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3月
第57話:三人目のアナタに。_3
しおりを挟む冷めた顔が、嘲笑を帯びた笑顔へと変わる。私は今初めて、サトコのことを『怖い』と感じた。
「はぁぁヤダヤダ。これだからヤなんだよね。ぜーんぜんわかってない」
「さ、サトコ……?」
「親友かぁ、そっかぁ。シオにとって、私って親友だったんだぁ。知らなかったぁー」
このサトコの顔を、私は知らない。見たことのない表情。
「えっ、だっ、だって……あんなに一緒に行動して、社会人になっても、結婚しても定期的に会ってて……。悩み相談も、愚痴言ったりもお互いにしてたよね?」
「うん。してたね」
「そうでしょ⁉︎」
「うんうん。……で? だから、なに?」
「えっ」
「それがシオのいう、親友の定義なんだね? ふーん。……薄っぺら」
「……」
言葉が出てこなかった。ガラガラと音を立てて、私のなかのサトコが、今までの思い出が崩れ去っていく。
「……私だって、好きだったのに」
「……?」
「私だって、蒼飛さんのこと好きだったのに……!」
「サトコ……」
――知らなかった。そんな話を本人から聞いたことも、誰かから噂として聞いたこともない。少なくとも、大学に入ってあの人と出会い、今に至るまでは。私が今となってはクズに成り果ててしまったこれと付き合うときも、サトコは笑って『おめでとう』と言ってくれていた気がする。だって、サトコは彼氏を切らしたことはなかったし、みんなから愛されていた。その私が付き合ったときも、彼氏がいたはずだ。だから、お互いに『彼氏の話ができるね』なんて、青臭い話もしていたのに。
「サトコずっと彼氏いたよね? 私が付き合ったときも、結婚したときも。……今だって」
「そうだよ? それがなに? 好きになるのは自由でしょ? あーあ、私は蒼飛さんが結婚するなんて、そんな話聞きたくなかったし。シオと付き合ったときも『なんで私じゃないんだろ?』って思ったよ」
「そ、そんなこと……」
「知らなかったよね? だってシオ、お花畑だったもんね? 蒼飛さんと付き合って。愚痴ですら私には惚気話に聞こえてたよ。ほーんと地獄だった」
「……なんで? じゃあなんで、私と一緒にいたの⁉︎」
「ん? いつか奪ってやろうと思って。私だって、蒼飛さんと付き合って結婚したかったんだもん」
(……あぁ……なんてことだ……)
私は親友だと思っていたけど、サトコはそうじゃなかった。あの人のことしか見えていなかった。そうなのか、私はずっと邪魔者だったんだ。サトコとあの人のあいだを裂く。
私と一緒にいたのは、私を好きなのではなくて、あの人を好きだったから。私のことは、今まで嫌いだったのかもしれない。
どんな気持ちで、私の話を聞いていたのだろう。愚痴を、相談を、惚気を。今でも私の脳裏には、ニコニコと話を聞いて、ときどきあの人の愚痴に同調して頷いてくれていたのに。
(私だったら、いったいどうしてた……?)
