ねぇ、これ誰かわかる?

三嶋トウカ

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3月

第37話:両家の話し合い_1

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 時間はすぐに過ぎ去り、私たちはこの日のタスクを終わらせるべく、魏父母の家へと向かった。

 「……ご足労いただき、誠に申し訳ございません」

 そう言って、義父は弓削家の玄関で深々と玄関で頭を下げた。一緒に義母も頭を下げている。

「いえ。こちらこそ急にすみません。それで、蒼飛君は?」
「それが、その。……大変申し上げにくいのですが、昨日は帰って来ておらず……」
「そうだろうなと思いました。こちらはもうそれでも構いません。余計なチャチャを入れられても、話が進まなくなるということに気が付いたので」
「……はい」

 明らかに憔悴した様子の義父と義母。当然だ。突然『お宅の息子が浮気している』とその息子の嫁から告げられたのだから。しかも今、両親を伴ってその嫁が家へ来ているのだ。事前に連絡を入れたとはいえ、あまり招きたくはなかっただろう。

「どうぞ、お入りください」
「それでは、失礼します」

 父が率先して中へ入っていく。あの人には来るようにと脅しのような形で伝えたつもりだったが、案の定というかなんというかこなかった。想定内だから驚きはないが、どこまで私のことをバカにすれば気が済むのだろう。

「それで、一昨日お電話いただいた内容についてなのですが……」

 席に着くと、義母が用意していたのだろうお茶が配られていった。真ん中にはお茶菓子が置いてある。お菓子を食べる気分にはお互いならないと思うが、形式上ということなのだろう。お茶を配り終えると、エプロンを外して義母も席へと着いた。

「急にあんな話を聞いて、信じられないと思います。……私と妻も、その話を聞いた瞬間はまさか、と思いました」
「……はい」

 気まずい空気が流れる。

「娘から話してもらいます。そのほうが、実感も湧くでしょうし。シオ、良いか?」
「うん。……えっと、今日はいきなりすみません」
「いや、そんなことは良いんだ」
「……お電話で話した通り、蒼飛さんは浮気しています」
「それは、もう間違いないの?」

 すがるような目で、義母が私を見た。気持ちはよくわかる。自分の息子の浮気なんて、親だったら信じたくないだろう。私が親の立場だったとしても、一縷の望みをかけて、そんな目をしてしまうかもしれない。

「間違いありません。あの電話をしたとき、私は父と一緒に蒼飛さんの浮気相手、会社の後輩の女性の家に行っていました。その場に、蒼飛さんもいました。これは、一昨日電話でもお伝えしたことです」
「あぁ……」
「女性は浮気を認めました。蒼飛さんが既婚者だと知っていて、関係を持っていたと」
「その女性に息子がはめられた可能性は?」

 『ねぇよ』と義父の言葉に思わず返しそうになったが、そこはグッと堪えた。気持ちはわかる。わかるがその可能性はまったくない。

「ふたりで仲睦まじくしている写真がありますし、私の友人にその姿を目撃されています。出張と嘘を吐いて女性と旅行していたことも、残業と言いながら毎週決まった曜日にその女性の家へ行っていたことも、全部わかっているんです」

 ここではまだ、ふたり目の浮気相手である五百蔵さんの話と、三人目の浮気相手がいる可能性については黙っていた。両親から問い詰められて、浮気相手に話をされたら困るからだ。今はまだ、そのときじゃない。ご主人との約束もあるし、三人目の証拠の件もある。

