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133. 目的を果たす俺
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ここのカフェは、平民でも気軽に入れるようなリーズナブルな価格帯の別館と、貴族向けの個室を備えた本館との二棟建てだった。
二階の一番奥の個室に通され、注文を取りに現れた店員に、第四王子はケーキセットを頼み、ミカエルはメニューを確認し、店員を見上げた。
「一番下のメニューを十人前」
そう言って、白金貨一枚をテーブルに置いた。
「…かしこまりました。お隣のお客様、ご注文はいかが致しましょう」
店員が貨幣の真贋を確認し、マジックバッグに収納する様子は手慣れており、次の注文を取る口調も乱れてはいなかった。
「私は付き添いです」
「かしこまりました」
淡々とした口調のアルヴィスにも丁寧に頭を下げた店員が立ち去ってから、ルシュディーが拍手をした。
「堂々としてんじゃん」
「…教えてもらって良かったの?」
「全然いいって。うちの王族も利用しているし、信用度は大丈夫だろ。あー…なんつったっけな、探偵…じゃなくてなんかアレだよ、結婚相手の素性調査とかする…」
「興信所?」
「そう、ソレな。ソレ的な感じらしい」
「なるほど」
今回利用しようとしているのは、情報ギルドだった。
表立って活動はしておらず、この店で特定の注文と紹介手数料を支払うことで、仲介してもらえる。
元々はゲームの中で、聖女がレベル上げと顔見せの為世界を回っている途中、この国で起こる事件に巻き込まれ、情報ギルド長と知り合うのだ。
事件解決に手を貸してくれ、その後ソウェイサズ王国の学園に編入してからも、たびたび有益な情報をもたらしてくれる、サポートキャラとなるそうだ。
我が国にいても情報をくれるなら、知り合っておいて損はないのでは?
と、思ったのだった。
我が国にも情報ギルドはあるのかもしれないが、全く知らないし手がかりもないので、ここで繋ぎを作っておきたかった。
聖女達がこの国に来るのは、十月…つまりもう少し後なので、かち合う心配もない。
しばらく待っていると、ルシュディーのケーキセットを運んできた先程の店員が、こちらに向かって頭を下げた。
「別室へご案内致します」
「ああ、ありがとう」
「いってらっしゃーい」
ルシュディーは、情報ギルド長がいて知り合いになれる、という情報は持っていても、合い言葉と紹介手数料がいくら必要なのかは知らず、どこの店で会えるのかも、知らなかった。
「だって聖女とは街中で出会うし、向こうが魔封書渡してくるんだぜ!文通友達になってしばらくしてから、情報ギルド長だった、って知るんだからな!俺が知るか!」
とキレたものの、兄である王太子に尋ねてくれたので、いい子だった。
情報ギルドには主に、王や王子の愛人となる相手の調査を依頼している、ということをこの時知ってしまったが、他言することはない。
それはともかく、この店を予約してくれて、合い言葉と手数料を教えてくれた王太子は、ルシュディーがギルド長と会うことを禁止した。
王族が直接やりとりをして、いいことなんて一つもないから、と。
わぁ、耳が痛い。
生のギルド長を拝める、と楽しみにしていたルシュディーは不満そうだったが、ミカエルには必要であることを知った王太子は、特別に教えてくれ、忠告もしてくれた。
「絶対にフードは脱ぐんじゃないぞ。名乗ってもいけないし、身分を悟られてもいけない」
「はい」
「一人で会ってはいけないよ」
「はい」
「連絡はしておくから」
「…ありがとうございます」
いい人過ぎない?
話を通しておいてくれるなんて。
本当に、感謝している。
おかげで、スムーズに地下道を通って、おそらく別の建物へと移動した。
三階の通路最奥の部屋を店員がノックし、応えがあって扉を開けてくれた。
「どうぞ。ギルド長がお待ちです」
「案内ありがとう」
中に入ると、恭しい一礼を残して店員が扉を閉めた。
窓は全てカーテンが閉められ、壁を埋め尽くす本棚には書籍と、置物が並べられている。
室内は最高級品の調度品で揃えられてはいたが、この国の特徴とも言えるカラフルな色彩ではなく、シックに落ち着いた色で統一されていた。
「いらっしゃいませ。私が情報ギルド長、ダリル・バーンです」
情報ギルド長と話をしたければ、白金貨一枚。
ゲームの中のギルド長は、褐色の肌にプラチナブロンド、蒼い瞳が印象的な、野性的なイケメン、という話だった。
しかしデスクから立ち上がり、握手を求めるその姿は、褐色の肌ではなかったし、プラチナブロンドでもなかったし、蒼い瞳でもなかった。
「…私は、情報ギルド長に会いに来たのだが」
ルシュディーが嘘を言うはずがない。
そんな子ではない。
では目の前のこの男は、ギルド長ではないのだった。
「…はい?私がギルド長ですが」
なぜか疑問を呈するミカエルの発言に、わずかに困惑を滲ませ男が肯定した。
「近日中に代替わりする予定が?」
「ありませんが?」
「……」
聖女と出会う十月までに、この男が死ぬとか?
