーん」
「『ふーん』て……余裕だよなぁ。ま、お前は作ろうと思えばいつでも作れるもんな」
「そんなことないけど」
「ないわけないだろ」
「ないよ。付き合いたい人としか付き合いたくないもん」
「……んん? 付き合いたい人がいないから作れないってことか?」
「付き合いたい人には見向きもされないから作れないってこと」
「ははは、なに言ってんだよ、お前が見向きもされないとかねーだろ。嫌味か?」
「はーっ、ほんっと、鈍いよね、亘は」
「はあ? なんだよ、バカにするような目で見やがって!」
「バカにしてないよ。呆れてるだけ」
「それがバカにしてんだろっ」
「してないって。だからほら、神社行こ」
「話逸らすなよ!」
「はいはい、わかったから」

 凛音に腕を引っ張られ、無理やり神社の方へ行かされる。
 俺と凛音の家の徒歩圏内にある神社は、子供の頃から結構行く事が多かった。特に凛音はよくお参りしたがった。
 真剣に手を合わせる凛音に何を願っているのか尋ねても、答えをもらえた事は一度もなかったが。
 隣の凛音に倣い、俺も手を合わせる。
 俺は毎回家族や友人の健康をお願いするくらいだ。別に今のところ夢とかもないし。あ、でも、凛音くらいモテモテになってみたいなー。いや、凛音以上にモテモテになりたい! そうだ、そして俺の惨めな気持ちをコイツに少しでも味わわせてやりたい!
 神様、お願いします! 俺をモッテモテにしてください!!
 俺は熱心に祈りを捧げた。そんな俺を不思議がって「なにお願いしてたの?」と凛音にしつこく訊かれたけど、もちろん教えたりはせず、大量のチョコを無理やり凛音に持たせて俺達はそれぞれの家に帰った。





 そして、翌日。
 俺はアラームの音で目を覚ます。
 いつもと変わらない朝。
 いつもと変わらない一日がはじまる。
 はずだった。
 目を擦りながら体を起こす。なんか胸の辺りに違和感を感じた。
 ぼうっと胸元に視線を落とすと、そこには二つの大きな膨らみが……。

「…………は?」

 自分の目を疑った。
 そんなわけがないと思うのに、それは確かにそこにある。
 何が起きてるのか理解できなくて、ただただ呆然と自分の胸元を見下ろしていた。
 どれくらいの時間そうしていたのか。

「亘!? そろそろ起きないとご飯食べる時間なくなるわよ!」

 ドアの外から聞こえてきた母さんの声に我に返った。

「か、かか、母さん……!!」
「なによ、起きてるの? だったら早く出てきなさいよ」

 ドアが開けられ、俺は思わず母さんに駆け寄った。

「かかか母さん……!!」
「きゃっ!? なによ、どうしたの……」
「おおお俺俺俺! どどどどうしよう病気かも、てか病気だよ! 胸がこんなに膨らんで……ぜぜぜ絶対、ヤバい病気だよ! どうしよう……!?」

 泣きそうな顔で縋りつけば、母さんは呆れた顔で俺を見る。

「なに言ってるの。いつもと変わらないでしょ」
「……はああ!?」

 息子が大病を患っているかもしれないというのに、冗談を言ってくるなんて。明らかに、一目見ただけで異常だとわかるくらい胸が膨らんでるのに。

「変わってるだろ、どう見ても!」
「どこがよ?」

 怪訝そうな目で見られて、母さんが冗談を言っているわけではないのだとわかった。
 え? なんで? こんなに胸が膨らんでるのに。俺にしか見えないとか?

「ほら! よく見て! 触って確かめてくれよ!」
「バカなこと言ってないで、早く準備してご飯食べちゃいなさい」
「えっ、ちょ、ま、待ってよ……!」

 恐怖と不安に苛まれ混乱する息子を置いて母さんは行ってしまう。
 ウソだろ。なんで。
 呆然と立ち尽くしていた俺の視界の隅に、姿見が映る。そちらに視線を向けて、ぎょっとした。
 鏡に映っていたのは、巨乳の美少女だったのだ。

「は? え? え……?」

 俺が鏡に近づけば、鏡の中の美少女も近づく。
 互いに目をまん丸くして見つめ合う。
 パクパク口を開閉して鏡を指差せば、向こうも口をパクパクさせてこっちを指差してくる。
 俺の部屋の鏡の中に美少女が現れたとかじゃない。鏡は俺の姿を映してる。
 つまり、この美少女は俺……?

