そして僕等は絡み合う

藤見暁良

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宮脇 詞の場合

思い出と乾杯

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「おっ! 本当に旨そう~! 熱々の内に食べよう!」
 湯気を立たせているつくねと、揚げ出し豆腐を高橋さんは楽しそうに分け出した。
「高橋さん……つくねはこの地鶏卵黄を付けると、更に旨味が増します」
 思わずつくねについて、説明してしまう。
「マジ! そりゃ堪らなく旨そう!」
「はい!」
 意気投合仕掛けた時に――――
「詞! 高橋さん!」
 柴多に、制止された。
「あっ……ゴメンついつい」
 ――――つくねに夢中になってしまったよ。

「人生の恩人なんだよ……榎田さんは」
 柴多の態度を気にもせず、つくねを卵黄に絡ませながら、高橋さんは突如言った。
「榎田さんが? 高橋さんの人生の恩人?」
「そうそう……俺ね~こう見えて、昔凄い肥満体だったんだよね」
「えぇ! そうなんですか!」
 見えない!
 寧ろ若干細いと思うくらいだ!
「超コンプレックスで変わりたくて、あのビルをブラブラして……ディスプレイとかカッコいい店員さん見ながら、夢を描いてたんだよね~」
 赤裸々に自分の話をしてくれる高橋さんが新鮮で、食い入るように見てしまう――――。
「柴多さんには、解らないかもね!」
 ――――途中で柴多を煽るのは、余計だけど。
 ニッコリ笑って言った高橋さんの皮肉に、柴多は
「……そんな事は……」
「本当かな~。で、Achevementの前のディスプレイが凄いカッコ良くて見入ってたら、そん時店長の榎田さんがさ~俺に魔法を掛けてくれたんだぁ」
 きっとリアルに思い出してるのか高橋さんの表情は、見たことのないくらい穏やかで柔らかい。
「榎田さんは『君、背が高いから身体を引き締めたら、凄いカッコいいよ! 引き締めたらウチの服を是非着て欲しい』って……生まれて初めて、そんなこと言われて~俺単純に嬉しくて、その日から即行でダイエット始めたんだよね!」

 ――――そうだったんだ。
 遠くを見るかのように想いを込めて語る高橋さんに、胸の奥がジ~ンと熱くなってくる。
「でぇ~短期間でメチャクチャ痩せて! 榎田さんのところに行ったら、凄い喜んでくれてさぁ~。頭の先から、つま先までトータルコーディネートしてくれたんだ!」
「凄い……榎田さんに……」
 それは当社やファッション関係者には、憧れかもしれない!
 それくらい榎田部長はカリスマ的存在で、私もリスペクトしていた。
「榎田さんに会った日から、俺の人生が丸ごと変わったんだ。Men'sModeに読者モデルで口を訊いてくれたのも実は榎田さんなんだ」
 何とも言えない感情が、胸に染み渡る。
「人に歴史有りですね……」
 もっと気のきいた言い方があるだろうが、間抜けな私の言葉に高橋さんは、
「ジャジャ~ン! そうそう! 感動した?」
 軽いノリで受け止めてくれたけど、とても重く感じた。
「はい! 高橋さんへのイメージが、またちょっと変わったよ!」
「やったね!ポイントゲット!」
 素直に感激を伝えると、ニッカリ笑う高橋さん。だけど――――
「榎田さんに恩が有るのは解りました。でも、それと詞のことが関係があるんですか?」
 柴多は、相変わらずだった。

 今ので高橋さんの気持ちは少なからず読めた筈だ。
 人生の恩人…榎田さんに高橋さんなりのブランドへの貢献――――。かなり効果は、あった筈。
 まあ、確かに私が駆り出されたのは不思議だけど。
 食い付く柴多に高橋さんは挑発的に、ニヤニヤと笑って煽る。
「そんなに人目に、晒したくなかったんだ~」
「なっ! 違う!」
 顔を歪め、赤くなる柴多――――。
 二人の間に何の確執があるのか解らないんだけど、穏やかじゃないのは確かだ!
「二つ目~宮脇ちゃんの才能を開花させたかったから~! 男のロマンだよね~!」
「才能? 私にですか?」
「高橋さん!」
 柴多は何か察したみたいだが、お構い無しに高橋さんが語り出す。


「宮脇ちゃん……俺と最初に出会った時に、マネキンにコーディネートしてたでしょ」
「う、うん……」
「最初のコーディネートがダメ出しされた理由……知ってる?」
「理由?」
 店長の言葉を思い出す――――。
「店のイメージに合わないからじゃ……」
 私はそう思ったから、スタンダードなコーディネートに入れ替えした。
「確かに! ただ、あの時は宮脇ちゃんのスタイルに、ブランドがおっつかなかったんだって!」
「えっ!そうなの?」
 私はてっきり、スタイルを否定されたんだと思った。
「コンサバ系は、突拍子もないスタイルが少ないからね、宮脇ちゃんのは突拍子過ぎた。でも榎田さんはブランドに新しい風を吹き込みたかった」
「えっ……。榎田さんが」
 高橋さんは、自信に満ちた顔で頷いた。
「そう……でも中々人材と、タイミングが揃わなかった。そんな時に宮脇ちゃんを見付けたけど、店長に聞いたらメンズに移って来たばかりだし、本当の実力が解らない……だから時間をかけて様子見を俺たちはしてたんだよ」
「俺たち……」

 関わってたのは、高橋さんだけじゃなかったんだ。
 何か、自分の関わってる話じゃないみたい――――。
「おっちゃ~ん! レモンサワーと、砂肝と~二人は?」
「あっ! ネギ間に、皮!」
 呆然としていたらいきなり注文を振られ、つい頼んでしまった。
「あいよぉ~!」
 おっちゃんが、元気良く返事する。

 高橋さんは、話しを戻した――――。
「そして今回いいチャンスかなって……宮脇ちゃんも煮詰まってたみたいだし。パァ~ン! とハジケさせちゃおっかなってさ! 店長と榎田さんに相談して~宮脇ちゃんをモデルに提案したのは、俺だけどね!」
 満面の笑みの高橋さん。固まる私と柴多――――。
 周囲の雑音が、遠くに聞こえる。
「柴多さん、納得いって下さったかな?」
「し、しません!」
 やはり柴多は、苦い顔をしている。
 どうして――――何に拘ってるの? 
「何で? 柴多……何が納得いかないの」
「詞……それは……」
 妙な空気が、流れる。
「柴多……」
「はいはいはい! とりあえず宮脇ちゃんとAchevementのこれからの活躍と発展を願って! 飲んじゃおう~!」
 勝手にテンションを上げにかかる高橋さん。
「なっ! 本気ですか!」
「高橋さん!」
「乾ぱ~い!!」
 気付けばドンドンと、高橋さんに引き込まれて行く――――。
 まだこの時は、この先にあんなことが起こるなんて――――全然、予想だにしなかった。

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