「それは、そうかもしれないが……」

 歯切れが悪いが、義父は息子のことをまだ信じたいのだろう。やはり、彼が自分の息子だからか。それとも、同じ男としてなのか。なんて、少しゲスなことを考えてしまう。

「気持ちはわかります。息子が妻以外の女性と遊び惚けて浮気を詰められているなんて、信じたくないですよね」
「……」
「でも、それだけじゃないんです。我が家では、お互いに給与から生活費を出して貯金している共同口座があるんですが。中身が空っぽでした」
「どういう意味かな?」
「そのままの意味です。そこから息子さんに生活費を引き落としてもらって、私が手渡しで受け取っていました。その額は、入金していた額よりも少ない額です。だから、その口座にはお金が残ったぶん貯まっているはずでした。でも、小銭しか残っていませんでした。引き落とされていたんです、彼に」
「な、なにか必要なものに使ったとか……」
「少なくとも、私はそんな報告一度も聞いていませんし、相談も受けていません。それなりの額です。それを勝手に使うなんて、あり得ないですよね? だって、共同の口座であって、彼のお金ではないのですから。彼は途中からお金を入れていませんでした。私だけがお金を入れていて、その私のお金を彼は持って行っていた」
「シオちゃん、その……」
「お金も使ってるんですよ? 勝手に。浮気相手に使ってるんです。自分のお金だけじゃ物足りず、私のお金まで。あ、そうだ。これ聞いてください。たまだま録れたんですよね。この会話を録る気はなかったんですけど。結果、彼の本性を知ることができて、とても良かったと思っています」

 私はあの、たまたま録れたあの人の暴言を流した。何度聞いても、頭が痛くなるし泣きそうになる。

 不安そうに聞き始めた義父の顔は、だんだんと青くなってそのあと赤くなっていった。義母は一生懸命涙を堪えているようにも見える。

「浮気がたとえなかったとしても、私はこの人と一生を添い遂げることはできません。会話もないし、家事もしません。最初の約束はどこかへ行ってしまいました。それなのに、この人は一向に改善しようとも、気にかけようともしない。お金は勝手に使うし、浮気はするし、暴言は吐くし、この人の良いところってどこですか? いったいどうしたら、こんな人ができあがるんですか?」
「……ごめんなさい、ごめんなさいシオちゃん……」

 今の言葉は完全に八つ当たりだ。大人になったあの人の根底にこの両親の教育はあれど、環境や人間関係、これまでに出会ってきた人や考えかた、さまざまな要因があって今の彼ができている。義父母が必ずしも絶対的な理由ではないとわかっているが、言わずにはいられなかった。そうして、私に謝りながら義母が泣いた。でも、同情できなかった。泣きたいのは私のほうだ。ゼロから彼を育てたのは、この人たちなのだから。昔の彼は好きだった。大好きだった。だけれど、今はなんとも奇妙で哀れみの気持ちが湧いてくる。こんなふうになってしまって、なぜだかはわからないが可哀想だと。

「他にも証拠があるならば、見せていただけませんか? 私たちは、それを見なければならない。お前も泣いていないで、しっかり見なさい。……先ほどは失礼なことを言ったと思う。申し訳ない。……やはり、どこかでまだ嘘なのではと、なにかの間違いなんじゃないかと、そう思いたい自分がいたんだ……。シオちゃんの気持ちを考えずに言ってしまって、本当にすまなかった」
「そうかなと思ったので、大丈夫です。……それに、私も始めは信じたいと思いましたから。浮気なんかしてない、なにかの間違いだ……って。まぁ、調べれば調べるほど、浮気している証拠しか出てこなくてあっというまにその気持ちも吹き飛びましたけど。態度も態度でしたし。浮気にモラハラにお金の使い込みなんて、離婚の理由にしかなりませんもん」

 そう言うと、義両親は黙ってしまった。そりゃそうだ。私は今、自分の気持ちだけを優先して言葉を発している。わざと棘のある言いかたをして、憂さ晴らししているのだ。子どものしたことの尻拭いを、今私はその親にしてもらっている。義両親だって、とっくに大人になった我が子の尻拭いをすることになるとは、到底思わなかっただろう。

「まず、これが私の書いた日記です。コピーですみません。原本は、最後まできちんと残しておきたいので。こっちはGPSの移動記録と、毎日の帰宅時間……ハッキリわからない日もありますが。それから、旅行に行っていた証拠と、こっちは残業していない証拠の給与明細です」

 母がひとつひとつ鞄から出してくれた物を受け取り、矢継ぎ早に目の前へ置いた。

「私もね、一昨日の様子を録画していたんです。証拠にと思いまして。確認していないので、映像に残っているかはわかりませんが。音声は最低限わかると思いますよ」
「お父さんも録画してたの!?」

 私も録音していたが、布ずれの音も多く雑音が入っていた。もう一台も声がこもっていた。一応聞き取れるが、さらに一台撮っていたものがあるならありがたい。

「そりゃあなんだって証拠になりそうだからな。本人の姿を見れば、味方でいたい親だって子の愚行を信じざるを得ない。そうだろ?」

 父は自分のスマホをポケットから取り出すと、動画の再生ボタンを押した。
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