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 翌日、四十四階からスタートする。
 代わり映えのしない景色、似たような敵が徘徊する中、兄は的確に敵が少ない道を選んで進んでいく。
 複数体の敵に囲まれても危なげなく、兄が突撃し、サラが魔法で攻撃し、リアムが強化と回復を担当する。
 リアムの魔法効果は、サラよりもずっと高い。
 兄が複数敵から攻撃を受けて体力を半分減らしても、低位の回復魔法一つで全快しているのである。
 サラには無理だ。
 そのことに、気づいた。
 レベル差はあるだろうけれども、それにしても。
 戦闘後の移動中、サラはリアムに話しかける。
「リアムさんが魔法攻撃した方が、戦闘時間短くて済むんじゃないでしょうか」
「どうしてそう思うんです?」
「魔法効果が、私よりもずっと高いです。レベル差かと思ったんですが、それにしても…」
 リアムは驚いたように軽く目を瞠ったものの、すぐにいつもの笑顔になった。
「では次の階に行くまで、役割を交代してみましょうか?」
「はい、お願いします」
 その後交代してみた所、魔法攻撃の威力もサラよりもずっと高かった。
 オーバーキル気味になってしまい、魔力がもったいないとすら思ってしまう。
 サラが七十階を踏破できる頃にはリアムのようになれているだろうか。
 魔法の威力がサラと比べて桁違いであり、疑問に思う。
 兄は前衛だが魔法攻撃を使うこともある。
 確かに兄とのレベル差を感じるが、リアムとの絶望的とも言える程の実力差を感じたことはなかった。
 同じ回復魔法を使っても、リアムとサラでは回復量が全く違うのだ。
 今後、強敵揃いの階層に到達した時、己の力不足のせいで支えきれなかったらどうしよう、と不安がよぎる。
 回復魔法も、今は兄が危機的状況に陥ることがない為安全に回せているが、一撃のダメージが重い敵に当たったとき、魔力効率の面からもリアムに比べて貧弱であると実感せざるを得なかった。
 リアムが標準なのだとしたら?
 兄は前衛だ。
 いずれ後衛としての能力は、サラが上回る日が来るだろう。
 だがリアムとの差は縮まるとは思えない。
 今まで同じような強さのパーティーメンバーと攻略を共にすることはあっても、力不足を感じることはなかった。
 もし、今まで組んできた人達のレベルが低かったのだとしたら? 
 実は私のレベルも全く足りていないのではないだろうか。
 不安に苛まれ、自然俯き加減になった。
 今まで誰にも指摘されなかったことが辛かったし、問題ないだろうと考えていた己が恥ずかしかった。
 何故もっと早く気付かなかったのだろう。
 四十六階へ向かう途中、クリスがずっと黙ったままのサラに気づき、声をかけた。
「サラ、どうした?顔色が悪い」
「えっあ、ううん、大丈夫」
「…大丈夫に見えないぞ。リアムさん、すみません少し休憩していいでしょうか」
「はい、もちろん」
 リアムの気遣わしげな表情に、気がついた。
 テーブルとイスを出してくれた兄に礼を言って、腰掛ける。
 マジックバッグから果実水を取り出して振る舞い二人から礼を言われたが、首を振る。
「どうした?体調が悪い?」
「違うの。ちょっと落ち込んで」
「…何で?」
 首を傾げる兄に、話すか迷う。
 リアムを見ると、目が合った。静かな表情に、決意する。
「リアムさん、いいですか?」
「…ええ、構いませんよ」
 兄に顔を向け、先程のことをかいつまんで話をした。
「私自身、今までランク相応だと思っていたけど、もしかして弱い?皆気を遣ってくれていた?リアムさんと私では、魔法効果が全然違う。レベル差はもちろんあると思う。でも私の十倍…回復魔法に至っては二十倍くらい違うの。装備品ですか?魔法効果を上げる付呪具って、存在するのでしょうか」
 自分はランク相応の実力の持ち主だと思っていたが、思い上がりだったのだろうかと思えば芯から冷える心地がした。
