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27 ピンクブロンドは第四の罠を知る。

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「マカロン嬢は、君の提案を拒絶した」
「そんなに悪い提案じゃ無かったと思うんだけど」

 マカロン嬢は先方の有責でダメな婚約者から解放されて。
 アタシは、進学と生活のためのお金を得る。

 それっきりさようなら。

「あの時、言ったじゃん。淑女の中の淑女だって。
 貴族のプライドってもんがあるから、『ピンクブロンドの呪い』に負けるわけにはいかなかったんじゃないかな。
 名門貴族だから尚更ね」

 ああ、面倒。
 娼館でさんざん見たけど、貴族は下品だし下劣だしたるんでるし粗暴だし横暴だし。
 裸に剥けば庶民や平民と大した変わりもない生き物なのに。

 訂正。権力がある分、余計にゲス。

「はぁぁ……で、拒絶ってことは、アタシを潰すのを選んだって事よね?
 でもアタシ、この半月、身の危険を感じたこととかないけど」

 ちゃんと警戒はしてたのよ。

「クックック。流石、暴力沙汰に慣れた女だね君は」
「うるさいわよ」
「名門貴族って言うのは、表面的には粗暴さを見せるのを嫌ってるのさ。
 今、君が襲われたら、例え犯人の背後にモンブラン侯爵家がいなかったとしても、誰もがモンブラン侯爵家を疑ってしまう。だから君に直接的な手段はとれない。
 他の貴族がモンブラン侯爵家を貶めるために、力尽くで君をどうにかするっていうのも考えにくいね。
 だって今、そんな事件が起こったら、思いのままにならないと、貴族は横暴な手段をとるのかって、民衆派の新聞とかに書かれかねないからね。
 そういう意味でいえば君は安全だったわけさ」
「……合法的にアタシを潰そうとしてたってコト?」
「公明正大かつ合法的に君を罪人にしてこそ、高貴な血の権威は守られるってわけ」

 頭痛いわ。

「……そもそもアタシ、こっちへ来てからは悪い事なんてしてないんですけど!
 それに、アンナのお父様が、万事防いでくれる書類を色々と作ってくれたわ!」
「ドウドウ落ち着いて落ち着いて。
 君は合法的な範囲で精一杯知恵を絞って行動したさ。
 でも、金と権力ってヤツは、裏で何を仕掛けてくるかわからない。
 もし裁判になれば……そうだなぁ。君が2で向こうが8ってところかな」
「そんなに向こうが有利なの!?」

 悪くても3:7くらいだと思ってたんですけど。

「貴族の側に負ける確率が2もあるってコトが重要なのさ。
 万が一より遙かに高い確率で君が勝つ。
 それに裁判で時間がかかれば、モンブラン侯爵家の威信は、やっぱり傷つく」
「そりゃそうよね。
 父親が愛人に産ませた子を、本妻の娘が訴える構図なんて、話題性はバッチリだものね。
 でも、それなら他にどんな手段があんの?」

 貴族だからこそ、暗殺、誘拐、監禁、暴行等の直接的な手段は取れない。
 訴えるのも、それはそれでリスクが大きい。

「まさか……ハニートラップ!?」

 多くのピンクブロンドがその手でやられた。
 見目だけがいい男に引き寄せられて、男ごと始末された。
 勝手に引き寄せられた自業自得組も多かったみたいだけど。

 相手はアタシを、娼館上がりの股の緩い女だと見下げている。
 仕掛けて来そうではあるけど……。

 男が馴れ馴れしく近づいて来たとか、そういう記憶は――まさか。

 ニヤニヤ少年は、いやいや違う、という風に手を振った。

「クックック。ボクは違うから。
 そもそも男が君を引っかけるのは大変だと思うよ。
 男に対してファンタジーがなさすぎる」

 全く、良くわかっていらっしゃるわ。こんちくしょうめ。

「そこでマカロン嬢が目をつけたのが『高等特別裁定所』さ」
「なにそれ?」
「婚姻に関する貴族間のもめ事を裁定する仕組みさ」
「そんなのがあるの?」
「貴族にしか関係のない仕組みだから、裁判関係の組織図にも出てこない。
 多分あの弁護士先生も名前くらいしか知らないんじゃないかな。
 なんというかな。貴族の仲間内の会みたいなもんだ」
「そんなんで、どうやってアタシを合法的に罰するっていうのよ」