「はああああ!?」

 思わず絶叫すれば母さんの「うるさいわよ」という怒鳴り声が返ってきたけど、今はそれどころじゃない。

「えっ!? 俺!? これ俺!?」

 平凡男子が朝起きると美少女になってましたって……? いやいやいや、あり得ねーよそんなの。なんだよ夢かよ、焦って損したー。
 力が抜けてふらついて、足の小指を机の角にぶつけた。

「いっ……!!」

 強烈な痛みに蹲る。
 めちゃくちゃ痛い、泣きそう。
 ていうか、夢なのになんで痛いんだよ。

「夢、じゃ、ない……とか……?」

 いやいやいやいやまさかまさか!
 もう一度鏡に目を向ければ、やっぱりそこに映ってるのは美少女だ。気づいてなかったけど、よく見りゃ髪も伸びてんじゃねーか。
 勢いよくパジャマを捲り上げれば、ぷるんっと飛び出したのは形の良い大きな柔らかそうな二つのおっぱい。
 美少女がおっぱい丸出しの状態で目の前にいるけど、自分だと認識しちゃってるからか全く興奮はしない。
 ゴクッと唾を飲み込み、恐る恐る股間へと手を伸ばす。
 思い切ってぎゅっとしてみれば、そこにあるはずのものがすっかりなくなっていた。

「っ……か、母さん母さん母さん……!!」

 俺はキッチンにいる母さんのところへ走った。
 父さんは仕事に行っているのでこの時間にはもういない。

「なによ、うるさいわね」
「おおおおお俺! 女になってる……!!」
「なに言ってるのよ、アンタは……」

 母さんは呆れ果てた目で俺を見てくる。

「アンタは産まれた時から女でしょうが」
「…………へ?」
「もう、いいからさっさと顔洗ってきなさい」
「いや、だって、お、女の、体に……」
「変な夢でも見たわけ? 全く……。ホントに時間なくなるわよ」
「ゆ、夢じゃなくて……っ」
「ご飯、食べていかないなら明日からもう作らないからね」

 母さんに洗面所へと追い立てられる。
 鏡に映っているのは平凡で冴えない見慣れた男の顔じゃなく、元の俺とは似ても似つかない美少女だ。
 夢じゃないけど全く現実味のない現実。俺はとりあえず考えるのをやめた。
 ご飯を食べて、自分の部屋に戻る。スマホを調べれば、写真や動画の俺は全部美少女にすりかわっていた。でも登録してる連絡先とかはそのままだ。
 どこかの美少女と体が入れ替わったとかでもなく、やっぱり俺が美少女になってしまったらしい。
 女として産まれて、女として生きてきた事になってしまっているようだ。クローゼットの中の服と下着は全部女物に変わってる。でも置いてある漫画やゲームは変わってない。
 俺の性別だけが変わってしまった。

「…………いや、どういうことだよ!?」

 パニックで正直大学どころではなかったけど、体は健康だから休む事は許されず、母さんに無理やり家を追い出されてしまった。
 自分で考えたってわかんないし、それより知り合いと会ってみれば何かわかるかもしれない。そう考えて俺は大学に向かうために電車に乗った。
 ちょうど混雑する時間帯で、車内はぎゅうぎゅうだ。立っているのがやっとの状態にうんざりしながら乗っていると、不意に尻を触られた。
 偶然手が当たっただけだろうと最初は気にしなかったけど、思いっきり掌で確かな意思を感じる手付きで撫でられてザワッと鳥肌が立った。
 は? え? これってまさか痴漢……!?
 そんなバカな……と痴漢の正気を疑ったところで思い出す。俺は今、美少女なのだと。
 はあっはあっと男の荒い息が耳にかかって、ぞわぞわぞわっと背筋を嫌悪感が駆け上がる。

