親友の距離感って僕には面倒臭い。

殿と殿

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 「タルトもなかなか美味だったぞ」

 ジェノよりも5センチ程背が高い少年は近づきがたい雰囲気だが、女子に人気がありそうな顔立ちをしており、よく見なくてもイケメンの類だとわかる。

 「知ってる。ここのデザートはもう全種類制覇したからね。次は麺類が呼んでる気がするんだ」

 フリルがいい具合にポッコリしてきた腹回りを隠してくれているのを確認し、フォークを握り直すと少年はキリリとした目を更に細めて小さく吹き出した。

 「まだ食べる気なのか!本当に変わっているな。貴族の令嬢とは思えん」

 「別に変わってないよ。ところで君が思う貴族の女ってどんなの?食べる子なんて他にもいるだろ」

 「たまにいるが、雰囲気が全然違う。他の女は媚び売ってきて集まるとうるさい。すぐ泣くしナヨナヨしてて会話がまともに成立しない」

 会話が?そんなことってあるのか?
 ジェノが首を傾げると少年は髪をサラサラ揺らして首を振った。

 「なんでもこっちに合わせて自分の意見を言わない奴とかな。そのくせ裏ではぎゃあぎゃあ勝手な事を・・・」

 苦虫を噛み潰した様な顔は、よっぽど嫌な経験をしたんだろうと推察出来る。

 「女の子ってそんななのか?女友達いないから知らなかった。よくわかんないけどドンマイ」

 「おいおいお前も女だろう。それに随分いい加減なドンマイだな、気持ちが感じられ」

 「ロッツ様ぁ!」

 突如少年の後方から切羽詰まった声が響き、何事かと見遣ると頬を赤らめたピンク色のドレスを着た女の子が両手を固く握りしめながら近付いてきた。その更に後ろには黄色のドレスも目に入る。
 このピンクの子と黄色の子って・・・昼間の女の子達だよな。

 近づいてきた二人にウンザリした表情を見せた少年は、直様ジェノの隣に移動する。それを見て即座に少女達の眉間に皺が寄った。
 え、なんか凄い睨まれてるんですけど何コレ。値踏みするような視線が痛い痛い。

 「サアリーはずっと待っておりましたのよぉ、ロッツ様のお誘いを」
 「ドミニカもですわ!中庭に姿がありませんでしたから、ずっと探していましたの」
 「それはそれはご苦労さま。向こうのソファでゆっくり休んでるといいよ」
 「はい!ゆっくりお話しいたしましょう。私もし今日ロッツ様に会えなかったらと考えて、身がちぎれる想いでしたのぉ。さあ、3人・・で行きましょう!」
 「いや、お前ら2人で行ってくれ。俺は別の所に行く」

 『3人』の部分を強調して言った黄色いドレスの巻き毛の少女は、ジェノを睨み次の瞬間ツンっとそっぽを向いた。
 あぁー 流石にこういうのに鈍い僕でも解るよ、今の自分の立場。つまりアレですね、お邪魔虫ってやつですね!彼女達の少年への態度は間違いなく好意だ。そして僕は急に現れた謎の恋敵という立ち位置・・・おおっ、修羅場初体験!

 ジェノは3人の男女の会話をドキドキしながらも黙って聞き、押せ押せの少女2人とイライラしながら誘いを断っているロッツ少年を見守る。
 内心楽しみながら『ドンマイ!』と目線でエールを送ると、ロッツからは心底嫌そうな視線が返ってきて可笑しさに笑みが浮かぶ。

 「ちょっと貴方なんなの!ロッツ様と見つめ合ったりしてっ、仲の良いアピール?私の方がロッツ様の事を知っていますわ!」

 噛み付いてきた黄色いドレスの少女を「いや仲良くないよ。初対面だし」と慌てて宥める。
 事実だ。
 少年の名前だって彼女たちが呼んでいるのを聞いて知ったのだから、本当に仲良くなんてない。

