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216. 学園祭が始まった俺2
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学園祭中の見回りは、生徒会役員と風紀委員で連携して行っていた。
アルヴィスとフランクリン侯爵令嬢は、演劇が行われている体育館と武道館へと続く渡り廊下を、歩いている所だった。
貴族が多く通う学園で不祥事など起きないだろう、と思いきや、大きなイベント時には、羽目を外してしまう生徒は必ずいた。
まだ午前中だというのに、すでに一組が学園内で淫行に及び、一組が暴行容疑で風紀委員に連行されている。
毎年の恒例行事と化しているので、役員も委員も誰も驚いたりはしなかった。
ただただ、呆れているだけである。
人気のないスポット、薄暗い場所、人通りの少ない場所はすでに情報共有されており、重点的に見回ることになっていた。
体育館裏や武道館裏、倉庫などは、大人気の逢い引きスポットである。
今まさに体育館裏にさしかかり、角を曲がろうとする侯爵令嬢を、アルヴィスが止めた。
「人がいる」
「…え」
慌てて立ち止まり、侯爵令嬢はアルヴィスを見上げた。
アルヴィスは構うことなく横に立ち、角からそっと顔を覗かせた。
「……」
「…副会長、何か問題でも?」
「今はまだ問題ない」
「…今は…?」
アルヴィス副会長は、滅多に喋らない。
そういえば、まともに会話を交わした記憶もないことに、ソフィア・フランクリンは今更ながら気がついた。
視界にはいつも入っているのに、会話をした記憶がない。
なぜだろうと考えて、すぐに答えは出た。
喋るのはいつも、ミカエル王子だからだ。
会長として、クラスメートとして。
アルヴィス王子はいつも、ミカエル王子の隣もしくは斜め後ろにいて、まるで侍従か護衛のように佇んでいるだけだった。
よく見なくとも、彼はミカエル王子よりも背が高く、よく鍛えられた身体を持っていて、厚みがあった。
顔は王族の特長である銀髪を持ってはいるけれども、特筆すべき点はなく、ミカエルが光り輝いてその場にいるだけで目立っている分、彼はまるで影であるかの如く、控えめだった。
だが今、隣に立つ彼には、存在感があった。
ミカエル王子の隣にいる時の彼とは、全く違う。
「…どうぞ」
「…あ、はい」
場所を譲って後ろに下がったアルヴィス王子に会釈をし、ソフィアが角に立ち、髪がはみ出てしまわないよう手で一つにまとめてから、そっと覗いた。
爽やかな秋風が吹き、木漏れ日の下、向かい合って立っているのは、男子生徒が二人、だった。
一人の男子生徒が真っ赤な顔をして俯いていて、もう一人の男子生徒が照れたように頭に手をやり、落ち着かなさげに髪をかき回している。
「…これは…」
小さく呟くと、後ろから答えが返って来た。
「告白現場だろう」
「まぁ…!」
これが、小説や劇でしか見たことのない、告白現場…!
ソフィアは感動しながら口元に手をやり、まじまじと見つめてしまった。
貴族子女は早ければ幼い頃から、婚約相手は決まっているものだった。
遅くとも、学園に入る頃までには決まっており、それは家同士の契約であって、本人の意志ではない場合がほとんどだった。
我が国の貴族の恋愛は、結婚とは関係がない。
学生時代に恋愛を楽しむのは自由、と言われてはいるが、それは平民か、婚約者がいないか、もしくは婚約者が認めている場合のみ、許されることだった。
彼らは平民だろうか?
それとも?