「はあっはあっ……可愛いね、君……。こんな男を誘うような格好で電車に乗るなんて……欲求不満? 触られたかったの? 清純そうな顔してるのに、淫乱なのかな……? ぷるぷる震えちゃって……触られて悦んでるのかな?」

 男の気色の悪い粘つくような声と言葉に俺は思わず声を上げていた。

「んなわけねーだろ、痴漢ヤローが!! とっとと離れねーと警察に突き出すぞ!!」

 見た目は清楚な美少女だが、中身は男なのだ。痴漢されて黙って震えているような性格でもない。
 俺の大声に周りの視線が一気に集まる。痴漢を働いていた男は「ヒッ……」と息を呑み、混雑する電車の中を無理やり掻き分け俺から離れていった。
 やれやれ……まさか痴漢されるなんて。今まで平凡男子として生きてきたから、痴漢にあうなんて想像もできなかった。女性は満員電車に乗る時は痴漢を警戒しなきゃならないんだな……。
 女子って大変なんだなぁ……なんてしみじみ感じている間に目的の駅に着いた。
 大学までの道のりを歩いてる途中。

「ねぇねぇ、君」
「へっ……?」

 いきなり二人組の男が俺の前に立ち塞がる。いかにもチャラチャラしたチャラそうな二人だ。

「めっちゃカワイーね」
「は?」
「俺らと遊ばない? ね、いいよね?」
「いや、ムリだけど」
「いーじゃんいーじゃん、遊ぼーよ」
「俺らと楽しーとこしよーよ」
「ムリだっつってんだろ!!」

 ぐいぐいくるしつこい二人組から走って逃げる。
 あれがナンパというやつか。自分でした事もないのに、まさか自分がされる事になるなんて……。 凛音といる時はよく女の子に声かけられてたけど、隣にいる俺は全く女の子の眼中になかったんだよなー。存在すら気づいてもらえなかったなー。
 そんな俺が、美少女になって男にナンパされるとは……これっぽっちも嬉しくねーなー。ナンパされるなら女の子にされてーよ……。
 悲しい気持ちになりながら大学に向かっていると、それから二回もナンパされた。
 三回目のしつこいナンパにうんざりしていると、「あれ、亘じゃん」と声をかけられた。友達の野々村だ。

「野々村~! あ、じゃあ、俺もう行くんで」
「え、ちょっと……!」

 そう声をかけて、引き止めようとするナンパ男を無視して野々村のところへ走った。

「朝っぱらからナンパか~? モテる女は大変だな、亘」

 野々村の態度はいつも通りだ。でも母さんと一緒で、俺は男じゃなく女として認識されているようだ。

「嬉しくねーよ……。男のナンパってこんなウザいんだな……してなくてよかったぜ。凛音なら喜ばれるだろうけど、俺なんかにナンパされたらウザいキモい死ね! って思われてたよ、絶対」
「いや、お前も喜ばれるだろ。その辺の男に声かければすぐついてくるぜ、きっと」
「俺が男にナンパなんてするわけねーだろ!」
「はあ?」

 胡乱な目で見られる。俺は男のままのつもりなのに、相手からは完全に女と認識されてるから話が噛み合わない。関係性は変わってないようなのに、女扱いされてるのが不思議だ。

「男のナンパがウザい~なんて、モテる女だから言えることだよなー」
「そう言われると、俺ってめちゃくちゃ嫌な女みたいだな……」
「いやいや、亘は実際モテまくってるから。凛音も女子からすげーモテてるけど、お前は凛音以上だろ」
「はあ? 俺が? 凛音より? ウソだろ」
「ウソじゃねーって。凛音はモテるけど、近寄りがたいとこあるだろ。それに比べてお前は全然気軽に声かけられるし、その分お前のがモテてるって」
「マジかよ……俺が、凛音より……?」

 小学生の頃から周りの誰よりもモテてきたスーパーモテモテ凛音よりモテるなんて信じられない。男にモテても嬉しくもないし。
 確かに凛音よりもモテてみたいとか考えたけど、それは男として女の子にモテたかったのであって……。

「………………あれ?」

 思わず足を止める。
 そういや俺、昨日神社でなにお祈りしたっけ?
 凛音よりモテモテになりたいとか、そんなこと考えなかったか?
 え? まさか、俺のその祈りが届いたのか? 

