親友の距離感って僕には面倒臭い。

殿と殿

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 階段を上がった一番奥の部屋にほのかに明かりが灯り、夕食の時間だが誰かが居るとわかる。そっと息を殺し静かに多目的室に近づいたジェノだったが、後ろから伸びてきた腕に阻まれドアにかけた手を止めた。

 「モーズリストさん・・・向こうでお話しましょうか」

 「あんたツギとハギのどっちだったっけ?」

 「ハギ・サンジェルです。以後お見知りおきを」

 囁くような声音に促され共に階段を降りると、玄関ホールにツギがいて二人と対峙した。
 こいつら僕の行動を読んでいたのか?いや、おそらく――

 「ソーズの見張りご苦労だね」

 「ああ?どういう意味だ!」

 「・・・取り敢えず私共の要求は変わりません。明日のテストで手を抜いて下さい」

 「それは何故?」

 「邪魔だからです」

 淡々としたハギと少し攻撃的なツギは手を出すことはなく、昨日と同じくあくまで話し合いをする気らしい。これは間違いなくジェノが『貴族』だからだ。そのために嫌がらせの殆どがスフレに集中し、ジェノは軽い被害で済んだ。
 まあ助けようにもスフレが強すぎて相手が可哀想な状態なんだが。

 「ソーズは来ないのか?あいつが一番僕たちに苛立っているんだろ?」

 「私達だけで十分です。今の状況が続くと思わない方が身のためですよ。貴方は無事でも、お連れの黒い彼・・・怪我の保障は出来ません」

 「そんな大事はあんた等もまずいだろう、金持ちの家がもみ消してくれるって?」

 「調べたがモーズリスト家は没落なんだろう?俺らの方が権力は上かもな」

 嘲るようなツギを横目で見遣り、ジェノは鼻で笑った。
 間違いない。こいつらの思惑、状況は僕の想像通りだ。

 「確固たる証拠が無ければテストで悪い点をとらされても僕の実力と判断され、良い点をとったらお前らの報復が待っている・・・か」

 「頭のいい貴方なら最良の選択をすると、私は思っていますがね」

 「ああ・・・そうだな」

 ――どれが最良の選択か、それはもう解っている。
 この出来上がった『イジメ体制』を崩すのが赤子の手を捻るよりも容易いということも。
 彼らのやり方も・・・ただ、

 「あんたらの行為の一番の被害者って、誰だと思う?」

 突然のジェノの問いかけにツギは「はあ!?」と苛立ったように声を荒げ、ハギは「・・・自分だと言いたいのですか?」と訝しむ。
 ふーんなるほどね、この反応だとあっちが正解かな。

 ジェノは納得したように頷き、雲に隠れた夕空を見上げ呟いた。
 「全て・・・明日で終わるさ」



 合宿生活七日目の朝。
 ゆったりとした広い湯に浸かりながら、目を瞑り心を落ち着ける。此処の風呂に入るのもこれが最後となるだろう、色々あったがなかなかいい湯であった!とジェノは誰もいないのをいいことに泳ぎだす。
 今は女子風呂に入っているからスフレと遭遇する危険も無いしね、極楽極楽~。

 さて・・・今から三時間後の9時から実力テストが行われるわけだが、うまく彼と対話出来るだろうか。
 カンバヤシに教わったイジメを止める一番有効な方法は『頭を潰す』だった。
 トップを黙らせれば恐くないとライヴィも言っていたが、今回のイジメ集団の頂点と言えばもちろん『ソーズ・パローニャ』である。
 最大の敵はたったひとり・・・

 「おはようございます」
 靄のかかった肌寒い裏庭に足を踏み入れ、予想通りベンチに腰かけていた人物にジェノは声をかけた。

 「寒くないですか?すみません少しお話がしたくて、今大丈夫でしょうか」

 「お前、確か・・・」

 怪訝そうに顰められた眉に礼儀正しく名乗ると、鋭い眼光がジェノを捉え少年は持っていた暗記帳を置き更に眉間に皺を寄せた。この時間この場所に彼が来ることは、早朝にお風呂に入りに来て四日目で偶然目撃したため分っていた。これが最初にして、テスト前に彼とゆっくり話せる最後のチャンスだ。

