ご要望の鍵はお決まりですか?

晴なつちくわ

文字の大きさ
32 / 36
佐々木

しおりを挟む


「どうすればいいんだろう」

 心底困っている声が、すでに闇が降りたコンクリートに落ちる。
 ポケットの中にも、通勤バッグの中にも、探しているものは見当たらない。それを確認してから、佐々木は大きな溜め息とともにガックリと肩を落とした。
 全くツイてない。
 家の鍵を落として入れないなんて、なんという不運だ。
 くるりと手首を回して見た腕時計は、もうすでに両針が12時を差そうとしている。どこで家の鍵を落としたのか分からない今、下手に動けない。
 会社で落としたのかもしれないし、通勤電車、バスの中で落としたのかもしれない。
 とりあえず家からバス停までは歩いてみたけれど、やっぱりそれらしきものは見つからなかった。
 ああもうなんてことだ。
 佐々木はガシガシと自分の頭を掻いた。その衝撃で揺れた眼鏡のせいで、視界までぐらぐらと揺れる。まるで自分の状況を表しているようで、さらに気分は下降していった。
 目に入った革靴は、長い間手入れをしていないせいで大分くすんで見える。
 こんなに夜遅くまで働いて、明日も朝早くに出勤しなければ行けないのに。
 もういっそのこと会社に泊まったら良かったんじゃないのか。もう最悪だ。家に帰りたい。帰れないけど。
 ふてくされてその場に座り込んでやろうか、と思いながら、ふと顔を上げた時だ。

 数メートル先に、明かりが灯った一軒家があるのが見えた。
 大抵の場合、一軒家であってもカーテンが引かれ、そんなに光が漏れていることはない。しかしそこだけは、佐々木を手招くように煌々と明かりが漏れている。
 それが何故だったかは、分からない。
 佐々木の足は、考えないうちにその明かりへと向かっていった。

 明かりの前にたどり着くと、扉の前に木目の置き看板が一つあった。

「……『どんな鍵でも作り〼』?」

 たった一言、赤字でそう書かれている。
 何だそれ。どんな鍵でも、って一体どういう意味だ。じゃあ今すぐ落とした家の鍵も作れるっていうのか? どうせマスターキーが無いと無理って言うに決まってる。
 フン、とバカにしたように鼻から息を溢して顔を上げたのと、横開きの扉がガラガラと開いたのはほぼ同時だった。

「うわッ!?」
「ヒッ!?」

 突然声を上げられたせいで、つられて変な声が出る。
 よく見てみると、扉の向こうに立っていたのは、佐々木よりも若く同じくらいの背丈の青年だった。人畜無害そうな、黒のミドルエプロンをつけた真面目に見える青年は、佐々木を見つめて固まっている。同じく佐々木も、自分の通勤カバンを抱きかかえて固まっていた。

「ほーらね、言ったとおりだろ?」

 軽い調子の声が聞こえたと思ったら、青年の後ろから、声と同じくチャラついた高身長の男が顔を出した。今どき珍しい着流しを着て、明かりの色が透けるほどに色素が薄い髪色をした男だった。青年とのギャップに、ポカンと口が開く。
 こんばんは、と挨拶してくる彼に、はあ、と言いながら頭を下げておいた。

「お客さんが来たって解ってたのなら、僕にわざわざ行かせる必要ありました? ヤマセさんの方が扉に近いじゃないですか!」
「だってボクは別にこの店の店員じゃないしぃ」

 ケタケタと笑いながら店の中に引っ込んでいく、そのヤマセという男。
 どうやったらこの二人に接点があるんだ? と思ってしまうほど見た目が違いすぎる。
 だからって変なこと言って脅かすのはやめてください! と青年が男の背に投げかけている言葉はご尤も過ぎて、勝手に目の前の青年を哀れんでしまった。
 いるよな、そういうやつ。全然関係ない部署なのに、なんだかその場に溶け込んでる上に、波紋起こしてからどっか行くやつ。めちゃくちゃ迷惑なんだよな。
 通勤カバンを抱きしめながらそんなことを考えていた佐々木に、あっ、と声が掛かったところでようやく意識が目の前に帰ってくる。
 眉を下げて笑った青年が、ペコリと頭を下げてから言った。

「挨拶もせずにすみません。いらっしゃいませ。僕はユージローと言います。あなたも何かの『鍵』をお探しですか?」
「あ、えっと、家の鍵を失くしちゃったんですけど」
「えっ! それは大変ですね。どうぞお入りください」

 半身にして店の中へ促すユージローという青年。慌てて両手を顔の前で振る。明らかに怪しい店に入るわけにはいかないし、そもそも用意できるわけなんてない筈だ。

「あ、でも! マスターキーがないと普通鍵って作れないですよね? だから、」
「普通はそうですね」

 だからいいです、と断ろうとしたのに、言葉を遮って同意するようにユージローは頷いた。それから、でも、と口元に笑みを乗せて彼は言ったのだ。

「この店は、少し特殊というか、普通じゃないので。マスターキーがなくても作れますよ」
「えっ」

 その普通じゃないとはどういう意味だ。
 まさかヤバい組織とかそういう漫画でしか見たことないようなものと、繋がりがあるとか。いやいやそんなまさか。いやでも怪しすぎる。
 そんな疑問を頭の中でこねくり回していたら、ユージローは笑って佐々木の後ろまでやってくる。

「そんなに身構えなくても大丈夫です! 百聞は一見にしかず! 入ってみてください!」
「えっ、えぇ!? わっ!」

 あれよあれよという間にカバンを取られて、そのまま背中を押される。
 気弱そうにみえるのに、結構強引だなこの青年!
 そんな心の声がユージローにもちろん届くはずなどなく、佐々木はついにその店に足を踏み入れてしまうことになったのだった。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

処理中です...