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部屋に戻ると、ルームメイト達がなにやら騒いでいた。5人で円をつくり、興奮したように話している。
「なにかあったの?」
ジェノが声をかけると少年達は一瞬静まり返り目を見合わせるが、「これ見てみろよ」と輪の中に入れてくれた。
ぎこちないが、別にジェノをのけ者にしようとは思ってないようだ。良かった、部屋に居ずらいのは嫌だからな。
床に座り覗き込むと、そこには1部の新聞が置いてあり、他国の戦果情報や世界的に見たこの国の情勢等が記されてある。
あ、これ先生が持ってた・・・
『地雷を強制的に不発弾に変える装置を開発。億単位の人間の命を救う』
すでに特許を取得し、戦地や被災地に導入が完了。
第三王子の功績は止まることを知らないと評価され、大きくカルシェンツの写真も載っているが意図的に避け続けたのだろう、後ろ姿で写っていた。
それでも姿勢が美しく、気品を感じさせるのが憎い。
「凄いよな!俺達と同い年なんだぜ、カルシェンツ様は」
「この間も新しい薬開発して難病の人救ってたし、医者や科学者並みの頭なんだろ?」
「バカそれ以上だって、天才なんだぞ。ここ数年でで飛躍的にこの国は先進国に近づいたって父ちゃん言ってたもん」
「学校や教育の現場も取り仕切ったりしてるんだよな、まだ俺達と同じ子供なのに」
「ただの子供じゃねーもん!もはや偉人だよ」
「神様だって崇めてる団体もあるぜ」
次々にこれが凄かった、あれは人間業じゃないと話す少年達を眺め、ジェノは動けなくなった。
地雷、薬・・・教育?なんだそれ、僕はそんな事何も知らない。
よく知っているカルシェンツの話題なのに、少年達の情報を何一つ知らないという事実。
僕はいつも一緒にいるのに、あいつの事・・・。
唐突に苦いモノが込み上げ、喉に何かが詰まったように息苦しい。
「皆詳しいんだね、この歳で経済新聞なんて読むの?」
苦しい胸を見て見ぬふりして質問すると、お父さんの話をした子が「塾生なら大体の奴が読んでる」と答えてくれた。
「はじめは興味なかったけどソーズの影響でな」
「ソーズ?赤毛の子だよね」
「うん、あいつ王子様の大ファンでさ」
その言葉に「えっ、カルシェンツの!?」と驚くと、「呼び捨てになんかしたら酷い目に合うぞ!」と窘められた。
どうやらソーズという子がカルシェンツが活躍するたびに騒ぎ、それを見ていた周りも徐々に興味を持ったようだ。
彼等は自分たちと変わらない歳の子供が、大人や世界を驚かせ認められていることを誇りに思っているらしい。塾だけでなく学校でも話題に上る王子様は、今や子供達の憧れの的だ。
「俺らも尊敬してるけど、ソーズは最早心酔してると言っていい」
「崇めてるよな、あれは。記事とか全部スクラップしてるし、いずれ下で働くのが夢なんだって言って猛勉強してる」
「王族に近づくのは容易じゃないし、特にカルシェンツ様の下で働くなんて夢物語だ。あいつの家成金だから上級貴族のパーティには行けないし、良い学校に入らないと近づく事さえ出来ないよ」
まだまだ続く会話に、ジェノはトイレに行ってくると言ってその場をそっと離れた。少年達の話をこれ以上聞いていられなくなったのだ。
外の空気を吸おうと中庭に出ると、昼間とは随分雰囲気が変わっている。照明が柔らかく緑を照らし、大人な雰囲気に包まれる。
砂利を踏みしめベンチに腰掛けると、ジェノは深呼吸を繰り返し気持ちを宥めた。
落ち着け・・・僕がカルシェンツの活躍をあまり知らないのは当然だろう。
彼自身をちゃんと見ようと思って、噂やそういった情報は入れないようにしたんだし、カルシェンツの方も僕の前じゃ『王子様』や『天才』といった部分を出さないようにしてた。
わかってる、僕の方が本当の彼を知ってるんだ。
あんな新聞なんかで遠くに感じる必要なんかない。あの子達はカルシェンツに会ったこともないんだ。
・・・なのに、なのにどうして――
こんなにも悔しいんだろうか!
