ご要望の鍵はお決まりですか?

晴なつちくわ

文字の大きさ
30 / 36
サカキ

しおりを挟む


 明かりに溶けて消えていくきらきらとしたカケラは、夜空で無数に散らばって輝く星のように美しかった。圧倒的な存在感を持っていた凛々しく美しいツノは、もうその頭には存在しない。
 ユージローが思うに、あの牙とツノはとても大事なものだったはずだ。それこそ彼が神という存在であることの証明のような意味を持っているモノだと思う。それなのに、サカキは鍵を使うことによってその象徴を失ってしまった。
 更に言えば、それが全て無くなった後も、サカキは平然としていたどころか、猫や犬が毛を落とすのと同じように、頭を振っている。

「うむ、頭が軽くなったし、口元の邪魔もなくていい」

 サカキは満足げだ。ユージローには、どうしてそんなふうに思えるのか分からなかった。普通なら、大切なモノを失くして平然としてはいられない。大切なモノなら手放したくないと思う。金が大切な人は金に執着するし、恋人が大切な人は恋人に執着する。成功が大切な人もそうだ。
 なのに、サカキは違う。

「大切なモノだったんじゃないんですか?」

 思わずそう聞いてしまった。もしかしたら、ユージローが大切だと勝手におもっているだけで、サカキにとってはそうではないかもしれないと思ったからだった。
 頭に残っていた残骸を手で払っていた彼の指の爪は、すでに短くなっていた。手を覆っていた鱗ももうない。
 唯一この店に入って来た時と変わらない、赤いままの瞳がユージローを静かに見た。

「もちろん大切なモノだぞ」

 その声はやはり穏やかだった。大切なモノなのに、どうして。
 そう思ったユージローに応えるように、サカキは言った。

「しかしワタシがしたいことをする為には、これらは障壁だった。それだけだ」

 そんなに簡単に割り切れるものだろうか。ユージローが大切なモノを持っていたとして、それを捨てていかなければ前に進めないとしたら、サカキのように決断できるだろうか。前に進む道と、大切なモノが同じくらい大事なものだった時、片方を切り捨てる事なんて、自分に出来るだろうか。
 答えを求めるようにサカキを見ても、彼は微笑むだけだった。

「嗚呼、そうだった。コーリ、今回のお代はなんだ?」

 思い出したように声を上げた彼の視線が、コーリへと移る。ユージローの求めるものに答える気はないと言われた気がした。否、きっとそうなのだと思う。これは自分で見つけるべき答えなのかもしれない。彼がユージローとは違う存在だから、と片付けてしまってもいいのに、それは何故か出来なかった。

「アンタのたてがみを貰う」
「嗚呼、これか」

 コーリが指を差したのは、サカキの長い銀の髪だ。
 後ろに流したままだったそれを、彼自身の手で持ち上げたサカキは、やはり特に気にしてはいないようだった。何処で聞いたかは忘れてしまったが、髪は不思議な力を蓄える、というのを聞いたことがある。だから昔の人は髪を伸ばし、願いを込めるときに使ったのだと。もしも彼がそうであるのなら、その髪もまた大切なもののはずだ。

「全部か?」

 なのに、サカキは髪を差し出すことに抵抗も躊躇いもないようだった。

「いや、全部は多すぎる。胸から下を貰う」
「あいわかった。鋏を貸してくれるか?」

 戸棚を漁ったコーリが、大きめの裁ち鋏を差し出した。それを受け取ったサカキが、適当に髪を手前に持ってきて刃を添えたのを見て、ユージローが慌てて止めた。

「ま、待ってください! そんなことしたら、毛先が不揃いになっちゃいます!」
「? ではどうしろと?」

 それの何が悪いのか、と言いたげに首を傾げられて、堪らずにコーリを見る。彼はそうなることを予想していたのか、口元に笑みを浮かべてユージローを見ていた。

「龍のたてがみに触れる機会はそうそう無い。触らせてもらうのもいいかもな」
「おお、それはつまり小童が切ってくれるということか」
「えっ! 僕がですか!?」

 終わったら教えてくれ、とだけ言うと、コーリはさっさと店の奥に退散してしまって、立ち尽くすユージローと、カウンターの向こう側の椅子に腰かけているサカキだけが残された。
 ちらりとユージローがサカキを見れば、口角を緩く釣り上げたサカキが鋏を差し出してくる。

「やってくれるか? 小童」

 そう言われてしまえば、断るわけにはいかなかった。
 それにコーリが言っていた、龍のたてがみ、という言葉に惹かれないわけはない。人間ではないことは知っていたけれど、実際に龍と対面できることなんて、コーリの言う通りそうそうない。自分の元いた世界の記憶はなくても、龍がとても珍しい生き物であることは知っている。地域によっては、神様と同等の存在として捉えられている。サカキが何処かの地で祀られている龍神だとしたら、さっきのコーリとのやりとりも納得がいく。

――ワタシは、自身では何の行動もせずにワタシにばかり押しつけてくる人間が嫌いなだけだ。

 さっきのそんな言葉を思い出して、重みがまた増した気がした。

「わかりました。やらせてください」

 鋏を受け取りながら言ったユージローに、サカキはとても柔らかな笑みを浮かべた。

「よろしく頼むぞ、小童」

 まああんまり気負うな、という気遣いにユージローは笑いながら、サカキのいるカウンターの向こう側へと足を向けた。


 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...