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5.魔王城アカデミー
15話
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飛竜の発着場は騒然としていた。
先に到着していた医療班が、傷の程度を共有しあいながら巡回隊員たちの傷の手当てを始めている。
その中には、自身も治療に当たりながら指揮を執るナナリーの姿があった。
「報告を」
短く告げたバルドラッドに、先ほどの鬼族の巡視隊員が前に進み出た。
「魔王城東部の山岳地帯を抜けたところで、パイロリザードの変異体を確認しました」
――変異体。
その言葉に先日のシンシアとの会話が思い出され、シオンの胸はざわめいた。
「以前から目撃されていた通り、爪と牙が異常に発達していて……特に爪は、ある程度自由に伸縮させることが出来るようです」
鬼族の巡回隊員が、そう言いながらぱっくりと裂かれた二の腕の傷をバルドラッドに示す。
ちらりと見えたその赤色が鮮烈で、シオンは思わず目を逸らした。
「成程ね。間合いを微妙に読み違えた結果の、この負傷者の数ってことか」
腕組みをしながらバルドラッドが宙を仰ぐ。
その様子に、鬼族の巡視隊員は申し訳なさそうに項垂れた。
「奴らは十体程度の群れで行動しています。こちらとしては交戦の意図は無く、観察後は撤退するつもりでしたが……対象が思った以上に好戦的で、退避中に想定外に負傷者が出てしまいました」
手当を受けている隊員たちを振り返り、彼は唇を噛んだ。
一呼吸おいて、それから……と言葉を続ける。
「パイロリザードの一件で、人間と竜族との間に火種が生まれているようで……」
「は?何それ」
バルドラッドの目つきが一瞬にして鋭くなる。
鬼族の隊員は気圧されたように体を硬直させ、震える唇で言葉を紡いだ。
「パイロリザードのねぐらと思われる山岳地帯には、火竜ストラウドが治める火山があります。……どうやら近隣に住まう人間たちが、パイロリザードの変異や異常な攻撃性は竜族がけしかけているものだと騒いでおり……」
バルドラッドは、彼の言葉を聞いて大きくため息をついた。
その表情は明らかに不機嫌一色に塗りつぶされており、常よりも細められた猫のような瞳が苛立ちを滲ませている。
バルドラッドの苛立ちは理解できる。
これまでに変異体の出現によって被害を被っているのは明らかに魔物側なのだ。
……シオンにとっては身につまされる話だが、共通の敵を作った人間の結束は固い。
そして過去の大戦から、魔物達は人間が持つ『数の力』の脅威もよく理解していた。
バルドラッドの眼前で小さくなっている隊員が気の毒で、シオンの胃がキリリと痛む。
「……重傷者を出さず、迅速に撤退し報告に駆け付けた。まずはそこを評価すべきでしょう」
重苦しい空気の中、全員の意識をさらうように、レヴィアスの凛とした声が響いた。
凍り付いたように動きを止めたままバルドラッドに向き合っていた鬼族の隊員の瞳が、小刻みに揺れる。
押しつぶされそうなプレッシャーから、ほんの僅かに解放されたのだろう。
彼の口から、はっ……と息を吐く音が聞こえた。
「……一旦レヴィに任せるから、状況まとめて後で報告して」
バルドラッドは手をひらひらと振ると、くるりと回れ右をして城内へと歩き出す。
その足取りは至っていつも通りで、先ほどまでの激しい苛立ちの名残も無かった。
「ナナリー、頼んだよ。痛いの残さないであげて」
通りがかりに医療班に声をかけ、そのままバルドラッドはさっさとその場から立ち去った。
「……ほんと、お子様なんだから」
ナナリーは呆れたように呟く。
まるで針が肌を撫でるような緊迫感が急激に取り払われ、空気が一気に弛緩した。
