【完結】前世ハイスペックブサメンの俺、今世ではイージーモードを歩みたい

影清

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263. 決着をつけた俺4

 先王が、何をしにここへ?

 目を瞠りながら、侯爵は先王を見上げた。
 先王はただ、憎悪に燃える瞳で見下ろしてくるだけだった。
 なぜそんな目を向けられなければならないのかと、怪訝に眉を顰めたものの、侯爵はその場に膝をついたまま、動くことはしなかった。
 先王の手には、鞘に入ったままとは言え、剣が握られていたからだ。
 不吉な予感だけはひしひしと感じ、侯爵は無意識に緊張した。
「余は、この日を待っていた」
 静かに語り出す先王は、まっすぐ侯爵を見下ろしていた。
「放っておいても死罪だが、それでは余の気が済まぬ。その為に、ここに来たのだ」
 先王は、十歳で王位を継いだはいいものの、肉体的にも精神的にも弱く、当時秘書官だったシェルダン伯爵にべったりとくっついて回る、雛鳥のようだった。
 自分で決断することが出来ず、何をするにも伯爵の判断を仰ぐような、王だった。
 王妃を迎えてからは随分と落ち着き、第一王子が生まれてからは、王としてしっかりと立つことが出来るようになっていた。
 が、側妃が第二王子を生んですぐ、王妃が亡くなり、また先王は引きこもりがちになり、第一王子を亡くしてからは完全に、表には出て来なくなった。
 貴族達が先王の声を聞いたことがある期間は、とても短い。
 ほんの数年。
 だがその頃の明朗な先王が、今目の前に立っていた。
 侯爵は忘れ去っていたあの頃の記憶が、朧気ながらも蘇り、自然と頭を垂れようとしたが、聞き捨てならぬ事を言われ、顔を上げざるを得なかった。 
「…お、お待ち下さい、死罪とは…どういう…!?」
「第一王子ミカエルの暗殺未遂。暗殺ギルドに依頼したのがそなたであると、証拠が上がった」
「…なっ…馬鹿な!」
「王宮の秘密通路を漏らしたのは、王妃だそうだな。王妃はもう、死んだ」
「…う、嘘だ…レティシアが、死んだなどと…!!ヘンリーは、レティシアは病気療養で王宮を辞した、と…!」
 焦る侯爵を見下ろしながら、先王は馬鹿にしたように口元を歪めた。
「王妃が死んだとなれば、フィリップの即位に差し支える。死を公表するのは即位後、落ち着いてからになるだろう」
「……、……そ、…そんな、……!」

 表向きは病気療養、ということにしておいて、実際にはもう死んでいる。
 金と権力を使って情報統制をし、自陣に有利に働くよう操作する。

 ボイル侯爵には、痛い程理解が出来た。
 己もまた、取ってきた手段だったからだ。
 ヘンリーが見せた新聞の記事は、王弟が有利であるかのように書かれていた。
 シェルダン伯爵が、手を回したのだろう。
 伯爵を見れば、厳しい表情でこちらを見ていた。
 
 どうしようもない。
 もう。
 挽回の余地がない。
 かくなる上は。

「せ、先王陛下…!」
 侯爵は、土下座した。
「わたくしは、今から王弟殿下におつきします!」
「…何だと?」
「商会も領地も、全て差し出します!他国の商会との個人的な繋がりもあります!必ずや、王弟殿下のお役に立ちますゆえ、命ばかりはお助け下さい!!」
「…はっ、ゲスは所詮、その程度か」
 嘲笑したのは、車椅子に腰掛けた、シェルダン伯爵だった。
 先王は、じっと返答を待つ侯爵の後頭部を見下ろしながら、口を開いた。
「暗殺ギルドを利用していたことを、認めるのだな」
「…み、認めます…!ミカエルは、魔力なしの無能でした…!それが表沙汰になれば、レティシアの汚点になると思い、憂いを消そうとしたのです…!」
「単に、第三王子が即位するのに、邪魔だったからであろう。第二王子へも暗殺者を送り込んでいたことは、調べがついておる」
「…そ、それは…」
「宰相が後ろ盾についている王子達が台頭しては困る、という、そなたの権力欲の為であろうが。他人を理由にし、自己を正当化する。王妃レティシアも、ヘンリーとかいうそなたの息子も、そなたにそっくりではないか。さすが親子よな」
「……、…っ、そ、そんなことはございません!わたくしはいつも、国家の繁栄の為に働いて参りました!!」
「笑わせるな。では余の王妃も、第一王子マイルズを殺したのも、国家の繁栄の為だと言うのか…!!」
「……!?」
 先王の静かな怒気に、侯爵は床へと向けた顔がひきつるのを止められなかった。