「いや違うって! 確かに凛音よりモテたいとか思ったけど! 男じゃなくて女の子からモテたかったんだって!」

 なんで凛音みたいな美形にしてくれないんだよ! なんで美少女にしちゃうんだよ! 確かに性別は指定しなかったけど、わざわざ性別変えることなくないか!?

「なにやってんだよ、亘。講義はじまるぞ」

 頭を抱える俺を、野々村が教室まで引っ張っていく。
 講義がはじまっても、俺はそれどころじゃなかった。
 もし昨日のアレが原因でこんなことになったんなら、神社に行って元に戻してほしいってお願いすればいいのか?
 もう二度とモテたいなんて思わないから、もう一生モテなくていいから戻してくださいってお願いしたら男に戻してもらえる?
 そんなことをぐるぐる考えてる間に講義は終わってた。
 野々村と別れてフラフラ廊下を歩いてると、凛音に呼び止められた。時間が合えば一緒に出てくるけど、今日は凛音は二限からだったから別々に来たんだ。

「亘? どこ行くの?」
「お、おー、凛音……はよ……」
「おはよ。てか、なんか疲れてる?」
「あー、なんか、色々あって……」

 やっぱり凛音もなんの違和感もなく普通に俺に声をかけてくんのか。幼馴染みで、それこそ親よりも一緒にいる時間が長いんじゃないかってくらい一緒にいるコイツも、当たり前のように俺を女だと認識してるんだな。関係性が変わってないのはよかったけど。
 俺を見ていた凛音は、ふと何かに気づいたように眉を顰めた。それから、俺の手首を掴む。

「亘、ちょっとこっち来て」
「んぇ? わ、わっ、そんな引っ張んなよ……っ」
「いいから、早くっ」

 いつもマイペースで、こんな切羽詰まった様子の凛音は珍しい。
 俺はぐいぐい凛音に引っ張られて人気のない場所に連れていかれる。

「なんだよ、凛音」
「そっちこそなんなの?」
「は? なにが?」
「その格好。どういうつもり?」
「格好って……なにが?」

 俺は自分を見下ろす。
 パーカーにスカート。別に普通の格好だ。スカートを穿くのは抵抗があったけど、とにかく時間がなくて適当に掴んだやつを身に付けてくるしかなかったんだ。
 意味がわからず首を傾げる俺を凛音は厳しい目で見てくる。

「なんでブラジャーしてないんだよっ」
「へっ……?」
「ノーブラで外出るとか、なに考えてんの?」
「えっ!?」

 なんでバレてんの? え、ノーブラってわかるもんなの? 乳首透けてるわけでもないのに? ブラジャーなんて着けてても着けてなくても変わんないもんだと思ってたぜ……。もしかして、やたら男の視線感じてたのもそのせいか? あの痴漢とかナンパとか、俺がノーブラだったから? 男を誘ってるとか思われてたのか?
 ショックを受けて言葉を失う俺に凛音が詰め寄ってくる。

「亘、なんでブラしなかったの?」

 冷ややかな目で見られて、俺は慌てて言い訳する。

「いやだって、付け方わかんなかったんだよ! ホック後ろについてんだろ、あんなんどーやってとめるんだよ! 背中見えないし、ホック小さいし! 別にわざとしてこなかったわけじゃないんだって!」

 そう。一応つける努力はした。でももちろんブラつけるのなんてはじめてだし、全然ホックとめらんないし時間ないし、結局諦めるしかなかったんだ。ブラでもたついたせいで服を選んでる時間もなくなって、母さんには何度も急かされるしで大変だった。
 俺の説明に、凛音は深い溜め息を零す。なんかめちゃくちゃ呆れられてる気がする。なんだよ、ブラつける苦労も知らないくせに。