「今、何してるんだよっ」
重く吐き出した声は澄んだ夜空に溶けて行き、ジェノは頭を掻き毟った。
なんだこれ、すっごくもやもやする!
『一番近いのは自分のはずだ!』
これが一種の独占欲であると、経験の少ないジェノは気付けない。
カルシェンツの隣にいる事が『当たり前』になり、順調に距離が近づきつつあるという事にも、まだ考えが及ばない少女。
明日も早いし、そろそろ帰らなくちゃ。
美しく輝く月を見上げ、心を落ち着けてジェノは立ち上がった。
ああ、満月だ。あの時の月に似てる。
あの夜、僕を救った月に・・・。
今朝見た夢の映像と重なり、「何か良いでも事起こらないかなぁ」そう呟いた瞬間――
「こんばんはジェノ君」
真後ろから聞きなれた美声が鼓膜を揺らし、少女はゆるりと瞳を見開いた。
茶色く色付いた茂みの奥に立つ人影に信じられない思いで駆け寄ると、煌びやかな装飾を薄緑の上着に飾った少年が目を細めて笑う。
「嘘、なんでいるの!」
手紙じゃなく本人が来るなんて、相変わらずな奴だなぁ。
今まで何度も会っていたが、こんなに彼を見て嬉しい気持ちになったのは初めてだ。どうしてこんなにも胸が躍っているのだろう。
ジェノが名前を呼びながら笑顔で目の前に立つと、少し驚いた様子で少年は「ジェノ君、久しぶり!」と手を握った。
実際には全く久しくなかったが、ジェノも「うん、久々だな」と答える。
おそらく屋敷にいたなら「この間会ったばっかりだろ」と一刀両断していた事だろう。
だが『合宿』という未知の舞台は思っていたよりも少女を精神的に疲弊させていた。よく見知った人物に会ったことで、蓄積されていた不安が軽くなった様に感じる。
「勉強ばっかりで疲れてないかい? 少し痩せたね、ちゃんとご飯食べれてる?」
「別に体重も変わってないしご飯はうまいよ。それよりお前」
「ジェノ君にどうしても会いたくて抜けてきたんだ。ああ、ちゃんと王の許可を貰っているから心配いらないよ。手紙ではなく直接顔を見たくてね・・・でもこんなにすぐ会えるとは思わなかった。やはり運命だ」
運命かどうかは知らんが確かに驚いた。
普段なら部屋でくつろいでいる時間帯で、この場所で望んだ相手に会える確率はかなり低い。そう考えるとカルシェンツのよく解らない『運命論』も馬鹿に出来ないかもしれない。
しかし、それよりも気になるのは――
「カルシェンツの方はどうなんだ?」
「順調だよ。団体行動はどんな感じ? 私よりも仲良い子なんて出来たりしてないよね? ほら、ジェノ君は魅力的だから甘い汁に誘われるように蛾共が群がって来てしまうだろうけど、隙をつくってはいけないよ。全てを灰に帰すんだ!」
「何言ってんだアホ。お前みたいに憧れられる要素を僕は持ってないよ。てかそんな事より、具合悪いとかもないのか?」
「何も問題ないよ、私の事を心配してくれるなんて嬉しいな」
綺麗な笑顔を浮かべる少年。
自分の事はいいと塾の話をせがむカルシェンツを静かに見つめて、ジェノは眉を顰めた。
こいつ・・・
盛大に溜息をついたジェノは無言のままカルシェンツの手首を掴み、有無を言わさずに歩き出した。
急な行動に眼を瞬かせさせながらも抵抗せずに付いて来る美少年は、ニコニコと笑いながら「あぁ・・・ジェノ君の匂いはやっぱ落ち着く。一日一回は嗅がないとやる気出ないんだ。今度ジェノ君の匂いの詰まった香水を開発しようと思うんだが、どうだろうか」となんとも気持ちの悪い言葉を紡いだ。
うわぁ何でこういう事平然と言うのかなー、引くわ。こういった一面を知ったら皆ファン辞めるかな。それとも「気持ち悪くても素敵」ってなるものなのか? いや、これは末代まで隠した方がいいだろう。
国の英雄が実は『残念な変態気質』とか・・・バレない様にちゃんと彼を教育しよう、うん。