知り合って友人となった子が自分の好きな人と付き合う。それ自体は悔しいが仕方ない。相手にだって選ぶ権利はある。だがしかし、そのあとその子と仲良くできるだろうか。私は不器用だからできそうにない。相手の口から好きな人の近況や惚気話、知らない一面を聞きたくないし、隣に歩いている姿も見たくない。奪うために一番近い場所にいるかは……きっといない。もちろん見たくないからだ。好きな人がこっちに振り向いてくれるかなんてわからないし、もし奇跡的に振り向いたとして友人とのあいだに遺恨が残る。絶対に。少なくとも私はそう思う。振り向いたということは、付き合っている友人よりも私を好きになったということだ。それだけ近しい場所にいて、友人がなにも思わないわけがない。そんな状況でなにを思っているのかも知りたくないから、私は近づかない一択になるのだ。
「そ、それなら……もっと最初に好きだって教えてくれたら……!」
「教えたら? 付き合わなかったって?」
「サトコが、好きなら」
「……そこがさ、良い子ちゃんでまたイライラするんだよね。『友達のためなら、私は身を引きます』みたいなさ。恩着せがましくって、愛想振りまいてるみたいで嫌い」
プツン――と、私のなかの糸が切れた。そうだ、糸だ。ずっと張りつめていた、糸。浮気をしたことに対して謝罪の一言でもあれば、私はそのままこの家を出ていた。そのつもりだった。離婚届を出して、私はひとり身になって。あとは好きにすればいい。許せるか許せないかと聞かれたら、簡単には許せそうにない。だって、親友だと思っていたから。私の親友だったから。こんなふうに言われることは、まったく想定していなかった。
「……そっか。わかった。ごめんね? ずっと嫌な思いをさせて」
「っ、はぁ!? まだいい子ぶるって言うの!? ほんっっっとうにムカつく! 済ました顔して『私に問題はありません』みたいなさ!」
言いたいことはいっぱいある。けれど、この場には役者が揃い過ぎている。たった一言失言したら、それは相手にとってすこぶる有利な状況へ一転するかもしれない。それに、私の両親に醜い姿を見せたくない気持ちもあった。これ以上、悲しませたくはない。
「私の用はもう済んだので、このまま帰りますね。あとはよしなに」
「ちょっと! 逃げるって言うの!?」
サトコが私の二の腕をグッと掴んだ。
「離してくれる? 私なんかに構ってて良いの? そっちのふたり、結婚しようとしてるのに? せっかく私がその人と離婚するって言うのに、渡してもいいわけ?」
「えぇ? なんで言っちゃうのぉ?」
気の抜けた声で奈七さんが言った。
「あーあ、これじゃあ、なんのためにあの人の後輩っていう浮気相手を、私にけしかけた意味なくなっちゃうね? 私に浮気相手潰させて、そのまま離婚もさせて、自分が妻の座に降り立つはずだったのにね?」
「……っ」
「それがしたかったから、私に萌乃さんを差し出したんでしょ? アナタじゃできないから、浮気相手の駆逐。だって、自分が浮気相手だもんね? 浮気するなって言う資格ないもんね? そりゃあ、浮気相手に浮気するななんて、言われたくないもんねぇ?」
「ぐ、うぅぅ……!」
サトコの顔が赤くなる。自分でもわかっていたが、私に痛いところを突かれて悔しそうだ。
「でも、サトコもバカね。自分、これから慰謝料請求されるのにね? 私からと、湯之原さんからと。私は離婚するから高いよ? 弁護士には相談済みだから、回避できないよ? 私も、撤回するつもりはないし。それから、んー、例えば、その人と再婚したとするでしょう? その人、そっちの奈七さんの元旦那さんからも私からも湯之原さんからも慰謝料請求されるし、両親に内緒で三百万借金してたし、お金ないよ? やりかたによっては、職も失っちゃうかもね? それで? やっていけるの? へー、すごいね。サトコって高給取りだったんだ、あー羨ましい」
「え」
サトコがクズの顔を見る。
「うるさい! お前らが悪いんだ! 俺をはめたんだ!」
「えっ……え? 蒼飛さん……?」
「うん、そういう人なの。なにがあっても、自分が原因でも、自分は一ミリも悪くないの。モラハラしてくるし。あ。もしかして、今までいい生活してた? その人のお金で。残念だね、それ、私の給与も含まれてるから、もう今後はそういう贅沢はできないよ? 身に染みてないと良いね? 慰謝料に借金返済、降格や左遷の可能性……お金、大丈夫かな?」
「え、あ、アタシもう働くの無理だよ……?」
この話に最初に食いついたのは奈七さんだった。暫く専業主婦をしていたから、ブランクがある。前職を知らないが、専門職でなければ難しい部分があるのかもしれない。仕事自体する気がない、という意味なら、この言葉の解釈も変わってくるが、あの人にはきっと関係ないしどうでも良い。奈七さんの親には頼れないが、自分の親にはまだ頼れるなんて、甘いことすら考えていそうだ。
サトコは正社員で仕事をしているから、自分の生活くらいは問題ないだろう。それでも、慰謝料の支払いを考えると、今よりは厳しい生活になるだろう。
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