【完結】前世ハイスペックブサメンの俺、今世ではイージーモードを歩みたい

影清

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224. 成人を迎えた俺

 十二月に入り、今年は非常に寒さの厳しい冬になりそうだ、という天候予測が出ていた通り、ソウェイサズ王国の中心部に位置する王都にあっても、日中の気温が一桁になり、朝晩はマイナスにまで落ち込む日々が増えていた。
 まだ雪が積もる程ではないものの、ちらつく日があり、霜が降りた地面は歩く度にジャリジャリと音がした。
 立ち上る冷気に顔を顰め、羽織った毛皮のショールをかき抱くようにして、庭園に面した渡り廊下を歩くのは、この国の王妃、レティシアだった。
 侍女と護衛騎士を多数従え、道行く先々で深く頭を下げる者達に目もくれず、まっすぐに向かっているのは、王の応接室である。
 レティシアが正妃として王宮に入ってから二十年近く、今まで一度も、自分から王を訪ねたことはない。
 王の方も、レティシアの寝室へ何度か訪れた以外は互いに没交渉であり、関わり合いを持とうと思ったことはなかった。
 それが今、初めてレティシアの方から王へと謁見を求めたのである。
 不本意ではあっても、王に直接言わねばならないことが出来たからだった。
 
 父、ボイル侯爵が姿を見せなくなって、一月が経とうとしている。

 仕事でトラブルがあり、しばらく王宮に行けそうにないとは聞いていた。
 が、援助金まで途切れるとは聞いていなかった。
 いつものように買い物をしようとしたが、執事が「出来ない」と言って来た。
 レティシアが身につけている物は全て、父の商会の商品だった。
 「出来ない」と言われるなどと、想像したこともない。
 理由を問えば、すでに王妃に支給される品格維持費を、使い切ってしまったからだと言うではないか。
 国から支給される金額は、レティシアの買い物に使用するには微々たるものだ。
 今までは、金額を超えた分は父が支払ってくれていた。
 「王妃が身につければ、最大の広告になる」と言い、かなりの金額を、好きなだけ使わせてくれていた。
 
 なのに、なぜ?

 執事は、「このまま援助がございませんと、護衛騎士も侍女の数も、庭師の数も…あらゆるものを、減らさなければなりません」と嘆いていた。
 父に使いを出せば、「しばらくは不便をかけるが、よろしく頼む」とだけ返ってきた。
 
 聞いてない。
 勝手に援助を打ち切るなんて。
 しばらくって、いつまで?
 どれくらい我慢をすればいいの?

 すでに給料未払いは、発生している。
 公金で雇っている者には給料が支払われているが、追加で雇っている者達は、未払いのままだった。
 まとめて支払うから、と言ってはいるものの、今月分の目途は立っていない。
 父以外に支援を申し出ていた王妃派閥の貴族達も、軒並み手を引いていた。
 
 なぜ、こんなことになっている?
 
 気づけば貴族達の謁見希望は激減し、王太子は王妃宮に顔を見せなくなっていた。
  
 なぜ?

 何もかもが、狂い始めている。
 
 なぜ?
 
 今まで、全てが順調だったではないか。
 
 …第一王子の暗殺以外は。

 舌打ちしながら歩く王妃を誰も正面から見ることはせず、ただ頭を下げて通り過ぎていくのを見守っている。
 月に一度の茶会でも、令嬢達の話題は何も変わらない。
 どの俳優が今人気で、どの騎士が人気で、レティシアが身につけているアクセサリーがトレンドで。
 香水を変えればすぐに誰かが気づき、次の時には真似をしてくる。
 いつもと変わりなく、平和であった。
 王太子デューイの婚約者である、フランクリン侯爵令嬢でさえも、話題の演劇のパンフレットを持参して、この俳優が素敵だったと媚びを売ってくるのも変わらない。
 レティシアは、フランクリン侯爵令嬢のことはそれなりに評価していた。

