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一章

三話

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 「デートしに行こう」


 「……え?」


 カレンからの余りに唐突な発言に、朝のコーヒーを飲んでいたシルドは目を丸くした。


 「どうしたんだカレン。随分といきなりだな」


 「だって私最近……シルドとイチャイチャしてない」


 カレンは頬を少し膨らませ、机に頬杖をしながらどこか不貞腐れた様子だった。


 「なに言ってるんだよ。俺たちいつもイチャイチャしてるだろ?」


 「そうだけど、なんというか、若い恋人みたいなことがしたい」


「なんだよそれ、例えばなんかあるのか」


 「ハグとか」


 「いっつもしてる」


 「じゃあ、キスとか?」


 「それもいつもだ」


 「なら下半身のマウスtoマウス!」


 「ブフォッ!? お前何てこと言うんだ!」


 たまらずシルドは飲んでいる最中だったコーヒーを吹き出した。


 「でもそれもいつもだからダメだよね。だから、デートしよう」


 「はぁ……カレンさんや、そろそろそういう唐突すぎるお下劣な爆弾発言は控えるようにしましょうや……」


 半ば呆れながらシルドはため息をつく。カレンのこういった性格と発言は、シルドと出会う以前からだ。


 見た目こそ十四、五歳の可憐で華奢な少女でありながらも、中身はまるでおっさんである。


 「あれだね、前にシルドが言ってたああ言えばアイラブユーってやつだね」


 「なんかちがうし、だいたい俺はそんな斬新すぎる愛の告白生まれてからいままで一回足りともしたことねぇよ……」


 「まあ、そんなことは置いといてね、デートの話なんだけど」


 「うわぁ、無理矢理話を戻しやがった」


 「この村、温泉があるでしょ。けれど、私達行ったこと余り無いじゃない」


 「確かにそうだな。まあ、基本的に親方の工房での仕事が休みの時でも、畑耕したり村の人達の手伝いをしたりとで温泉なんて行ってる暇ないからなぁ」


 「それでね、はいこれ。カルラさんがくれたんだ」


 カルラが取り出したのは、一枚の薄い金属の板だった。所々加工が施されており、首にかける用にヒモが取り付けられていた。


 「なんだよこれ、何かの部品か?」


 「本当ならこの村を訪れてくれた旅人さんに渡すはずのモノで、なんとこの板があれば村全域の温泉一日無料なんです」


 「おぉ…! それはいい」


 「ここまでお疲れ様でした、って労いの代わりなんだって。だからね、シルド……この券使って今日は私と一日温泉デートしよう?」


 小さな体をを利用したカレンの可愛すぎる上目遣いに、シルドは


 「もちのろんっ!」


 鼻血を出しながら快諾した。このチョロさでもかつては赤の国最強と謳われた魔法騎士である。


 借宿を後にしたシルドとカレンはこの村における唯一の宿泊施設、温泉宿「マルタ」に向かうため、村の中心に歩みを進めていた。


 いつも少ない人口でありながらも人々の交流が盛んな村の中心だが、今日は一段と賑わっていた。


 なぜなら今日は月に一度、色々な僻地に物資の運搬を行っている冒険家ギルド「方舟」が訪れていたからだ。


 「そういえば今日だったな……」


 「どうするシルド、何か買っていく?」


 「別に欲しいものは無いけれど……」


 「けど?」


 「悪い、カレン。少しここで待っててくれないか」


 「別にいいけどどうかしたの? ……あー、わかった。ギルド長さんに会いに行くんでしょ」


 「まあ、そんなところ。本当にごめんな」


 「大丈夫。だってギルド長さんはシルドの数少ないお友達だもんね」


 「ひ、酷い言われようだ……」


 カレンを待たせ、シルドは人の波を潜り抜けながら「方舟」の馬車に向かった。そこでは背が高く屈強な体つきをした男が、荷物整理を行っていた。


 「よう、ミスターアヴァランチ」


 シルドの声に、アヴァランチと呼ばれたその男は荷物整理をする手を止め、振り替えった。


