ご要望の鍵はお決まりですか?

晴なつちくわ

文字の大きさ
27 / 36
サカキ

しおりを挟む

 ちらりとユージローを見たサカキは、またヤマセへと目を向ける。

「その小童も、お前がこの店に人間を置いた理由を知りたがっているぞ」

 ハッとして口を塞ぐ。すっかり失念していたけれど、彼のようなヒトならざる者には慧眼という能力を有しているヒトもいる。口を塞いだところで、思考が筒抜けなのはわかるが、そうせずにはいられなかった。
 そんなユージローに、サカキは不思議そうな顔をしていたが、恥ずかしいものは恥ずかしい。確かに気になっていたけれど、実際に聞いてしまうのは少しだけ怖い気もした。特に理由はない、と言われてしまった時、少なからず落ち込むと自分で解っていたからだ。
 知りたいのに、知りたくない。
 矛盾した感情を抱きながら、ヤマセへ目を向ける。

「全く、粋じゃないねぇ。キミみたいに誰も彼も心に思うことを口に出したいわけでもないんだ。隠しておきたいものを穿り出す必要はないだろう?」

 呆れたような口調で、ヤマセはサカキを諭すように言った。その言葉の意味が理解できないのか、サカキは首を横に傾ける。

「そういうものか?」
「そういうものだよ。ボクたちと人は、似ているようで違う。本心が見えないのが普通なんだ。だからそうやって人の心を見透かして何でもかんでも口にするのは、人に対しては失礼だよ」
「そういうものか。では今回はワタシが悪いな」

 すまない、と素直にユージローに向かって言ってきたサカキに、慌てて首を横に振る。

「いえ! 気になっていたのは本当なので! サカキさんが悪いわけではないです。僕の方こそすみません」
「? 如何して謝る? お前は何もしていないだろう?」

 え、と言葉に詰まる。確かにサカキの言う通り、何もしていない。しかし相手を不愉快にさせたかもしれない、と思ったら自分も謝るべきだと思ったのだ。強いて言うなら、ユージローが思ったことをサカキが読み取って口に出したことで、サカキとヤマセの間に何か亀裂が入ってしまったかもしれない、と思ったら、謝罪が口をついて出ていた。
 どうしてなのか、自分でも良く解らない。ただ、謝っておいた方が良い、という漠然とした思いがあるのは確かだった。
 ふむ、と何やら思案顔をしてサカキは、改めて口を開いた。

「やはり人間というのは、何やら面倒な生き物なのだな」
「そ、そうですか?」
「ああ。お前が謝るのは、相手をこれ以上怒らせない為だろう? しかし、何もしていないのに相手が怒るのは、ただソレが怒りたいだけだ」

 そう、なのだろうか。ユージローには解らない。此処に来てからは怒られることもほとんどない。怒鳴られることもない。ただ嫌味を言われた事はある。思い出すのはあの殿田のことだ。今でも時々思い出す。あの優越感に染まった笑みを。

「怒りたい者は怒らせておけば良いのだ。お前でなくても良いことに、振り回されてやる必要はない。お前が申し訳なく思う理由も、謝れと言われる筋合いもないのだ。相手を謝らせて、憂さを晴らしたいだけの馬鹿は放っておく方が良い。そういう輩は、ワタシたちが助けてやることもないしな」

 サカキはそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。
 それはヤマセが殿田に言っていた言葉によく似ていた。
 だから何ですか、とヤマセが言ったように、ユージローも言えるだろうか。自分の前に跪かせて、自分の位置を確かめたいだけの人間に、毅然とした態度を取れるだろうか。もしも本当にそれができたのなら、僕は。

「そんな世間話は、まあ置いておいてだな」

 深く潜りそうだった思考を遮られて、カウンターの木目を見つめていた視線を上げる。サカキはもうユージローを見てはいなかった。少し店の奥を見るように、視線を動かしている。

「ワタシは鍵を貰いに来たのだ。コーリはいるか?」
「あ、はい! 呼んできます」
「おう。頼む」
「ちなみにご要望の鍵はどのようなものですか?」
「ワタシの身を隠せる鍵が欲しくてな」

 身を隠せる鍵。それは一体どんなものだろうか。どんなことに使われるのだろうか。
 そうは思ったものの、くるりと踵を返す。さっきまでコーリは工房で黙々と鍵を作っていたから、声を掛ければすぐにこちらに来てくれるはずだ。カウンターを後にしたユージローの背中を、サカキが興味深そうに見ていたことなど、知る筈もない。


