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224. 成人を迎えた俺
十二月に入り、今年は非常に寒さの厳しい冬になりそうだ、という天候予測が出ていた通り、ソウェイサズ王国の中心部に位置する王都にあっても、日中の気温が一桁になり、朝晩はマイナスにまで落ち込む日々が増えていた。
まだ雪が積もる程ではないものの、ちらつく日があり、霜が降りた地面は歩く度にジャリジャリと音がした。
立ち上る冷気に顔を顰め、羽織った毛皮のショールをかき抱くようにして、庭園に面した渡り廊下を歩くのは、この国の王妃、レティシアだった。
侍女と護衛騎士を多数従え、道行く先々で深く頭を下げる者達に目もくれず、まっすぐに向かっているのは、王の応接室である。
レティシアが正妃として王宮に入ってから二十年近く、今まで一度も、自分から王を訪ねたことはない。
王の方も、レティシアの寝室へ何度か訪れた以外は互いに没交渉であり、関わり合いを持とうと思ったことはなかった。
それが今、初めてレティシアの方から王へと謁見を求めたのである。
不本意ではあっても、王に直接言わねばならないことが出来たからだった。
父、ボイル侯爵が姿を見せなくなって、一月が経とうとしている。
仕事でトラブルがあり、しばらく王宮に行けそうにないとは聞いていた。
が、援助金まで途切れるとは聞いていなかった。
いつものように買い物をしようとしたが、執事が「出来ない」と言って来た。
レティシアが身につけている物は全て、父の商会の商品だった。
「出来ない」と言われるなどと、想像したこともない。
理由を問えば、すでに王妃に支給される品格維持費を、使い切ってしまったからだと言うではないか。
国から支給される金額は、レティシアの買い物に使用するには微々たるものだ。
今までは、金額を超えた分は父が支払ってくれていた。
「王妃が身につければ、最大の広告になる」と言い、かなりの金額を、好きなだけ使わせてくれていた。
なのに、なぜ?
執事は、「このまま援助がございませんと、護衛騎士も侍女の数も、庭師の数も…あらゆるものを、減らさなければなりません」と嘆いていた。
父に使いを出せば、「しばらくは不便をかけるが、よろしく頼む」とだけ返ってきた。
聞いてない。
勝手に援助を打ち切るなんて。
しばらくって、いつまで?
どれくらい我慢をすればいいの?
すでに給料未払いは、発生している。
公金で雇っている者には給料が支払われているが、追加で雇っている者達は、未払いのままだった。
まとめて支払うから、と言ってはいるものの、今月分の目途は立っていない。
父以外に支援を申し出ていた王妃派閥の貴族達も、軒並み手を引いていた。
なぜ、こんなことになっている?
気づけば貴族達の謁見希望は激減し、王太子は王妃宮に顔を見せなくなっていた。
なぜ?
何もかもが、狂い始めている。
なぜ?
今まで、全てが順調だったではないか。
…第一王子の暗殺以外は。
舌打ちしながら歩く王妃を誰も正面から見ることはせず、ただ頭を下げて通り過ぎていくのを見守っている。
月に一度の茶会でも、令嬢達の話題は何も変わらない。
どの俳優が今人気で、どの騎士が人気で、レティシアが身につけているアクセサリーがトレンドで。
香水を変えればすぐに誰かが気づき、次の時には真似をしてくる。
いつもと変わりなく、平和であった。
王太子デューイの婚約者である、フランクリン侯爵令嬢でさえも、話題の演劇のパンフレットを持参して、この俳優が素敵だったと媚びを売ってくるのも変わらない。
レティシアは、フランクリン侯爵令嬢のことはそれなりに評価していた。
出しゃばらず、異議を唱えず、言われたことに従う女。
妃教育を全て終えているのが彼女しかまだいないから、という理由は第一だったが、レティシアにとって都合の良い令嬢であったから、デューイの婚約者に据えたのだ。
デューイ本人が嫌がっている為、今は数人の令嬢を選抜し、教育を施している所である。
だがやはり、覚えが悪かった。
レティシア自体が、幼い頃から教育漬けで嫌気が差していたこともあり、妃教育を詰め込みで行うことには、否定的だった。
フランクリン侯爵令嬢は、第一王子の婚約者だったから、方針に口出しはしなかった。
王妃自ら教えることも、しなかった。
気づけば教育を終了しており、今となっては、詰め込み式が正しかったのだと言われているようで不快であるが、デューイの卒業までに他の令嬢が教育を終えられるかは、微妙な所だ。
ゆえにまだ婚約を継続しており、茶会にも呼んでいる。
レティシアの世界は、茶会と舞踏会と謁見希望の貴族達くらいしか、なかった。
王妃に対して物言う者は排除している為、誰もレティシアにこの国の現状を知らせてくれる者はいない。
だから、気づかなかった。
なぜ、こんなことになっている?
