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303. 帰還した俺4
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「俺は認めません」
「えっ?」
「認めないからね」
「…いや、でも、」
「ミカエルが欲しくば、俺を殺してみるがいい!!」
「いいだろう」
「ジル待って!!アルもやめて!!」
「…魔神様とミカエルの間に割って入ろうとする人、初めて見た」
「す、すごい。すごいけど止めないと。皇帝陛下が…」
「…ボコられればいいんじゃないか?」
「しゃ、シャリエルさんなんてことを!!」
「アベル様はお優しいですね。わたくし達はここで見ておりますので、アベル様どうぞ、止めに行って下さい」
「あ、無理です」
「ですよねー」
「ではなぜ止めようなどと言ったのだ…?」
魔神様に喧嘩を売って、勝てる見込みは億に一つもない。
唯一の弱点とも言える、ミカエルに任せるしか、方法はないのだ。
勇者支援国回りの最後、オシウィアド帝国へとやって来た。
パレード、授与式、舞踏会も、最後に登場するミカエル達までは順調だった。
なぜミカエルが最後なのかと言えば、唯一パートナーを連れていて、おまけにそれが「魔神様」だからである。
どの国でも、ミカエル達が入場すると長い沈黙に支配されていたので、もはやミカエル達も慣れたもので、皇帝の元へ行き、挨拶まで済ませた。
「…ミカエル、そちらが…?」
動揺の見える声で問うた皇帝は、震えていた。
「魔神様」がパートナーとして参加することは、聞いていた。
その姿を目の当たりにして、動揺しない者など存在しない。
ミカエルと同じくらい美しく、誰よりも強い「魔族」だった。
瞳の色は変えてはいるが、その気配はただ者ではなかった。
わざと気配を消していないことは明白で、ミカエルを狙う者達に対する牽制であることも、十分に伝わっていた。
ミカエルは、皇帝のことを「友人」だと言っていた。
だから友人に告げるように、少し照れながらも軽く言った。
「僕の伴侶になる人だよ」
「俺は認めません」
「…えっ?」
皇帝にとって、ミカエルは「友人」ではなかったのだろう。
誰もが、そう思った。
「待って待ってジル。なんでそうなるの。僕もう成人してるんだよ。大人だよ?」
「大人なのはめでたいね。でもダメです。認めません」
「なんで!?」
「俺よりミカエルを愛しているとは思えない!」
「えぇ!?」
皇帝陛下、言っちゃった。
堂々と告白しちゃった。
「…くだらないな。何を持って愛情を計るのか」
鼻で笑う魔神様は、ムカつく程に美しかった。
「わかりきったことを。実力で示してみせよ」
「死にたいと見える」
「殺せるものなら、殺してみるがいい…!」
「ちょ…、ちょっと、何でそうなるんだよ!!宰相!止めて下さい!」
魔神様と皇帝の睨み合いが、本格化している。
パチパチと魔力がぶつかり合っており、会場は騒然とし始めた。
最高司祭ジーンがひとまず、皇帝とミカエル、魔神様を囲む結界の魔道具を使った。
魔神様にとっては、玩具にも満たぬ稚拙なものであろうが、周囲への影響を軽減する為には必要だった。
ミカエルに助けを求められたオシウィアド帝国宰相は、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ございません。わたくしではお力にはなれそうにございません」
「ええっ」
「陛下のお気の済むように。それがわたくしどもの総意と、お受け取り下さい」
「さすが専制国家ブレないな!」
ミカエルのツッコミは、冴えていた。
この帝国は、皇帝の意志で出来ている。
皇帝が不可と言えば不可であるし、可と言えば可になるのだ。
その皇帝が、ミカエルの伴侶を「認めない」と言っているのなら、帝国もまた認められないということだった。
アベル達は、どうすべきか考えた。
戦ったら、皇帝が死ぬ。
魔神様の強さは、言葉で言い表せる範疇にはなかった。