思ったより斜面になっている原っぱに腰かけ、ぐんと伸びをして一息つく。
裏庭にこんな広いエリアがあるなんて普通に良いよな此処。どうしてリゾート計画中断したんだろうか、もう一度再開発すればいいのに。
「あ、あのー」
「気持ちいいな。風強いけど月が綺麗」
右手を動かすと腿の上がビクンっと跳ね、くすぐったい衝動がジェノを襲う。「やめろよ」と声を掛けると、それに反論するようにモゾモゾと動く頭が此方を向いた。
金色の柔らかい髪を上から押さえつけ、抗議の声をシカトし続ける。
「あと30分で点呼来て消灯時間なんだ、お前も城戻るんだろ? それまで大人しく此処に居ろ」
「いるっ、いるけどちょっと待って! こ、これ何!? ・・・うわっ」
ずり落ちた肩を支えてやりながら「暴れるからだ」とオデコを撫でると、「ヒギュウッ」と聞いたことのない悲鳴が聞こえた。
「お前膝枕やった事ないのか?」
「ひっ膝まきゅらっ・・・うぐぅ! だからなんで、うわっ斜面きつい!」
確かに緩やかとは言えないこの斜度は、横向きに寝転がるには向かない様だ。てか今こいつ噛んだな。
「いいから大人しく休め。何なら子守唄歌ってやろうか?」
「そんな事されたら心臓爆発して永遠の眠りについちゃうよ!? ちょっ、斜面キツイです。ヤバイヤバイ色々ヤバイ!」
何故急に敬語なんだ。
あまりの煩さに仕方なく開放し、体勢を立て直しながら肩で息をするカルシェンツに「もっと腹筋を鍛えろ」と告げた。強引に肩を組んで間近で顔を覗きこむと、「うひゃやあああぁあ!?」と奇妙な悲鳴を上げ飛び退かれる。
「ちょっ、変な声出すな! びっくりするだろうがっ」
「ジェノ君こそさっきなら何なの!? 近いよっ、近すぎる! オデコと鼻がぶつかったよ今!」
・・・はあ?
数M離れた場所で胸を押さえて息を荒げているカルシェンツをマジマジと眺め、ジェノは本気で首を傾げた。
近い? 何を言っているんだ? それにこの反応は一体なんだ。
「お前いつもこれくらいの距離だろう。急に抱き付いたりするじゃないか。どうした?」
「私は良いんだよっ、でもジェノ君にされたら死ぬ!」
――はあっ!?
何度もオデコを擦りながら寒空の下で大量の汗を搔いているカルシェンツは、「ひざ・・・ひ、膝枕っ」と呟きながら茹でダコの様な顔で悶絶しだした。納得がいかず立ち上がると、それを察知したカルシェンツに更に距離をとられる。
「おい死ぬってなんだ死ぬって、失礼だろ。普段ウザイ位近寄って来るのそっちじゃないか」
「いつもは覚悟決めて計画的に抱き付いてるんだ。不意打ちでジェノ君に近づかれたら無理に決まっている! 膝枕だなんて・・・膝枕だなんてっ、私を殺す気なのかい君は!?」
「はぁ? けいかくてき――・・・はあ!? おいふっざけんなっ、なんなんだお前!」
あまりのセリフに大声を張り上げると「ジェノ君こそどうしたんだい!?」と血走った目で聞き返され、ジェノは言葉に詰まり頬を搔いた。
カルシェンツの驚き方は異常だが、確かにジェノからこんな風に彼に触れようとしたことは一度もなく、その疑問は至極当然だ。
原っぱに着いて早々に無理矢理『膝枕』という暴挙に出たのは、単純にカルシェンツを寝かせようと思いついたからで、「ジェノ君といると癒される」と前に言っていたのを思い出し試しに触れてみた。
しかし何故か逆効果の様だ。計画的ってなんなんだよ。
「疲れているんだろ、いいからこっちに来い」
「疲れてなんかないよ? 心臓止まるからそっちには行かない」
「カルシェンツく―ん・・・僕が優しくしてる内に隣座ろうねぇ」
見せたことのない満面の笑みで手招きすると「何で怒ってるの!?」とカルシェンツは青白い顔で数歩さがる。
怒る? いや違う、怒ってなどいない。
僕は・・・
僕はただ――
ただ、悔しいだけだ。
