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序.
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「第一王子殿下にご挨拶申し上げます。フランクリン侯爵家長女、ソフィアでございます」
きらきら。
きらきら。
肌に感じる日差しと風に暖かさを感じるようになったある春の日、美しく咲き誇る庭園の、花々にも負けぬ華やかなドレスを身にまとった幼い少女が、頭を下げた。
上位貴族の娘として、厳しく教育されているのであろう。
そのカーテシーは堂に入っており、周囲の者達からは感嘆のため息が漏れていた。
きらきら。
きらきら。
春の日差しは優しく、木々の緑は明るく陽光を透かして輝く。
色とりどりの花弁はひらひらと風に舞い、白い石畳に落ちる様はよく映えた。
「はじめまして、ソフィア嬢。私はミカエル。私のことも名前で呼んでくれたら嬉しいな。今日を楽しみにしていたよ」
きらきら。
きらきら。
ああきっと、少女漫画であれば見開きページでどどーんと、花を舞い散らかし、きらきら効果トーンが乱舞し、ホワイトも飛び散らかしていることだろう。
おとぎ話の世界のようだ。
華奢な四本足を持つテーブルと、セットの椅子は名工と言われた職人の手によるもので、紅茶は他国から取り寄せた特級品、ポットとカップ、ソーサーもまた、我が国屈指の工房が手がけたものである。
ケーキは王宮の総料理長が腕によりをかけて作ったものであり、それを運ぶ皿もフォークも、購入しようとすれば大変高額な物ばかりだった。
ああ、日差しを受けて、それらがきらきらと輝いている。
給仕を終えた侍女が待機位置まで下がると、周囲には風に揺れる木々の囁きだけが残された。
目の前には日差しのきらきらにも負けぬ程、あどけない若さの輝く幼女がいる。
平静を装おうとしているのだろう、表情こそ淑女らしい微笑みを浮かべてはいるものの、カップを持つ手はわずかながら震えていた。
わかるわかる。
こういう場って、緊張するよね。
同じくカップを持ち上げ、口に含んだ紅茶はとても薫り高く苦みもなく、ほのかな甘みを残して喉へと滑る。
砂糖もミルクも必要ない程だったが、幼女には少し苦かったらしい。
口に含んでほんの僅か、動作が止まった。
「ミルク、とても口あたりが良くておすすめだよ」
微笑みを心がけつつ声をかければ、幼女は躊躇う仕草を見せながらも、「ではミルクを頂きます」と、きちんと言った。
声は震えていなかった。
偉いなぁ。
こんなに幼いのに、きちんと受け答えできるんだなぁ。
幼女は五歳。
同い年の王子の婚約者として、今日この場所で、対面を果たしたのだ。
……。
……ん?
……。
……。
え?
幼女に気づかれないよう、内心で首を傾げる。
同い年の王子の婚約者…とは?
いやいや、五歳で婚約者て。
あっはっは、いやいやそんな馬鹿な。
目の前の幼女は、とても可愛らしい。
ぱっちりと開いた瞳は、きらきらと陽光を受けて煌めく翡翠色。
長い睫毛が瞬きのたびに上下する。
緩く波打つ金髪は背中の中程まであり、サイドを後ろでまとめている為白い耳が露わであった。
緊張のせいか、ほんのりと赤く染まっているのもまた可愛らしい。
将来は超美女、間違いない。
こんな幼女が婚約者って。
…というか、誰の婚約者?
なんで婚約者?
てか、俺ってナニ?
唐突に疑問が浮かび、同時に打ち消す思考が浮かぶ。
…ああ、第一王子だった。
まだ王太子ではないけれど、慣例として第一王子に問題がなければそのまま王太子になり、王となる。
え?
思考と同時に、また疑問。
てか、誰が第一王子?
……。
……。
…お、俺!?
「…あの、ミカエル様、どう…か、されましたか?」
躊躇いがちに声をかけてくる、幼女。
呆然とする俺。
膝の上に置いた手が震え出す。
頭の中で、ぐちゃっと何かが潰れたような音がして、次いで風船が破裂したような衝撃があった。
意味も分からず、目の前が暗くなる。
「ミカエル様?」
「…っあぁ、いや…」
待て待て。
今は、ダメだ。
頭から前のめりに倒れそうになるのを、両手を突っ張り膝を掴むことで耐える。
突然様子のおかしくなった王子を見つめる幼女の瞳が、不安そうである。
ああ、幼女が困ってるじゃないか。
背中にじとりと汗が滲む。
ひどい眩暈を浅い呼吸でやり過ごす。
ほらほら王子様!!
しっかりして!!
王子ッ!!
俺王子なんでしょ!
膝に力任せに爪を立て、ゆっくりと顔を上げる。
表情に出したらダメなんだっけ。
王族ってあれでしょ、いつでも冷静沈着でいなきゃいけないとか、なんとか。
俺知ってる。
とりあえずなんか!
気の利いたこと言っとこう!!
ブラックアウトなんて許されないぞ、王子様!
「ご…ごめんね、ソフィア嬢がとても可愛らしいから、考えていた話題をうっかり忘れちゃったんだ」
言った!
言えた!
乙女ゲームをやりこんだ経験が生きたな!!