皇帝が仮に、魔王より強かったとしても、勝てない。
いやそもそも、魔王より強いのなら、勇者パーティーに入っているはずだ。
やばい。
皇帝が死ぬ。
「表に出ろ…!」
「雑魚の台詞が、お似合いだな」
「貴様その言葉、後悔するなよ…」
「落ち着いて。二人とも、落ち着いて。何で戦おうとするの。わけがわからないんだけど?」
ミカエルの言葉は尤もだったが、男には引けない場面があるのだった。
庭園へと歩き始めた二人に連れられるように、魔神様に腰を抱かれたミカエルも歩いてはいるものの、引き留めようと必死だった。
「ミカエル。その男が俺より弱かったら、捨てなさい。俺にしとこう?」
「…え、ジルどうしちゃったの。何でそんなこと言うの」
「俺は気づいたんだ。決められた制度なんかクソ食らえってさ」
「いやいや…いやいやいやいや…」
「遅くなったけど、俺の気持ちは変わらないから。そいつ、殺すから。いいよね?」
「いいわけないでしょ。アルも、やめて。何で喧嘩買おうとするの」
「ソレを殺しておけば、憂いがなくなる」
「ちょ、ジルをソレとか言わないで!ちゃんと名前で呼んで!」
「……」
「不満そうな顔しない。何でこんなことになってんだ?意味が…わからない…」
「「ミカエルの為だ」」
二人に口を揃えて言われ、ミカエルは絶句した。
「……」
アベル達もさすがに放置は出来ず、庭園へと出て、見守った。
本格的な戦闘になったら、民間人を守らなければならない。
「…どうしましょう。皇帝陛下が亡くなったら、帝国が戦争起こすんじゃ…」
アベルが不安そうな顔で呟き、ロベルトがため息をついた。
「戦争どころか…私達、勇者パーティーの立場も終わりだぞ」
「うわ…」
「魔王を苦労して倒しましたのに…」
ジーンの嘆きには、バージルが答えた。
「いや、大丈夫でしょ」
「え」
続いて、シャリエルが頷いた。
「ミカエルが、許すはずがない」
皇帝とミカエルは、浅い仲ではない。
魔神様が皇帝を殺すのを許すはずがないし、皇帝が魔神様を殺すことは…不可能だ。
戦う前から、結果は見えている。
それなのに、ミカエルが戦うことを許すか?
…許すはずが、ないのだ。
庭園に出て、魔神様はミカエルから手を離した。
少し距離を開けて向かい合って立つ二人の態度は、対照的だ。
皇帝は殺意に漲っているが、魔神様は何の感情も浮かばぬ顔で、ただ皇帝を見ていた。
戦闘にもならず、一瞬で皇帝が死ぬ。
会場内では、外には出ないもののぎりぎりまで人が押し寄せ、見学している。
自分達の命もかかっているというのに、気楽なものだった。
皇帝を信じているのかもしれないが、それはあまりにも無知だった。
アベル達は、ミカエルが動くのを待った。
皇帝が右手に魔力を集中し始めたのを見て、ミカエルが動いた。
ミカエルは、二人の間に仁王立ちした。
「…ミカエル、危ないから。どいて」
「ミカエル。ソレの死を、特等席で見たいのか?」
魔神様の台詞が、恐ろしすぎた。
背筋に悪寒が走り抜けるアベル達を置いて、ミカエルは深呼吸をした。
「いいだろう。殺し合いをするというなら、僕を殺してから始めるがいい」
ミカエルの目が据わっている。
本気だった。
「ついでに言っておくが、嫌いになるからな。二度と口きかないから。覚えとけ」
殺されたら口きくも何もないのだが、ミカエルはあえて言った。
二人の動きが、止まった。
勝利したのは、ミカエルだった。
「…勝負見えすぎでつまんないな」
バージルの呟きに、シャリエルが感心したような視線を向けた。
「ミカエルが最強なのは、今に始まったことではない」
「そうなんだ…まあ、惚れた方が負けなんだよね」
「そうなんだろうな」
どこか遠い目をする二人に、アベルはなんとなく、色々と察してしまった。
固まった皇帝と魔神様を、ミカエルはさらに突き放した。
「僕の為っていうなら、仲良くして。僕の伴侶は、僕が決める。ジルも、子離れ出来ないお父さんみたいなこと言うのは、やめようよ」
「…お、…おとうさん……!?」