「そのまま淫行に及びそうなら、取り締まりが必要になるが…」
「…その心配は、なさそうですわ…」
横から言われ、ソフィアはそっとため息をついた。
おそらくフられたのだろう、男子生徒が泣きながら、向こう側へと走っていった。
残った方はため息をつき、「俺だって婚約者がいなきゃ…」と、呟いている。
ネクタイは三年生のもので、恋愛を楽しむにはもう、残された在校期間は短い。
お互いに、辛い思いをするだけだろう。
残った方も重い足取りでその場を後にするのを見届けて、ソフィア達はまた見回りを再開した。
「…そういえば、副会長は、婚約者はいらっしゃるのですか?」
ソフィアにとって特に興味のある話題ではなかったが、沈黙に耐えきれず、つい口を出たのがそれだった。
アルヴィス王子は、すぐには答えなかった。
僭越だった、と後悔し、ソフィアは頭を下げた。
「申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げました」
「いや…いるにはいるが、まだ正式ではない」
「そう…なのですか」
それは確かに、答えにくい内容であることだろう。
機密に抵触する。
「そういうことに興味でも?」
会話が続くとは思わず、ソフィアは顔を上げ内心慌てた。
「あ、の…その、会長もまだ、婚約者の話は聞きませんので…」
「ああ」
納得したようにアルヴィス王子は頷いたが、ソフィアはまたしても後悔した。
これではまるで、本当に聞きたかったのは会長のことで、副会長がついでのようではないか。
「いえ、あの、申し訳ございません。わたくし、自分の婚約が未だにどうなるかわからない状態で…契約とはなんなのだろう、と、考えてしまうことが最近多くありまして…」
言い訳がましくなり、ソフィアは己を恥じて俯いた。
親しい間柄でもない第二王子殿下に、何を言っているのか。
だがアルヴィス王子は、ソフィアを責めはしなかった。
「ミカエルの婚約はおそらく、魔王討伐後になるだろう」
「…魔王討伐…ですか。…では、会長はやはり、勇者様のパーティーメンバーに、なられるのですか?」
「そのようだ」
「…すごい…」
顔だけの無能王子が、勇者パーティーに入れるわけがない。
魔族領の最前線で、AランクどころかSランクの魔獣を相手に、戦うのだから。
ソフィアは、今年の春に開かれた剣術大会を観覧していたから、知っている。
兄レイヴンが仮に忖度をしたのだとしても、それ以外の試合で勝ち、優勝したのはミカエル王子の実力だった。
ミカエル王子は、圧倒的に強かった。
学園でずっと満点主席を取り続けていることも、実力だった。
アルヴィス王子も満点次席であり、第一王子と第二王子は、無能などでは決してないのだ。
…ミカエル様と、婚約解消をしたくなかった。
婚約解消は、政治的判断だった、と聞いている。
表向きの理由は、第一王子の王位継承の可能性がほぼ消えたから、ということだったが、ソフィアは、未だに納得していない。
泣いて嫌だと父に縋ったのは、あれが最初で最後だった。
勉強も魔術も、妃教育も、歯を食いしばって努力してきたのは、ミカエル様の妃になる為だった。
王妃になる為じゃない。
なのに。
ひどい。
第三王子の妃になど、なってどうしろというのか。
王妃になったからとて、何が嬉しいのか。
自分は一体、何の為に生きているのか。
ミカエル王子を留学先まで送り届ける役目を負った兄レイヴンが、蒼白な顔をして屋敷に戻って来て、謹慎、という名目で、しばらく部屋に閉じこもっていた時期があった。
第一王子殿下が他国へ留学された、ということは、兄が戻って来てから公表されたが、どの国に行かれたのか等の詳細は、わからなかった。
父もその件については口を閉ざし、教えてはもらえなかった。
今までに見たこともない兄の異様な様子から、何かがあったのではと問い正し、憔悴した兄が思わず零した言葉を聞いた時の絶望は、忘れられない。
