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第一部
10.食い違い
しおりを挟むΩが持つ発情期は各々によって違う。
それはラムダ国の研究者によって解明されたことだ。
男、女、α、β、Ωの中にもそれぞれ個体差があるのと同様に、初めて発情期が来る年齢や、発情期の期間、周期にも個人差があるのが分かっている。ある者は月に一度、ある者は年に一度なんてこともある。番が出来ると周期が安定する者もいれば、逆に不安定になる者もいる。本当に個体差がありすぎて、思考や性格と同じく一概にまとめるのは難しい、という結論を出した。
しかし、研究者たちはある傾向を掴むことに成功した。
Ωの発情期が来る頃合いは、その者が生まれた日の前後であるということ。一か月に一度来る者も、半年に一度来る者も、一年に一度来る者も、例に漏れず誤差は三日前後ほど。
その研究結果が解明されたのは、ヴェルナが生まれる百年ほど前だったらしい。故にウル皇国ではΩの生まれた日は、家族や恋人を除いて秘匿されるのが常だった。生まれ月までは言う事があっても、日にちまでは余程の関係を築いた者のみが知らされるのだ。毎年のお祝いは大抵、月初めにαもβもΩも祝われるのがウル式の誕生日の祝い方だった。
文化の違いはあれど、比較的Ωの地位が高い国では、誕生日のことは伏せるのが普通なのだが、ラナキア国はどうやら違うらしい。
ぽかんと口を開けているミュトラは、そんな事実は初めて知りました、と言いたげだ。はぁ、と思わず出た溜息を隠さず吐き出して、ヴェルナは膝に肘をついた片手で、頭を抱えたのだった。
事は数日前に遡る。
お前が知っている事を教えてほしい、と言われて以来、本当にいろんなことを彼に教えていた。今まで見てきた他国の民の事から、交易の事、どことどこの国が同盟関係で、対立関係がある国がどこなのかも、ヴェルナが知る限りのことは教えた。
そろそろ教えることが無くなってきたな、と思ったヴェルナは、興味本位で聞いてみたのだ。
「逆にお前が聞きたいことはねーの?」
ミュトラは少しだけ悩む素振りを見せた。いつもならすぐに答えが帰って来るのに珍しく言い淀んでいた。不思議に思いつつも、今更遠慮されるのもなんだか癪だったから言った。
「何でもいいぞ。俺が知っていることなら」
宙を彷徨っていた視線が、ヴェルナへと向いた。その瞳にはまだ少しだけ迷いがあるようだったけれど、口を開いたミュトラは言ったのだ。
「恥ずかしいことに、俺はΩについて殆ど知らない。だからお前が知っていることを出来る限り教えてほしい。勿論無理にとは言わない」
嗚呼そういえば、と考えた。前にΩについて教育を受けているのか、と失礼なことを聞いた時、否定していたことを唐突に思い出した。この国にもいるΩのことを知らずにいた態度を改めたい、ということだろうか。でも本人が学びたいというのなら、出来る限りのことはしてやりたい。そう思ったから、ヴェルナは頷いた。
「いいよ。でも再三言ってるが、俺は研究者じゃない。我流だし客観的に見れていない所もあるだろうから、裏付けが欲しいことはお前自身で調べた方が良い。それにこの国の教え方と違う事も多いはずだ。それでも構わないなら教える」
そう言ったのが数日前。
そして冒頭に戻るわけである。
いつも通りヴェルナは夜に離宮を訪れて、Ωのことをミュトラに教えていた。
Ωの体の構造。資質。それを除いては、αやβとほとんど変わりがないこと。発情期の周期について話していた途中のこれだ。
「発情期が生まれた日の前後に来るって話は、ラダム国の研究者がその研究結果を出してる。嘘だと思うなら調べてみると良い」
「嘘を言っているとは思っていない。ただ、本当に、驚いてしまって」
「まあΩ自体、お前にとっては珍しいものだろうしな」
王の寵愛を受けたΩは後宮に入る。後宮に入れるのは王と、王が認めた者のみだ。αであり王ではないミュトラは当然入れるはずがない。王のものに手を出せば、王族であろうが最悪斬首なんてこともあり得る。
それに、と思う。
Ωがミュトラの元に来ることはほとんどの場合、王と王妃が許さないだろう。跡継ぎは、次の王の血筋でなくてはならない。年功序列で次期王が決まるのなら、その椅子に座るのは第一王子のヴィシラだ。