「アルも、反省して。そんなんじゃ、僕安心できないよ」
「……すまない…」
「舞踏会も台無しにして。二人とも反省して。しばらくそこにいなさい。喧嘩禁止!」
「……」
「……」
ミカエルが会場へと戻っていくので、勇者パーティーも一緒に戻った。
詰め寄せていた人々は潮が引くようにバラけていき、会場内はまた人のざわめきが戻ってきていた。
ミカエルは統括している宰相の元へ行き、謝罪した。
「騒ぎを起こしてしまって申し訳ない。舞踏会を始めてもらえないだろうか」
「かしこまりました」
さすがに宰相も、「皇帝陛下の意志が~」なんてことは、言わなかった。
暗い庭園に残された二人の間には、重い沈黙がのし掛かっていた。
ミカエルを殺せるはずがないし、嫌われたくもない。
二度と口をきかない、なんて言われたら、手も足も出なかった。
互いに「ミカエルの為」と口走ってしまったが、結局は自分の為であることを、痛烈に非難されたに等しい。
ミカエルを愛していることは、共通だった。
唯一だと認めていることも、共通だった。
だがジルには、ミカエルが「番」である確信がない。
それはアルヴィスが手を回した結果であり、最終的にミカエルが選んだのは、「番」ではなくアルヴィスだった。
ミカエルが、番制度を持つ種族であれば良かったな。
残念ながら、アルヴィスの方が早く、より近くにいることが出来たおかげだった。
運、と言えるのか。
否。
ミカエルが、先にアルヴィスを見つけてくれたからだった。
あの時ミカエルが後宮まで迎えに来なければ、アルヴィスが興味を持つことはなかった。
ミカエルを知ることもなかったし、手に入れたいと思うこともなかった。
そうすれば、この男は最も美しい「番」を手に入れることが出来ていたはずだった。
ミカエルに、救われたのは、俺の方。
「……」
アルヴィスは細く息を吐き出して、会場へと足を向けた。
皇帝はまだ俯いて、その場にいた。
この男の方が先に出会っていたら、ミカエルはこの男を選んでいたかもしれない。
殺しておいた方がいいことは事実なのだが、ミカエルが望んでいない。
…この男が、ミカエルを無理矢理番にすることは、ない。
嫌われることを、恐れているからだ。
残念だったな。
だがアルヴィスは、勝ち誇る気にはなれなかった。
広間に戻ったミカエルは、懐かしい人と再会していた。
二メートルを超す長身に、黒衣の正装、黒髪黒目の厳つめイケメンは、かつてミカエルがお世話になった人だった。
「レスタール殿…じゃなかった、カノスズ王、大変ご無沙汰しております」
「ミカエル王子。覚えていて下さって、光栄です」
「忘れるはずがありません。お世話になりましたから。…ご無事で良かった。お会いできて嬉しいです」
「私も、お会いできて嬉しいです」
七年程前、ミカエルが隣国カノスズへ留学する際、国境から護衛としてついてくれた金鷲騎士団の、元団長である。
道中を穏やかに過ごすことが出来たのは、騎士団の皆が親切に接してくれて、気を遣ってくれたからだった。
王宮に入る前にジルが変化したドラゴンに襲撃され、彼らとは別れてしまってそれきりだった。
オシウィアド帝国の属国となり、彼の父である公爵が即位したが、王は二年で崩御した。
それからはライオネル・レスタールが、カノスズの王である。
無事であることは知っていたが、実際に顔を合わせるのは、あの日以来だった。
ライオネルは四十を超え、渋みを増していた。
苦悩は多いと見えて、眉間の皺は深く刻まれてはいたが、今ミカエルの前に立つ彼は穏やかに笑んでいた。
あの頃と比べれば身長差は減ったものの、それでも見上げる程に彼は大きい。
「魔王討伐、おめでとうございます。世界を救って頂き、感謝申し上げます。…あの頃の殿下はとてもお小さくていらっしゃったのに、今は…本当に、ご立派になられましたね。…私が言うのは、おこがましいことですが」
「ありがとうございます。金鷲騎士団の皆さんが護って下さったおかげで、今があります。…あの時、私は心も救われたんですよ。感謝申し上げるのは、こちらの方です」
