親友の距離感って僕には面倒臭い。

殿と殿

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 太陽に向かってのびのびと咲いたハイビスカスに囲まれ、ジェノは優雅に抹茶を啜る。モーズリスト家の敷地奥に置かれたクリーム色の丸テーブルと椅子は、新緑の草原と溶け合いなんだかほっこりとする場所だ。草原を駆ける風が乾かしたばかりのジェノの髪を優しく揺らし、火照った身体を鎮めていった。マリーテアが独自で手入れをしている木々に囲まれた花園は、微かにファンタジーな空気が漂うジェノの憩いの庭である。
 まるで御伽話の世界みたいだなぁ。喋る動物に導かれて魔女と死闘を繰り広げて・・・最後は素敵な王子様なんかと出会えそう。

 「昨日のパン屋の主人はジェノ君を変な目で見ていた。あれは危険な人物だよ!今後は私がジェノ君のためだけに丹精込めてパンを焼くから、もうあのパン屋には二度と行かないでね。そうだ、今日から私のパン以外は食べないって誓ってくれ。あと前髪の寝癖がとてもキュートだよ!普段拝めないジェノ君のオデコ・・・白玉みたいで綺麗だ。触ってもいい?」

 「は?」

 ――ああ、非常に残念だ。現実の王子様は面倒くさくて気色悪い!
 だいたいパン屋の主人って、80歳近いおじいちゃんだっただろ?一々こいつの言葉に反応していたら身が持たないから無視無視。
 丸テーブルを挟み正面に座っているカルシェンツに「パン屋巡りを今僕の趣味にしたからその要望は却下。でもお前のパン美味しいから定期的に持ってきて」と視線を合わせずに告げる。

 「ジェノくんにそんな趣味があったなんて知らなかった!君は本当に謎多き魅惑の親友だな、私は毎回ドキドキが止まらないよ!ジェノ君はチョコクロワッサンが好きなんだよね?」

 「今は焼きそばパンがアツイ。紅しょうがの旨さに最近気づいた」

 「格好良い!私も今日から焼きそばパンを一番にするよ。ジェノ君の為に焼きそばパンの専門店を出そうかな」

 本当に出しかねないから怖い。
 瞳を輝かすカルシェンツはいつも通りジェノに近づこうとするが、テーブルを回りすぐさま距離をとった。

 「・・・何で逃げるの?」

 「逃げてない。いいからそこ座れ」

 2周ほどぐるぐる回ったところでさっき自分がいた場所にカルシェンツを座らせ、ジェノも彼のいた椅子に腰掛ける。生暖かい感触に少し胸が波立ち、舌打ちしたい衝動を抑えた。「遠いよね、距離。どうして?」と低く問いかけてくるカルシェンツを見ずに「テーブルが大きいからだろ」と呟く。

 「テーブルもだけどココ最近私達の距離が遠い気がするんだ。主に物理的に・・・二ヶ月もジェノ君に抱きついてないんだよ?このままじゃジェノ君不足で栄養失調で死んでしまうよ!いいの!?」

 「いいよ別に。そもそも抱きつくな」

 「酷いっ!でもクールビューティーなジェノ君も素敵だ。さあ、弱って可哀想な私を助けておくれ、カモーン親友!」

 何を言っても楽しそうなカルシェンツが、ジェノの目には眩しく映る。
 広げられた両手を眺め深い溜め息を付いた後、ジェノは普段なら無視するその要望を受け立ち上がった。スタスタと近づいてくるジェノを不思議そうに眺める少年は、目の前に立ってもキョトンとして動かない。

 こいつ・・・自分で言っておいて僕が本当にやるとは思ってないんだな。まぁ、そりゃそうだな。
 広げられた白い腕の下に手を回し、座っているカルシェンツにゆっくりと身を寄せた。柔らかい茶色の生地の感触が伝い、カルシェンツの耳にジェノの頬が当たる。ビクリと跳ねた彼の身体は硬直したかと思うと小刻みに震え出し、宙に浮いたままの腕はアワアワと揺れ動いていた。

 「いつも痛いくらいに抱きついてくるくせにどうしたよ?お望み通り来てやったぞ、これで死なないんだろ?良かったな」

 「ジェジェジジェッジェノ君!こっ、これはアレですか!?俗に言う『デレ』ってやつですか――!?ですよね、そうですよね?伝説の『デレ』ですよね!」

 「うるさいな」

 「待って、心の準備が出来てないっ!ちょっと待って唐突過ぎて心臓持たない。すっごいいい匂いするから待ってぇー!あ、でも離れないで。よく嗅いで覚えておきたいんだ、『ジェノ君が初めて抱きついてきた時の香りはラベンダー』だって事をっ!」