 リアムは人間だ。
 魔力が高く、魔法を使うことに特化したエルフではない。
「元神官、というお話ですし、何か特別なご加護があるんでしょうか?私がリアムさんと同じくらいのレベルになった時、追いついているとはとても思えない…」
 話を聞いていたクリスはリアムを見、サラを見た。
「…サラ、リアムさんはアルスタイン国の人だ。生まれた時から精霊の加護持ちだよ」
「…えっ?本当に!?」
 アルスタインとは、この世界の成り立ちの中心となっている国である。
 別名精霊王国と呼ばれ、千年の昔、神と精霊王、そして魔王との協定により今の大陸が出来た時、精霊王は巫女姫と共にアルスタイン国の礎を築いた。
 王として即位したのは二人の息子であり、アルスタイン王家は精霊の血を引く唯一の家系である。
 その後代々生まれる巫女姫に精霊王は自らの加護を与えて守り、精霊達はアルスタインの民を守っているのだという。
 アルスタインの民は、全員が精霊の加護を持つ。
 魔力がなくとも精霊の力を借りて生活魔法を使うことができるという話だった。
 国民全員がそうであり、魔力を持つ者はさらに強力な魔法を使うことが出来ると言われ、その中でも精霊と直接契約できた者は選ばれし者として、アルスタイン国においても成功が約束されているという。
 歴史として習い、物語としても数多く存在している。
 精霊という存在は、他国の者にとってはおとぎ話の世界であった。
 だが確かにアルスタイン国は存在し、巫女姫は実在するのである。
 リアムを見れば、困ったように眉を寄せ、申し訳ないと謝罪した。
「正直、気づかれるとは思っていませんでした」
「…それはどういう意味でしょう?」
 兄妹を交互に見やり、リアムは姿勢を正す。
「今まで色々なパーティーに参加してきました。これは昨日お話した理由からです。後衛が複数いるパーティーももちろんあった。けれど誰一人、私の魔法効果が人より高いことに気づいたメンバーはいませんでした」
 そう言って、にこりと笑った。
「サラさんの能力は素晴らしいものです。ランク相応、とおっしゃいましたが、それ以上に努力していらっしゃる。熟練度は、ランクでは計れません。昨日の三人、同じBランクでも天と地程の実力差があることがそのことを証明している。あなたは弱くありません。むしろ、強いですよ」
「そうだよ、サラ。妹だからという理由だけで、一緒にダンジョン攻略をしたいとは思わない。命がかかっているんだから」
「リアムさん、お兄様…」
「リアムさんは王国人で加護持ち。合ってますね?」
 兄の真剣な問いに、リアムは困惑の色を乗せた。
「…それは、どうやってお気づきになったのでしょう。アルスタイン国出身の冒険者の数は多くないですし、ほとんどの者は隠しているはずです」
 この世界は「神と精霊」のおかげで成り立っている。精霊の加護持ちであるというだけで、特別視されたり、狙われたりするのだった。
 王国人と婚姻して王国に籍を移せば、生まれた子供は加護持ちとなる。
 精霊の加護とはシンプルであり、「王国人に与えられる贈り物」なのだ。
 悪用しようとする者は後を絶たず、王国人は他国において自衛の必要があるという事実は、悲しいものだった。
「昨日の祈りです」
「…祈り、ですか?」
 兄は見様見真似で祈りの形を作ろうとしたが上手く行かず、ただ指先を遊ばせているだけのように見える。
「私達に精霊の加護をと祈ってくれた時の、精霊の印。あの結びは、精霊王国出身の神官にしか許されないものと聞きます」
「あっ…」
「精霊の加護を実際に持つ王国人の祈りは、特別だと聞いています。他国の者が受けることは名誉なことだとも」
「…ああ…そんな基本的なことを私は…」
 神官失格だ、いや元神官ですけども、と頭を抱えて一人唸る様子は、サラ達と変わらない一人の人間の姿だった。
 兄を見れば、少し強めに頭を撫でられた。