「……」
「落ち着いたら、カノスズ王国に遊びに行っても、いいでしょうか?」
「…う、…ぁ、はい。もちろん、お待ち、しております…」
笑顔を向けると、カノスズ王は視線を彷徨わせつつ、頷いた。
表情は平静だったが、耳は赤くなっていた。
彼の人となりは、変わっていないようだった。
懐かしくなり、さらにミカエルが話しかけようとした所で、後ろから腰に手を添えられ覗き込まれて視線を上げると、不機嫌そうなアルヴィスの視線とぶつかった。
「…アル、反省したの?」
「した」
「…じゃぁいいけど。もう喧嘩しないでね」
「…善処する」
「アルのそれ、アテにならないからなぁ…。あ、カノスズ王、紹介させて下さい。彼はアルヴィス。私の伴侶です」
笑顔を向けたが、カノスズ王はもう、赤くなったりはしなかった。
アルヴィスよりも少し身長の高い王は冷静に、手を差し出した。
「…どうぞよろしく」
「……」
アルヴィスは無表情でちらりと王を見て、興味なさげにミカエルへと視線を移す。
「アル。ちゃんとして」
「…ミカエル、だが」
「だがじゃないよ。カノスズ王は昔、とても親切にして下さったし、お世話になったんだ」
「……」
不満そうにしながらも、アルヴィスは王と握手を交わした。
各国を回った中で、アルヴィスが王と握手したのは初めてのことである。
あれ?
そういやどの王も、アルヴィスと関わろうとしなかったな。
「魔神様」と積極的に関わりたい者はそもそも存在しないのだが、複雑な胸中の王達の気持ちは、ミカエルにはわからなかった。
カノスズ王は、いい人である。
少なくとも、ミカエルにとってはそうだった。
「ではカノスズ王、改めて連絡させて頂きます。…もしよろしければ、魔封書のアドレスを交換しませんか?」
「喜んで」
気軽に頼んでも、気軽に受けてくれる。
やっぱりいい人だった。
ミカエルは終始笑顔だったが、アルヴィスと遅れて広間に戻って来たジルは不満顔で、カノスズ王はミカエルしか見ないようにしていた。
「ミカエル様、どんだけー…」
「…ある意味、魔神様とくっついて良かったのかもね…」
「水面下の牽制し合い、面白いですねぇ」
アベルとバージルは疲れたように呟き、ロベルトとシャリエルはため息をつき、ジーンだけは面白そうに笑っていた。
「えっ?」
「認めないからね」
「…いや、でも、」
「ミカエルが欲しくば、俺を殺してみるがいい!!」
「いいだろう」
「ジル待って!!アルもやめて!!」
「…魔神様とミカエルの間に割って入ろうとする人、初めて見た」
「す、すごい。すごいけど止めないと。皇帝陛下が…」
「…ボコられればいいんじゃないか?」
「しゃ、シャリエルさんなんてことを!!」
「アベル様はお優しいですね。わたくし達はここで見ておりますので、アベル様どうぞ、止めに行って下さい」
「あ、無理です」
「ですよねー」
「ではなぜ止めようなどと言ったのだ…?」
魔神様に喧嘩を売って、勝てる見込みは億に一つもない。
唯一の弱点とも言える、ミカエルに任せるしか、方法はないのだ。
勇者支援国回りの最後、オシウィアド帝国へとやって来た。
パレード、授与式、舞踏会も、最後に登場するミカエル達までは順調だった。
なぜミカエルが最後なのかと言えば、唯一パートナーを連れていて、おまけにそれが「魔神様」だからである。
どの国でも、ミカエル達が入場すると長い沈黙に支配されていたので、もはやミカエル達も慣れたもので、皇帝の元へ行き、挨拶まで済ませた。
「…ミカエル、そちらが…?」
動揺の見える声で問うた皇帝は、震えていた。
「魔神様」がパートナーとして参加することは、聞いていた。
その姿を目の当たりにして、動揺しない者など存在しない。
ミカエルと同じくらい美しく、誰よりも強い「魔族」だった。
瞳の色は変えてはいるが、その気配はただ者ではなかった。
わざと気配を消していないことは明白で、ミカエルを狙う者達に対する牽制であることも、十分に伝わっていた。
ミカエルは、皇帝のことを「友人」だと言っていた。