「なにかあったの?」
ジェノが声をかけると少年達は一瞬静まり返り目を見合わせるが、「これ見てみろよ」と輪の中に入れてくれた。
ぎこちないが、別にジェノをのけ者にしようとは思ってないようだ。良かった、部屋に居ずらいのは嫌だからな。
床に座り覗き込むと、そこには1部の新聞が置いてあり、他国の戦果情報や世界的に見たこの国の情勢等が記されてある。
あ、これ先生が持ってた・・・
『地雷を強制的に不発弾に変える装置を開発。億単位の人間の命を救う』
すでに特許を取得し、戦地や被災地に導入が完了。
第三王子の功績は止まることを知らないと評価され、大きくカルシェンツの写真も載っているが意図的に避け続けたのだろう、後ろ姿で写っていた。
それでも姿勢が美しく、気品を感じさせるのが憎い。
「凄いよな!俺達と同い年なんだぜ、カルシェンツ様は」
「この間も新しい薬開発して難病の人救ってたし、医者や科学者並みの頭なんだろ?」
「バカそれ以上だって、天才なんだぞ。ここ数年でで飛躍的にこの国は先進国に近づいたって父ちゃん言ってたもん」
「学校や教育の現場も取り仕切ったりしてるんだよな、まだ俺達と同じ子供なのに」
「ただの子供じゃねーもん!もはや偉人だよ」
「神様だって崇めてる団体もあるぜ」
次々にこれが凄かった、あれは人間業じゃないと話す少年達を眺め、ジェノは動けなくなった。
地雷、薬・・・教育?なんだそれ、僕はそんな事何も知らない。
よく知っているカルシェンツの話題なのに、少年達の情報を何一つ知らないという事実。
僕はいつも一緒にいるのに、あいつの事・・・。
唐突に苦いモノが込み上げ、喉に何かが詰まったように息苦しい。
「皆詳しいんだね、この歳で経済新聞なんて読むの?」
苦しい胸を見て見ぬふりして質問すると、お父さんの話をした子が「塾生なら大体の奴が読んでる」と答えてくれた。
「はじめは興味なかったけどソーズの影響でな」
「ソーズ?赤毛の子だよね」
「うん、あいつ王子様の大ファンでさ」
その言葉に「えっ、カルシェンツの!?」と驚くと、「呼び捨てになんかしたら酷い目に合うぞ!」と窘められた。
どうやらソーズという子がカルシェンツが活躍するたびに騒ぎ、それを見ていた周りも徐々に興味を持ったようだ。
彼等は自分たちと変わらない歳の子供が、大人や世界を驚かせ認められていることを誇りに思っているらしい。塾だけでなく学校でも話題に上る王子様は、今や子供達の憧れの的だ。
「俺らも尊敬してるけど、ソーズは最早心酔してると言っていい」
「崇めてるよな、あれは。記事とか全部スクラップしてるし、いずれ下で働くのが夢なんだって言って猛勉強してる」
「王族に近づくのは容易じゃないし、特にカルシェンツ様の下で働くなんて夢物語だ。あいつの家成金だから上級貴族のパーティには行けないし、良い学校に入らないと近づく事さえ出来ないよ」
まだまだ続く会話に、ジェノはトイレに行ってくると言ってその場をそっと離れた。少年達の話をこれ以上聞いていられなくなったのだ。
外の空気を吸おうと中庭に出ると、昼間とは随分雰囲気が変わっている。照明が柔らかく緑を照らし、大人な雰囲気に包まれる。
砂利を踏みしめベンチに腰掛けると、ジェノは深呼吸を繰り返し気持ちを宥めた。
落ち着け・・・僕がカルシェンツの活躍をあまり知らないのは当然だろう。
彼自身をちゃんと見ようと思って、噂やそういった情報は入れないようにしたんだし、カルシェンツの方も僕の前じゃ『王子様』や『天才』といった部分を出さないようにしてた。
わかってる、僕の方が本当の彼を知ってるんだ。
あんな新聞なんかで遠くに感じる必要なんかない。あの子達はカルシェンツに会ったこともないんだ。
・・・なのに、なのにどうして――
こんなにも悔しいんだろうか!