デューイが王妃宮に来なくなったのも、「反抗期でございましょう。成長しておられるのです」と言われれば、深く考えることはしなかった。
今までは、父が全てを手配してくれていた。
だから、わからない。
今はとにかく、金を工面しなければならなかった。
レティシアは応接室へと入り、おそらく初めて、正面から夫である王の顔を見た。
王もまた、初めて正面から、妻であるレティシアの顔を見たことだろう。
婚約の時も、婚姻式の時でさえ、目を合わせることはしなかった。
誓いのキスもなかったし、指輪交換もなかった。
書類を交わしただけだった。
「どーもこんにちは、ってのもおかしいけど、何か用?」
「…それが、正妃に対するお言葉ですの?」
婚約式の時も、婚姻式の時でさえ、この男はレティシアに言葉をかけたことがなかった。
どうしようもない、クズ男。
実の息子を愛人に据えようとする、最低な男だった。
着席を勧めることすらしない男に、レティシアはこめかみを引きつらせつつ、細く息を吐いた。
「…座っても、よろしいかしら」
「勝手にどーぞ?茶はいるのか?」
「いただきますわ」
「あっそ」
屈辱に震えつつ、レティシアは王の対面のソファに腰掛けた。
すぐに温かい紅茶が出され、一口飲んで少しだけ心が落ち着いた。
「で、話って何?俺忙しーんだけど?」
「…おほほ、ご冗談がお上手ですこと」
公務を放棄して、ほとんどを議会任せにしていることを揶揄すると、王は大げさに肩を竦めた。
「ミカエルを口説きに行かなきゃなんねーし。最近の楽しみって、それしかねーし」
「…すでに愛人を抱えておいででは?」
「愛人はなー。ミカエルを落とすまでの性欲処理用。娼館行きたいつってもダメって言われるし。デリヘルもねーし、しょーがねぇよな」
「……」
気持ち悪い。
どうでもいい男とはいえ、正妃であるレティシアの前で、堂々と息子を口説くだの、娼館に行きたいだのと放言するゲスだった。
レティシアは嫌悪に顔が歪んだが、それを見て王もまた、馬鹿にするように鼻で笑った。
「アンタも愛人作ればいいのに。あ、それの打診かなんか?なら勝手にしろよ。俺は別に何も言わねぇし」
「…そんなことではございません。陛下と同じと見られるのは、不快でございます」
「男の愛人囲いたい、とかいう法案出して却下されてるくせに、よく言うぜ。ミカエルはさぁ、いっつも優しく微笑んで俺の話、聞いてくれるんだよ。かるーく受け流されちまうけど、それも嫌味じゃねぇし可愛いんだよな。なんたって、顔が最高。あれだけで全て許せちまうわ。…アンタもその顔、どうにかしたら?」
「…は…?」
元々余裕のなかったレティシアは、たやすく挑発に乗ってしまった。
荒々しくテーブルに置かれたティーカップは、大きな音を立て中味が零れ落ちた。
下品な、とマナー教師に顔を顰められるレベルであったが、王は気にすることなくさらに笑った。
「ミカエルくらい愛想良かったらなぁ、オバサンでもまだマシなのに。はーマジ、ヤバイよオバサン。何か頼みがあって、わざわざ俺んトコ来たんだよな?人に物を頼む態度かよ。もっと可愛くしろよ。…ああいや、オバサンに可愛い子ぶられても寒いだけだけどよ」
「…な、…なんですって…?」
オバサン?
おまえもオッサンだろうが。
そもそも、オバサンって、何。
誰が?
わたくしが?
「王国の至宝」とまで言われた、わたくしが?