だから友人に告げるように、少し照れながらも軽く言った。
「僕の伴侶になる人だよ」
「俺は認めません」
「…えっ?」
皇帝にとって、ミカエルは「友人」ではなかったのだろう。
誰もが、そう思った。
「待って待ってジル。なんでそうなるの。僕もう成人してるんだよ。大人だよ?」
「大人なのはめでたいね。でもダメです。認めません」
「なんで!?」
「俺よりミカエルを愛しているとは思えない!」
「えぇ!?」
皇帝陛下、言っちゃった。
堂々と告白しちゃった。
「…くだらないな。何を持って愛情を計るのか」
鼻で笑う魔神様は、ムカつく程に美しかった。
「わかりきったことを。実力で示してみせよ」
「死にたいと見える」
「殺せるものなら、殺してみるがいい…!」
「ちょ…、ちょっと、何でそうなるんだよ!!宰相!止めて下さい!」
魔神様と皇帝の睨み合いが、本格化している。
パチパチと魔力がぶつかり合っており、会場は騒然とし始めた。
最高司祭ジーンがひとまず、皇帝とミカエル、魔神様を囲む結界の魔道具を使った。
魔神様にとっては、玩具にも満たぬ稚拙なものであろうが、周囲への影響を軽減する為には必要だった。
ミカエルに助けを求められたオシウィアド帝国宰相は、丁寧に頭を下げた。
「申し訳ございません。わたくしではお力にはなれそうにございません」
「ええっ」
「陛下のお気の済むように。それがわたくしどもの総意と、お受け取り下さい」
「さすが専制国家ブレないな!」
ミカエルのツッコミは、冴えていた。
この帝国は、皇帝の意志で出来ている。
皇帝が不可と言えば不可であるし、可と言えば可になるのだ。
その皇帝が、ミカエルの伴侶を「認めない」と言っているのなら、帝国もまた認められないということだった。
アベル達は、どうすべきか考えた。
戦ったら、皇帝が死ぬ。
魔神様の強さは、言葉で言い表せる範疇にはなかった。
皇帝が仮に、魔王より強かったとしても、勝てない。
いやそもそも、魔王より強いのなら、勇者パーティーに入っているはずだ。
やばい。
皇帝が死ぬ。
「表に出ろ…!」
「雑魚の台詞が、お似合いだな」
「貴様その言葉、後悔するなよ…」
「落ち着いて。二人とも、落ち着いて。何で戦おうとするの。わけがわからないんだけど?」
ミカエルの言葉は尤もだったが、男には引けない場面があるのだった。
庭園へと歩き始めた二人に連れられるように、魔神様に腰を抱かれたミカエルも歩いてはいるものの、引き留めようと必死だった。
「ミカエル。その男が俺より弱かったら、捨てなさい。俺にしとこう?」
「…え、ジルどうしちゃったの。何でそんなこと言うの」
「俺は気づいたんだ。決められた制度なんかクソ食らえってさ」
「いやいや…いやいやいやいや…」
「遅くなったけど、俺の気持ちは変わらないから。そいつ、殺すから。いいよね?」
「いいわけないでしょ。アルも、やめて。何で喧嘩買おうとするの」
「ソレを殺しておけば、憂いがなくなる」
「ちょ、ジルをソレとか言わないで!ちゃんと名前で呼んで!」
「……」
「不満そうな顔しない。何でこんなことになってんだ?意味が…わからない…」
「「ミカエルの為だ」」
二人に口を揃えて言われ、ミカエルは絶句した。
「……」
アベル達もさすがに放置は出来ず、庭園へと出て、見守った。
本格的な戦闘になったら、民間人を守らなければならない。
「…どうしましょう。皇帝陛下が亡くなったら、帝国が戦争起こすんじゃ…」
アベルが不安そうな顔で呟き、ロベルトがため息をついた。
「戦争どころか…私達、勇者パーティーの立場も終わりだぞ」
「うわ…」
「魔王を苦労して倒しましたのに…」
ジーンの嘆きには、バージルが答えた。
「いや、大丈夫でしょ」
「え」
続いて、シャリエルが頷いた。
「ミカエルが、許すはずがない」
皇帝とミカエルは、浅い仲ではない。
魔神様が皇帝を殺すのを許すはずがないし、皇帝が魔神様を殺すことは…不可能だ。
戦う前から、結果は見えている。
それなのに、ミカエルが戦うことを許すか?