 なぜ。
 なぜ、知っている。

 土下座した侯爵の身体が震え出したが、先王の怒りは収まらなかった。
「側妃と一夜を共にしてしまったことは、余の不注意であった。余は、王妃一人がいればそれで良かったものを、酔っていたからと言って、視察先の寝所に女がいて、気づかなかったことは不徳の致す所であった。女が子を身ごもってしまったことも、仕方がない。…しかし、その女を送り込んだのが貴様であること、王妃に毒を盛り続け、衰弱させたこと、マイルズを事故に見せかけて殺したことは、絶対に許さぬ…!!」
「…な、…なんの、ことでございますか…!?わ、わたくしは、全く記憶に、ございません!!…ヒィッ!!」
 鞘から剣を抜く音が聞こえた瞬間、侯爵の首筋にひやりと冷たい感触が当てられた。
 生温かいものが首筋を伝う感覚があり、ビリビリと痛む。
 斬られたのだ。
 大きく身体を震わせる侯爵に剣を突きつけたまま、先王は吐き捨てた。
「同じ暗殺ギルドを利用したのが、間違いであったな。第一王子ミカエル、第二王子アルヴィスの暗殺未遂の証拠と共に、余の王妃と第一王子の暗殺の証拠も出て来たのだ」
「…そ、…そんな……」
「余が今まで生きてきたのは、今日この日の為である。王妃と第一王子を殺した貴様を、断罪できる日が来るのを、待っていた…!」
「へ、陛下、お待ち下さい、そんな、なぜ…!」
「貴様の娘は、顔は良くても出来は悪かった。余はマイルズが望むならと思っていたが、マイルズ自身が他の令嬢を気に入った」
「……!!」
「それが、貴様は気に食わなかったのだろう。伯爵令嬢だったが、聡明な娘だった。王妃となるのに、侯爵令嬢でなければならない、という法はない。婚約解消の話が出てすぐ、マイルズは死んだ!!」
「……っ」
「貴様が殺したのだろうと思っても、証拠は見つからなかった!!だがっ!!ようやく!!ようやくだ!!あっははは、はははははは!!」
 先王の哄笑は、一際大きく牢内に響きわたり、侯爵は肥え太った身体を小さく丸めて、震えた。

 バレた。
 もう、終わりだ。
 プロの暗殺ギルドでは、なかったのか。
 機密を簡単に漏らすだなんて。
 ありえない杜撰さだ。
 
 東方地域の暗殺者達は、暗殺から手を引いた。
 先細りするしかない稼業は辞め、地域全体が平和的に繁栄していける方向へと、舵を切ったからだった。
 部族の為、鎬を削って生きていた東方地域の暗殺者達は、腕が良かった。
 ミカエルやアルヴィスによって失敗が続き、立て続けに有能な暗殺者を失うまでは、順調に稼げる職業だった。
 が、時代が変わったのだ。
 
 滅びを選ぶ部族は、いなかった。
 暗殺対象としていた者に地域を救われ、忠誠を誓った。
 過去の情報を渡すことなど、造作もないことだ、ということを、侯爵は知る由もない。 

「…わ、わたくしは、裁判を受け、死刑になるのですか…」
 どんなに腕のいい弁護士を雇った所で、王族への犯罪は、一族郎党死罪である。
 証拠も握られているのなら、弁解も出来ない。
 侯爵は、己の敗北を悟らざるを得なかった。
 