信じられない暴言に、レティシアの身体が怒りと屈辱で震えた。
ミカエルの名を出すことすら許し難いというのに、この男はレティシア自身を侮辱したのである。
「現実見ろよ。俺より年上じゃんアンタ。四十超えたら立派なオバサン。ホントはハタチ過ぎたらって言いてぇ所を、めっちゃ気ぃ遣ってやってんだ。十分過ぎるだろ?」
「……。……っ」
「俺は若い子が好きなんだよなぁ。ヨリ戻そうとか言ってくんなよ。今更過ぎるわ。初対面でゴミを見るような目で見られてから、俺アンタのこと嫌いなんだわ。…とりあえず、当時は若くて美人だったから抱いてはみたけど、マグロだし、つまんねーし」
「……」
「男二人生まれたらお役御免って、こっちから願い下げだわーって思ってたから、助かったわ。…あーでも、ミカエルは生んでくれてありがとな。これだけはマジ本心だから。あの顔マジサイコー。…あ、で?何の用だっけ?」
この男は、人の神経を逆撫でする天才だった。
意味の分からぬ言葉も使って、レティシアを貶めてくる。
王妃宮の予算増額の口添えを頼みに来たのだが、それを己の口から言うのは、プライドが許さなかった。
こんなクズに、わたくしが下手に出ることなど、死んでも出来ない。
デューイが即位さえすれば。
そうすれば、こんな男の顔は二度と見なくて済む。
レティシアは立ち上がり、形ばかり礼をしたが、嫌悪と怒りに歪む表情までは制御出来なかった。
「時間を無駄に致しました。わたくし、これで失礼致します」
「あ?なんだそりゃ。時間を無駄にしたのはこっちだわ。はーマジでなんだコイツー。塩まけ塩」
なぜ塩?などと、問うてやる余裕はレティシアにはなかった。
足音高く応接室を辞し、王妃宮へと戻る。
王妃の滞在時間は五分程度だったが、それでもきつい香水が室内に充満しており、王はえずきながら侍従に窓を開けさせた。
「うぇっマジオバサンのきっつい香水、勘弁しろよ…香害で訴えるぞクソが」
「陛下。妃殿下のお話を、お聞きにならなくてよろしいのですか?」
「用件は知ってる。けどアイツが話さなかったんだから、いいんだろ別に」
王妃宮の予算増額のお願い、と、謁見希望の理由は、あちらの執事から丁寧に聞かされていた。
今まで一切興味もなかったが、そこで初めて王は、王妃の現状に興味を抱き、調べさせた。
笑った。
今まで何不自由なく好き勝手に生きてきたからか、窮地に陥った途端、こちらを頼って来るその浅ましさ。
まぁ、頼られた所で聞く気ないけど。
今更過ぎた。
どのツラ下げて、というやつだ。
過去、やる気もなく出来損ないだった自分は、学園卒業後にはどこぞの貴族へと婿入りするか、公爵位をもらうかのどちらかは決まっていたが、兄が即位するまでは何があるかわからない。
自分には、婚約者はいなかった。
美しく儚げで、健気に頑張る超絶美少女。
それが、レティシアの第一印象だった。
兄の婚約者が、兄が死んだことで自分の婚約者になる、と聞いて、喜んだのは一瞬だった。
死んでも嫌だ、なんであんなクズと、などと本人の口から罵倒が飛び出すのを、扉の向こうから聞いてしまった。
実際に対面しても目も合わず、嫌悪がありありと表情に現れていた。
冷めた。
自分のことを嫌いな奴を、好きでいる理由などない。
どいつもこいつも、俺のことを同じ表情で、同じ目で見る。
だから、何もかもが嫌だった。
だから、自分のことをそういう目で見ない奴が、好きだった。
誰かを好きになっても、一年もすれば粗が見えてきて冷めてしまう。
愛人契約も長くは続かない。
唯一許せるのは、ミカエルの顔だった。
留学から帰って来て三年近く、愛人になれと口説き続け振られ続けているが、あの顔は呆れたような表情をすることはあっても、嫌悪を見せたことはなかった。
実際どう思っているかは関係なく、自分にそれを見せないことが、重要だった。
「俺ちょっとイイコトしたんじゃねぇかなぁ。ミカエル、俺に惚れねぇかなー」
「……」
侍従は何も言わなかったが、王は一人で満足していた。
王妃の力が削がれることは、ミカエルにとってはイイコトのはずだった。
まだ雪が積もる程ではないものの、ちらつく日があり、霜が降りた地面は歩く度にジャリジャリと音がした。