「とにかく、今日はもう帰るよ」

 そう言って、凛音は俺を玄関に引っ張っていこうとする。

「へ? え、なんで、まだ講義残ってるだろ。てか、凛音は来たばっかだろーが」
「その格好で人前歩くとかあり得ないから」
「いやいや、別にそこまでじゃないだろ。ブラしてないくらいで」
「亘は痴女だと思われたいの? ノーブラで歩き回って簡単にヤれる女とか噂流されてその辺の男に襲われたいわけ?」
「そんなの嫌に決まってるだろ!」
「だったら帰るよ」
「俺は別に一人でも……」
「帰り道変な男に襲われたらどうするの。そんな格好の亘を一人でなんて歩かせられないよ」
「ええー……」

 いや、一人でここまで来たんだが。でもまあ、帰りもナンパされたら面倒だし、凛音と一緒のが助かるけど。
 関係性は変わってないと思ったけど、なんか男の時より過保護になってないか?
 ノーブラで過ごしてホントに変な噂を流されても嫌だし、凛音に連れられるまま大学を出た。
 一緒に電車に乗ると、凛音に誘導されドアに背を預ける。そして俺の正面に凛音が立った。これなら痴漢される事はないだろう。朝に比べれば人も少ないし、そもそも痴漢される可能性は低いけど。なんか凛音が傍にいるとすごい安心感あるな。
 目の前に立つ凛音を見上げる。男の時も凛音より低かったけど、女になって更に身長差が広がった。
 凛音の顔なんて見慣れてるはずなのに……なんか間近で見るとめちゃくちゃイケメンじゃないか?
 睫毛長いし、肌とかツルツルだし。透明感? ってやつ? 男だけど綺麗で、目を離せなくなる。女の子がアレだけ凛音にキャーキャー言うのもわかるっていうか……。
 あ、ほら、あっちにいる女の子が完全に凛音に見惚れてる。向こうの女の人も顔を赤くしてチラチラ見てるし。ここにいる女性の視線が全部凛音に向けられてるんじゃないか?
 くそ、やっぱめちゃくちゃモテるな。俺なんて、男からエロい目で見られて下心丸出しの男に言い寄られて散々な目に遭ってるっていうのに。
 凛音と己の現状の差に理不尽な怒りが込み上げてくる。
 くっそ、こうなったら、凛音を俺にメロメロにしてやる! メロメロになったところでフッてやるんだ!
 最早完全な八つ当たりだったが、俺はもうそうしなければ気が済まなくなっていた。
 神社で元に戻してもらうように頼むのはその後だ。
 そうと決まれば即行動あるのみ。
 俺は目の前の凛音に抱きついた。

「これから凛音んち、行っていいか? サボって帰ったら母さんに怒られる」
「うん、いいよ。亘が観たがってた映画、一緒に観る?」

 むぎゅっと胸を押し付けつつチラリと凛音の様子を窺い見れば、ヤツは平然としてた。
 こんな美少女に抱きつかれてるっていうのに、なんだその反応は! もっと顔赤くして狼狽えるとかしろよ! どぎまぎしろ!
 くそ、さすが幼稚園児の頃から女子にモテまくってるヤツは一筋縄じゃいかないようだな。この程度の色仕掛け、動揺なんてしないってか。
 こうなったら何としてもコイツを落としてやりたい。
 俺はそんな決意に燃えていた。
 電車を降りて、凛音と一緒に凛音の家に行く。いつもは神社に寄ろうって言ってくるのに、珍しく凛音はまっすぐ家に向かった。
 凛音の両親は仕事で家にいない。子供の頃から何度も来ている俺はそのまま凛音の部屋に入った。いつ来ても思うが、なんでこんな綺麗に保ってられるんだって不思議なくらい部屋の中は綺麗だ。こういう清潔感もモテまくる理由の一つなのか。
 お菓子とジュースを用意して、映画を観る準備を整える。
 ベッドに寄りかかる形で床に座る凛音。俺はその凛音の脚の間に尻を捩じ込み、凛音の胸に寄りかかるように座る。
 ひょろっとしてるように見えて、実は結構がっちりしてるんだよな、凛音。背中に触れる凛音の胸板はしっかりと俺の背中を支えてくれた。