…許すはずが、ないのだ。
庭園に出て、魔神様はミカエルから手を離した。
少し距離を開けて向かい合って立つ二人の態度は、対照的だ。
皇帝は殺意に漲っているが、魔神様は何の感情も浮かばぬ顔で、ただ皇帝を見ていた。
戦闘にもならず、一瞬で皇帝が死ぬ。
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自分達の命もかかっているというのに、気楽なものだった。
皇帝を信じているのかもしれないが、それはあまりにも無知だった。
アベル達は、ミカエルが動くのを待った。
皇帝が右手に魔力を集中し始めたのを見て、ミカエルが動いた。
ミカエルは、二人の間に仁王立ちした。
「…ミカエル、危ないから。どいて」
「ミカエル。ソレの死を、特等席で見たいのか?」
魔神様の台詞が、恐ろしすぎた。
背筋に悪寒が走り抜けるアベル達を置いて、ミカエルは深呼吸をした。
「いいだろう。殺し合いをするというなら、僕を殺してから始めるがいい」
ミカエルの目が据わっている。
本気だった。
「ついでに言っておくが、嫌いになるからな。二度と口きかないから。覚えとけ」
殺されたら口きくも何もないのだが、ミカエルはあえて言った。
二人の動きが、止まった。
勝利したのは、ミカエルだった。
「…勝負見えすぎでつまんないな」
バージルの呟きに、シャリエルが感心したような視線を向けた。
「ミカエルが最強なのは、今に始まったことではない」
「そうなんだ…まあ、惚れた方が負けなんだよね」
「そうなんだろうな」
どこか遠い目をする二人に、アベルはなんとなく、色々と察してしまった。
固まった皇帝と魔神様を、ミカエルはさらに突き放した。
「僕の為っていうなら、仲良くして。僕の伴侶は、僕が決める。ジルも、子離れ出来ないお父さんみたいなこと言うのは、やめようよ」
「…お、…おとうさん……!?」
「アルも、反省して。そんなんじゃ、僕安心できないよ」
「……すまない…」
「舞踏会も台無しにして。二人とも反省して。しばらくそこにいなさい。喧嘩禁止!」
「……」
「……」
ミカエルが会場へと戻っていくので、勇者パーティーも一緒に戻った。
詰め寄せていた人々は潮が引くようにバラけていき、会場内はまた人のざわめきが戻ってきていた。
ミカエルは統括している宰相の元へ行き、謝罪した。
「騒ぎを起こしてしまって申し訳ない。舞踏会を始めてもらえないだろうか」
「かしこまりました」
さすがに宰相も、「皇帝陛下の意志が~」なんてことは、言わなかった。
暗い庭園に残された二人の間には、重い沈黙がのし掛かっていた。
ミカエルを殺せるはずがないし、嫌われたくもない。
二度と口をきかない、なんて言われたら、手も足も出なかった。
互いに「ミカエルの為」と口走ってしまったが、結局は自分の為であることを、痛烈に非難されたに等しい。
ミカエルを愛していることは、共通だった。
唯一だと認めていることも、共通だった。
だがジルには、ミカエルが「番」である確信がない。
それはアルヴィスが手を回した結果であり、最終的にミカエルが選んだのは、「番」ではなくアルヴィスだった。
ミカエルが、番制度を持つ種族であれば良かったな。
残念ながら、アルヴィスの方が早く、より近くにいることが出来たおかげだった。
運、と言えるのか。
否。
ミカエルが、先にアルヴィスを見つけてくれたからだった。
あの時ミカエルが後宮まで迎えに来なければ、アルヴィスが興味を持つことはなかった。
ミカエルを知ることもなかったし、手に入れたいと思うこともなかった。
そうすれば、この男は最も美しい「番」を手に入れることが出来ていたはずだった。
ミカエルに、救われたのは、俺の方。
「……」
アルヴィスは細く息を吐き出して、会場へと足を向けた。
皇帝はまだ俯いて、その場にいた。
この男の方が先に出会っていたら、ミカエルはこの男を選んでいたかもしれない。
殺しておいた方がいいことは事実なのだが、ミカエルが望んでいない。
…この男が、ミカエルを無理矢理番にすることは、ない。
嫌われることを、恐れているからだ。
残念だったな。
だがアルヴィスは、勝ち誇る気にはなれなかった。
広間に戻ったミカエルは、懐かしい人と再会していた。