立ち上る冷気に顔を顰め、羽織った毛皮のショールをかき抱くようにして、庭園に面した渡り廊下を歩くのは、この国の王妃、レティシアだった。
侍女と護衛騎士を多数従え、道行く先々で深く頭を下げる者達に目もくれず、まっすぐに向かっているのは、王の応接室である。
レティシアが正妃として王宮に入ってから二十年近く、今まで一度も、自分から王を訪ねたことはない。
王の方も、レティシアの寝室へ何度か訪れた以外は互いに没交渉であり、関わり合いを持とうと思ったことはなかった。
それが今、初めてレティシアの方から王へと謁見を求めたのである。
不本意ではあっても、王に直接言わねばならないことが出来たからだった。
父、ボイル侯爵が姿を見せなくなって、一月が経とうとしている。
仕事でトラブルがあり、しばらく王宮に行けそうにないとは聞いていた。
が、援助金まで途切れるとは聞いていなかった。
いつものように買い物をしようとしたが、執事が「出来ない」と言って来た。
レティシアが身につけている物は全て、父の商会の商品だった。
「出来ない」と言われるなどと、想像したこともない。
理由を問えば、すでに王妃に支給される品格維持費を、使い切ってしまったからだと言うではないか。
国から支給される金額は、レティシアの買い物に使用するには微々たるものだ。
今までは、金額を超えた分は父が支払ってくれていた。
「王妃が身につければ、最大の広告になる」と言い、かなりの金額を、好きなだけ使わせてくれていた。
なのに、なぜ?
執事は、「このまま援助がございませんと、護衛騎士も侍女の数も、庭師の数も…あらゆるものを、減らさなければなりません」と嘆いていた。
父に使いを出せば、「しばらくは不便をかけるが、よろしく頼む」とだけ返ってきた。
聞いてない。
勝手に援助を打ち切るなんて。
しばらくって、いつまで?
どれくらい我慢をすればいいの?
すでに給料未払いは、発生している。
公金で雇っている者には給料が支払われているが、追加で雇っている者達は、未払いのままだった。
まとめて支払うから、と言ってはいるものの、今月分の目途は立っていない。
父以外に支援を申し出ていた王妃派閥の貴族達も、軒並み手を引いていた。
なぜ、こんなことになっている?
気づけば貴族達の謁見希望は激減し、王太子は王妃宮に顔を見せなくなっていた。
なぜ?
何もかもが、狂い始めている。
なぜ?
今まで、全てが順調だったではないか。
…第一王子の暗殺以外は。
舌打ちしながら歩く王妃を誰も正面から見ることはせず、ただ頭を下げて通り過ぎていくのを見守っている。
月に一度の茶会でも、令嬢達の話題は何も変わらない。
どの俳優が今人気で、どの騎士が人気で、レティシアが身につけているアクセサリーがトレンドで。
香水を変えればすぐに誰かが気づき、次の時には真似をしてくる。
いつもと変わりなく、平和であった。
王太子デューイの婚約者である、フランクリン侯爵令嬢でさえも、話題の演劇のパンフレットを持参して、この俳優が素敵だったと媚びを売ってくるのも変わらない。
レティシアは、フランクリン侯爵令嬢のことはそれなりに評価していた。
出しゃばらず、異議を唱えず、言われたことに従う女。
妃教育を全て終えているのが彼女しかまだいないから、という理由は第一だったが、レティシアにとって都合の良い令嬢であったから、デューイの婚約者に据えたのだ。
デューイ本人が嫌がっている為、今は数人の令嬢を選抜し、教育を施している所である。
だがやはり、覚えが悪かった。
レティシア自体が、幼い頃から教育漬けで嫌気が差していたこともあり、妃教育を詰め込みで行うことには、否定的だった。
フランクリン侯爵令嬢は、第一王子の婚約者だったから、方針に口出しはしなかった。
王妃自ら教えることも、しなかった。
気づけば教育を終了しており、今となっては、詰め込み式が正しかったのだと言われているようで不快であるが、デューイの卒業までに他の令嬢が教育を終えられるかは、微妙な所だ。
ゆえにまだ婚約を継続しており、茶会にも呼んでいる。
レティシアの世界は、茶会と舞踏会と謁見希望の貴族達くらいしか、なかった。
王妃に対して物言う者は排除している為、誰もレティシアにこの国の現状を知らせてくれる者はいない。
だから、気づかなかった。
なぜ、こんなことになっている?
