妖からの守り方

垣崎 奏

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第一篇

68.好いた水仙 1

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「緑翠さま」
「なんだ、朧」
柘榴ざくろさまが、直接お話したいと」
「……分かった、翠月の座敷だな?」
「はい」

 朧には、対面したくないと緑翠が思ったのが十二分に伝わっただろう。ここにきて、柘榴からの呼び出しほど構えるものはない。

 翠月の常連客となっていた柘榴は、当然翠月が体調を崩したために見世を休んでいたことも知っている。その裏に何があったのか、高位貴族として公にされていないことも掴んでいる可能性がある。

 翠月のいる黄檗おうばくの間へ向かい、御客に対しての礼をしてから踏み入る。

「翠月以外は、下がらせても?」
「ええ、そのつもりです」

 世話係に座敷を離れるように目で伝えると、礼をしてから出て行った。おそらく、緑翠が呼ばれた時点で、この間に居られないことは分かっていたことだろう。翠月の隣に、柘榴とは対面で顔を合わせる。

「お家騒動は、落ち着きましたか」
「何のことでしょう」

 柘榴は、頭の回る妖だ。そうでなければ、深碧館に反物屋としての商売をしようとは考えない。花街の最高級館である深碧館に着物を下ろし、その評判が悪かった時の影響は計り知れない。だから九重ここのえ屋との取引が始まるまで、深碧館には商屋経由でしか物が入らなかった。勝ち目があったから持ちかけてきた取引で、緑翠もそれに乗った。

 今回も、柘榴にとって利益のある内容だろうか。やはり、すめらぎ家に関して情報を握っているように見える。伺うような目を、柘榴も向けてくる。

「……おうぎ家として、少し気に掛けていたんです。貴方が皇家の本家、直系の生まれならば、幼い頃に交流があってもおかしくありませんから。他意はありませんよ。取引先が信頼に値するのか、確認したかっただけです。公に出ることはないんでしょう?」

(扇か……)

 その家名を耳にしたことはある。広がるその様から、裏家業は隠密だったか。序列は、皇家とほぼ同列だったはずだ。

 そう思えば、翠月がひとりで座敷に立ってしまったあの日に、橄欖かんらんの微量の妖力に気付いたのも、違和感なく受け入れられる。扇のように広い範囲で物事を察知できるのが、扇家だ。柘榴が皇家について、ほぼ全て知っていると考えていい。

「……いや、出るでしょうね」
「え?」

 驚いたのは、隣に居た翠月もだ。隠すと思っていただろうから、当然の反応だ。

「柘榴さまの言う通りですよ。僕が本家なら、幼い頃から貴族の表社会にいるべきでした。十年前にここを継いで初めて、僕が表に立つなんて、皆が皆、おかしいと思ったでしょう。近日中に、僕が正式に皇家の後継となることが発表になるはずです」
「…そうですか、疑って申し訳ありません」
「いえ、これからもどうぞ御贔屓に」

 翠月と共に、頭を下げる。以前、柘榴が何かを企んでいるように思えたのは、このことだったのか。悪事に利用するというよりは、反物屋の取引先として安全かどうか、その一点を気にしていたようだが、本当にそれだけだろうか。

 隠密を相手にするとなると、かなり厄介で、妙な動きをすれば全て知られると思ってもいい。慎重に敵対しないよう動く必要があることだけは、明らかだった。


 *


「天月」
「はい、緑翠さま」

 見世直前の蒼玉宮、宵の書斎で天月と向き合っている。当然、宵も一緒に話を聞いている。

「俺は、お前が男色のニンゲンだから、翠月に近づけた」
「承知しています」
「これからも、様子を見てやってくれ」
「そのつもりです」

 天月が、覗くように緑翠を伺っている。ニンゲンである天月を、緑翠は裏家業として保護する必要がある。他の芸者よりは対面する回数の多い天月には、分かっているのだろう。

「お気持ちを、決められましたか」
「感謝する」
「光栄です、緑翠さま。おめでとうございます」
「まだ確定していない」
「翠月が、断るとは思えません」

 天月からの墨付きは、緑翠にとって安心材料となる。ふっと息を吐くと、天月が満面の笑みを見せる。宵にも肩を叩かれ、応援されているのが分かった。

 このふたりが好意を持ち合っていることは、互いには伝えていないはずだ。それぞれの態度や書斎で会う際の印象では、妖とニンゲンの保護の関係は超えているように感じられるが、その大きな違いは、平民出身の宵には超えられないだろう。緑翠の予想でしかないが、少なくとも天月は宵と、緑翠が翠月と迎えるであろう先の関係を望んでいる。

(俺が、前例となる必要がある。このふたりのためにも)


 *


 喪が明けるのを待ったのだろう、少し季節が過ぎてから、緑翠が次期当主となることが皇家の印入りで正式に公表され、緑翠にも実家から便りが届いた。見た事のない筆跡で、血縁に当たるのだろうが、好きにさせるわけにはいかない。返事には妖力を込め、それに耐えられる孔雀くじゃくに表から託した。

 姉の死は公にされなかった。十八年も屋敷の中で軟禁状態だったため、存在を覚えていたとしても、もうとっくに亡くなっていると思われていただろう。今更、騒ぐ必要もない。緑翠が安置した場で、静かに眠っていることを祈るだけだ。
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