もしくは下克上とか?
それで褐色プラチナブロンドの男がギルド長になる?
目の前の男は、白い肌に藍色の髪を肩のあたりでゆるく纏め、紅い瞳をした、とんでもなく美形の男である。
世界で五本の指には入りそうな、圧倒的なイケメンだ。
ミカエルとアルヴィスの次くらいには、美形である。
どう考えても、特徴が合わなかった。
「…あれ?」
「はい?」
ミカエルが首を傾げると、目の前の男は不審そうに眉を顰めた。
その憂いのある表情が、記憶の奥底を刺激する。
「…どこかで…」
会ったことがある。
何よりも、その紅い瞳は、人間が持つものではなかった。
このとんでもなく美形の顔は、知っていた。
記憶のどこかに存在した。
どこで?
記憶力は悪くないはずだったが、どうにも霞がかったようにはっきりとしなかった。
助けを求めるようにアルヴィスを見つめると、向こうもこちらを見ていた。
フードで顔は見えないが、こちらを見ていることはわかった。
魔族の数は少ない、と聞いている。
にもかかわらず、この遭遇率。
聞いていいものかと迷っていると、アルヴィスがおもむろにフードを下ろしてみせた。
「ちょ、」
勝手に顔見せは良くないよ!
止めようとするより、目の前の男が驚愕で叫ぶ方が早かった。
「わがき…!?」
「え、ワガキ?」
「…あっ」
「え?」
「えっ」
「……?」
アルヴィスを見て謎の言葉を発し、即口に手を当て沈黙した直後、こちらを見て何かに気づいたように肩を揺らして動揺した。
世界で五本の指に入りそうな美形が、見る影もなく驚愕している様子は、奇妙に映る。
「…知り合いなの?」
アルヴィスに問えば、疲れたようにため息をつきながら頷いた。
「ああ。…フードは、被っておけ」
「え、でも君の知り合いなら」
「見せなくていい」
「そ、そんな、我がき…いえ、何でもありません」
アルヴィスに一瞥されただけで、男が瞬時に姿勢を正した。
表情も取り繕い、ソファを指し示して「どうぞおかけ下さい」と促して来る。
アルヴィスと並んで座った瞬間、どこからか…言うまでもなく、ギルド長所有のマジックバッグから、ティーセットを取り出してテーブルにセッティングし始めた。
まるで優秀な執事のように、優雅な仕草で紅茶を注ぎ、出来に満足げに頷きながら正面へと回り、腰を下ろす前に丁寧に頭を下げた。
「…まずは無礼をお許し下さい。表向き、私はダリル・バーンとして情報ギルドの長を務めておりますが、真実の名はラダーニエと申します」
「ご丁寧にどうも。…名を呼ぶことがあれば、バーン殿とお呼びします」
「えっ…」
「え?」
「…いえ、…そうですか。…かしこまりました…」
何で悲しそうな顔するの?