そう思ったのだが彼は、そうではない、と言った。
「? そうではないってどういう意味だ?」
「Ωの発情期がその規則性を持っていたことを、俺は知らなかった。ラナキアでは誕生日に生まれたことを感謝する宴が開かれるし、贈り物もする。相手の誕生日を聞くことも、仲を深めるための常套句としてよく使われる。その危うさを今思い知ったんだ」
Ωに誕生日を聞くことは、ウルでは無作法と言われていたが、ラナキアではそうではないようだ。文化の違いだ、と言おうとして口を紡ぐ。その言葉で済むかと言われると、済むとは断言できなかったからだ。
特にαのミュトラには衝撃が大きかっただろう。万が一Ωの知り合いの誕生会に呼ばれた時、発情期が来てしまったら。双方望まない結果が起きてしまう可能性だってあった。
他にも、周期の法則を知っていた上でΩ相手に誕生日を聞くαがいたなら。Ωがその法則を知っていて、その日にわざと意中のαと時を過ごしたら。どちらの場合も最悪なことが起こり得る。
望まぬ形で番になった場合、関係の解消は出来てもΩは新たな番を迎えることは出来ない。本当に番になりたい相手に出会った時、その者と番えないのだ。現時点でその対処法はない。薬での治験もしていると聞いたが、いずれかの形の副作用があると聞く。
後者のΩの場合は自業自得でも、前者のΩの場合は理不尽に屈せざるを得ないことになる。
ミュトラも、その危険性を一瞬で理解したのだろう。
かなりのショックを受けているらしい。ミュトラは両手で顔を覆っている。その悲劇が起きていたら、と考えると気が気でないのは理解できる。
でも、と思う。
手を伸ばして右肩に触れた。びくりと体を揺らした彼の瞳がこちらを向く。
「今は発情を抑える薬を服用するΩが多いとはいえ、今まで何もなかったのは実際運が良かったと思う。だが、全てがお前のせいじゃない。そんなに気に病むな」
「それは、そうかもしれないが」
納得がいかないのか、ミュトラは視線を下げた。ふーと息を吐いて、背中を思い切り叩いてやる。大きく体を揺らしたミュトラの間抜けな顔が見えた。片頬を上げて言ってやる。
「起こっていない事に囚われるより、これからのことの方が大事だろ。後悔してんなら、他のΩの為にお前がこれから何が出来るか考えろ」
ぱちぱちと瞬かれた瞳。刹那、ふっと緩んだ薄水色が、柔らかな光を帯びる。
「そうだな。そうするよ」
自然と漏れた笑みのまま、うん、と頷く。
その場で蹲って嘆いてるくらいなら、他に出来る事をする方がいいのだから。
「他に聞きたいことは?」
「αとβとΩでは、筋肉の付き方に違いはあるのか?」
「さっきも言った通り、そんなに差はない。鍛えればαでもβでもΩでも達人になれる。ただ番を持つαは番を守る為に、身体能力を一時的に向上させることもあるらしいけどな。これも研究結果が出てる」
「なるほど」
あまり実感が湧かないのか、少しだけ顔を顰めている。何か実物が、と思ったところで、あ、と思う。
「どうせなら見てみるか? ほら」
袖のある服を捲り上げて、ミュトラの前に出してやる。えっ、と漏らした彼に構わず、座卓の上に乗っていた腕と並べてやった。鍛えているのか、ミュトラの腕は思ったよりもがっしりしていて、血管が浮かび上がっていた。こうして比べてみると自分の腕の方がやや劣る。武術をある程度は学んでも極めてはいないから、こんなものなのだろうが。
「ははっ。護身術程度しか身に付けてないから、あんまり参考にならないかもなぁ」
そう言いながら、ミュトラを見る。まじまじとこちらの腕を見ているようだった。本当に筋肉があるのか、と言いたいのだろうか。ムッ、としながら言ってやる。
「筋肉ねーなって? なんなら触ってみるか? ちゃんとあるから」
弾かれたように上がった視線。まんまるになった瞳は、本当に宝石のように美しく見えた。でも驚いているのは確かだ。やっぱり図星だったのかよ、と思っていたら、ミュトラは静かに言った。
「本当に触っていいのか?」
「? いいよ。ほら」
ずい、と彼の目の前に腕を出す。
数分後、後悔する事になるのも知らずに。
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