 ***


「確かに、お前が構う理由もわかる気がするな」

 背中に掛かった言葉に、ヤマセはゆっくりと視線を彼に合わせた。それは揶揄いの混じるモノではなく、本当に不思議なものを見るような光を帯びている。例えるのなら、行きつけの店で何か真新しい売り物を見つけた時の光だ。

「あげないよ」

 ヤマセの言葉に、今度はサカキがふん、と鼻を鳴らした。

「誰が横取りするものか。お前の報復の方が余程怖い」
「ふふ、良い心掛けだね。他のヒトたちにも他言無用で頼むよ」
「わかっているさ。しかし、あの者はとても危うい」

 そうだね、と同意するように頷いた。危ういからこそ、ヤマセが此処で彼の世話――というほどのことはしていないが――をしている。それも理解した上で、サカキは言葉を続ける。

「純なモノは何色にでも染まる。この店の鍵のように、どんなものにも成り得る。そして壊れやすくもある。果たしてお前は、あの者を壊さずに元の世界に帰せるか?」
「どうだろうね」
「馬鹿が。そんな曖昧な言葉を誰が聞きたいと思う」
「曖昧ではないよ。どちらに転ぶのか、ボクにも結末がわからないだけさ」

 此処は意思が何よりもモノを言う。立場も生き物としての強さも富も、何の役にも立たない。たださらけ出された心だけが、モノを言う場所だ。人の心というものは、簡単に操ることは出来ない。操るつもりもない。ユージロー自身が決めることを、ヤマセがとやかく口出しできることもない。
 他の何者でもなく、彼が、彼自身の心が、決めるしかない。

「ただ彼が答えを決まるまでは、どれだけ時間が掛かろうが、止まり木になりたいと思っている」
「どんな結末を選び取ってもか?」
「ああ。それが彼の答えなら、ボクたちが口を挟むことは許されない」
「それはそうだが。そのままいかせるにはとても惜しいのはワタシにも解る」

 そうだね、ともう一度同意した。
 惜しい、とサカキが言う理由もヤマセは十分に理解している。しかしコトワリに反することは、すなわちこの店、もっと言えばこの世界の崩壊と同義だ。それはヤマセの本位でもなければ、コーリの本位でもない。ユージローだって望まないだろう。
 彼がこの店を気に入っていることを、コーリもヤマセも良く解っている。彼の態度が、全て教えてくれるのだ。

「ま、気長に待つよ!」

 あはは、と笑ったヤマセに、サカキは不満そうに口を尖らせた。

「ワタシはお前のそういう所が嫌いだ」
「え。もしかしてだから此処に来るの幾百年に一回なの?」

 わざとらしくショックを受けたような顔をしているヤマセに、もう一度サカキがため息を吐く。そういうところだ、と言った小さな声は、店全体を照らしているやわらかな光に溶けて消えていった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

溺愛兄様との死亡ルート回避録

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 魔術と独自の技術を組み合わせることで各国が発展する中、純粋な魔法技術で国を繁栄させてきた魔術大国『アリスティア王国』。魔術の実力で貴族位が与えられるこの国で五つの公爵家のうちの一つ、ヴァルモンド公爵家の長女ウィスティリアは世界でも稀有な治癒魔法適正を持っていた。  そのため、国からは特別扱いを受け、学園のクラスメイトも、唯一の兄妹である兄も、ウィステリアに近づくことはなかった。  そして、二十歳の冬。アリスティア王国をエウラノス帝国が襲撃。  大量の怪我人が出たが、ウィステリアの治癒の魔法のおかげで被害は抑えられていた。  戦争が始まり、連日治療院で人々を救うウィステリアの元に連れてこられたのは、話すことも少なくなった兄ユーリであった。  血に染まるユーリを治療している時、久しぶりに会話を交わす兄妹の元に帝国の魔術が被弾し、二人は命の危機に陥った。 「ウィス……俺の最愛の……妹。どうか……来世は幸せに……」  命を落とす直前、ユーリの本心を知ったウィステリアはたくさんの人と、そして小さな頃に仲が良かったはずの兄と交流をして、楽しい日々を送りたかったと後悔した。  体が冷たくなり、目をゆっくり閉じたウィステリアが次に目を開けた時、見覚えのある部屋の中で体が幼くなっていた。  ウィステリアは幼い過去に時間が戻ってしまったと気がつき、できなかったことを思いっきりやり、あの最悪の未来を回避するために奮闘するのだった。  

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...