二メートルを超す長身に、黒衣の正装、黒髪黒目の厳つめイケメンは、かつてミカエルがお世話になった人だった。
「レスタール殿…じゃなかった、カノスズ王、大変ご無沙汰しております」
「ミカエル王子。覚えていて下さって、光栄です」
「忘れるはずがありません。お世話になりましたから。…ご無事で良かった。お会いできて嬉しいです」
「私も、お会いできて嬉しいです」
七年程前、ミカエルが隣国カノスズへ留学する際、国境から護衛としてついてくれた金鷲騎士団の、元団長である。
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苦悩は多いと見えて、眉間の皺は深く刻まれてはいたが、今ミカエルの前に立つ彼は穏やかに笑んでいた。
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「魔王討伐、おめでとうございます。世界を救って頂き、感謝申し上げます。…あの頃の殿下はとてもお小さくていらっしゃったのに、今は…本当に、ご立派になられましたね。…私が言うのは、おこがましいことですが」
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「……」
「落ち着いたら、カノスズ王国に遊びに行っても、いいでしょうか?」
「…う、…ぁ、はい。もちろん、お待ち、しております…」
笑顔を向けると、カノスズ王は視線を彷徨わせつつ、頷いた。
表情は平静だったが、耳は赤くなっていた。
彼の人となりは、変わっていないようだった。
懐かしくなり、さらにミカエルが話しかけようとした所で、後ろから腰に手を添えられ覗き込まれて視線を上げると、不機嫌そうなアルヴィスの視線とぶつかった。
「…アル、反省したの?」
「した」
「…じゃぁいいけど。もう喧嘩しないでね」
「…善処する」
「アルのそれ、アテにならないからなぁ…。あ、カノスズ王、紹介させて下さい。彼はアルヴィス。私の伴侶です」
笑顔を向けたが、カノスズ王はもう、赤くなったりはしなかった。
アルヴィスよりも少し身長の高い王は冷静に、手を差し出した。
「…どうぞよろしく」
「……」
アルヴィスは無表情でちらりと王を見て、興味なさげにミカエルへと視線を移す。
「アル。ちゃんとして」
「…ミカエル、だが」
「だがじゃないよ。カノスズ王は昔、とても親切にして下さったし、お世話になったんだ」
「……」
不満そうにしながらも、アルヴィスは王と握手を交わした。
各国を回った中で、アルヴィスが王と握手したのは初めてのことである。
あれ?
そういやどの王も、アルヴィスと関わろうとしなかったな。
「魔神様」と積極的に関わりたい者はそもそも存在しないのだが、複雑な胸中の王達の気持ちは、ミカエルにはわからなかった。
カノスズ王は、いい人である。
少なくとも、ミカエルにとってはそうだった。
「ではカノスズ王、改めて連絡させて頂きます。…もしよろしければ、魔封書のアドレスを交換しませんか?」
「喜んで」
気軽に頼んでも、気軽に受けてくれる。
やっぱりいい人だった。
ミカエルは終始笑顔だったが、アルヴィスと遅れて広間に戻って来たジルは不満顔で、カノスズ王はミカエルしか見ないようにしていた。
「ミカエル様、どんだけー…」
「…ある意味、魔神様とくっついて良かったのかもね…」
「水面下の牽制し合い、面白いですねぇ」
アベルとバージルは疲れたように呟き、ロベルトとシャリエルはため息をつき、ジーンだけは面白そうに笑っていた。
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これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
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……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
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