 出しゃばらず、異議を唱えず、言われたことに従う女。

 妃教育を全て終えているのが彼女しかまだいないから、という理由は第一だったが、レティシアにとって都合の良い令嬢であったから、デューイの婚約者に据えたのだ。
 デューイ本人が嫌がっている為、今は数人の令嬢を選抜し、教育を施している所である。
 だがやはり、覚えが悪かった。
 レティシア自体が、幼い頃から教育漬けで嫌気が差していたこともあり、妃教育を詰め込みで行うことには、否定的だった。
 フランクリン侯爵令嬢は、第一王子の婚約者だったから、方針に口出しはしなかった。
 王妃自ら教えることも、しなかった。
 気づけば教育を終了しており、今となっては、詰め込み式が正しかったのだと言われているようで不快であるが、デューイの卒業までに他の令嬢が教育を終えられるかは、微妙な所だ。
 ゆえにまだ婚約を継続しており、茶会にも呼んでいる。
 レティシアの世界は、茶会と舞踏会と謁見希望の貴族達くらいしか、なかった。
 王妃に対して物言う者は排除している為、誰もレティシアにこの国の現状を知らせてくれる者はいない。
 だから、気づかなかった。

 なぜ、こんなことになっている?

 デューイが王妃宮に来なくなったのも、「反抗期でございましょう。成長しておられるのです」と言われれば、深く考えることはしなかった。
 
 今までは、父が全てを手配してくれていた。

 だから、わからない。
 今はとにかく、金を工面しなければならなかった。
 レティシアは応接室へと入り、おそらく初めて、正面から夫である王の顔を見た。
 王もまた、初めて正面から、妻であるレティシアの顔を見たことだろう。
 
 婚約の時も、婚姻式の時でさえ、目を合わせることはしなかった。
 誓いのキスもなかったし、指輪交換もなかった。
 書類を交わしただけだった。

「どーもこんにちは、ってのもおかしいけど、何か用?」
「…それが、正妃に対するお言葉ですの?」
 
 婚約式の時も、婚姻式の時でさえ、この男はレティシアに言葉をかけたことがなかった。
 どうしようもない、クズ男。
 実の息子を愛人に据えようとする、最低な男だった。
 
 着席を勧めることすらしない男に、レティシアはこめかみを引きつらせつつ、細く息を吐いた。
「…座っても、よろしいかしら」
「勝手にどーぞ?茶はいるのか?」
「いただきますわ」
「あっそ」
 屈辱に震えつつ、レティシアは王の対面のソファに腰掛けた。
 すぐに温かい紅茶が出され、一口飲んで少しだけ心が落ち着いた。
「で、話って何?俺忙しーんだけど?」
「…おほほ、ご冗談がお上手ですこと」
 公務を放棄して、ほとんどを議会任せにしていることを揶揄すると、王は大げさに肩を竦めた。
「ミカエルを口説きに行かなきゃなんねーし。最近の楽しみって、それしかねーし」
「…すでに愛人を抱えておいででは?」
「愛人はなー。ミカエルを落とすまでの性欲処理用。娼館行きたいつってもダメって言われるし。デリヘルもねーし、しょーがねぇよな」
「……」

 気持ち悪い。

 どうでもいい男とはいえ、正妃であるレティシアの前で、堂々と息子を口説くだの、娼館に行きたいだのと放言するゲスだった。
 レティシアは嫌悪に顔が歪んだが、それを見て王もまた、馬鹿にするように鼻で笑った。
「アンタも愛人作ればいいのに。あ、それの打診かなんか?なら勝手にしろよ。俺は別に何も言わねぇし」
「…そんなことではございません。陛下と同じと見られるのは、不快でございます」
「男の愛人囲いたい、とかいう法案出して却下されてるくせに、よく言うぜ。ミカエルはさぁ、いっつも優しく微笑んで俺の話、聞いてくれるんだよ。かるーく受け流されちまうけど、それも嫌味じゃねぇし可愛いんだよな。なんたって、顔が最高。あれだけで全て許せちまうわ。…アンタもその顔、どうにかしたら?」
「…は…?」
 元々余裕のなかったレティシアは、たやすく挑発に乗ってしまった。
 荒々しくテーブルに置かれたティーカップは、大きな音を立て中味が零れ落ちた。
 下品な、とマナー教師に顔を顰められるレベルであったが、王は気にすることなくさらに笑った。
「ミカエルくらい愛想良かったらなぁ、オバサンでもまだマシなのに。はーマジ、ヤバイよオバサン。何か頼みがあって、わざわざ俺んトコ来たんだよな?人に物を頼む態度かよ。もっと可愛くしろよ。…ああいや、オバサンに可愛い子ぶられても寒いだけだけどよ」
「…な、…なんですって…?」
 
 オバサン?
 おまえもオッサンだろうが。
 そもそも、オバサンって、何。
 誰が?
 わたくしが?
 「王国の至宝」とまで言われた、わたくしが?

