蘇り令嬢の幸せな結婚

よしゆき

文字の大きさ
8 / 8

しおりを挟む






 マルクスは馬車に乗り、セルマがいる場所へ急いだ。
 屋敷には戻らず、このまま彼女を隣国へ連れていこう。マルクスはそう考えていた。
 思いつきではなく、ずっと隣国で暮らすための準備を進めていたのだ。
 行方不明だったセルマと再会したあの日。人前に姿を見せられなくなってしまった彼女が、気兼ねなく暮らせる環境を整えなくてはならないと、その時からマルクスは考えていた。
 マルクスは学生時代、当時使えなくなっていたいくつかの古代魔法の術式を解明していた。その解明した術式を古代魔法の研究所に買い取ってもらった。
 そうして得た金で、隣国の、人が近づくことのない森の中に家を建てる事にした。丁度その時、隣国の研究所から研究員を一人派遣してほしいという要請が届いていた。マルクスは自分に行かせてほしいとそれに立候補した。
 仕事を理由にすれば、国を離れても不審に思われる事はない。夫婦になってしまえば、妻であるセルマを一緒に連れていく事も当然の事として受け入れられる。
 隣国へ行けば、家族にも干渉される事はなくなる。今、屋敷で働いている使用人には新しい職場を提供し、新しい家ではマルクスとセルマの二人きりで生活するのだ。
 そうすれば、人目を気にする必要もなくなる。それならセルマも傍にいてくれるはずだ。少なくとも、何が何でも離れなくてはならないとは思わなくなるだろう。
 金を積んで優秀な人材を雇い、短期間で家を建ててもらった。家の壁には窓を付けないでほしいと頼んでいた。
 あの姿になってから、セルマは自分で自分の姿を見るのを嫌がっている。窓ガラスに映る自分の姿を見てしまわないよう、魔法で調節可能な窓を屋根に付けた。
 セルマが過ごしやすいように。彼女が心穏やかに楽しく暮らせるように。その為の家だ。
 家が完成し、必要な家具も全て揃えた。その身一つでここへ来てもすぐに生活できるように整えておいた。もちろん鏡は一つもない。
 引っ越し先の準備は既に終わっていた。後はこちらで諸々の手続きを済ませ屋敷の整理などを行うだけだった。
 セルマが屋敷を抜け出したのは、そんな中で起きた事だった。
 隣国への引っ越しの事をまだ伝えていない。彼女がもし嫌がったとしても、無理やりにでも連れていくつもりだった。
 けれど、まさか記憶を失っているなんて予想外だった。だがそのお陰で、スムーズに事を運べた。
 彼女は何の疑問も抱かずマルクスの言葉を信じ、マルクスとの生活を受け入れてくれた。
 以前のように、屈託のない心からの笑顔を見せてくれるようになった。
 二人きりの生活をはじめ、セルマの記憶が戻らないまま二ヶ月以上が過ぎた頃。

「それって……古代魔法について書かれているの?」

 マルクスが家で仕事の資料を読んでいると、それを見たセルマが言った。
 マルクスは僅かに驚いた。

「わかるの、セルマ?」
「え? ええ……」

 記憶が戻ったわけではないようだ。古代魔法の事は思い出したわけではなく、元々記憶に残っていたのだろう。

「セルマも読む?」
「私が読んでもいいの? 仕事の資料でしょう?」
「構わないよ。セルマはね、学校で古代魔法の事を色々勉強していたんだ。放課後に図書室でたくさん古代魔法の本を読んでいたんだよ」
「そうだったの」

 マルクスは懐かしむように目を細めた。

「うん。俺達も、古代魔法がきっかけで親しくなったんだ」
「え、本当?」
「本当だよ。セルマは古代魔法について調べて、知っていくのが好きだった。だからセルマが望むなら、古代魔法の本を持ってこようか」
「いいの?」
「もちろん」
「読みたいわ」