「お護りすることが、出来なかった」と。
初恋なのだ。
一目見た時から、好きだったのだ。
この方の妃になれる自分は、なんて幸せなのだろうと、思っていたのだ。
なのに。
誰もが第一王子の件には口を閉ざしていた。
新聞も、留学公表以降は一切情報が出なかった。
帝国に侵略された、隣国カノスズへ行かれたのでは、と想像することは、容易かった。
ずっと、ご無事で戻られることを祈っていた。
そのミカエル王子が帰国して、勇者パーティーの一員となったのだ。
栄誉である。
素晴らしいことだった。
「…あなたも、身の振り方を考えておいた方が、いいだろう」
ミカエル王子の輝かしい将来が見えたような気がして、ソフィアはその時舞い上がっていた。
「…身の振り方、ですか?」
言われた言葉を、深くは考えなかった。
もしかして、魔王討伐を完了し、英雄として彼が戻って来たその時には。
彼が、王になる道も、あるのではないだろうか。
今、妃教育を終えているのは、ソフィアだけだった。
ならば、もしかしたら。
そんな期待が、表情に出てしまったのかもしれない。
アルヴィス王子は淡々とした表情を崩しはしなかったが、どこか哀れむような色を浮かべたことにも、気づかなかった。
武道館裏と倉庫の見回りを終え、次は校舎裏へ、という段になって、アルヴィス王子が突然足を止めた。
「…副会長?どうかされましたか?」
「……殺す…!」
「え…!?」
思わず聞き返した時には、彼はすでに走り出していた。
「え、え?待って下さい!!副会長っ!!」
すぐさま後を追うが、予定のルートを外れて、関係のない場所へと駆けていく後ろ姿に迷いはなく、ソフィアのことなどもはや眼中にないようなスピードで、どんどん引き離されて行く。
「…くっ」
このまま見失っては、いけない!
そんな気がした。
人影はまばらであり、今なら気づかれない。
今は緊急時である、と言い訳しながら、ソフィアは自身に身体強化の魔術をかけ、必死にアルヴィス王子を追いかけた。
彼がまっすぐ目指したのは、部室棟だった。
クラブでも出し物や店は許可されてはいるものの、部室棟は本日は使われる予定がなく、締め切っているはずだった。
先に着いたアルヴィス王子は、躊躇なく扉を蹴り破ろうとした。
「や、やめて下さい副会長!!中に人がいたら、気づかれます!!」
「…っ」
遠目でも、彼が何をしようとしているのかはわかった。
思わず叫んでしまい、ソフィアはすでに今ので気づかれたのでは、と冷や汗をかいたが、とりあえずアルヴィス王子は止まった。
そして冷静に、鍵を取り出し開け始めた。
見回り担当は、職員室以外の部屋を開けられる鍵を預かっている。
不正利用が出来ないよう、使用場所や回数は、記録される仕組みになっていた。
ようやく追い付いたソフィアだったが、アルヴィス王子は振り返ることもなく、どんどん進んで行く。
まるで、目指す場所がわかっているかのようである。
そして、彼の気配が消えていることに気がついた。
目の前にいるのに、存在感がまるでない。
ソフィアも慌てて、風で膜を作って気配を遮断する。
上位者にはレジストされるが、そうでなければ有効だった。
アルヴィス王子は元から表情には乏しかったが、今はさらに表情が抜け落ちたような顔をしていた。
視線が合うだけで、殺されそうな不穏さだけが、漂っている。
この先で、どんな問題が起こっているのだろう。
今はとにかく、問題解決に動くことが先決だった。
この部室棟には誰も来ない、ということを確信しているのか、その部室の扉は開いていた。
「おい、しっかり撮れよ。ミカエル王子のハメ撮りを流せば、俺らの退学処分はなしにしてくれるって言うんだからな…!」
「言われなくても撮ってるよ!それにしても、エロすぎるだろ…早く挿れろよ!俺もヤりたいんだよ!」