 信じられない暴言に、レティシアの身体が怒りと屈辱で震えた。
 ミカエルの名を出すことすら許し難いというのに、この男はレティシア自身を侮辱したのである。
「現実見ろよ。俺より年上じゃんアンタ。四十超えたら立派なオバサン。ホントはハタチ過ぎたらって言いてぇ所を、めっちゃ気ぃ遣ってやってんだ。十分過ぎるだろ?」
「……。……っ」
「俺は若い子が好きなんだよなぁ。ヨリ戻そうとか言ってくんなよ。今更過ぎるわ。初対面でゴミを見るような目で見られてから、俺アンタのこと嫌いなんだわ。…とりあえず、当時は若くて美人だったから抱いてはみたけど、マグロだし、つまんねーし」
「……」
「男二人生まれたらお役御免って、こっちから願い下げだわーって思ってたから、助かったわ。…あーでも、ミカエルは生んでくれてありがとな。これだけはマジ本心だから。あの顔マジサイコー。…あ、で?何の用だっけ?」
 この男は、人の神経を逆撫でする天才だった。
 意味の分からぬ言葉も使って、レティシアを貶めてくる。
 王妃宮の予算増額の口添えを頼みに来たのだが、それを己の口から言うのは、プライドが許さなかった。

 こんなクズに、わたくしが下手に出ることなど、死んでも出来ない。
 デューイが即位さえすれば。
 そうすれば、こんな男の顔は二度と見なくて済む。

 レティシアは立ち上がり、形ばかり礼をしたが、嫌悪と怒りに歪む表情までは制御出来なかった。
「時間を無駄に致しました。わたくし、これで失礼致します」
「あ?なんだそりゃ。時間を無駄にしたのはこっちだわ。はーマジでなんだコイツー。塩まけ塩」
 なぜ塩?などと、問うてやる余裕はレティシアにはなかった。
 足音高く応接室を辞し、王妃宮へと戻る。
 王妃の滞在時間は五分程度だったが、それでもきつい香水が室内に充満しており、王はえずきながら侍従に窓を開けさせた。
「うぇっマジオバサンのきっつい香水、勘弁しろよ…香害で訴えるぞクソが」
「陛下。妃殿下のお話を、お聞きにならなくてよろしいのですか?」
「用件は知ってる。けどアイツが話さなかったんだから、いいんだろ別に」
 王妃宮の予算増額のお願い、と、謁見希望の理由は、あちらの執事から丁寧に聞かされていた。
 今まで一切興味もなかったが、そこで初めて王は、王妃の現状に興味を抱き、調べさせた。
 
 笑った。

 今まで何不自由なく好き勝手に生きてきたからか、窮地に陥った途端、こちらを頼って来るその浅ましさ。
 
 まぁ、頼られた所で聞く気ないけど。

 今更過ぎた。
 どのツラ下げて、というやつだ。
 
 過去、やる気もなく出来損ないだった自分は、学園卒業後にはどこぞの貴族へと婿入りするか、公爵位をもらうかのどちらかは決まっていたが、兄が即位するまでは何があるかわからない。
 自分には、婚約者はいなかった。

 美しく儚げで、健気に頑張る超絶美少女。

 それが、レティシアの第一印象だった。
 兄の婚約者が、兄が死んだことで自分の婚約者になる、と聞いて、喜んだのは一瞬だった。
 死んでも嫌だ、なんであんなクズと、などと本人の口から罵倒が飛び出すのを、扉の向こうから聞いてしまった。
 実際に対面しても目も合わず、嫌悪がありありと表情に現れていた。

 冷めた。

 自分のことを嫌いな奴を、好きでいる理由などない。
 どいつもこいつも、俺のことを同じ表情で、同じ目で見る。
 だから、何もかもが嫌だった。
 だから、自分のことをそういう目で見ない奴が、好きだった。
 誰かを好きになっても、一年もすれば粗が見えてきて冷めてしまう。
 愛人契約も長くは続かない。

 唯一許せるのは、ミカエルの顔だった。

 留学から帰って来て三年近く、愛人になれと口説き続け振られ続けているが、あの顔は呆れたような表情をすることはあっても、嫌悪を見せたことはなかった。
 実際どう思っているかは関係なく、自分にそれを見せないことが、重要だった。
「俺ちょっとイイコトしたんじゃねぇかなぁ。ミカエル、俺に惚れねぇかなー」
「……」
 侍従は何も言わなかったが、王は一人で満足していた。





 王妃の力が削がれることは、ミカエルにとってはイイコトのはずだった。
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