「精霊の加護持ちと、比べることが間違ってる。王国人は精霊に愛され、獣人族は魔力を全て戦闘力に変換する術を持つから、身体能力がずば抜けて高い。エルフ族は精霊と親和性が高く、これまたずば抜けた魔法の才能を持つ。…俺達普通の人間は、日々努力するしかない。そうだろう?」
「…お兄様…」
 兄や王太子も、獣人の仲間と共に行動するうちに、同じような劣等感に苛まれたことがあるのだろう。
 兄の言葉は慰めのようであり、残酷に現実を突きつけるものでもあった。
「…そうだね。今まで通り、頑張るしかないんだね」
「うん。悩む暇があったら、努力するしかないんだよ」
「…お二人は、素晴らしいですね」
 リアムが感動したように呟くが、兄妹は二人揃って首を傾げる。
「冒険者として名を上げたい、と目指した時から、やることは一つですからね」
「ええ、そうやって、一途に向かっていける強さが、とても素晴らしいと思います。…人は弱い生き物です。現実を受け入れられず、潰れていく人達を多く見てきました」
 そして、右手の中指に嵌めていた指輪を一つ、取り外す。
「私は光の精霊と契約をしています。ですので、私が得意とする魔法は光属性なのですよ。回復は最たるもので、二十倍、とおっしゃっていたのは、精霊の力によるものです」
「光の精霊…」
「下位精霊ですので、会話はできません。何となく意思の疎通ができるくらいで」
 そう言って、右手の人差し指を立てて空へと向けて微笑んだ。
 兄妹には何も見えないが、もしかしたらそこに精霊がいるのかもしれない。
 見守る二人に視線を向けて、リアムはテーブルに置いた指輪に触れた。
「精霊の契約は人間の都合でできるものではありませんので…。代わりといっては何ですがこれの情報を。この指輪は、全属性の魔法効果を十パーセント、高めてくれます」
「えっ…」
 兄が立ち上がって身を乗り出した。
「その指輪は、どこで!?…聞いたことがない。ドロップ品?…付呪具でも聞いたことがない。作れる職人がいるのですか!?いったいどこに?」
 これほど真剣にアイテムを欲しがる兄の様子を今まで見たことがなかった為、サラも驚いたのだが不思議と冷静になることができた。
「お兄様、落ち着いて。リアムさんがびっくりしてる」
「あ、…いや、失礼。そんなアイテム、初めて知った」
「この指輪は、そう簡単には手に入りません。現在所持しているのは、私の所属するパーティーメンバーと…ほんの一部ではないでしょうか。売ってくれと言われても、売却することはないでしょう。この指輪の価値は、言わなくてもおわかりだと思います」
 兄妹は頷いた。
 現在最高の付呪具でも、防御系で三パーセント、効果アップ系は一パーセント程度である。
 ありえない程に破格な性能なのだった。
「ドロップ情報も、職人情報も全く出回っていない。これほどの効果がある指輪、他に知らない。本当にレアな素材を使うのか…ドロップ率が低すぎて誰も手にしていないのか…値のつけようもない。魔法使いなら垂涎の品だし、国宝級といっても過言ではない。…一体どこで…?」
「…一つお聞きしますね。クリスさんはこの指輪を手に入れたら、どうしますか?」
 リアムの問いに答える兄は簡潔だった。
「決まっている。サラに渡す」
「えっ!?お兄様!?」
「サラさんに?」
 兄はサラを見下ろした。
「俺は魔法より剣で戦う方が好きだし、得意だ。おまえは逆だ。俺がパーティーで活動していた時、おまえは一人で頑張っていた。嫌な思いもたくさんしたんだろうに、挫けることなく前に進んでいる。毎日、俺と一緒に剣の鍛錬もこなしながら、魔法をずっと頑張っている。俺は知っているし、両親も知っている。ずっと真面目に努力してきた。種族や出身国の差は仕方がない。それでも諦めずに頑張ろうとするおまえが、持つべきだろう?そうしたらもっと、前を向いて頑張れるだろう?」
「…お兄様…」
 ここに、自分の努力を見てくれている人がいるのだと思うと、サラは満たされたような思いがした。
「リアムさん、教えて下さい。俺はサラの為に、その指輪が欲しい」
