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Stage1_B

モリビトノシゴト_ゼン_5

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 鬼に迫ってくる男性が、カメラにしっかりと映し出されていた。必死になった人間が、ナイフを振り回して近づいてくるのは、普通に考えて怖いものがあるだろう。それでも、鬼は度胸があるのか、子のように泣くことも取り乱すことも当然漏らすこともなく、ナイフを持った子の腕を掴んでひねり上げた。

『あだだだだっ……ぁ……ぐっ』
『おいおい。あの勢いどこいったんだよ。つまんねぇな』
『ひぃぃっ……!! 離せ、離せぇっ!!』
『離すわけねぇだろ馬鹿かお前は』
『んいぃぃぃ!!』

 ジタバタと子が暴れるも、鬼は腕を離そうとはしなかった。

「これは遂に、一人目の脱落者の誕生か!?」
「やっぱり、肝が据わっていますねぇ~」
「鬼にピッタリだ」
「……だが、この状態じゃあ鉈は出せないな。道幅が狭いし、至近距離過ぎる」
「頭、潰せば良いのに」
「あら~。さすがリンリンちゃん~。発言が過激ねぇ~。うふふ」

 改はモニタに目が釘付けになった。目を逸らすことができない。目を逸らしたほんの一瞬で、もし、決定的な瞬間を逃してしまったら。そう思うと、瞬きさえも許せない気持ちになっていた。

「そうだ。そのまましっかり見ておきなさい改君。今、君の世界が変わろうとしているんだ」
「……」

 返事をする代わりに、グッと改は自身の手のひらを握った。

『あぁぁぁぁ!!』
『……ってぇ!』
「すごい、嚙みついた」
「ここでこの反撃だ! 逆に鬼を捕まえに行って噛みついたぁ!! これは痛い!」
『あぁぁぁぁ!! いってぇだろクソがぁぁぁ!!』

 ――ゴッ。

『をっ』

 恐怖から逃れるように立ち向かっていき、噛みつく代わりに握り拳で頭を殴られた子は、鈍い音と間抜けな声を出して地面へと転がった。

『はー……はー……』
「……動かないですねぇ~」
「このままだと鬼の反撃が始まな。 さぁ、子はどうする!?」
『お前、ボコボコにしてやる』
「鬼からの宣言が入った! これは……決まりかもしれないね」
『ヒュー……ヒュー……』
「上手く息、できてない」
「怯えているのが可愛いですよぉ~」

 足がすくみ、身体に力が入らず、子は逃げることができないでいた。なんとかならないかと、身体を起こそうとしたその瞬間――

 ――ゴッ。
『おっ、おぅ』
 ――ゴッ。
『いっ、ひっ』
 ――ゴッ。
『やべ、で』
 ――ゴッ。
『ごべ、な、さ』
 ――ゴッ。――ゴッ。
『――ご、ぉ』
 ――ゴッ。――ゴッ。――ゴッ。
『……』
 ――ゴッ。――ゴッ。――ゴッ。
『……』

 どうにか動こうとしていた子は鬼に引きずられ、鬼の手で身体を起こされると髪の毛を掴まれて、会場の壁へと顔面を勢いよく打ち付けられた。骨がザラザラとしたコンクリートにぶつかり鈍い音を立て、擦れた皮膚は血を流している。頭がぶつかった壁には赤黒い染みができており、ところどころ子の顔から剥がれた皮膚と髪の毛がこびりついていた。

『……死んだか?』

 鬼は子から手を離した。ドサリと音を立てて地面へ倒れ込んだ子は、微動だにしない。

『……気持ちわる』

 鬼は先ほどまで壁にぶつけていた子の顔を、自分の指で触ろうとして一旦止まると、思い直したのか子の指を掴んでその指で触った。

『え、なにこれ』

 指で触れた子の顔は、ブニブニと沈んでいった。頭蓋骨が細かく割れて、中身を守る部分が機能しなくなってしまったのだろう。その感触が面白いのか、鬼は何度も子の指を何度も顔に押し付けては、楽しそうに笑っていた。子の指は自身の血と肉で変色していき、無残な姿になっている。

「……なるほど、あの壁はさぞ痛かっただろうに。これで、子は残り三人。鬼が一歩リードか?」
「結構な音がしましたからね~。近くにもし子がいたら、鬼の存在に気付いて逃げ出しちゃうんじゃないでしょうか~」
「……ペシェの言う通りかも。今、鬼のカメラに影が映った」
「おっ? ――みなさん、二人目の子が鬼に接触しかけましたね。ここは一度、その子のカメラに切り替えてみましょう」
「多分、あの子」
「ありがとうリンリン。既に位置バレしてるんで、位置表示していない、見ていないかたも今回はご容赦ください!」
「……みんなもリンリンのこと褒めて」
「うふふ。さすがリンリンちゃんだわ~。……コメントも、ありがとうございます~」

 口を開いたまま、モニタを見続ける改を、嘉壱は横目で見てまた視線を外した。

「ふむ、次は女性のようだね」
「ガタガタ震えてる。……手で口を押えてるのは、声を出さないためにか?」
「そうみたいですね~。あんなの見ちゃったら、普通なら叫んじゃいますよねぇ~。頑張ってて、可愛いです~」
「まだ鬼は一人目の子で遊んでいる! 逃げるなら今がチャンスだ!」

 二人目の子はそろりそろりと、来た道を戻っていった。鬼のカメラにも映りこんでおり、きっとなにが起こったのかは把握しているのだろう。鬼に見つからないように、死なないように、彼女は今ゆっくりと最善と思われる策をとっていた。

『あー、面白かったぁ。人間って結構脆いんだな。……まぁ、コンクリにゃあ負けるかそりゃ』

 弄ることに飽きたのか、鬼は子の腕を放り出して辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

『次の獲物はどこかな~。なんだか楽しくなってきたから、今のうちにもう一人か二人殺っておきたいんだけどなぁ』

 ゴキゴキと首を鳴らし、先ほど二人目の子が映りこんだほうの道へ、鬼はゆっくりと歩き始めた。
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