 あのバカと婚姻してないって一筆貰ってるのに。

「クックック。わっからないかなぁ?」
「それって、人をイラっとさせるって自覚ないの?」
「あるよ。だから面白いんじゃないか。で、どう?」
「……まさか、マカロンお嬢様の婚約がダメになったのを、アタシのせいにする、とか?」

 ニヤニヤ少年は、手を叩いた。

「ククク。当たり。ブラボー。頭の回転が速い子って好きだな」
「どこをどうしたらそうなんのよ!?
 アタシのほうがアイツに迫られて、体弄ばされそうになったんですけど!
 しかも、メチャクチャ沢山の人が見てたんですけど!」
「うんうん。その通り。
 裁判だったら、君の側も証人をズラーッと並べて反論できるけど。
 そこが『高等特別裁定所』の都合のいいところ。
 貴族の内輪の仕組みだから、参加出来るのも貴族だけ。
 君には、弁明の機会も反論の機会もないってことさ」
「なにそれ!? って、考えてみりゃアンタも男爵令息でしょ! そういうの知ってたらアタシの弁明くらいしてよ」

 ニヤニヤ少年は、肩を竦めた。
 同時に妙にさわやかな笑顔を浮かべて見せた。

「それ無理! ボクなんかしがない男爵のしかも息子だから!
 高位の貴族であればあるほど、証言は重んじられる仕組みだから!
 それに、なんでボクが君の弁明しなくちゃいけないの? メンドーじゃん」
「……そりゃそうね」

 実際そこまで期待してはいなかった。
 仮にこいつが、学長がペコペコするくらいお偉いところの令息だとしても。
 アタシのために動いてくれるなんて、ありえない。

 アタシの期待は、マカロンお嬢様がコイツの事を調べた結果、あれ以上仕掛けてくるのを断念するコトだったんだけど……。

「侯爵くらいのを二人ばかり買収すれば、どうとでもなるわけ。
 それにザッハトルテと、君がよく知ってる人達の宣誓付証言もあるしね」

 人達。複数形……。

「!」

 やられた。
 かあちゃんとおっさん、罪を軽くするためにアタシを売ったな!

「クックック。君の想像通りさ。
 君への愛情溢れる御両親は、全ては君が画策したという詳細な証言をしたよ。
 まぁしたからって言って、罪が軽くなるなんて言質を、お貴族様は与えなかったろうけどね」

 そうよね。あの人達はそういう人達よね。
 目先の甘い言葉にすぐ飛びつく。
 お貴族様達がピンクブロンドの両親を許すわけなんかないのに……。

「ザッハトルテは、君に娼婦のテクで誘惑されたんだって証言してる。
 あのバカ、廃嫡で庶民になるはずだったのに、なぜか、子爵になったよ。
 モンブラン侯爵家の飛び地を贈与されてね。
 元婚約者が彼の境遇を哀れんだだけで、別に賄賂ってわけじゃないんだってさー」

 賄賂だ。間違いなく賄賂。
 会場での目撃者があれだけ沢山いれば大丈夫だと思ったのが、落とし穴だったなんて……。

「君は、彼らの証言で、あのバカを体で誘惑した娼婦って認定されて、婚約が破綻した原因扱い。
 両家の結びつきを破壊し、莫大な損失を与えたってことで、巨額の賠償請求が送られてくる。
 当然、君は払えない」
「……払えなかったらどうなんのよ」

 なんでもないように聞き返そうとしたけど、ちょっと声がかすれてしまう。
 胸がしめつけられる。
 娼館で犯されそうになったり、殴られたりした度にこみあげてきた暗い予感が頭をもたげてくる。

 多額の借金を背負わされるとなれば、昼も夜もなく男に犯される最下層の娼婦にされちゃう。
 だけど、どれだけ身を削られすり切れさせられても、借金は返せないだろう……。

 くそったれでフザケタ呪いからも逃れられて、親友といえる子もできて、特待生にもなれて、明日があるかもしれないと思えるようになったのに!

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