眩暈は少しずつ収まってきていた。
ブラックアウトしなくて済みそうで、安堵する。
安堵の笑みを見た幼女の顔が、真っ赤になった。
「…ソフィア嬢、どうしたの?」
「い…いえ…」
今度はこちらが問いかければ、幼女は頬を両手で押さえて俯いてしまった。
あまり会話らしい会話はできなかったものの、一時間程の婚約者との顔合わせは、なんとか終了できたのだった。
きらきら。
きらきら。
肌に感じる日差しと風に暖かさを感じるようになったある春の日、美しく咲き誇る庭園の、花々にも負けぬ華やかなドレスを身にまとった幼い少女が、頭を下げた。
上位貴族の娘として、厳しく教育されているのであろう。
そのカーテシーは堂に入っており、周囲の者達からは感嘆のため息が漏れていた。
きらきら。
きらきら。
春の日差しは優しく、木々の緑は明るく陽光を透かして輝く。
色とりどりの花弁はひらひらと風に舞い、白い石畳に落ちる様はよく映えた。
「はじめまして、ソフィア嬢。私はミカエル。私のことも名前で呼んでくれたら嬉しいな。今日を楽しみにしていたよ」
きらきら。
きらきら。
ああきっと、少女漫画であれば見開きページでどどーんと、花を舞い散らかし、きらきら効果トーンが乱舞し、ホワイトも飛び散らかしていることだろう。
おとぎ話の世界のようだ。
華奢な四本足を持つテーブルと、セットの椅子は名工と言われた職人の手によるもので、紅茶は他国から取り寄せた特級品、ポットとカップ、ソーサーもまた、我が国屈指の工房が手がけたものである。
ケーキは王宮の総料理長が腕によりをかけて作ったものであり、それを運ぶ皿もフォークも、購入しようとすれば大変高額な物ばかりだった。
ああ、日差しを受けて、それらがきらきらと輝いている。
給仕を終えた侍女が待機位置まで下がると、周囲には風に揺れる木々の囁きだけが残された。
目の前には日差しのきらきらにも負けぬ程、あどけない若さの輝く幼女がいる。
平静を装おうとしているのだろう、表情こそ淑女らしい微笑みを浮かべてはいるものの、カップを持つ手はわずかながら震えていた。
わかるわかる。
こういう場って、緊張するよね。
同じくカップを持ち上げ、口に含んだ紅茶はとても薫り高く苦みもなく、ほのかな甘みを残して喉へと滑る。
砂糖もミルクも必要ない程だったが、幼女には少し苦かったらしい。
口に含んでほんの僅か、動作が止まった。
「ミルク、とても口あたりが良くておすすめだよ」
微笑みを心がけつつ声をかければ、幼女は躊躇う仕草を見せながらも、「ではミルクを頂きます」と、きちんと言った。
声は震えていなかった。
偉いなぁ。
こんなに幼いのに、きちんと受け答えできるんだなぁ。
幼女は五歳。
同い年の王子の婚約者として、今日この場所で、対面を果たしたのだ。
……。
……ん?
……。
……。
え?
幼女に気づかれないよう、内心で首を傾げる。
同い年の王子の婚約者…とは?
いやいや、五歳で婚約者て。
あっはっは、いやいやそんな馬鹿な。
目の前の幼女は、とても可愛らしい。
ぱっちりと開いた瞳は、きらきらと陽光を受けて煌めく翡翠色。
長い睫毛が瞬きのたびに上下する。
緩く波打つ金髪は背中の中程まであり、サイドを後ろでまとめている為白い耳が露わであった。
緊張のせいか、ほんのりと赤く染まっているのもまた可愛らしい。
将来は超美女、間違いない。
こんな幼女が婚約者って。
…というか、誰の婚約者?
なんで婚約者?
てか、俺ってナニ?
唐突に疑問が浮かび、同時に打ち消す思考が浮かぶ。
…ああ、第一王子だった。
まだ王太子ではないけれど、慣例として第一王子に問題がなければそのまま王太子になり、王となる。
え?
思考と同時に、また疑問。
てか、誰が第一王子?
……。
……。
…お、俺!?
「…あの、ミカエル様、どう…か、されましたか?」
躊躇いがちに声をかけてくる、幼女。
呆然とする俺。
膝の上に置いた手が震え出す。
頭の中で、ぐちゃっと何かが潰れたような音がして、次いで風船が破裂したような衝撃があった。
意味も分からず、目の前が暗くなる。
「ミカエル様?」
「…っあぁ、いや…」
待て待て。
今は、ダメだ。
頭から前のめりに倒れそうになるのを、両手を突っ張り膝を掴むことで耐える。
突然様子のおかしくなった王子を見つめる幼女の瞳が、不安そうである。
ああ、幼女が困ってるじゃないか。
背中にじとりと汗が滲む。
ひどい眩暈を浅い呼吸でやり過ごす。
ほらほら王子様!!
しっかりして!!
王子ッ!!
俺王子なんでしょ!
膝に力任せに爪を立て、ゆっくりと顔を上げる。
表情に出したらダメなんだっけ。
王族ってあれでしょ、いつでも冷静沈着でいなきゃいけないとか、なんとか。
俺知ってる。
とりあえずなんか!
気の利いたこと言っとこう!!
ブラックアウトなんて許されないぞ、王子様!
「ご…ごめんね、ソフィア嬢がとても可愛らしいから、考えていた話題をうっかり忘れちゃったんだ」
言った!
言えた!
乙女ゲームをやりこんだ経験が生きたな!!
眩暈は少しずつ収まってきていた。
ブラックアウトしなくて済みそうで、安堵する。
安堵の笑みを見た幼女の顔が、真っ赤になった。
「…ソフィア嬢、どうしたの?」
「い…いえ…」
今度はこちらが問いかければ、幼女は頬を両手で押さえて俯いてしまった。
あまり会話らしい会話はできなかったものの、一時間程の婚約者との顔合わせは、なんとか終了できたのだった。
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