「亘?」
「今日はここに座る。別にいいだろ」
「いいけど……」

 怪訝そうにしつつ、凛音は拒絶する事はなかった。いくら仲が良くても、ここまで密着したりしない。凛音相手にこんな事するなんてなんかはずいけど、コイツを本気で落とすにはこれくらいしなきゃムリだろう。

「じゃ、観ようか」

 そう言って凛音はリモコンを操作する。こんな美少女に密着されてるっていうのに、やはり動揺とかしてる感じはない。女子への耐性がスゴすぎないか? 俺だったらこんな美少女にこんな事されたらイチコロだぞ。
 映画がはじまっても俺は上の空だった。凛音にどうやって俺を意識させるか、そればっかり考えてた。
 てか、背中に凛音の体温が伝わってきて、なんかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。凛音の息遣いも近くて、なんか生々しいっていうか……。凛音の脚の間に挟まれてるとか、よく考えたら俺スゴい事しちゃってないか? どうしよう、スゲー落ち着かなくなってきた。
 顔に熱が上って赤くなってるのがわかる。
 いやいや、俺が凛音を意識してどうすんだよ! 凛音をメロメロにしてやるんだってば!
 しかしここからどうすればいいのかもわからず、俺はもぞもぞと身動ぎを繰り返す。

「亘?」
「んひっ……!?」

 耳元で名前を呼ばれて、過剰に反応してしまった。
 どうしよう、なんか変だ。凛音の声なんて聞き慣れてるはずなのに。名前呼ばれるのなんて、いつもの事なのに。
 なんか、心臓が……やけにドキドキして……背中がむずむずするみたいな……。

「どうしたの? 映画、ちゃんと観てないでしょ」
「は、ぅ……そんな、こと……っ」
「ウソ。全然集中してないじゃん」

 てか耳元でしゃべんな!
 変だ。凛音の声……ぞくぞくする。腹の奥が、疼く感じがして……俺の体、おかしい。

「ていうか、亘」
「ぅわっ……!?」

 いきなり背後から胸を鷲掴まれた。

「わかってると思うけど、もう二度とノーブラで外出歩かないでよ」
「ひっ、んっ……」

 そのままむにむにと両手で揉みしだかれた。
 抵抗しようとして、思いとどまる。体は女でも俺の精神は男だ。胸を揉まれたところで、別に何も感じない。だったら胸くらい揉ませてやってもいいだろう。抵抗せずに散々思わせ振りな態度をとって、ここぞという時に「そんなつもりじゃなかったのに」と拒絶してやるのだ。その方が凛音の受けるダメージは大きいはずだ。

「亘、聞いてるの?」
「んんっ……」

 変な声が漏れそうになって、咄嗟に唇を噛む。
 胸なんか揉まれたってどうという事もないはずなのに……むずむず? するような。感じた事のない感覚に戸惑う。

「こんな格好で出歩くなんて絶対ダメだから。てか、これからはノーブラじゃなくても一人で出歩くの禁止ね」
「はあ? っん……な、なんで……っ」
「亘は無防備過ぎるよ。亘なんか一人で歩いてたらその辺の男にすぐ目ぇつけられて捕まって襲われるでしょ」
「そん、そんな、んんっ、こと……っ」
「亘は変態男どもの格好の餌食なんだって自覚しなよ」
「え、餌食って……そりゃ、痴漢とか、されたけど……っ」

 でもちゃんと撃退できるって言おうとしたのに、遮るように凛音は低い声を上げた。

「はああ?」
「ひぅうっ……!?」

 ぷくりと膨らみはじめていた乳首をきゅうっと摘ままれて、突然の強い刺激に甲高い声を漏らしてしまう。

「どういうこと? 亘、その辺の男に体触らせたの?」
「んぁっ、やっ、それ、やめぇっ……」

 摘まんだ突起をコリコリと転がされて、俺は身を捩る。けれどしっかり押さえつけられて凛音の指から逃げられなかった。




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