【完結】前世ハイスペックブサメンの俺、今世ではイージーモードを歩みたい

影清

文字の大きさ
273 / 311

269. トラブルは突然に、な俺2

 広間に入ってすぐ、フランクリン侯爵令嬢の姿を見つけることが出来た。
 彼女は母親に腕を掴まれ、引きずられて行こうとしていた。
 広間中央ではダンスを踊る人々で溢れており、演奏はピークを迎え、壁際の二人に注目する者はいないようだった。
 
 令嬢は足を踏ん張って、拒否していた。
 母親は眦を吊り上げ、小声で叱責しているようである。
 
 ミカエルのすぐ背後にいた騎士レイヴンが顔を顰め、一歩踏み出して、だがその場で立ち止まった。
 ミカエルを一人残して離れることに、躊躇しているようである。

 今日は非番なのに、真面目だなぁ。

 許可を得るように視線を向けられたので、頷いた。 
 ミカエルが先に令嬢へと歩み寄ると、騎士レイヴンはすぐ後ろからついてきた。
「フランクリン侯爵令嬢」
「…は、はい」
 声をかけると、令嬢はあからさまに安堵した表情で振り向き、母親の方は舌打ちせんばかりに顔を歪めて睨みつけてくる。
「一曲、お相手願えないかな」
「え…あ、は、はい…っ!よ、喜んで…!」
 微笑んで手を差し出すと、令嬢の頬が赤く染まった。
「…デビュタントにおいては、ダンスの誘いは断れません。母上、手をお離し下さい」
 騎士レイヴンに促され、手を取られて夫人は忌々しげに舌打ちをした。
 上位貴族の夫人がやることではなかった。
「…我が娘は、王妃になるのです。王になれない御方が、出しゃばるのはおやめ頂きたいですわね」
「…母上、何を…!」
「今からでも遅くはありません。第一王子殿下、どうか、娘を、お返し下さい」
「母上、やめて下さい。殿下に無礼を謝罪なさって下さい…!」
 騎士レイヴンは、蒼白になって母親の腕を掴んだ。
 ミカエルへと向かっていこうとするのを、止めていた。
 母親から解放され、ミカエルの手を取っていた侯爵令嬢が、一歩、前に進み出た。

「わたくしは、わたくしの意志で生きて行きます。お父様もお認め下さいました。殿下は、お力添え下さっただけ。殿下に対する無礼は許せません。謝罪して下さい、お母様」
 
「ソフィア…!!あなたは、その殿下に誑かされているのです!元のいい子に戻って頂戴!」
「いい子、というのは、お母様とハヴェル兄様にとって「都合のいい子」ということでしょう?わたくしは、もう、「いい子」でいたくはないのです」
「あなたは、貴族の娘なのよ!?政略結婚なんて、当たり前じゃないの!!王妃になってから、陛下と愛を育んでいけばいい。愛人だって、持てばいいじゃないの!?」
「やめて下さい母上。人が見ています…!!」
 壁際であっても、騒いでいれば誰かの目には止まる。
 そこにいるのが第一王子と、宰相家の面々となればなおさらだった。
 夫人はようやく口を閉じ、周囲を見渡して視線を落とした。
 怯えているようでもあり、腹立たしげでもあり、不満げでもあった。
 
 他人の視線は気になるんだな。
 
 ミカエルは、夫人の背後へと視線を向けた。
 騎士レイヴンと令嬢も気づいて、困惑したように眉を寄せた。
「何をしている、ベラルンド」
「…あ、あなた…」
 宰相として、主催側として、忙しくしていたジョナサン・フランクリン侯爵は、ミカエルへと頭を下げ、夫人へと視線を向けた。
 その視線に、温かさはなかった。
 気まずそうに顔を逸らした夫人だが、恨みがましい視線だけはミカエルへと向いている。
「レイヴンとソフィアにはもう構うな、と言ったはずだ。なぜ殿下にまでご迷惑をおかけしているのだ」
「何をおっしゃいますの!?元はと言えばこの殿下が…!」
「黙れ」
「……」
 宰相の言葉は静かだったが、怒りと威圧が籠っていた。
 夫人は驚いたように目を瞠り、口を噤む。
「話は帰ってから聞く。ハヴェルの所へ行っていなさい」
「…でも、」
「政治に口を挟む権利は、おまえにはない」
「…政治って、あなた…!ソフィアは、わたくしの娘ですのよ!?」
「レイヴンもソフィアもとうに、おまえの手を離れているのだ。いい加減、理解しなさい」
「…納得いきませんわ。勝手に決めるなんて。わたくしは…」
「殿下に斬られたいのなら、これ以上止めはせぬ。死ぬならば一人で死ぬがいい」
「……な……」 
 夫人は愕然としたようだが、宰相を始め、騎士レイヴンも令嬢も、諦めたような目で夫人を見ているだけだった。
    
 王族を侮辱したら、斬られても文句は言えない。

 なぜ誰も彼もが、ミカエル本人を前にして、平気で侮辱するのだろう。 
 理由は明白、評判が最悪で、侮られているからだった。
 貴族でコレなのだから、平民は推して知るべしである。
 