 テーブルに手をついて、兄が頭を下げた。
 サラも立ち上がり、同じように頭を下げる。
「お願いします、リアムさん」
「顔を上げて下さい、お二人とも」
 指輪を指に嵌め直し、笑いながらリアムは頷いた。
「ええ、わかっていました。きっとそう言うだろうと。この話をした時点で、お教えしようと思っていました。でも重要なことなので、確認しなければなりませんでした。…では一つお願いがあるのです」
「はい、何でも言って下さい」
「来週、五十階のボス、セルケトを倒す予定と伺いましたが、それに同行させて頂けませんか?」
「え?…それはもちろん、願ってもないことですが」
「メンバーはここにいる三人で、お願いします」
「わかりました」
 兄が了承すると、リアムは優しく微笑んだ。
「では先に進みましょう。まだ先がありますからね」
「はい。…サラ、行けるか?」
「はい!ご心配おかけしました。もう大丈夫です」
「良かった」
 そこからは順調に進んだ。
 四十五階から出現するダークスコーピオンの猛毒をかわしながら倒し、高く売れる角や甲殻に喜びながら先を目指す。
 四十九階をクリアした時には、午後三時だった。
「昨日の邪魔がなければ、もっと早く到達していたな…」
「いい経験をしたと思わないと…それに、リアムさんと知り合えたのは、あの三人のおかげだよ」
「不本意だが、確かにそうだ」
 兄妹は揃ってリアムに向き直り、頭を下げた。
「いい経験と、出会いができました。来週も、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。では分配をして、帰りましょう」
「はい!」
 戦利品は、持ち帰る。
 高く売れる店に売る為、家に帰ってから整理をするのだ。
 家具に使う素材であるなら家具屋に、薬で使う素材であれば薬屋に。
 素材の買い取り屋に売ると安く買い叩かれるので、直接取引をするのだった。
 それも、十歳の頃からこつこつと信頼関係を積み上げてきた結果ともいえる。
 今回は兄と戦利品の内容は同じなので、兄と相談して手分けして売りさばくことにする。
 兄には兄の販売ルートが、サラにはサラの販売ルートがあり、それぞれ得意な素材があるのだった。
 ダンジョンを出た所でリアムと別れ、帰宅の途に着く。
「リアムさん、いい人だったね」
「精霊と契約できる人って、今ではすごく貴重らしい」
「そうなの!?」
「精霊に気に入られるってことだからな。人として素晴らしいんだと思う」
「すごく親切にしてくれたし、なんだか私達のこと気に入ってくれたみたいだよね」
 見知らぬ人とパーティーを組んで、いい人と出会えて良かった、と思える経験はサラには数える程しかない。
 上機嫌で答えるが、兄は渋い顔をした。
「…ああいうタイプが好みなのか?」
「…え?好み…とは?」
「いや…その。結構男前だったよな」
「ああ、うん。そうだね」
「それだけか?」
 何故か真剣に問われ、サラは首を傾げた。
「年の離れたお兄様がもう一人いたら、こんな感じかなって」
「…そうか。ならいい」
「美形はお兄様もお父様も、王太子殿下も、たくさんいらっしゃるからそんなに気にしないかな。中身の方が大事じゃない?」
 外見が美しく整っていても、中身が残念な人をたくさん見て来たサラにとっては、人柄の方が重要であると断言できた。
「そうか…」
「そういうお兄様は好みのタイプってどんな人?」
 逆に聞き返せば、兄は途端困った顔をした。
「うーん、そうだなぁ。顔だけ綺麗でもな。やっぱり人間中身だよな」
「うんうん、そうだよねぇ」
 二人揃って頷いて、ため息をつくのだった。
 「中身が大事」と言ったところで、中身は目に見えないのだ。
 知り合って初めて見えてくるものであって、兄妹にとって「タイプ」の人に出会うのは難しいなと思うのだった。
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