「今、何してるんだよっ」
重く吐き出した声は澄んだ夜空に溶けて行き、ジェノは頭を掻き毟った。
なんだこれ、すっごくもやもやする!
『一番近いのは自分のはずだ!』
これが一種の独占欲であると、経験の少ないジェノは気付けない。
カルシェンツの隣にいる事が『当たり前』になり、順調に距離が近づきつつあるという事にも、まだ考えが及ばない少女。
明日も早いし、そろそろ帰らなくちゃ。
美しく輝く月を見上げ、心を落ち着けてジェノは立ち上がった。
ああ、満月だ。あの時の月に似てる。
あの夜、僕を救った月に・・・。
今朝見た夢の映像と重なり、「何か良いでも事起こらないかなぁ」そう呟いた瞬間――
「こんばんはジェノ君」
真後ろから聞きなれた美声が鼓膜を揺らし、少女はゆるりと瞳を見開いた。
茶色く色付いた茂みの奥に立つ人影に信じられない思いで駆け寄ると、煌びやかな装飾を薄緑の上着に飾った少年が目を細めて笑う。
「嘘、なんでいるの!」
手紙じゃなく本人が来るなんて、相変わらずな奴だなぁ。
今まで何度も会っていたが、こんなに彼を見て嬉しい気持ちになったのは初めてだ。どうしてこんなにも胸が躍っているのだろう。
ジェノが名前を呼びながら笑顔で目の前に立つと、少し驚いた様子で少年は「ジェノ君、久しぶり!」と手を握った。
実際には全く久しくなかったが、ジェノも「うん、久々だな」と答える。
おそらく屋敷にいたなら「この間会ったばっかりだろ」と一刀両断していた事だろう。
だが『合宿』という未知の舞台は思っていたよりも少女を精神的に疲弊させていた。よく見知った人物に会ったことで、蓄積されていた不安が軽くなった様に感じる。
「勉強ばっかりで疲れてないかい? 少し痩せたね、ちゃんとご飯食べれてる?」
「別に体重も変わってないしご飯はうまいよ。それよりお前」
「ジェノ君にどうしても会いたくて抜けてきたんだ。ああ、ちゃんと王の許可を貰っているから心配いらないよ。手紙ではなく直接顔を見たくてね・・・でもこんなにすぐ会えるとは思わなかった。やはり運命だ」
運命かどうかは知らんが確かに驚いた。
普段なら部屋でくつろいでいる時間帯で、この場所で望んだ相手に会える確率はかなり低い。そう考えるとカルシェンツのよく解らない『運命論』も馬鹿に出来ないかもしれない。
しかし、それよりも気になるのは――
「カルシェンツの方はどうなんだ?」
「順調だよ。団体行動はどんな感じ? 私よりも仲良い子なんて出来たりしてないよね? ほら、ジェノ君は魅力的だから甘い汁に誘われるように蛾共が群がって来てしまうだろうけど、隙をつくってはいけないよ。全てを灰に帰すんだ!」
「何言ってんだアホ。お前みたいに憧れられる要素を僕は持ってないよ。てかそんな事より、具合悪いとかもないのか?」
「何も問題ないよ、私の事を心配してくれるなんて嬉しいな」
綺麗な笑顔を浮かべる少年。
自分の事はいいと塾の話をせがむカルシェンツを静かに見つめて、ジェノは眉を顰めた。
こいつ・・・
盛大に溜息をついたジェノは無言のままカルシェンツの手首を掴み、有無を言わさずに歩き出した。
急な行動に眼を瞬かせさせながらも抵抗せずに付いて来る美少年は、ニコニコと笑いながら「あぁ・・・ジェノ君の匂いはやっぱ落ち着く。一日一回は嗅がないとやる気出ないんだ。今度ジェノ君の匂いの詰まった香水を開発しようと思うんだが、どうだろうか」となんとも気持ちの悪い言葉を紡いだ。
うわぁ何でこういう事平然と言うのかなー、引くわ。こういった一面を知ったら皆ファン辞めるかな。それとも「気持ち悪くても素敵」ってなるものなのか? いや、これは末代まで隠した方がいいだろう。
国の英雄が実は『残念な変態気質』とか・・・バレない様にちゃんと彼を教育しよう、うん。
思ったより斜面になっている原っぱに腰かけ、ぐんと伸びをして一息つく。