 うん、間違いなくキモイな。この恋は勘違いだったということか?でも心臓は凄くドキドキしている・・・カルシェンツの熱を感じて心が躍っている気もする。
 冷静に内情を分析し、ジェノは『間違いなく恋をしているが、キモイと判断できる分別はある』と判断した。
 ああ良かった。これなら言わなきゃ気持ちはバレないだろう、隠し通す自信が出てきた。

 「ちょっ、頭おかしくなりそう・・・夢かなこれ、そうだよ現実にこんな良い事起こるはずないものね。フフッ夢でも嬉しいよ、わー堪能しなきゃ。フフフフフッ」

 「おい、どうした大丈夫か!?戻ってこーい!」

 満面の笑みで壊れたように笑いだしたカルシェンツの肩を激しく揺さぶり、ジェノは少し後悔する。
 夢だと思うくらい僕から抱きつくことは有り得ないことになっていたのか・・・ごめんよカルシェンツ、こんなことなら普段からもう少し優しく接してやればよかった。

 「デレの威力は恐ろしいな。一瞬ここが天国かと思ってしまったよ!一体どうしたんだい、ジェノ君?感激だっ、宴を開こう!」

 「開かんでいい。あーあれだ、そういう気分だったんだ。もうしないから安心しろ」

 「沢山してくれ!もっと構い倒してくれよ!!」

 確かに恋はしているが、本気でカルシェンツを面倒くさいと思えた。
 さすがだなカルシェンツ。お前のウザさは恋する乙女を通常の精神状態に戻してくれる力をもっているようだ。これで僕は僕のままでいられる・・・ありがとう。

 「なぁカルシェンツ・・・僕は今迄お前に対する態度が少しきつかったように思える。過度なスキンシップは嫌だが、それ以外は今後改善していこう。何か僕に要望はあるか?」

 「ふぇっ!?ジェノ君に要望?そ、それは、私の願いを叶えてくれるということかい?ご褒美かい?」

 なんだご褒美って、僕はお前の飼い主か!
 そしてさっきから「少しやなくてかなーりキツかったで?」「おう、坊ちゃんはツンの分量が多すぎるからな」という囁き声が後ろから聞こえる。
 ライヴィにカンバヤシ・・・この暇人共め、覗いてないで仕事しなさい。

 しかしそれよりも前方の茂みで双眼鏡を構えてニヤニヤ笑っているマリーテアと、堂々と「イチャイチャしてて羨ましいのう」と声をかけてくるオババ様が気になって仕方がない。
 どいつもこいつも自由すぎだろう。もうこの使用人達ヤダ!

 「それなら一つだけお願いしたい事があるんだが、拒まずに了承してくれるだろうか」

 「な、なに?」

 神妙な面持ちで話すカルシェンツに姿勢をただし、ジェノはゴクリッと喉を鳴らした。
 天才王子様のお願い。軽い気持ちで要望を聞くと言ってしまったが、大丈夫だろうか。無茶苦茶な話しだったらとりあえず頭突きを食らわそう。
 全く優しくない事を考えながら、ジェノは全身で身構えた。




 舗装された広い道路を行き交う豪華な馬車には王家の紋章が刻まれ、立ち並ぶお屋敷はどれも品格が漂っている。これが全て使用人達や護衛兵の住居だと言うのだから嫌になる。知っているつもりだったが、本当には理解していなかった。大陸一の大国家。その王家の規模と力は、子供のジェノには測れない。他の子よりも学があるが、自分には関係ないとスルーしていた事柄だった。

 「もう王都に入っているのか?すっげぇ煌びやかな住宅街だな」

 「あと20分で着くかな。この辺りに住める事はステイタスとなるからね、外観を飾って自身の格を示したいんだろう。いつの世も見栄を張る人間の浅はかさは健在さ」

 「お前は一体何歳なんだ」

 若干12歳とは思えないカルシェンツの物言いにツッコミを入れ、物珍しい都心の風景を興味深げに観察する。屋敷自体の大きさや敷地面積なんかは比べるまでもなくモーズリスト家の方が上だが、あまりに広い庭のせいで隣の家が遥か遠くのジェノにとって、ずらりと並んだ精悍な建物は凄く格好良く映った。
 途中に通った都会の街並みも見た事のない人々の数で埋め尽くされ、ジェノは軽くカルチャーショックを受けている。