アルヴィスを見ても、素知らぬ顔で紅茶を啜っている。
助けんかい。
知り合いなんでしょ。
魔族であるなら、聞いていた外見が一致しないことも、納得だった。
「認識阻害を使ってらっしゃるんですね」
「はい。色々と面倒ですので…。ああ、そうか。デバフ完全無効の加護をお持ちでいらっしゃいましたね。まさか、ミカエ…いえ、その、私の認識阻害をレジストする方が、我が君以外に…いえ、ここにいらっしゃるとは、想像もしておりませんでしたので」
「そうでしたか」
漏らしてはいけない情報がだだ漏れている気がしたが、この人大丈夫なのだろうか。
ミカエルの名前も知られているし、フードの意味がないのでは、と思わないでもない。
「それで、本日はどのようなご用件でこちらに?」
本題に入るまでが長かったが、ギルド長から切り出してくれて助かったのは事実だった。
「かつて『アズマ国』と呼ばれた、現在は小国が乱立している地域についての情報を頂きたいんです」
「…東方地域、ですか?」
「はい。各国のトップ、人口、特産品、貿易国…その中でも最も資金難の地域があればそこを」
「かしこまりました。現在ギルドで所有している情報を纏め、お渡し致します。不足があれば、ご指示下さい」
「ありがとうございます」
さすが情報ギルド、ある程度の情報はすでに持っているようだ。
「カフェで一時間程、お過ごし下さい。後程お持ち致します」
「はい。…報酬はいかほど?」
「いえ、頂くことは出来ません」
「え?」
なぜかアルヴィスをちらちらと窺っている様子だったが、まさか支払い不要と言われるとは思わなかった。
「我が…いえ、その、とにかく、受け取れません。紹介料もお返し致しますので」
「それは困ります。今後も依頼したい時に、遠慮して出来ないのは困るので、対価は受け取って頂かないと」
「しかし…」
ギルド長が困ったようにアルヴィスへと視線を向けたが、一瞬でこちらに向いた。
営業用のスマイルが張り付いているが、引きつっている。
「ありがたく、請求させて頂きます!」
「…あ、はい」
アルヴィスを見ても、いつも通りの無表情だった。
契約関係はきちんとしておきたいミカエルにとっては、変わり身の早さに驚きはしたが、ありがたいことだ。
無償の好意なんて、受けてはいけない。
よく知らない人なら、なおさらだ。
アルヴィスの知り合いで、取引自体も反対して来なかったので、信頼出来る相手ということだろう。
ミカエルはマジックバッグから魔封書を一つ取り出し、ギルド長へと手渡した。
「帰国したら、ここまで来ることが難しくなるかもしれませんので、連絡が必要な時にはこれを使って下さい」
「…え、あの、これは」
「私の宛先を登録しているので、やりとり出来ます」
「わ、私が…頂いて…よろしいのですか…?」
受け取る男の手が震えていたが、落とさないようしっかりと魔封書を掴んで抱きしめる表情は、嬉しそうだ。
魔封書くらい、ギルド長であれば持っているだろうし、珍しくもなかろうに。
「え?もちろん。私からも依頼があれば、連絡させてもらいます」
「あ、…はい…!いつでも、お待ちしております…!!」
わぁ、世界で五本の指に入る美形の笑みは、攻撃力が高いなぁ。
少女漫画であれば、周囲に花が舞っていることだろう。
どちらかと言えば中性的な美貌の持ち主は、本日はしっかりと着込んでおり露出はなかったが、鎖骨でも出せばお色気担当に十分なれそうだった。
「…あ、思い出した」
あの時も、びっくりするくらい美形の男がいる、と思ったのだった。
十年前、船で。
「…もしかして十年前、私が死にかけた時、助けに来てくれた人、ですよね?その節はありがとうございました」
「あ…。覚えて、いらっしゃったのですね…」
「今、思い出しました。あの時はお礼も言えませんでした。こんな所で会えるなんて。私が今生きているのは、あなたのおかげですね」
「いえ、…いえ、あの、それは、我がき…あっ…いえ、あの、ご無事で、良かったです…!」
「…?はい」
言えば言う程、ギルド長の顔色が悪くなって行く。
ちらちらとミカエルの隣を窺っているのでそちらを見れば、アルヴィスは空のカップを憎々しげに睨みつけていた。
「…アル?どうしたの?」
「…どうもしない。話は終わったか?」
「うん、終わったよ。あ、聞いてた?ギルド長、十年前に」
「聞いた。終わったなら行こう」
カップを置いて、返事も待たずにミカエルの手を取り立ち上がって、歩き出す。
引っ張られ、慌ててミカエルはギルド長へと挨拶をした。
「ではこれで失礼します」
「はい。後程カフェに、報告書をお持ち致します」
ギルド長も立ち上がり、先回りして扉を開けてくれた。
恭しい礼は、ミカエルとアルヴィス、二人に対して向けられていた。
カフェに戻ってルシュディーに根掘り葉掘り聞かれる中、ギルド長が魔族であることは伏せ、問題なく依頼出来たことを報告した。
ゆっくりとケーキとコーヒーを楽しみながら報告書を待ち、支払いを済ませて王宮へと戻る。