裏庭にこんな広いエリアがあるなんて普通に良いよな此処。どうしてリゾート計画中断したんだろうか、もう一度再開発すればいいのに。
「あ、あのー」
「気持ちいいな。風強いけど月が綺麗」
右手を動かすと腿の上がビクンっと跳ね、くすぐったい衝動がジェノを襲う。「やめろよ」と声を掛けると、それに反論するようにモゾモゾと動く頭が此方を向いた。
金色の柔らかい髪を上から押さえつけ、抗議の声をシカトし続ける。
「あと30分で点呼来て消灯時間なんだ、お前も城戻るんだろ? それまで大人しく此処に居ろ」
「いるっ、いるけどちょっと待って! こ、これ何!? ・・・うわっ」
ずり落ちた肩を支えてやりながら「暴れるからだ」とオデコを撫でると、「ヒギュウッ」と聞いたことのない悲鳴が聞こえた。
「お前膝枕やった事ないのか?」
「ひっ膝まきゅらっ・・・うぐぅ! だからなんで、うわっ斜面きつい!」
確かに緩やかとは言えないこの斜度は、横向きに寝転がるには向かない様だ。てか今こいつ噛んだな。
「いいから大人しく休め。何なら子守唄歌ってやろうか?」
「そんな事されたら心臓爆発して永遠の眠りについちゃうよ!? ちょっ、斜面キツイです。ヤバイヤバイ色々ヤバイ!」
何故急に敬語なんだ。
あまりの煩さに仕方なく開放し、体勢を立て直しながら肩で息をするカルシェンツに「もっと腹筋を鍛えろ」と告げた。強引に肩を組んで間近で顔を覗きこむと、「うひゃやあああぁあ!?」と奇妙な悲鳴を上げ飛び退かれる。
「ちょっ、変な声出すな! びっくりするだろうがっ」
「ジェノ君こそさっきなら何なの!? 近いよっ、近すぎる! オデコと鼻がぶつかったよ今!」
・・・はあ?
数M離れた場所で胸を押さえて息を荒げているカルシェンツをマジマジと眺め、ジェノは本気で首を傾げた。
近い? 何を言っているんだ? それにこの反応は一体なんだ。
「お前いつもこれくらいの距離だろう。急に抱き付いたりするじゃないか。どうした?」
「私は良いんだよっ、でもジェノ君にされたら死ぬ!」
――はあっ!?
何度もオデコを擦りながら寒空の下で大量の汗を搔いているカルシェンツは、「ひざ・・・ひ、膝枕っ」と呟きながら茹でダコの様な顔で悶絶しだした。納得がいかず立ち上がると、それを察知したカルシェンツに更に距離をとられる。
「おい死ぬってなんだ死ぬって、失礼だろ。普段ウザイ位近寄って来るのそっちじゃないか」
「いつもは覚悟決めて計画的に抱き付いてるんだ。不意打ちでジェノ君に近づかれたら無理に決まっている! 膝枕だなんて・・・膝枕だなんてっ、私を殺す気なのかい君は!?」
「はぁ? けいかくてき――・・・はあ!? おいふっざけんなっ、なんなんだお前!」
あまりのセリフに大声を張り上げると「ジェノ君こそどうしたんだい!?」と血走った目で聞き返され、ジェノは言葉に詰まり頬を搔いた。
カルシェンツの驚き方は異常だが、確かにジェノからこんな風に彼に触れようとしたことは一度もなく、その疑問は至極当然だ。
原っぱに着いて早々に無理矢理『膝枕』という暴挙に出たのは、単純にカルシェンツを寝かせようと思いついたからで、「ジェノ君といると癒される」と前に言っていたのを思い出し試しに触れてみた。
しかし何故か逆効果の様だ。計画的ってなんなんだよ。
「疲れているんだろ、いいからこっちに来い」
「疲れてなんかないよ? 心臓止まるからそっちには行かない」
「カルシェンツく―ん・・・僕が優しくしてる内に隣座ろうねぇ」
見せたことのない満面の笑みで手招きすると「何で怒ってるの!?」とカルシェンツは青白い顔で数歩さがる。
怒る? いや違う、怒ってなどいない。
僕は・・・
僕はただ――
ただ、悔しいだけだ。
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