「焦んなよ。今挿れるって!…ほらココ、ちゃんと撮っとけ」
カメラの、シャッターを押す音が何度も聞こえ、ソフィアの顔が不快に歪んだ。
こいつらは。
ミカエル王子に。
何をしているの。
気づけばアルヴィス王子の姿はすでになく、部室の中から絶叫が響き渡った。
恐る恐るソフィアが中を覗き込むと、脱ぎ散らかされた制服と、ローションの入った瓶、避妊具の入っている箱と、破られた一枚の袋が空の状態で床に散らばり、血だらけでのたうち回る男子生徒二名と、ぐったりと床に横たわった、全裸のミカエル王子を抱え起こす、アルヴィス王子がいた。
アルヴィスとフランクリン侯爵令嬢は、演劇が行われている体育館と武道館へと続く渡り廊下を、歩いている所だった。
貴族が多く通う学園で不祥事など起きないだろう、と思いきや、大きなイベント時には、羽目を外してしまう生徒は必ずいた。
まだ午前中だというのに、すでに一組が学園内で淫行に及び、一組が暴行容疑で風紀委員に連行されている。
毎年の恒例行事と化しているので、役員も委員も誰も驚いたりはしなかった。
ただただ、呆れているだけである。
人気のないスポット、薄暗い場所、人通りの少ない場所はすでに情報共有されており、重点的に見回ることになっていた。
体育館裏や武道館裏、倉庫などは、大人気の逢い引きスポットである。
今まさに体育館裏にさしかかり、角を曲がろうとする侯爵令嬢を、アルヴィスが止めた。
「人がいる」
「…え」
慌てて立ち止まり、侯爵令嬢はアルヴィスを見上げた。
アルヴィスは構うことなく横に立ち、角からそっと顔を覗かせた。
「……」
「…副会長、何か問題でも?」
「今はまだ問題ない」
「…今は…?」
アルヴィス副会長は、滅多に喋らない。
そういえば、まともに会話を交わした記憶もないことに、ソフィア・フランクリンは今更ながら気がついた。
視界にはいつも入っているのに、会話をした記憶がない。
なぜだろうと考えて、すぐに答えは出た。
喋るのはいつも、ミカエル王子だからだ。
会長として、クラスメートとして。
アルヴィス王子はいつも、ミカエル王子の隣もしくは斜め後ろにいて、まるで侍従か護衛のように佇んでいるだけだった。
よく見なくとも、彼はミカエル王子よりも背が高く、よく鍛えられた身体を持っていて、厚みがあった。
顔は王族の特長である銀髪を持ってはいるけれども、特筆すべき点はなく、ミカエルが光り輝いてその場にいるだけで目立っている分、彼はまるで影であるかの如く、控えめだった。
だが今、隣に立つ彼には、存在感があった。
ミカエル王子の隣にいる時の彼とは、全く違う。
「…どうぞ」
「…あ、はい」
場所を譲って後ろに下がったアルヴィス王子に会釈をし、ソフィアが角に立ち、髪がはみ出てしまわないよう手で一つにまとめてから、そっと覗いた。
爽やかな秋風が吹き、木漏れ日の下、向かい合って立っているのは、男子生徒が二人、だった。
一人の男子生徒が真っ赤な顔をして俯いていて、もう一人の男子生徒が照れたように頭に手をやり、落ち着かなさげに髪をかき回している。
「…これは…」
小さく呟くと、後ろから答えが返って来た。
「告白現場だろう」
「まぁ…!」
これが、小説や劇でしか見たことのない、告白現場…!
ソフィアは感動しながら口元に手をやり、まじまじと見つめてしまった。
貴族子女は早ければ幼い頃から、婚約相手は決まっているものだった。
遅くとも、学園に入る頃までには決まっており、それは家同士の契約であって、本人の意志ではない場合がほとんどだった。
我が国の貴族の恋愛は、結婚とは関係がない。
学生時代に恋愛を楽しむのは自由、と言われてはいるが、それは平民か、婚約者がいないか、もしくは婚約者が認めている場合のみ、許されることだった。
彼らは平民だろうか?
それとも?