ギルド長の部屋を出る前からずっと不機嫌な様子のアルヴィスが、ミカエルは気になっていた。
「アルって、魔王なの?」
うっかり口が滑って、聞いてしまった。
二階の一番奥の個室に通され、注文を取りに現れた店員に、第四王子はケーキセットを頼み、ミカエルはメニューを確認し、店員を見上げた。
「一番下のメニューを十人前」
そう言って、白金貨一枚をテーブルに置いた。
「…かしこまりました。お隣のお客様、ご注文はいかが致しましょう」
店員が貨幣の真贋を確認し、マジックバッグに収納する様子は手慣れており、次の注文を取る口調も乱れてはいなかった。
「私は付き添いです」
「かしこまりました」
淡々とした口調のアルヴィスにも丁寧に頭を下げた店員が立ち去ってから、ルシュディーが拍手をした。
「堂々としてんじゃん」
「…教えてもらって良かったの?」
「全然いいって。うちの王族も利用しているし、信用度は大丈夫だろ。あー…なんつったっけな、探偵…じゃなくてなんかアレだよ、結婚相手の素性調査とかする…」
「興信所?」
「そう、ソレな。ソレ的な感じらしい」
「なるほど」
今回利用しようとしているのは、情報ギルドだった。
表立って活動はしておらず、この店で特定の注文と紹介手数料を支払うことで、仲介してもらえる。
元々はゲームの中で、聖女がレベル上げと顔見せの為世界を回っている途中、この国で起こる事件に巻き込まれ、情報ギルド長と知り合うのだ。
事件解決に手を貸してくれ、その後ソウェイサズ王国の学園に編入してからも、たびたび有益な情報をもたらしてくれる、サポートキャラとなるそうだ。
我が国にいても情報をくれるなら、知り合っておいて損はないのでは?
と、思ったのだった。
我が国にも情報ギルドはあるのかもしれないが、全く知らないし手がかりもないので、ここで繋ぎを作っておきたかった。
聖女達がこの国に来るのは、十月…つまりもう少し後なので、かち合う心配もない。
しばらく待っていると、ルシュディーのケーキセットを運んできた先程の店員が、こちらに向かって頭を下げた。
「別室へご案内致します」
「ああ、ありがとう」
「いってらっしゃーい」
ルシュディーは、情報ギルド長がいて知り合いになれる、という情報は持っていても、合い言葉と紹介手数料がいくら必要なのかは知らず、どこの店で会えるのかも、知らなかった。
「だって聖女とは街中で出会うし、向こうが魔封書渡してくるんだぜ!文通友達になってしばらくしてから、情報ギルド長だった、って知るんだからな!俺が知るか!」
とキレたものの、兄である王太子に尋ねてくれたので、いい子だった。
情報ギルドには主に、王や王子の愛人となる相手の調査を依頼している、ということをこの時知ってしまったが、他言することはない。
それはともかく、この店を予約してくれて、合い言葉と手数料を教えてくれた王太子は、ルシュディーがギルド長と会うことを禁止した。
王族が直接やりとりをして、いいことなんて一つもないから、と。
わぁ、耳が痛い。
生のギルド長を拝める、と楽しみにしていたルシュディーは不満そうだったが、ミカエルには必要であることを知った王太子は、特別に教えてくれ、忠告もしてくれた。
「絶対にフードは脱ぐんじゃないぞ。名乗ってもいけないし、身分を悟られてもいけない」
「はい」
「一人で会ってはいけないよ」
「はい」
「連絡はしておくから」
「…ありがとうございます」
いい人過ぎない?
話を通しておいてくれるなんて。
本当に、感謝している。
おかげで、スムーズに地下道を通って、おそらく別の建物へと移動した。
三階の通路最奥の部屋を店員がノックし、応えがあって扉を開けてくれた。
「どうぞ。ギルド長がお待ちです」
「案内ありがとう」
中に入ると、恭しい一礼を残して店員が扉を閉めた。
窓は全てカーテンが閉められ、壁を埋め尽くす本棚には書籍と、置物が並べられている。
室内は最高級品の調度品で揃えられてはいたが、この国の特徴とも言えるカラフルな色彩ではなく、シックに落ち着いた色で統一されていた。
「いらっしゃいませ。私が情報ギルド長、ダリル・バーンです」
情報ギルド長と話をしたければ、白金貨一枚。
ゲームの中のギルド長は、褐色の肌にプラチナブロンド、蒼い瞳が印象的な、野性的なイケメン、という話だった。
しかしデスクから立ち上がり、握手を求めるその姿は、褐色の肌ではなかったし、プラチナブロンドでもなかったし、蒼い瞳でもなかった。
「…私は、情報ギルド長に会いに来たのだが」
ルシュディーが嘘を言うはずがない。
そんな子ではない。
では目の前のこの男は、ギルド長ではないのだった。
「…はい?私がギルド長ですが」
なぜか疑問を呈するミカエルの発言に、わずかに困惑を滲ませ男が肯定した。
「近日中に代替わりする予定が?」
「ありませんが?」
「……」
聖女と出会う十月までに、この男が死ぬとか?