 記憶は失っているが、古代魔法への興味は彼女の心に根強く残っているようだ。そう考えると古代魔法に嫉妬心が込み上げる。マルクスの事はすっかり忘れてしまったのに、古代魔法の事は覚えているのかと。
 そんなどうしようもない事を考えながら、瞳を輝かせ資料を読み込むセルマを見つめる。
 こうして古代魔法に触れる事で、もしかしたら彼女は記憶を取り戻すかもしれない。
 正直なところ、セルマにとってどちらがいいのか判断がつかない。全てを思い出した方がいいのか、このまま全てを忘れたままの方がいいのか。
 だから自然の成り行きに任せている。
 マルクスは思い出しても思い出さなくてもどちらでもいいのだ。どちらにせよマルクスの彼女への思いは何も変わらないし、何が起きてももう絶対に彼女を離すつもりもない。
 もしセルマが記憶を取り戻し、またマルクスから離れようとしても。
 今度こそ、逃がさない。もう二度と離さない。
 マルクスの視線に気づいたセルマが顔を上げる。何も知らない彼女は、ただ幸せそうに微笑んだ。





 今日は、セルマとマルクスの結婚式だ。といっても形だけのもので、正式なものではない。
 マルクスが言うには、セルマの両親に反対されたり、セルマが誘拐されたり、色々あって結婚式を挙げられなかったようだ。
 形だけのものになってしまうけど俺と結婚式をしてほしいとマルクスに言われ、セルマはそれを快く受け入れた。
 彼が用意してくれたウェディングドレスとベールは見惚れるほどに美しいものだった。身に付けるのも緊張する。彼に手伝ってもらいそれを身に纏う。
 そしてマルクスの着替えをセルマが手伝う。タキシードは彼にとても似合っていた。ずっと見つめていたいくらい素敵で、でも見つめているとあまりにも素敵すぎてくらくらしてくる。
 髪も整えて、綺麗に着飾った二人は外へ出る。
 陽が降り注ぎ、緑がキラキラと輝いている。まるで祝福されているようだとセルマは思った。
 美しい緑に囲まれた、二人だけの結婚式。他には誰もいない。祝いの声も、拍手もない。でもセルマはマルクスがいてくれるならそれでよかった。
 二人は向かい合い、見つめ合う。ここにいるのは二人だけ。神ではなく互いが互いに愛を誓い合う。

「愛してるよ、セルマ。たとえ死んでも。どんな姿になっても。俺は君を愛し続けると誓うよ」
「私も誓うわ、マルクス。貴方を、貴方だけを、ずっとずっと愛してる」

 セルマの顔を覆うベールが上げられる。
 二人は誓いの口づけを交わした。









──────────────────

 読んで下さってありがとうございます。


しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

旦那さまは私のために嘘をつく

小蔦あおい
恋愛
声と記憶をなくしたシェリルには魔法使いの旦那さまがいる。霧が深い渓谷の間に浮かぶ小さな島でシェリルは旦那さまに愛されて幸せに暮らしていた。しかし、とある新聞記事をきっかけに旦那さまの様子がおかしくなっていっていく。彼の書斎から怪しい手紙を見つけたシェリルは、旦那さまが自分を利用していることを知ってしまって……。 記憶も声もなくした少女と、彼女を幸せにするために嘘で包み込もうとする魔法使いのお話。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

国の英雄は愛妻を思い出せない

山田ランチ
恋愛
大幅変更と加筆の為、再掲載しております。以前お読み下さっていた方はご注意下さいませ。 あらすじ フレデリックは戦争が終結し王都へと戻る途中、襲われて崖から落ち記憶の一部を失くしてしまう。失った記憶の中には、愛する妻のアナスタシアの記憶も含まれていた。  周囲の者達からは、アナスタシアとは相思相愛だったと言われるがフレデリックだが覚えがない。そんな時、元婚約者のミレーユが近付いてくる。そして妻のアナスタシアはどこかフレデリックの記憶を取り戻す事には消極的なようで……。  記憶を失う原因となった事件を辿るうちに、中毒性のある妙な花が王城に蔓延していると気が付き始めたフレデリック達はその真相も追う事に。そんな中、アナスタシアは記憶がなく自分を妻として見れていない事を苦しむフレデリックを解放する為、離婚を決意する。しかし陰謀の影はアナスタシアにも伸びていた。   登場人物 フレデリック・ギレム  ギレム侯爵家の次男で、遠征第一部隊の隊長。騎士団所属。28歳。 アナスタシア フレデリックの妻。21歳。 ディミトリ・ドゥ・ギレム ギレム侯爵家当主。フレデリックの兄。33歳。 ミレーユ・ベルナンド ベルナンド侯爵の妻で、フレデリックの元婚約者。26歳。 モルガン フレデリックの部下。おそらく28歳前後。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...