泡になれない人魚姫

円寺える

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第30話

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 帰ろう帰ろうと、駄々をこねる子どものようだった。
 魔女の元へ行こうとする一華と、この村から一華と共に立ち去りたい流星。いつまでも平行線だった。
 このままでは埒が明かないと、一華は本音で語り合うことを提案した。
 互いに本音で語っているのだが、足を治したい一華と帰りたい流星は、同じことばかりを言い合っている。掘り下げて話をしようと、おにぎりを包んでいたプラスチックをゴミ箱に捨てて再度向き合う。

「私は、翔真の足を治すためにここまで来たから、当然魔女にお願いしたい」
「俺も同感だ。けど、それは翔真の足がタダで治る場合だけ」
「代償があるなら治したくないってこと?でも、さっき奈世さんのところで私と替われないか聞いてたよね。ってことは、流星が犠牲になるのは別にいいってこと?」

 痛い所を突かれた。本音で語ろうと一華は言うが、そんなことはできない。嫌われたくない。
 黙り込んだままの流星に、一華はムッと顔を歪める。言ってくれないと分からないし、何を考えているのか、普段から流星は分かりにくいのだから言葉で伝えてもらわなければ困る。

「何も言わないんじゃ話にならないじゃない」

 頭を回転させて、どう言えば一華が傷つかず、自分が嫌われず、この場を収めることができるのかを思案する。
 本音で語ろうと提案した途端に静かになった流星に、一華は苛つきを隠せない。

「翔真を治したいのは私の希望だし、そのために私が声を失くすことになったって、流星に関係ないじゃん。なんでそんなに悩んでるの?」
「…関係なくないし」
「いや、関係ないでしょ。じゃあ何?流星は自己犠牲を望んでるってこと?私じゃなくて流星の声なら良かったわけ?」
「そんなこと言ってないだろ」
「じゃあなんなのよ。翔真の足は放っておけってこと?ここに来た目的を忘れたの?」

 平行線が交わることはなく、一華はヒートアップし、徐々に苛つきが全面に出てくる。
 流星は色々な感情を吐き出すように、ため息を吐いた。
 一華はそれを面倒に思った故のため息だと思い、両手でテーブルを叩いて流星に怒りをぶつけた。

「じゃあ一人で帰ればいいでしょ!?」
「一華ちゃんも一緒じゃないと意味ないじゃん」
「はぁ!?私は奈世さんのところに行ってお願いするんだから、それまで絶対帰らないわ!」
「それは俺が絶対嫌だ」
「何が嫌なのよ、関係ないでしょ!」
「ある」
「なんでよ!?」
「好きだから。それ以外に何があるんだよ」

 怒鳴り散らす一華とは対照的に呟く流星は、もう諦めていた。
 一華が抱いている流星への気持ちよりも翔真に抱いている想いの方が重い。
 自分が何を言ったとしても、押し切って翔真を選んでしまうのだろう。
 どうしてこの旅行中に想いが芽生えてしまったのだろうか。
 あぁ、嫌われたくない。

 予想外のことに、一華はぽかんと動きを止める。
 流星と目が合うと、テーブルを叩いていた両手を膝の上に移動させ、姿勢を直す。
 今、何と言っただろうか。

「…私のこと好きなの?」
「そう言っただろ」
「…like?」
「馬鹿なの?」
「ごめん」

 元気のない流星はいつもより毒を含み、やけになっているように見える。

「えっと、いつから?」
「…この旅行中。いつだっていいだろ」
「そ、そうだね」

 空気が一変し、静まり返る。
 流星は髪をくしゃくしゃと掻き、そっぽを向く。

 一華は漸く理解できた。何故執拗に帰ろうと誘ってきたのか。
 流星の態度が腑に落ちたので、数分前まで抱いていた怒りはどこかへいってしまった。

「だから、やめろよ。帰ろう」
「帰らないよ」

 何度誘っても首を横に振られる。

 嫌われたくはないから、口には出さないけれど。
 一華がただの友人であったなら、こんなに引き留めていない。一華の言うとおり、関係ないのだから、心配はするけれど判断を委ねて終わり。自分が犠牲になるわけではないのだから、友人の声が失われようが、自分には関係がない。冷めている自覚はある。一華ではなく麗奈であったら、客観的な意見だけを述べて、一度くらいは引き留めて、そのあとは麗奈に選択を任せる。でも一華は麗奈ではないし、友人だと思っていない。好きな子が自分以外の男のために、自身の一部を切り離そうとしている。そんな現実、受け入れたくないと思うのは当然だ。
 好きになってしまったから、縋るように引き留めている。
 翔真の足は諦めてもいい。自分にとって大事なのは翔真ではない。奈世から聞いた話なんて、なかったことにしよう。何もなかった、何も見つけなかった、何の収穫もない旅行だった。それでいいじゃないか。
 喉まで上がってくる言葉は、嫌われたくない一心ですべて呑み込んだ。

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