もしくは下克上とか?
それで褐色プラチナブロンドの男がギルド長になる?
目の前の男は、白い肌に藍色の髪を肩のあたりでゆるく纏め、紅い瞳をした、とんでもなく美形の男である。
世界で五本の指には入りそうな、圧倒的なイケメンだ。
ミカエルとアルヴィスの次くらいには、美形である。
どう考えても、特徴が合わなかった。
「…あれ?」
「はい?」
ミカエルが首を傾げると、目の前の男は不審そうに眉を顰めた。
その憂いのある表情が、記憶の奥底を刺激する。
「…どこかで…」
会ったことがある。
何よりも、その紅い瞳は、人間が持つものではなかった。
このとんでもなく美形の顔は、知っていた。
記憶のどこかに存在した。
どこで?
記憶力は悪くないはずだったが、どうにも霞がかったようにはっきりとしなかった。
助けを求めるようにアルヴィスを見つめると、向こうもこちらを見ていた。
フードで顔は見えないが、こちらを見ていることはわかった。
魔族の数は少ない、と聞いている。
にもかかわらず、この遭遇率。
聞いていいものかと迷っていると、アルヴィスがおもむろにフードを下ろしてみせた。
「ちょ、」
勝手に顔見せは良くないよ!
止めようとするより、目の前の男が驚愕で叫ぶ方が早かった。
「わがき…!?」
「え、ワガキ?」
「…あっ」
「え?」
「えっ」
「……?」
アルヴィスを見て謎の言葉を発し、即口に手を当て沈黙した直後、こちらを見て何かに気づいたように肩を揺らして動揺した。
世界で五本の指に入りそうな美形が、見る影もなく驚愕している様子は、奇妙に映る。
「…知り合いなの?」
アルヴィスに問えば、疲れたようにため息をつきながら頷いた。
「ああ。…フードは、被っておけ」
「え、でも君の知り合いなら」
「見せなくていい」
「そ、そんな、我がき…いえ、何でもありません」
アルヴィスに一瞥されただけで、男が瞬時に姿勢を正した。
表情も取り繕い、ソファを指し示して「どうぞおかけ下さい」と促して来る。
アルヴィスと並んで座った瞬間、どこからか…言うまでもなく、ギルド長所有のマジックバッグから、ティーセットを取り出してテーブルにセッティングし始めた。
まるで優秀な執事のように、優雅な仕草で紅茶を注ぎ、出来に満足げに頷きながら正面へと回り、腰を下ろす前に丁寧に頭を下げた。
「…まずは無礼をお許し下さい。表向き、私はダリル・バーンとして情報ギルドの長を務めておりますが、真実の名はラダーニエと申します」
「ご丁寧にどうも。…名を呼ぶことがあれば、バーン殿とお呼びします」
「えっ…」
「え?」
「…いえ、…そうですか。…かしこまりました…」
何で悲しそうな顔するの?
