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サカキ
②
しおりを挟むちらりとユージローを見たサカキは、またヤマセへと目を向ける。
「その小童も、お前がこの店に人間を置いた理由を知りたがっているぞ」
ハッとして口を塞ぐ。すっかり失念していたけれど、彼のようなヒトならざる者には慧眼という能力を有しているヒトもいる。口を塞いだところで、思考が筒抜けなのはわかるが、そうせずにはいられなかった。
そんなユージローに、サカキは不思議そうな顔をしていたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。確かに気になっていたけれど、実際に聞いてしまうのは少しだけ怖い気もした。特に理由はない、と言われてしまった時、少なからず落ち込むと自分で解っていたからだ。
知りたいのに、知りたくない。
矛盾した感情を抱きながら、ヤマセへ目を向ける。
「全く、粋じゃないねぇ。キミみたいに誰も彼も心に思うことを口に出したいわけでもないんだ。隠しておきたいものを穿り出す必要はないだろう?」
呆れたような口調で、ヤマセはサカキを諭すように言った。その言葉の意味が理解できないのか、サカキは首を横に傾ける。
「そういうものか?」
「そういうものだよ。ボクたちと人は、似ているようで違う。本心が見えないのが普通なんだ。だからそうやって人の心を見透かして何でもかんでも口にするのは、人に対しては失礼だよ」
「そういうものか。では今回はワタシが悪いな」
すまない、と素直にユージローに向かって言ってきたサカキに、慌てて首を横に振る。
「いえ! 気になっていたのは本当なので! サカキさんが悪いわけではないです。僕の方こそすみません」
「? 如何して謝る? お前は何もしていないだろう?」
え、と言葉に詰まる。確かにサカキの言う通り、何もしていない。しかし相手を不愉快にさせたかもしれない、と思ったら自分も謝るべきだと思ったのだ。強いて言うなら、ユージローが思ったことをサカキが読み取って口に出したことで、サカキとヤマセの間に何か亀裂が入ってしまったかもしれない、と思ったら、謝罪が口をついて出ていた。
どうしてなのか、自分でも良く解らない。ただ、謝っておいた方が良い、という漠然とした思いがあるのは確かだった。
ふむ、と何やら思案顔をしてサカキは、改めて口を開いた。
「やはり人間というのは、何やら面倒な生き物なのだな」
「そ、そうですか?」
「ああ。お前が謝るのは、相手をこれ以上怒らせない為だろう? しかし、何もしていないのに相手が怒るのは、ただソレが怒りたいだけだ」
そう、なのだろうか。ユージローには解らない。此処に来てからは怒られることもほとんどない。怒鳴られることもない。ただ嫌味を言われた事はある。思い出すのはあの殿田のことだ。今でも時々思い出す。あの優越感に染まった笑みを。
「怒りたい者は怒らせておけば良いのだ。お前でなくても良いことに、振り回されてやる必要はない。お前が申し訳なく思う理由も、謝れと言われる筋合いもないのだ。相手を謝らせて、憂さを晴らしたいだけの馬鹿は放っておく方が良い。そういう輩は、ワタシたちが助けてやることもないしな」
サカキはそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。
それはヤマセが殿田に言っていた言葉によく似ていた。
だから何ですか、とヤマセが言ったように、ユージローも言えるだろうか。自分の前に跪かせて、自分の位置を確かめたいだけの人間に、毅然とした態度を取れるだろうか。もしも本当にそれができたのなら、僕は。
「そんな世間話は、まあ置いておいてだな」
深く潜りそうだった思考を遮られて、カウンターの木目を見つめていた視線を上げる。サカキはもうユージローを見てはいなかった。少し店の奥を見るように、視線を動かしている。
「ワタシは鍵を貰いに来たのだ。コーリはいるか?」
「あ、はい! 呼んできます」
「おう。頼む」
「ちなみにご要望の鍵はどのようなものですか?」
「ワタシの身を隠せる鍵が欲しくてな」
身を隠せる鍵。それは一体どんなものだろうか。どんなことに使われるのだろうか。
そうは思ったものの、くるりと踵を返す。さっきまでコーリは工房で黙々と鍵を作っていたから、声を掛ければすぐにこちらに来てくれるはずだ。カウンターを後にしたユージローの背中を、サカキが興味深そうに見ていたことなど、知る筈もない。
***
「確かに、お前が構う理由もわかる気がするな」
背中に掛かった言葉に、ヤマセはゆっくりと視線を彼に合わせた。それは揶揄いの混じるモノではなく、本当に不思議なものを見るような光を帯びている。例えるのなら、行きつけの店で何か真新しい売り物を見つけた時の光だ。
「あげないよ」
ヤマセの言葉に、今度はサカキがふん、と鼻を鳴らした。
「誰が横取りするものか。お前の報復の方が余程怖い」
「ふふ、良い心掛けだね。他のヒトたちにも他言無用で頼むよ」
「わかっているさ。しかし、あの者はとても危うい」
そうだね、と同意するように頷いた。危ういからこそ、ヤマセが此処で彼の世話――というほどのことはしていないが――をしている。それも理解した上で、サカキは言葉を続ける。
「純なモノは何色にでも染まる。この店の鍵のように、どんなものにも成り得る。そして壊れやすくもある。果たしてお前は、あの者を壊さずに元の世界に帰せるか?」
「どうだろうね」
「馬鹿が。そんな曖昧な言葉を誰が聞きたいと思う」
「曖昧ではないよ。どちらに転ぶのか、ボクにも結末がわからないだけさ」
此処は意思が何よりもモノを言う。立場も生き物としての強さも富も、何の役にも立たない。たださらけ出された心だけが、モノを言う場所だ。人の心というものは、簡単に操ることは出来ない。操るつもりもない。ユージロー自身が決めることを、ヤマセがとやかく口出しできることもない。
他の何者でもなく、彼が、彼自身の心が、決めるしかない。
「ただ彼が答えを決まるまでは、どれだけ時間が掛かろうが、止まり木になりたいと思っている」
「どんな結末を選び取ってもか?」
「ああ。それが彼の答えなら、ボクたちが口を挟むことは許されない」
「それはそうだが。そのままいかせるにはとても惜しいのはワタシにも解る」
そうだね、ともう一度同意した。
惜しい、とサカキが言う理由もヤマセは十分に理解している。しかしコトワリに反することは、すなわちこの店、もっと言えばこの世界の崩壊と同義だ。それはヤマセの本位でもなければ、コーリの本位でもない。ユージローだって望まないだろう。
彼がこの店を気に入っていることを、コーリもヤマセも良く解っている。彼の態度が、全て教えてくれるのだ。
「ま、気長に待つよ!」
あはは、と笑ったヤマセに、サカキは不満そうに口を尖らせた。
「ワタシはお前のそういう所が嫌いだ」
「え。もしかしてだから此処に来るの幾百年に一回なの?」
わざとらしくショックを受けたような顔をしているヤマセに、もう一度サカキがため息を吐く。そういうところだ、と言った小さな声は、店全体を照らしているやわらかな光に溶けて消えていった。
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