デューイが王妃宮に来なくなったのも、「反抗期でございましょう。成長しておられるのです」と言われれば、深く考えることはしなかった。
今までは、父が全てを手配してくれていた。
だから、わからない。
今はとにかく、金を工面しなければならなかった。
レティシアは応接室へと入り、おそらく初めて、正面から夫である王の顔を見た。
王もまた、初めて正面から、妻であるレティシアの顔を見たことだろう。
婚約の時も、婚姻式の時でさえ、目を合わせることはしなかった。
誓いのキスもなかったし、指輪交換もなかった。
書類を交わしただけだった。
「どーもこんにちは、ってのもおかしいけど、何か用?」
「…それが、正妃に対するお言葉ですの?」
婚約式の時も、婚姻式の時でさえ、この男はレティシアに言葉をかけたことがなかった。
どうしようもない、クズ男。
実の息子を愛人に据えようとする、最低な男だった。
着席を勧めることすらしない男に、レティシアはこめかみを引きつらせつつ、細く息を吐いた。
「…座っても、よろしいかしら」
「勝手にどーぞ?茶はいるのか?」
「いただきますわ」
「あっそ」
屈辱に震えつつ、レティシアは王の対面のソファに腰掛けた。
すぐに温かい紅茶が出され、一口飲んで少しだけ心が落ち着いた。
「で、話って何?俺忙しーんだけど?」
「…おほほ、ご冗談がお上手ですこと」
公務を放棄して、ほとんどを議会任せにしていることを揶揄すると、王は大げさに肩を竦めた。
「ミカエルを口説きに行かなきゃなんねーし。最近の楽しみって、それしかねーし」
「…すでに愛人を抱えておいででは?」
「愛人はなー。ミカエルを落とすまでの性欲処理用。娼館行きたいつってもダメって言われるし。デリヘルもねーし、しょーがねぇよな」
「……」
気持ち悪い。
どうでもいい男とはいえ、正妃であるレティシアの前で、堂々と息子を口説くだの、娼館に行きたいだのと放言するゲスだった。
レティシアは嫌悪に顔が歪んだが、それを見て王もまた、馬鹿にするように鼻で笑った。
「アンタも愛人作ればいいのに。あ、それの打診かなんか?なら勝手にしろよ。俺は別に何も言わねぇし」
「…そんなことではございません。陛下と同じと見られるのは、不快でございます」
「男の愛人囲いたい、とかいう法案出して却下されてるくせに、よく言うぜ。ミカエルはさぁ、いっつも優しく微笑んで俺の話、聞いてくれるんだよ。かるーく受け流されちまうけど、それも嫌味じゃねぇし可愛いんだよな。なんたって、顔が最高。あれだけで全て許せちまうわ。…アンタもその顔、どうにかしたら?」
「…は…?」
元々余裕のなかったレティシアは、たやすく挑発に乗ってしまった。
荒々しくテーブルに置かれたティーカップは、大きな音を立て中味が零れ落ちた。
下品な、とマナー教師に顔を顰められるレベルであったが、王は気にすることなくさらに笑った。
「ミカエルくらい愛想良かったらなぁ、オバサンでもまだマシなのに。はーマジ、ヤバイよオバサン。何か頼みがあって、わざわざ俺んトコ来たんだよな?人に物を頼む態度かよ。もっと可愛くしろよ。…ああいや、オバサンに可愛い子ぶられても寒いだけだけどよ」
「…な、…なんですって…?」
オバサン?
おまえもオッサンだろうが。
そもそも、オバサンって、何。
誰が?
わたくしが?
「王国の至宝」とまで言われた、わたくしが?