アルヴィスを見ても、素知らぬ顔で紅茶を啜っている。
助けんかい。
知り合いなんでしょ。
魔族であるなら、聞いていた外見が一致しないことも、納得だった。
「認識阻害を使ってらっしゃるんですね」
「はい。色々と面倒ですので…。ああ、そうか。デバフ完全無効の加護をお持ちでいらっしゃいましたね。まさか、ミカエ…いえ、その、私の認識阻害をレジストする方が、我が君以外に…いえ、ここにいらっしゃるとは、想像もしておりませんでしたので」
「そうでしたか」
漏らしてはいけない情報がだだ漏れている気がしたが、この人大丈夫なのだろうか。
ミカエルの名前も知られているし、フードの意味がないのでは、と思わないでもない。
「それで、本日はどのようなご用件でこちらに?」
本題に入るまでが長かったが、ギルド長から切り出してくれて助かったのは事実だった。
「かつて『アズマ国』と呼ばれた、現在は小国が乱立している地域についての情報を頂きたいんです」
「…東方地域、ですか?」
「はい。各国のトップ、人口、特産品、貿易国…その中でも最も資金難の地域があればそこを」
「かしこまりました。現在ギルドで所有している情報を纏め、お渡し致します。不足があれば、ご指示下さい」
「ありがとうございます」
さすが情報ギルド、ある程度の情報はすでに持っているようだ。
「カフェで一時間程、お過ごし下さい。後程お持ち致します」
「はい。…報酬はいかほど?」
「いえ、頂くことは出来ません」
「え?」
なぜかアルヴィスをちらちらと窺っている様子だったが、まさか支払い不要と言われるとは思わなかった。
「我が…いえ、その、とにかく、受け取れません。紹介料もお返し致しますので」
「それは困ります。今後も依頼したい時に、遠慮して出来ないのは困るので、対価は受け取って頂かないと」
「しかし…」
ギルド長が困ったようにアルヴィスへと視線を向けたが、一瞬でこちらに向いた。
営業用のスマイルが張り付いているが、引きつっている。
「ありがたく、請求させて頂きます!」
「…あ、はい」
アルヴィスを見ても、いつも通りの無表情だった。
契約関係はきちんとしておきたいミカエルにとっては、変わり身の早さに驚きはしたが、ありがたいことだ。
無償の好意なんて、受けてはいけない。
よく知らない人なら、なおさらだ。
アルヴィスの知り合いで、取引自体も反対して来なかったので、信頼出来る相手ということだろう。
ミカエルはマジックバッグから魔封書を一つ取り出し、ギルド長へと手渡した。
「帰国したら、ここまで来ることが難しくなるかもしれませんので、連絡が必要な時にはこれを使って下さい」
「…え、あの、これは」
「私の宛先を登録しているので、やりとり出来ます」
「わ、私が…頂いて…よろしいのですか…?」
受け取る男の手が震えていたが、落とさないようしっかりと魔封書を掴んで抱きしめる表情は、嬉しそうだ。
魔封書くらい、ギルド長であれば持っているだろうし、珍しくもなかろうに。
「え?もちろん。私からも依頼があれば、連絡させてもらいます」
「あ、…はい…!いつでも、お待ちしております…!!」
わぁ、世界で五本の指に入る美形の笑みは、攻撃力が高いなぁ。
少女漫画であれば、周囲に花が舞っていることだろう。
どちらかと言えば中性的な美貌の持ち主は、本日はしっかりと着込んでおり露出はなかったが、鎖骨でも出せばお色気担当に十分なれそうだった。
「…あ、思い出した」
あの時も、びっくりするくらい美形の男がいる、と思ったのだった。
十年前、船で。
「…もしかして十年前、私が死にかけた時、助けに来てくれた人、ですよね?その節はありがとうございました」
「あ…。覚えて、いらっしゃったのですね…」
「今、思い出しました。あの時はお礼も言えませんでした。こんな所で会えるなんて。私が今生きているのは、あなたのおかげですね」
「いえ、…いえ、あの、それは、我がき…あっ…いえ、あの、ご無事で、良かったです…!」
「…?はい」
言えば言う程、ギルド長の顔色が悪くなって行く。
ちらちらとミカエルの隣を窺っているのでそちらを見れば、アルヴィスは空のカップを憎々しげに睨みつけていた。
「…アル?どうしたの?」
「…どうもしない。話は終わったか?」
「うん、終わったよ。あ、聞いてた?ギルド長、十年前に」
「聞いた。終わったなら行こう」
カップを置いて、返事も待たずにミカエルの手を取り立ち上がって、歩き出す。
引っ張られ、慌ててミカエルはギルド長へと挨拶をした。
「ではこれで失礼します」
「はい。後程カフェに、報告書をお持ち致します」
ギルド長も立ち上がり、先回りして扉を開けてくれた。
恭しい礼は、ミカエルとアルヴィス、二人に対して向けられていた。
カフェに戻ってルシュディーに根掘り葉掘り聞かれる中、ギルド長が魔族であることは伏せ、問題なく依頼出来たことを報告した。
ゆっくりとケーキとコーヒーを楽しみながら報告書を待ち、支払いを済ませて王宮へと戻る。
ギルド長の部屋を出る前からずっと不機嫌な様子のアルヴィスが、ミカエルは気になっていた。
「アルって、魔王なの?」
うっかり口が滑って、聞いてしまった。
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