 もう、無理だ。
 長年続いてきた侯爵家が、自分の代で終わるのだ。

 どうにか、ならないのか。
 助かる方法は。
 
 侯爵は今まで生きてきた中で、最も脳を働かせた。
 なんとか生き残る方法を考え、そして気づいたのだ。

 先王達が、わざわざここへとやって来た理由に。
 
「せ、先王陛下、何を、お望みでしょうか…?」
「…望みだと…?」
「わ、わたくしに、何かをお望みだからこそ、ここに、いらっしゃったのでは…?」
「……」
「領地でも商会でもないのなら、わたくしが持つ、情報でしょうか…?」
「……」
「何でも、差し出します。…ですからどうか、証拠を裁判所に提出するのは、おやめ頂けませんか…?」
「……」
 
 そうだ、わざわざここに来た、ということは、まだ暗殺の証拠は第二騎士団の手に渡ってはいないのだ。

 証拠をチラつかせて脅迫し、侯爵から何かを得ようとしている。
 気づいた侯爵は、顔を上げた。
 が、そこから先は視界が暗転し、意識が落ちた。

「…余がここにわざわざ足を運んだのは、貴様を殺す為だ、侯爵」

 剣が突き刺さった首から、大量の血飛沫が飛んだ。
 返り血を正面から浴びながら、先王は清々した、と呟いた。
「陛下。気は、お済みになりましたか?」
 シェルダン伯爵から静かに語りかけられ、先王は笑顔で振り向いた。
「ああ、すっきりした。もうここに用はない。アンダーヒルに帰ろう、ビル」
「そう致しましょう。二人で静かに、過ごしましょう」
「車椅子は余が押そう。卿は後を頼む」
「御意」
 血に染まった先王に浄化の魔術をかけ、ビルと呼ばれたシェルダン伯爵も優しい笑顔を浮かべて、先王と二人牢を出て行くのを、宰相の首席補佐官ジェームズは、頭を下げて見送った。
 
 先王は、侯爵を殺す為に王都に来た。

 用が済んだから、帰るのだと言う。
 シェルダン伯爵も共に。
 
 フィリップ殿下が即位する道筋は出来たから、もう自分の出番はない、と伯爵は言った。
 ジェームズが手を下すまでもなく、あっさりと父は先王と田舎へ引っ込むと言ったのだった。
 
 「後は、好きにせよ」と。
 
 …本当に、先王のことしか見ていない男だった。
 そして、先王も。
 
 亡くなった王妃と第一王子のことしか、見ていない。

 牢へと戻って来た騎士達に、ジェームズは侯爵を「病死」として処理し、侯爵の第三夫人とヘンリーを殺すよう指示をした。
 宰相府へと戻る馬車の中、ジェームズはいよいよ自分の時代が来ることに、胸を高鳴らせた。

 フィリップ殿下の駒は、多ければ多い程良い。

 侯爵家一門が、「一族郎党死罪」で消え去ってしまうことは、望んでいなかった。
 
 使える駒は、使わなければ。

 まずは長男ランドルフ・ボイルを名ばかりの次期侯爵に据える。
 彼はボイル侯爵に「無能」と疎まれ、国外に出されていたが、実際は無能ではなかった。
 父に忠実ではなかっただけで、商才はあったのだ。
 ボイル侯爵を陥れる計画に積極的に協力してくれたし、王太子を国外に連れ出すことにも協力してくれた。
 娼婦に生ませた息子を使って、上手くやってくれたのだ。
 報酬として与える侯爵家がなくなってしまうと、困る。

 侯爵家一門の中にも、協力者は存在する。

 彼らに爵位を継がせ、忠実な家臣にしなければならない。
 膨大な数の訴訟は、代替わりをすれば和解、という形でチャラにする方針だった。
 結界の魔道具の国外訴訟については、ボイル侯爵が最優先で処理していたので問題はない。

 侯爵は、無能ではなかった。
 が、人を見る目がなかった。
 それだけだった。

 フィリップ殿下が即位する日を指折り数え、ジェームズが宰相になったらすること、したいことを考えるだけで、楽しかった。 
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