 しかし恋は盲目というのは本当のようで、「素敵なロッツ様に惚れない者はいない!」と思っているのか、ジェノは完全にロッツを巡る恋のライバルとして認識されている。
 うっわ面倒臭ーい。これもう帰っていいかな、いいよね?僕がいたらややこしくなるだけで彼女達も嫉妬で大変そうだし。

 「あ、あのロッツ様!サアリーと踊ってもらえませんか?今流れている曲は映画に使われたラブソングなんですの。是非私と!」
 「足が痛いから遠慮する」
 「舞踏会ですから一度は踊りになるのがマナーですわ。ですからロッツ様、私と踊りましょう!」
 「いいえ、サアリーとですわ!それに聞きましたわロッツ様。トイス家は今婚約者候補を探しておいでだとか!」
 「ロッツ様が令嬢方のお誘いを断るからお父上が業を煮やしているとお聞きしました。最早ロッツ様が気に入った女子おなごならばお認めになると」
 「ああ、でもお前等には関係のない話だけどな」
 「それは私達はもう既に婚約者候補という事ですわね!キャー!!」
 「違うっ!都合のいい解釈するな、頭おかしいのか!?」

 「え~とぉ・・・私はこれで失礼しますね。パスタに先程から呼ばれていますから早く行かないと。では!」
 「行かせるかっ、俺をひとりにしないでくれ、頼む!」

 踵を返したジェノの腕を素早く掴み、ロッツはそのまま歩き出した。

 「あいつら何とかできないか?本気でうざい」

 「いや僕関係ないし。君の問題だろう、きっぱり断れば?」

 「さっきから断ってるの見てただろ。もう自室に戻りたいが舞踏会は一度は誰かと踊らないとまずいんだ。魅力がない人間のレッテルを張られるからな、家の名を汚すわけにはいかないし・・・でもあいつ等とは踊りたくない。絶対に」

 へぇーそんな決まりがあったんだ。僕もまだ誰とも踊ってないけど別に何言われてもメロスは気にしないだろうし、平気だな。
 後ろを向くと凄い形相でついて来る少女達が「私と踊ってください!」「ロッツ様から離れなさいよ!」と声を荒げ、徐々に会場に戻ってきた周囲の目を集めている。
 これはまずいんじゃないか?あんまり目立ちたくないんだよ僕は。どうしてこうなった!

 「なあ放せよ。僕はもう帰りたい」

 「・・・名前は?」

 「は?何急に」

 「名前だ。教えてくれ」

 足を止め真剣な顔で尋ねてくるロッツを怪訝に思いながらも、そういえば名乗っていなかった事を思い出し名を口にした。

 「ジェノか・・・先に謝っておく、巻き込んですまない」

 「へ?」目をパチクリさせた少女の前で美少年は優雅に膝を付き、そっと手を取られ口元に運ばれた。
 触れるか触れないかの口付は洗礼され、まるで映画のワンシーンの様だ。周囲で微かに悲鳴が上がるが、手の甲が熱を持ったように熱くジェノはそれどころではない。
 え・・・なにこれ。

 「ジェノ・モーズリスト様。私、ロッツ・トイスと優美な夢の時を共有しませんか?」

 「あの・・・どういうこと?」

 「是非、私と一曲踊っていただきたい!」

 会場内に響くように発せられた声に、横で息を飲んだ二人の少女は口を覆い顔面蒼白だ。同じ様にショックを受けている子の姿がちらほら見え、やっぱこいつモテるんだなーとぼんやり思う。

 「あれトイス家のご子息か?申し込まれているのはどこの家の令嬢だ?」
 「あらまぁ可愛らしいこと。子供は微笑ましくていいわねぇ」
 「ダンスの誘いで手に口付したって事は本気の証だよな。やるぅ!」
 「誰よあの子・・・私狙ってたのにぃ!」
 「これであの娘が婚約者候補か、トイス殿は一安心ですな」
 「ええ、喜ぶことでしょう!跡取りの女性嫌いが一番の悩みでしたからな、これでトイス家も安泰だ」