 二年半程前までは家に引きこもりがちで人を避けて過ごしてきたため、ジェノが都会を訪れたのは今日が初めてだ。
 ここまでの大国だったとは驚いた。ちょっと裕福なくらいだと思ってたんだよね。遠くにあるはずの城がこの位置でも驚く程巨大に見えるし、何より城も街全体も美しい。どうしうちはあんなにボロいんだろう、やっぱり没落だったのか。
 モーズリスト家の屋敷は鑑定者が見たら腰を抜かす程高額なアンティークなのだが、その拘った至高の造りをジェノはいまいち理解出来ないでいた。

 「外見だけ飾り付けた中身の無いつまらない都さ。表面上しか見ようとしない者が過半数を占めている。早くここを抜けよう」

 馬車を急かせ外を見ようともしないカルシェンツは喉飴を舐め、話題を変えようとジェノに近況を聞いてくる。
 毎日一緒にいるんだから近況は知り尽くしているだろう。
 よほど王都が気に食わないのか、入った途端声のトーンがあからさまに低くなった。二重人格かと疑うほど、ジェノに対する態度と他への温度差が激しいカルシェンツ。

 「カルシェンツは何で僕と友達になりたいと思ったの?」

 「え?」

 「僕だって見栄を張るし、外見だけで判断する事もあるだろ。お前が思っている様な人間じゃないかもしれない」

 自分は聖人君子ではない。他の人達とそこまで変わらないし、欲だってある。長く一緒にいればわかるはずだ。
 それでも特別扱いしてくる少年に少女は戸惑い、疑問をぶつけた。

 「・・・約束したから」

 「約束?・・・何を、てか誰と?」

 それっきり口をつぐみ、少し悲しそうな瞳を向けられる。
 約束って・・・一体どういうことなんだよ。
 気が付けば豪華な住宅街を抜けて純白な城を通り過ぎ、馬車は不自然に開けた草原を突き進む。
 はあ?どうしてこんなところに森があるんだ!?環境保護か?王都の真ん中にこんな深い森はおかしいだろう。普通に遭難者が出る規模だぞ。

 都心の中央付近に堂々と残った森林は、他を寄せ付けないバリケードのように感じた。少し進むと驚く程高い鉄の壁が迫り、ジェノは呆然と見上げて門番の通行許可を待つ。深い緑の茂る巨大な森と、成長しきった木々よりも高い頑丈そうな冷たい黒い塀。
 他を拒むその外観はまるで、主であるカルシェンツの心を具現化したかの様だ。

 「ようこそジェノ君!我が屋敷へ」

 「お、おう」

 「今日から三日間、片時も離れずに遊ぼうね!」

 「おう?」

 「家に友達を連れてきたのは初めてだから緊張するよ。でも親とかいないから安心して寛いでね。あれが私の家だよ!」

 「なんだアレ!?城じゃねぇーか!」

 どこまでも続きそうな森から突き抜けた建物を捉え、ジェノは驚愕の叫び声を上げた。
 それも無理はない。そびえ立った薄緑色の建物、カルシェンツに家と紹介されたそれは先ほど通過した王家のお城よりも一回りは大きかったのだ。
 いくら使用人がいたとしても、12歳が一人暮らしする住まいじゃねぇぞ・・・この国はどうなってんだ。

 『私の家でお泊まり会がしたい。遠方だから最低でも二泊三日くらいで。ねっ、お願い!』
 それぐらいならどうという事はないと考え、了解したカルシェンツの要望。

 「喜んでもらえるように沢山悩んで色々用意したんだ。一緒に楽しもうね!まずは特別に作らせたプールに行こう。ウォータースライダーもあるんだよ!」

 あれ、なんか嫌な予感しかしない・・・帰っちゃ駄目かな、ダメだよね?これはまずい、使用人の誰か一人でも連れてくればよかった。キウイはいるが役に立たないだろう。何で僕は一人でのこのこ来てしまったんだ?
 色んな意味で二人きりはキッツイぞ!

 こうして・・・カルシェンツ主催の二泊三日のお泊まり会が今、始まったのだった。
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