 「何の用だ」

 「聞きたいことがありましてね・・・いや、貴方の方が僕に言いたい事あるんじゃないですか?」

 食堂で話した栗色の少年は言った。
 『ソーズが頭だ』と。

 同じ部屋の男子は愚痴った。
 『取り巻き共はソーズの言いなりだ』と。

 坊主頭の少年は不貞腐れた。
 『ソーズ君はツギ君とハギ君に命令して、それを俺は後から伝えられている』と。そしてツギとハギとの行動と、いままでに嫌がらせを受けた子達の証言からジェノにある疑問が浮ぶ。

 ――ソーズの実態が全く見えてこない。
 ソーズの名はよく出るが本人に直接何かされた子は一人も見つけられなかったし、イジメの現場で彼の姿を見たものもいない。
 嫌がらせをしたのは金魚の糞で指示はツギとハギが伝えているらしい。
 『ソーズ君のため』『ソーズ君の邪魔だから』というツギとハギのその言葉を聞き、彼が全ての元凶だと皆は言った。

 ・・・本当に?
 イジメの命令を出し、ソーズは高みの見物。本当にそうなのだろうか?
 もし違うとしたら・・・
 もし彼に『テストで手を抜け』と言われなかったら――

 「俺がお前に言いたい事?ああ、一つあるな」

 「なんですか」と尋ねると少年は赤毛の髪を掻き上げながら立ち上がり、ジェノの目をしっかりと見据えた。

 「俺に、効率の良い勉強法を教えてくれないか?」

 「・・・・・・なるほど」


 ――ソーズはおそらく、イジメに一切関わっていない。
 ジェノは大きく息を吐き出し、真剣な瞳の少年を見つめた。

 「あの、ソーズさん。イジメってどう思います?」

 「はあ?なんだいきなり・・・いじめ?よくないんじゃないか、やっぱり」

 うん、僕もそう思うよ。
 やはり彼は、イジメが起こっている事態すら知らずにいたのではないだろうか。
 勉強に集中しすぎて気が付かなかったのか・・・周りが彼を恐がり何も言わなかったからか、ツギとハギが裏で隠し続けていたからか。
 その原因はわからないが、何もしていないにも拘わらず『イジメの主犯』とされて恨まれている彼は間違いなく『被害者』だろうとジェノは思う。

 「あーあと、今日のテストは負けないからな、お前も全力でやれよ。もう一人にもそう言っておけ」

 睨みながら言われ、機嫌が悪いとかじゃなく元々こういう顔なんだなとジェノは納得した。
 うーん目の鋭さが誤解を招いた原因でもあるよな、これ。


 その後勉強方を教える約束をしてソーズとは別れ、ジェノは言われた通りテストに全力で臨んだ。
 初日よりも遥かに難しくなったテストに少し苦戦したが、納得のいく出来だと自分では思う。
 さて、ソーズとの約束通り本気でやったが、ツギとハギの要求には逆らった形となる。そっちも蹴りをつけるとするか。

 結果待ちの最中、使われていない部屋にツギとハギを呼び出し今朝の一件を簡単に話すと、2人は両極端な反応を見せた。
 見る見るうちに顔を真っ赤にして怒り出したツギと、今にも倒れそうに真っ青な顔のハギ。やはりイジメの事実はソーズには隠したい事の様だ。

 「ソーズ君には・・・言ったのですか、私達のしていたことを」

 「いや、言わなかった。・・・最初はさ、お前らがソーズさん一人に責任を押し付けてるのかなと考えたんだ」

 「ふざけるなっ、そんなわけねぇだろ!」

 「ああ、僕もお前らの態度を見て違うなと思った。イジメを楽しんでいるんじゃなく、本気でソーズさんのために動いてる気がしたからな・・・それで、お前らは何でこんなことしたんだ?」

 「ソーズ君のためだ!ソーズ君を煩わせるものは全て排除する、邪魔なものは俺らが取り除くんだっ」

 「逆効果だろう」

 今迄はこいつらが上手くやってきたみたいだが、そんなものいつ大事になるかは解らない。その時一番非難され全てを押し付けられるのは、何も知らないソーズだ。どんなに二人が擁護したところで周りはソーズが主犯だと発言するだろう。