 今すっごい嫌な事聞いた気がする。まさか僕の話じゃないよね?僕関係ないよね!?
 前を向くと立ち上がったロッツが小さく「すまん」とこぼした。

 「ちょっと何それ・・・めっちゃ怖いんですけど!なんで謝った?あっ、やっぱり言わなくていいわ、聞く勇気ない」

 「悪い、後で説明するから。取り敢えず今はダンスの了承をくれ」

 「これ絶対踊ったら面倒な事になるだろ」

 「断った方が面倒な事になる。自慢じゃないがトイス家は昔、王家に次ぐ家柄だと言われていた。近年は下がり気味だか影響力は現在でも恐ろしくデカいんだ・・・ここは受けてくれるとありがたい。頼むジェノ!お礼は必ずする」

 貴族達にどう思われても別に気にしないけど、真剣な瞳で頼まれると断りづらいな。ダンスは経験してみたかったしいいんだけど注目されたくない。どうしたものか・・・

 「まあ、いいか」
 踊っても断っても面倒な事になるのなら踊った方が良い気がしてきた。何事も経験あるのみ、だ。

 青くふわりとした裾を摘んで左右に広げ、軽く膝を曲げて了承の意を示す。
 伏せていた目を上げるとロッツはほっとしたように微笑み、甘く優しい声音で「ありがとう」と呟いた。
 うっわイケメーン。こりゃ笑うだけで女の子ゴロゴロ寄ってくるわなぁ。

 「ちょうど曲終わるし、次から踊ろう。ダンス下手だから足踏んだらごめんな」

 「俺がちゃんとリードする。気にせずに楽しんでくれ、ジェノ」




 ロッツに身を任せていれば、すんなりと踊ることが出来た。自分のダンスの腕が上達したのかと勘違いするほど軽やかに足が動き感嘆する。
 「あんまりクルクルすると目が回る」と訴えると「じゃあゆっくり揺れるから」と紳士的に腰を引かれ、ギクッと肩が震えた。

 カルシェンツ以外の男子とここまでくっついたのは彼で2人目だ。因みに1人目はスフレ。
 カルシェンツの時みたいなドキドキは全くないが、慣れない感覚に目を見れず肩越しに周囲の景色を眺めて気を紛らわす。

 結構人が戻って来てるなぁ。ダンススペースも狭くなってきたし、踊り終わったら部屋から花火を見て今日は終わりだ。色々あって疲れたがこれもいい経験だろう。
 くるりと反転し、一階から上がってくる人々の中にメロスを見つけた。どうせニヤニヤしながら眺めているのだろうとしかめっ面を作ったが、目が合ったメロスは複雑そうな顔でこちらを見ている。
 どうしたんだ、何でそんな顔――?

 そっとメロスは壇上付近を指さし、目線を気まずそうに反らす。嫌な予感に身体が強張った。
 嘘・・・まさかっ!

 人混みの中でもすぐに目に留まる目立つ存在。
 毎日のように見ている顔が、踊るジェノ達を黙って見つめていた。
 普段の優しい顔にはありありと驚きと困惑の色が浮かび、ジェノを頭の上からつま先までゆっくりと凝視している。

 「嘘だろ・・・」
 背筋がスッと凍る。
 ジェノは自分の愚かさに唇を噛み締め俯いた。
 今更顔を隠したってもう遅い。

 信じられないものを見た表情に逃げられない事を察し、ジェノは混乱しながらもどこか安堵した息を吐く。
 これでもう・・・隠さなくてもよくなるのか。

 関係が崩れるのを恐れながらも、隠し事がかなり辛かった部分があった。
 もういっそバレてくれと思った事も一度や二度じゃない。

 これから公の場に出る機会が増えるなか、100%隠し通すのは無理だ。
 彼が一人なのを確認し、ジェノはしっかりと目を見て頷く。

 どうして考えなかったんだろう、彼の存在を。
 あいつが来たんだから居るに決まっているよね。

 僕は、大馬鹿者だ。
 驚愕しながら徐々に近づいて来る彼の唇が、小さく動くのが見えた。

 『ジェノ様――』と。
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