 「お? なんだシルドじゃねえか、どうしたんだ」


 「どうしたんだって……惚けるなよアヴァランチ。俺がわざわざお前に会いに来たってことは決まってるだろうが。……どうなんだ、最近は」


 シルドの目付きが真剣になる。それはかつての戦いに明け暮れていた頃と全く同じものであった。


 「へぇ……シルドテメェ、まだそんな目付き出来たのかよ。すっかり可愛い女と暮らすようになって腑抜けになっちまったかと思ったぜ」


 「……余計なお世話だ、それより早く教えろ。人を待たせてるんだ」


 「オーケーブラザー、了解したぜ」


 ミスターアヴァランチ、彼は元々赤の国でシルドが所属していた魔法の戦闘部隊にいた。だが、戦争の最中に瀕死の重症をおったのをきっかけに赤の国を亡命、今は小規模ギルドのギルド長をしている。


 人が容易に入り込むことが出来ない僻地や、物資運搬も儘ならない紛争地域などでギルド「方舟」は活動をしている。


 そして、行く場所の関係上方舟には各国の情報や噂が頻繁に流れてくる。


 シルドはその卓越された情報網から、赤の国と青の国の現状を月に一度確認するようにしていた。


 「赤の国に関しては、まぁ別段取り扱うようなことはない。あえて伝えるとしたら、王が今床に伏せてるってことぐらいだな」


 「王が?」


 「あぁ。なんでも呪いの類らしくてな、近々くたばるんじゃねえかだなんて噂されている」


 「呪いの類……それで、他には」


 シルドが気になっているのは、そういう情報ではない。


 シルドが求めているのは、あくまでも、カレンや自分に関わってくるような、危害を与える可能性がある情報だった。


 「赤の国に関しては、今も言ったがこれくらいだ。問題は、青の国だな」


 「まさかまたあの愚王がなんかやらかしたのか?」


 青の国の王、アイザック・フェイリア。カレンの義父であり、かつて存在していた緑の国と金の国を滅ぼすことに荷担した張本人。


 民に対する重すぎる税を背負わせ、更にはその税を自分の私欲に浪費する七百年余り続く青の国史上最低最悪の愚王。


 「古代兵器「ラグナログ」、奴さんはこれを復活させるための計画を発案したらしいぜ」


 「……なんの冗談だ」


 「そのために、古代魔法を使える魔法師を今血眼になって探してるよ。まあ、お前らのことなんだけどな」


 古代兵器「ラグナログ」とは、魔法暦の紀元前に存在したとされる兵器の一種である。


 世界の終焉を引き起こす力をもち、かつての歴史において、一度だけ使われた時には、多くの種が絶えてしまった。


 ラグナログの発動を避ける為この世界の神であるルナシアはラグナログ自体に定着されている発動に必要な術式を全て引き剥がし、一つの魔法として使うようになった。


 それは代々ルナシアに選ばれた有能な魔法師に与えられてきた。


 シルドの煉獄。カレンの氷壊。これらは引き剥がされた術式が魔法に成ったもので、つまりはシルド達はルナシアに選ばれた存在であるといえる。


 この古代魔法の術式、それら全てを封印されたラグナログに定着する。そうすれば古代兵器ラグナログが復活する。


 「気を付けろよ、シルド。もし仮に青の国の連中がお前らを見つけたとしたら、きっと殺してでもその右手の術式を奪いに来るぞ」


 「わかってるよ。それで、他にはないのか?」


 「まぁ……ないかな。っとそうだシルド。お前に実は渡したいものがあってよ、ほらこれ。今そこらの巷で使われてるんだぜ」


 そういうとアヴァランチは何か薄いゴム基質の物を手渡した。


 「……なんだこれ?」


 「避妊具。ほらお前、カレンだっけ? その愛しの娘デカしちゃったら大変だろ。まだ二人共若いんだしよ」


 「よ、余計なお世話だ!」


 シルドは貰ったそれを地面に叩きつけた。


 「ガハハ、冗談だよ冗談。ほらそろそろ行け、待たせてるんだろ」


 「わ、わかってるわそれくらい!」


 顔を真っ赤にしながら、シルドはその場を去っていった。その際もらった避妊具はこっそりと拾いながら。


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