信じられない暴言に、レティシアの身体が怒りと屈辱で震えた。
ミカエルの名を出すことすら許し難いというのに、この男はレティシア自身を侮辱したのである。
「現実見ろよ。俺より年上じゃんアンタ。四十超えたら立派なオバサン。ホントはハタチ過ぎたらって言いてぇ所を、めっちゃ気ぃ遣ってやってんだ。十分過ぎるだろ?」
「……。……っ」
「俺は若い子が好きなんだよなぁ。ヨリ戻そうとか言ってくんなよ。今更過ぎるわ。初対面でゴミを見るような目で見られてから、俺アンタのこと嫌いなんだわ。…とりあえず、当時は若くて美人だったから抱いてはみたけど、マグロだし、つまんねーし」
「……」
「男二人生まれたらお役御免って、こっちから願い下げだわーって思ってたから、助かったわ。…あーでも、ミカエルは生んでくれてありがとな。これだけはマジ本心だから。あの顔マジサイコー。…あ、で?何の用だっけ?」
この男は、人の神経を逆撫でする天才だった。
意味の分からぬ言葉も使って、レティシアを貶めてくる。
王妃宮の予算増額の口添えを頼みに来たのだが、それを己の口から言うのは、プライドが許さなかった。
こんなクズに、わたくしが下手に出ることなど、死んでも出来ない。
デューイが即位さえすれば。
そうすれば、こんな男の顔は二度と見なくて済む。
レティシアは立ち上がり、形ばかり礼をしたが、嫌悪と怒りに歪む表情までは制御出来なかった。
「時間を無駄に致しました。わたくし、これで失礼致します」
「あ?なんだそりゃ。時間を無駄にしたのはこっちだわ。はーマジでなんだコイツー。塩まけ塩」
なぜ塩?などと、問うてやる余裕はレティシアにはなかった。
足音高く応接室を辞し、王妃宮へと戻る。
王妃の滞在時間は五分程度だったが、それでもきつい香水が室内に充満しており、王はえずきながら侍従に窓を開けさせた。
「うぇっマジオバサンのきっつい香水、勘弁しろよ…香害で訴えるぞクソが」
「陛下。妃殿下のお話を、お聞きにならなくてよろしいのですか?」
「用件は知ってる。けどアイツが話さなかったんだから、いいんだろ別に」
王妃宮の予算増額のお願い、と、謁見希望の理由は、あちらの執事から丁寧に聞かされていた。
今まで一切興味もなかったが、そこで初めて王は、王妃の現状に興味を抱き、調べさせた。
笑った。
今まで何不自由なく好き勝手に生きてきたからか、窮地に陥った途端、こちらを頼って来るその浅ましさ。
まぁ、頼られた所で聞く気ないけど。
今更過ぎた。
どのツラ下げて、というやつだ。
過去、やる気もなく出来損ないだった自分は、学園卒業後にはどこぞの貴族へと婿入りするか、公爵位をもらうかのどちらかは決まっていたが、兄が即位するまでは何があるかわからない。
自分には、婚約者はいなかった。
美しく儚げで、健気に頑張る超絶美少女。
それが、レティシアの第一印象だった。
兄の婚約者が、兄が死んだことで自分の婚約者になる、と聞いて、喜んだのは一瞬だった。
死んでも嫌だ、なんであんなクズと、などと本人の口から罵倒が飛び出すのを、扉の向こうから聞いてしまった。
実際に対面しても目も合わず、嫌悪がありありと表情に現れていた。
冷めた。
自分のことを嫌いな奴を、好きでいる理由などない。
どいつもこいつも、俺のことを同じ表情で、同じ目で見る。
だから、何もかもが嫌だった。
だから、自分のことをそういう目で見ない奴が、好きだった。
誰かを好きになっても、一年もすれば粗が見えてきて冷めてしまう。
愛人契約も長くは続かない。
唯一許せるのは、ミカエルの顔だった。
留学から帰って来て三年近く、愛人になれと口説き続け振られ続けているが、あの顔は呆れたような表情をすることはあっても、嫌悪を見せたことはなかった。
実際どう思っているかは関係なく、自分にそれを見せないことが、重要だった。
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「……」
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3/7 完結しました!
※主人公:マイペース美人受け
※女性向けHOTランキング1位、ありがとうございました。完結までの12日間に渡り、ほとんど2〜5位と食い込めた作品となりました!あああありがとうございます……!。゚(゚´Д`゚)゚。
たくさんの閲覧、イイね、エール、感想は、作者の血肉になります……!(o´ω`o)ありがとうございます!(●′ω`人′ω`●)
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。