「そのまま淫行に及びそうなら、取り締まりが必要になるが…」
「…その心配は、なさそうですわ…」
横から言われ、ソフィアはそっとため息をついた。
おそらくフられたのだろう、男子生徒が泣きながら、向こう側へと走っていった。
残った方はため息をつき、「俺だって婚約者がいなきゃ…」と、呟いている。
ネクタイは三年生のもので、恋愛を楽しむにはもう、残された在校期間は短い。
お互いに、辛い思いをするだけだろう。
残った方も重い足取りでその場を後にするのを見届けて、ソフィア達はまた見回りを再開した。
「…そういえば、副会長は、婚約者はいらっしゃるのですか?」
ソフィアにとって特に興味のある話題ではなかったが、沈黙に耐えきれず、つい口を出たのがそれだった。
アルヴィス王子は、すぐには答えなかった。
僭越だった、と後悔し、ソフィアは頭を下げた。
「申し訳ございません。差し出がましいことを申し上げました」
「いや…いるにはいるが、まだ正式ではない」
「そう…なのですか」
それは確かに、答えにくい内容であることだろう。
機密に抵触する。
「そういうことに興味でも?」
会話が続くとは思わず、ソフィアは顔を上げ内心慌てた。
「あ、の…その、会長もまだ、婚約者の話は聞きませんので…」
「ああ」
納得したようにアルヴィス王子は頷いたが、ソフィアはまたしても後悔した。
これではまるで、本当に聞きたかったのは会長のことで、副会長がついでのようではないか。
「いえ、あの、申し訳ございません。わたくし、自分の婚約が未だにどうなるかわからない状態で…契約とはなんなのだろう、と、考えてしまうことが最近多くありまして…」
言い訳がましくなり、ソフィアは己を恥じて俯いた。
親しい間柄でもない第二王子殿下に、何を言っているのか。
だがアルヴィス王子は、ソフィアを責めはしなかった。
「ミカエルの婚約はおそらく、魔王討伐後になるだろう」
「…魔王討伐…ですか。…では、会長はやはり、勇者様のパーティーメンバーに、なられるのですか?」
「そのようだ」
「…すごい…」
顔だけの無能王子が、勇者パーティーに入れるわけがない。
魔族領の最前線で、AランクどころかSランクの魔獣を相手に、戦うのだから。
ソフィアは、今年の春に開かれた剣術大会を観覧していたから、知っている。
兄レイヴンが仮に忖度をしたのだとしても、それ以外の試合で勝ち、優勝したのはミカエル王子の実力だった。
ミカエル王子は、圧倒的に強かった。
学園でずっと満点主席を取り続けていることも、実力だった。
アルヴィス王子も満点次席であり、第一王子と第二王子は、無能などでは決してないのだ。
…ミカエル様と、婚約解消をしたくなかった。
婚約解消は、政治的判断だった、と聞いている。
表向きの理由は、第一王子の王位継承の可能性がほぼ消えたから、ということだったが、ソフィアは、未だに納得していない。
泣いて嫌だと父に縋ったのは、あれが最初で最後だった。
勉強も魔術も、妃教育も、歯を食いしばって努力してきたのは、ミカエル様の妃になる為だった。
王妃になる為じゃない。
なのに。
ひどい。
第三王子の妃になど、なってどうしろというのか。
王妃になったからとて、何が嬉しいのか。
自分は一体、何の為に生きているのか。
ミカエル王子を留学先まで送り届ける役目を負った兄レイヴンが、蒼白な顔をして屋敷に戻って来て、謹慎、という名目で、しばらく部屋に閉じこもっていた時期があった。
第一王子殿下が他国へ留学された、ということは、兄が戻って来てから公表されたが、どの国に行かれたのか等の詳細は、わからなかった。
父もその件については口を閉ざし、教えてはもらえなかった。
今までに見たこともない兄の異様な様子から、何かがあったのではと問い正し、憔悴した兄が思わず零した言葉を聞いた時の絶望は、忘れられない。
「お護りすることが、出来なかった」と。
初恋なのだ。
一目見た時から、好きだったのだ。
この方の妃になれる自分は、なんて幸せなのだろうと、思っていたのだ。
なのに。
誰もが第一王子の件には口を閉ざしていた。
新聞も、留学公表以降は一切情報が出なかった。