思わず手が止まっていた医療班の面々にナナリーが指示を出し、手際のよい治療が再開していく。
傷口にかざした手がふわりとあちらこちらで淡く輝き、辺りはまだ明るいというのに、それらはまるで星の瞬きのようにも見えた。
「レヴィアス様、詳細の報告を……」
先ほどの鬼族の隊員がレヴィアスに声をかける。
極度の緊張から解放されたのだろう。
声に幾分か力が戻ったように感じられた。
「執務室へ」
レヴィアスは短く答え、城内へと歩いていく。
それを追って駆けだした鬼族の隊員の後姿を見送りながら、シオンは逡巡した。
きゅっと、一瞬目を瞑り、シオンはその背を追って走る。
「待ってください」
腕の傷をわずかに庇いながら走る彼の背に小さく声をかける。
ピクリと反応して走るスピードを緩めた彼の腕に触れるか否かの距離で、シオンはそっと撫でるように手のひらを動かした。
一瞬、柔らかな魔力の波動が手のひらを温め、優しく空気を震わせる。
まだ乾ききらない血の跡だけを残して、鬼族の隊員の肌の裂傷は薄くなる。
一歩、二歩。
勢いのまま止まらなかった数歩の足が地面を蹴るその僅かな時間の間に、彼の腕の傷はふっと消えていった。
驚いたようにシオンの顔を見る彼の表情には、痛みに耐える陰りはもう無い。
それから、はっとしたように小さく息を飲んだ鬼族の隊員は、小さくシオンに一礼してから城内へと駆けて行った。
シオンの手のひらには、ほんのりと魔力の温度が残っている。
何度も練習した、微量な魔力の放出の仕方だ。
ぎゅっと手のひらを握り込み、シオンはレヴィアスと鬼族の隊員が去っていた方を見つめる。
ぶわり、と一陣の風が吹き抜けた。
飛竜たちが誘導されて、各々の厩舎へ戻るために飛び立ったのだ。
一瞬の風圧に押されて、靡く髪を軽く手で押さえながら顔を背ける。
シオンは、風に舞った木の葉たちの隙間を縫うようにしてこちらに向けられた視線に、ふと気が付いた。
ひゅっと、鋭い呼吸で喉が鳴りそうになる。
視線の先には、微動だにせずこちらを凝視するナナリーの姿があった。
先に到着していた医療班が、傷の程度を共有しあいながら巡回隊員たちの傷の手当てを始めている。
その中には、自身も治療に当たりながら指揮を執るナナリーの姿があった。
「報告を」
短く告げたバルドラッドに、先ほどの鬼族の巡視隊員が前に進み出た。
「魔王城東部の山岳地帯を抜けたところで、パイロリザードの変異体を確認しました」
――変異体。
その言葉に先日のシンシアとの会話が思い出され、シオンの胸はざわめいた。
「以前から目撃されていた通り、爪と牙が異常に発達していて……特に爪は、ある程度自由に伸縮させることが出来るようです」
鬼族の巡回隊員が、そう言いながらぱっくりと裂かれた二の腕の傷をバルドラッドに示す。
ちらりと見えたその赤色が鮮烈で、シオンは思わず目を逸らした。
「成程ね。間合いを微妙に読み違えた結果の、この負傷者の数ってことか」
腕組みをしながらバルドラッドが宙を仰ぐ。
その様子に、鬼族の巡視隊員は申し訳なさそうに項垂れた。
「奴らは十体程度の群れで行動しています。こちらとしては交戦の意図は無く、観察後は撤退するつもりでしたが……対象が思った以上に好戦的で、退避中に想定外に負傷者が出てしまいました」
手当を受けている隊員たちを振り返り、彼は唇を噛んだ。
一呼吸おいて、それから……と言葉を続ける。
「パイロリザードの一件で、人間と竜族との間に火種が生まれているようで……」
「は?何それ」
バルドラッドの目つきが一瞬にして鋭くなる。
鬼族の隊員は気圧されたように体を硬直させ、震える唇で言葉を紡いだ。
「パイロリザードのねぐらと思われる山岳地帯には、火竜ストラウドが治める火山があります。……どうやら近隣に住まう人間たちが、パイロリザードの変異や異常な攻撃性は竜族がけしかけているものだと騒いでおり……」
