隣人以上同棲未満

弓チョコ

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第4話 知人に相談する関係

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「何それ?」
「う……」

 職場にて。ひょんなことから、同期と『そういう』話になった。やれ彼女と別れただ、次の出会いが欲しいだ。

 その前に、仕事をやれと思う。こいつは新卒の頃やばかった。彼女にうつつを抜かして仕事まで影響して、同期の中でも昇進が遅れていた。
 まず、生活できてこそだろう。お金を稼げてこそ、プライベートがある。逆に言えば、プライベートを充実させるために仕事を頑張るんだ。
 何をするにも、お金が必要だからだ。

「ヤッてはないんだな」
「……あのなあ」

 で、お前はどうなんだと訊かれて。隣の女子大生に晩飯作って貰ってると答えて。

 話題になってしまったのだ。

「いつもコンビニ弁当の俺を見かねただけだろ。脈はねえよ」
「好きでもない男を部屋上げたり、男の部屋行ったりしねえよ。飯もこそだ」

 そう。
 俺も分かってる。『普通に』考えれば、脈は全く無いってことは無いだろう。寧ろ好意を抱いてくれている可能性は高い。

 違う。
 この件に関しては例外だ。ほのかちゃんに限っては。
 彼女は『良い子』なのだ。育ちも良さそうだし、礼儀正しい。
 あるのだ。
 好きでもない男の部屋へ行ってしまう可能性が。純粋な善意から、飯を作ってしまう可能性が。

 何故なら。
 あの日。レシートを渡されたのだ。お釣りと共に。
 別にわざわざ計算はしてないけど、証拠を突き付けたのだ。
 びた1円跳ねてないと。

 良い子過ぎる。
 そんな良い子なら、『おかしくない』のだ。

「押しゃあヤれるぞ多分」
「馬鹿言え」

 俺は彼女が欲しいのか?
 ……特にめっちゃ欲しい! とは思わない。
 じゃあただ女性とセックスがしたいのか?
 ……全く無いとは言わんが、そこまで強く思わない。

 ほのかちゃんが好きなのか?

 …………。

 嫌いでは無い。可愛いと思う。だが。
 俺はまだ彼女について何も知らない。つい最近名前を知った程度だ。
 それで好きだなんて、そんなのただ『若い子が好きなだけ』とか、『ヤれる女なら誰でも』みたいになるだろ。
 最悪じゃないか。

「じゃあ、もし彼氏が居る子なら、お前の部屋行って料理すると思うか?」
「…………」

 思わない。そんなの、彼氏が許さないだろ。

「そういうことだ。早く告って抱け。でなけりゃさっさと俺に紹介しろ」

 駄目だろ。そんな動機で告白なんか。俺が性欲満たすためだけに、みたいじゃないか。

——

「えっ?」

 朝。ゴミ出しの日くらいしかここでは一緒にならないのに。
 ほのかちゃんが居た。

「……別、に。要らなければ、あれですけど……」

 その手に、お弁当箱を持って。
 それを俺に差し出した。

「お昼。……どうしてるのかな、と」
「いや。……適当に外食かコンビニだけど」
「……要りますか?」
「いる」
「!」

 即答。速答。要るに決まってる。彼女の作る料理は滅茶苦茶美味いんだ。
 それが詰まった弁当とか。

 ……もしかして、この子俺に気があるんじゃないか?

 駄目だ。
 図に乗るな。
 これは善意だ。勘違いするな。痛いぞ。

「ありがとう。それじゃ、行ってきます」

 爽やかに。できるだけ、動揺を見せないように。俺は『おにーさん』だから、お兄さんらしく振る舞わなければ。

「いや、確定演出だろ」

 ピンクと白の可愛い箱。何だかのキャラクター。
 箱自体は小さく、お箸も短い。量は少々物足りないけど。
 何も問題は無い。
 腹じゃなくて、胸が満たされた。美味い。嬉しい。

「違うぞ。俺は決して痛い勘違いはしない」
「……どんなトラウマあるか知らんが、重症だな。その子も可哀想に」

 幸せだ。そう。幸せなんだ。
 ならそれで良いじゃないか。これ以上を望んだらバチが当たる。

——

——

「何それ?」
「え……」

 学校にて。いつも通り恋バナが始まった。そして、今まで黙っていたおにーさんのことを話した。
 話してしまった。浮かれていたんだと思う。
 たった2回、ご飯作っただけなのに。

「ヤッてないのよね」
「あのねえ……」

 人間として。基本だ。
 迷惑は掛けたくない。私はおにーさんにとって迷惑な存在で居たくない。だから、止めろと言われればすぐに止める。一切何もしない。
 面と向かって断られるまでは。大丈夫だと思っている。その思考が意地汚く気持ち悪いのだけど。

「そこまでして何も無いって、よっぽど脈ないんじゃない」
「……良いんだって。別に」

 これは、私の自己満足だから。お世辞でも誉められたいし、嘘の笑顔でも見たい。

「でも、その『おにーさん』にもし彼女出来たら?」
「そりゃやめるよ。迷惑だもん」
「そういうことだよ、ほのか」
「えっ?」

 おにーさんが望むなら。なんでもしてあげたい。
 ……また『あげたい』。だけどもう、良い。
 それが私の望みなんだから。

「『彼女』の役割をひとつ既にやってんのよあんたは」
「……!」
「どんどん押しな。あんた顔悪くないんだから、いつか折れるって」
「…………そうかな」

「良いなあ。今が一番楽しい時期じゃん」

 押せ。
 いってしまえ。

 私は応援されている。
 この気持ちが、何なのか分かるまでは、最低限。
 思い付いたことをやっていこうかな。

——

 と、思った矢先だ。

「えっ?」

 凄く、驚いていた。その顔が、焼き付く。
 決死。必死だった。もし受け取って貰えなかったら? 死にそうだった。
 だって、勝手に作っただけだから。迷惑に決まってる。だけど。

「ありがとう。それじゃ、行ってきます」

 驚きながらも、笑顔で受け取ってくれた。気分はラブレターと同じだった。
 お弁当を。

「…………行ってらっしゃい」

 それを、聞こえないように小さく呟いた瞬間。

「!」

 全身が、例えようの無い高揚感に包まれた。
 おにーさんを『見送っている』実感とでも言うのか……。
 おにーさんと私の人生が、運命が。

 何でか、この時に繋がった気がした。

 もう、確定だ。
 理由も理屈も、全部飛ばして。

 私はおにーさんが好きなんだ。
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