 初めて恐れを含んだ目で見られたが、ミカエルは夫人を見ることはしなかった。
「…今日の所は、宰相達に免じて許そう。次はない」
「ありがたき幸せにございます」
 頭を下げる夫人以外の三人を見て、ミカエルは頷いた。
「ではご令嬢。お手をどうぞ」
「…は、はい」
 まだ演奏は続いている。
「…助けるつもりでダンスに誘ったのに、結局絡まれてしまった。宰相が来てくれて助かったよ」
「母が…申し訳ございません」
「あなたが謝ることじゃない」
「はい…。あの、ダンスのお誘い、嬉しいです。ありがとうございます」
「婚約披露の時に、踊ったきりだったね」
「…はい…!覚えていて下さって、光栄です…!」
「そりゃぁ忘れないよ。僕が公式の場で、初めて一緒に踊った人だからね」
「……」
 頬を真っ赤に染めた侯爵令嬢は、可憐で美しかった。
 ダンスも完璧だった。
 妃教育は、厳しく辛いものだと聞いていた。
 何事もなければ、彼女と結婚していただろう。
 お互いを思いやり、優しく温かい家庭が、築けたかもしれない。
 
 新しい場所で、幸せに暮らして欲しい。
 
「殿下。わたくし、感謝しております」
「進路のことかな?私は口添えしただけで…」
「いえ…あ、勿論そのことも、感謝しております」
「…うん?」
 少し目を伏せ、再び視線の合った彼女は、照れたように微笑んだ。
「わたくし、殿下をお慕い申し上げておりました。初めてお会いした、あの日から。ずっと」
「……」
 ミカエルは言うべき言葉に迷い、ただ目を瞬く。
「殿下の妃になる為だけに、頑張って参りました。…わたくしは、殿下のお相手としては、不足でしょうか?」
「……侯爵令嬢…、私は…」
 まっすぐ見つめて来る令嬢の瞳は、ひたむきで、純粋な想いを乗せていた。
 
 彼女はずっと、好きでいてくれたのか。
 
 言葉に詰まった。
 咄嗟に、出て来なかった。
 
 だがそれが、答えだった。
 
 令嬢は悲しげに瞳を伏せたが、すぐに微笑んだ。
「殿下、どうかお気になさいませんよう。わたくしもう、新しい道を進むと、決めておりますから」
「……」
「今までやって来たことに、無駄なことなどございませんわ。感謝申し上げます。貴重な機会を頂いたこと、殿下を好きでいられたこと、最後に、素敵な思い出を頂いたこと」
「…あなたはきっと、素晴らしい人生を歩まれることだろう」
「ありがとうございます。わたくしも、そう望んでおります。…殿下もどうか、ご無事で、お戻り下さいまし。魔王討伐が成されることを、お祈り申し上げます」
「ありがとう」
「このご恩は、決して忘れません。いつか必ず、殿下のお役に立てるよう、これからも努力致します」
「…自分の為に生きてね」
「はい。それはもちろんでございます」
 令嬢は、笑顔だった。
 淑やかで可憐で、美しい人である。
 
 何事も起こらなければ。
 ミカエルが、捨てられた王子でなければ。
 
 彼女との未来も、あったかもしれない。
 
 ミカエルの胸によぎるのは、ほんの少しの感傷だった。
 今更取り返したい時間ではないが、その未来も悪くはなかったかもしれない。
 僅かばかり心を向け、そして自分が選んだ未来を見る。
 
 後悔はない。
 自分が進むべき道は、一人ではないのだから。
感想 31

あなたにおすすめの小説

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

【完結】転生した悪役令息は、お望み通り近付きません

カシナシ
BL
「お前など、愛す価値もない」 ディディア・ファントム侯爵令息が階段から落ちる時見たのは、婚約者が従兄弟を抱きしめている姿。 (これって、ディディアーーBLゲームの悪役令息じゃないか!) 妹の笑顔を見るためにやりこんでいたBLゲーム。引くほどレベルを上げた主人公のスキルが、なぜかディディアに転生してそのまま引き継いでいる。 スキルなしとして家族に『失敗作』と蔑まれていたのは、そのスキルのレベルが高すぎたかららしい。 スキルと自分を取り戻したディディアは、婚約者を追いかけまわすのを辞め、自立に向けて淡々と準備をする。 もちろん元婚約者と従兄弟には近付かないので、絡んでこないでいただけます? 十万文字程度。 3/7 完結しました! ※主人公:マイペース美人受け ※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。 たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

【完結】流行りの悪役転生したけど、推しを甘やかして育てすぎた。

時々雨
BL
前世好きだったBL小説に流行りの悪役令息に転生した腐男子。今世、ルアネが周りの人間から好意を向けられて、僕は生で殿下とヒロインちゃん(男)のイチャイチャを見たいだけなのにどうしてこうなった!? ※表紙のイラストはたかだ。様 ※エブリスタ、pixivにも掲載してます ◆この話のスピンオフ、兄達の話「偏屈な幼馴染み第二王子の愛が重すぎる!」もあります。そちらも気になったら覗いてみてください。 ◆2部は色々落ち着いたら…書くと思います

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。