バルドラッドは、彼の言葉を聞いて大きくため息をついた。
その表情は明らかに不機嫌一色に塗りつぶされており、常よりも細められた猫のような瞳が苛立ちを滲ませている。
バルドラッドの苛立ちは理解できる。
これまでに変異体の出現によって被害を被っているのは明らかに魔物側なのだ。
……シオンにとっては身につまされる話だが、共通の敵を作った人間の結束は固い。
そして過去の大戦から、魔物達は人間が持つ『数の力』の脅威もよく理解していた。
バルドラッドの眼前で小さくなっている隊員が気の毒で、シオンの胃がキリリと痛む。
「……重傷者を出さず、迅速に撤退し報告に駆け付けた。まずはそこを評価すべきでしょう」
重苦しい空気の中、全員の意識をさらうように、レヴィアスの凛とした声が響いた。
凍り付いたように動きを止めたままバルドラッドに向き合っていた鬼族の隊員の瞳が、小刻みに揺れる。
押しつぶされそうなプレッシャーから、ほんの僅かに解放されたのだろう。
彼の口から、はっ……と息を吐く音が聞こえた。
「……一旦レヴィに任せるから、状況まとめて後で報告して」
バルドラッドは手をひらひらと振ると、くるりと回れ右をして城内へと歩き出す。
その足取りは至っていつも通りで、先ほどまでの激しい苛立ちの名残も無かった。
「ナナリー、頼んだよ。痛いの残さないであげて」
通りがかりに医療班に声をかけ、そのままバルドラッドはさっさとその場から立ち去った。
「……ほんと、お子様なんだから」
ナナリーは呆れたように呟く。
まるで針が肌を撫でるような緊迫感が急激に取り払われ、空気が一気に弛緩した。
思わず手が止まっていた医療班の面々にナナリーが指示を出し、手際のよい治療が再開していく。
傷口にかざした手がふわりとあちらこちらで淡く輝き、辺りはまだ明るいというのに、それらはまるで星の瞬きのようにも見えた。
「レヴィアス様、詳細の報告を……」
先ほどの鬼族の隊員がレヴィアスに声をかける。
極度の緊張から解放されたのだろう。
声に幾分か力が戻ったように感じられた。
「執務室へ」
レヴィアスは短く答え、城内へと歩いていく。
それを追って駆けだした鬼族の隊員の後姿を見送りながら、シオンは逡巡した。
きゅっと、一瞬目を瞑り、シオンはその背を追って走る。
「待ってください」
腕の傷をわずかに庇いながら走る彼の背に小さく声をかける。
ピクリと反応して走るスピードを緩めた彼の腕に触れるか否かの距離で、シオンはそっと撫でるように手のひらを動かした。
一瞬、柔らかな魔力の波動が手のひらを温め、優しく空気を震わせる。
まだ乾ききらない血の跡だけを残して、鬼族の隊員の肌の裂傷は薄くなる。
一歩、二歩。
勢いのまま止まらなかった数歩の足が地面を蹴るその僅かな時間の間に、彼の腕の傷はふっと消えていった。
驚いたようにシオンの顔を見る彼の表情には、痛みに耐える陰りはもう無い。
それから、はっとしたように小さく息を飲んだ鬼族の隊員は、小さくシオンに一礼してから城内へと駆けて行った。
シオンの手のひらには、ほんのりと魔力の温度が残っている。
何度も練習した、微量な魔力の放出の仕方だ。
ぎゅっと手のひらを握り込み、シオンはレヴィアスと鬼族の隊員が去っていた方を見つめる。
ぶわり、と一陣の風が吹き抜けた。
飛竜たちが誘導されて、各々の厩舎へ戻るために飛び立ったのだ。
一瞬の風圧に押されて、靡く髪を軽く手で押さえながら顔を背ける。
シオンは、風に舞った木の葉たちの隙間を縫うようにしてこちらに向けられた視線に、ふと気が付いた。
ひゅっと、鋭い呼吸で喉が鳴りそうになる。
視線の先には、微動だにせずこちらを凝視するナナリーの姿があった。
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