帝国に侵略された、隣国カノスズへ行かれたのでは、と想像することは、容易かった。
ずっと、ご無事で戻られることを祈っていた。
そのミカエル王子が帰国して、勇者パーティーの一員となったのだ。
栄誉である。
素晴らしいことだった。
「…あなたも、身の振り方を考えておいた方が、いいだろう」
ミカエル王子の輝かしい将来が見えたような気がして、ソフィアはその時舞い上がっていた。
「…身の振り方、ですか?」
言われた言葉を、深くは考えなかった。
もしかして、魔王討伐を完了し、英雄として彼が戻って来たその時には。
彼が、王になる道も、あるのではないだろうか。
今、妃教育を終えているのは、ソフィアだけだった。
ならば、もしかしたら。
そんな期待が、表情に出てしまったのかもしれない。
アルヴィス王子は淡々とした表情を崩しはしなかったが、どこか哀れむような色を浮かべたことにも、気づかなかった。
武道館裏と倉庫の見回りを終え、次は校舎裏へ、という段になって、アルヴィス王子が突然足を止めた。
「…副会長?どうかされましたか?」
「……殺す…!」
「え…!?」
思わず聞き返した時には、彼はすでに走り出していた。
「え、え?待って下さい!!副会長っ!!」
すぐさま後を追うが、予定のルートを外れて、関係のない場所へと駆けていく後ろ姿に迷いはなく、ソフィアのことなどもはや眼中にないようなスピードで、どんどん引き離されて行く。
「…くっ」
このまま見失っては、いけない!
そんな気がした。
人影はまばらであり、今なら気づかれない。
今は緊急時である、と言い訳しながら、ソフィアは自身に身体強化の魔術をかけ、必死にアルヴィス王子を追いかけた。
彼がまっすぐ目指したのは、部室棟だった。
クラブでも出し物や店は許可されてはいるものの、部室棟は本日は使われる予定がなく、締め切っているはずだった。
先に着いたアルヴィス王子は、躊躇なく扉を蹴り破ろうとした。
「や、やめて下さい副会長!!中に人がいたら、気づかれます!!」
「…っ」
遠目でも、彼が何をしようとしているのかはわかった。
思わず叫んでしまい、ソフィアはすでに今ので気づかれたのでは、と冷や汗をかいたが、とりあえずアルヴィス王子は止まった。
そして冷静に、鍵を取り出し開け始めた。
見回り担当は、職員室以外の部屋を開けられる鍵を預かっている。
不正利用が出来ないよう、使用場所や回数は、記録される仕組みになっていた。
ようやく追い付いたソフィアだったが、アルヴィス王子は振り返ることもなく、どんどん進んで行く。
まるで、目指す場所がわかっているかのようである。
そして、彼の気配が消えていることに気がついた。
目の前にいるのに、存在感がまるでない。
ソフィアも慌てて、風で膜を作って気配を遮断する。
上位者にはレジストされるが、そうでなければ有効だった。
アルヴィス王子は元から表情には乏しかったが、今はさらに表情が抜け落ちたような顔をしていた。
視線が合うだけで、殺されそうな不穏さだけが、漂っている。
この先で、どんな問題が起こっているのだろう。
今はとにかく、問題解決に動くことが先決だった。
この部室棟には誰も来ない、ということを確信しているのか、その部室の扉は開いていた。
「おい、しっかり撮れよ。ミカエル王子のハメ撮りを流せば、俺らの退学処分はなしにしてくれるって言うんだからな…!」
「言われなくても撮ってるよ!それにしても、エロすぎるだろ…早く挿れろよ!俺もヤりたいんだよ!」
「焦んなよ。今挿れるって!…ほらココ、ちゃんと撮っとけ」
カメラの、シャッターを押す音が何度も聞こえ、ソフィアの顔が不快に歪んだ。
こいつらは。
ミカエル王子に。
何をしているの。
気づけばアルヴィス王子の姿はすでになく、部室の中から絶叫が響き渡った。
恐る恐るソフィアが中を覗き込むと、脱ぎ散らかされた制服と、ローションの入った瓶、避妊具の入っている箱と、破られた一枚の袋が空の状態で床に散らばり、血だらけでのたうち回る男子生徒二名と、ぐったりと床に横たわった、全裸のミカエル王子を抱え起こす、アルヴィス王子がいた。
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