 「ソーズのため」と言いながら、彼を窮地に立たせる事になるのは時間の問題である。
 ジェノの言葉に頭を抱え唸ったハギは弱弱しく座り「でもっ」とこぼした。

 「私たちなんかがソーズ君の役に立てる方法は・・・こんなことしかありませんっ」

 「・・・本気でそう思っているなら、ソーズさんから離れた方がいい」

 「なんだとっ!」

 「今のやり方は破滅しかない、本当に役立ちたいならもっとよく考えろよ!お前らが何でそんなにあの人のために尽くしたいのかは知らないけど、巻き添えにしたくないなら・・・不幸にしたくないのなら、正攻法で役に立て!」

 言いたいことを言ったジェノは俯いた二人を残し部屋を出る。結果待ちをしている子供達の間を抜け、スフレの隣に腰を下ろした。
 おそらく彼らの報復はないだろう。ソーズにばれるのを恐れている二人は何もしてこられないはずだ。

 「それにしても・・・色々な人間関係があるんだなー」
 子供の世界であれほどの忠誠心があるとは本当に驚きだ。
 スフレにもたれかかって目を閉じると疲れていたのか、いつの間にか眠りへ落ちていった。


 「うっわ、一点差!」
 子供たちが見守る中デカデカと張り出された順位表は周りの予想を裏切る結果となった。

 一位  ジェノ・モーズリスト  489点 (11歳)

 二位  ソーズ・パローニャ   488点 (12歳)

 三位  スフレ         486点 (11歳)


 ざわつく子供達の視線が集まる中、歯を噛み締めたツギハギとは対照的に笑みを浮かべているソーズが見え、ジェノはやれやれと首を振る。

 帰り際、誰もいないのを確認し声をかけると「モーズリストに負けたのは悔しいが、確実に差は縮まっていると実感できたから今はこれでいい」とニヒルな笑顔で握手を求められた。

 「前回あったあの差をもう埋めるなんてどれだけ勉強したんですか、恐い人ですね」

 「努力は人を裏切らないからな、また機会があったら競おうぜ」

 手を振って去っていく姿を眺め、噂と違って清々しい少年だったなぁとしみじみ思った。話してみないと他人なんてわからないものだよね。

 玄関先でこの七日間を振り返ってみると、もの凄く長かったようなあっという間だったような不思議な感覚がジェノを襲いスフレの方を向く。
 もうすぐ迎えがやってくる・・・そうしたらスフレとはお別れだ。

 「ジェーのんスフレの恩人、ずっと恩返しするからまた会う」

 「それはもういいんだけど・・・絶対また会おうな」

 彼がいたおかげでこの合宿は乗り切れたと言える。
 僕ひとりであの集団を相手にしていたら体力が持たなかった・・・スフレには何度も助けられたなぁ。よくわかんない奴だったけど、すっごく楽しかった!
 マリーテアが迎えに来るのが遠目に見え、ジェノは家の住所を書いたメモを「機会があったら遊びに来て」と渡し、固くスフレと握手をする。

 「スフレ、ありがとう。元気でな!」

 乗り込んだ馬車からみた合宿所は夕日に染まり、まるで真っ赤に燃えているように存在感を放つ。これで七日間のドタバタした合宿が終わりを迎え、ジェノはその光景を目に焼き付けながら見えなくなるまで大きくスフレに手を振り続けた。


 「楽しかったようですね、坊ちゃん」

 「うん・・・色々詰まってたよ。家の方はどう、かわりない?」

 約一週間振りに見るマリーテアは優しく「良かったですね。こちらは問題ありませんよ」と答えた。

 「ただ・・・だいぶ先の話になるのですが、旦那様が・・・」

 「メロスが何?」

 「舞踏会に出席することになりまして、ジェノ坊ちゃんも一緒に出るようにと」

 「へえー 珍しいね・・・・・・はあ!?」

 今なんて言った?僕も舞踏会に出ろ!?
 即座に「嫌だ!」と反抗するが「決定事項です」と取り合ってくれず、勝手に話が進んでいく。

 「まだ半年も先ですから心の準備は大丈夫ですよ・・・ただ、一応正装をしないといけないそうなので――」

 マリーテアは形のいい唇を綺麗に上げて微笑んだ。

 「ドレスを仕立てましょうね、坊ちゃん」
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