17 / 30
第17話 進路相談する関係
しおりを挟む
危険だ。
いや、俺の責任感の問題かもしれないが。
俺は、良い。というか嬉しい。もっと頑張れる。
だけど。
やっぱり一度は、どこかで就職するべきなんじゃないだろうかと。
経験者——俺は語りたい。
俺は仕事柄、学生や高校生のアルバイトスタッフと一緒に業務に当たって、教育する立場にある。
それ以外には、若いシングルマザーも結構いる。
彼女らは。
四則演算すらできないことがままある。
簡単な英単語も知らないことがある。
芸能以外の時事に疎いことがある。
正しい言葉遣いも知らない。
それが、悪いとは言わない。仕方ない人も居るんだ。例えば、高校生の時に妊娠してしまい、産んだは良いけど男には逃げられ、家族からの支援も無く。
高校中退で、それからバイトをするしかない。必死にひとりで赤ちゃんを見ながら、朝から晩まで働きまくって。
気付いたら30歳手前。
このご時世だ。全然あり得る。でもそんな彼女達は、まともな教育は受けられてないし、とっくに忘れてしまっている。
誰が悪い、とかじゃない。
ウチに来てくれたのはその中でも幸運だと思う。仕事に直接関係無いことも教えるからだ。言葉遣いから一般教養。……一応四則演算も。
じゃあ、翻って。
『俺の彼女がそう』なら?
嫌に決まっている。
もう覚悟は決まってるんだ。俺は死ぬまでほのかを守ると。不自由はさせないと。間違いなく、そう意識して今生きている。
このご時世だ。
『社会』を経験して欲しい。俺はそう思う。アルバイトと社員じゃ、全く違うんだ。意識と責任と業務と。同じことをしているように見えて、何もかも違う。ていうか同じことはしてない。アルバイトに現金は触らせられないし、事務や経理もまだ任せられないからな。
別に、専業主婦も悪くない。『男』からしちゃ理想だろう。もし子供ができても、ずっと見てもらえるからだ。『家内』と言うように。わざわざ妻を働かせたくは無い。
このご時世とは言え。
そう思う俺も少なからず居る。
だがやはり。『子供』を見据えるなら。母親に就職の経験があるならそれに越したことは無い。
この国の子供への教育は、将来働くためにあるのだから。
そして。
今の『それら』は。
恥ずかしながら、『結婚』が前提だ。
だから危険なんだ。
俺とほのかは、ただの恋人だから。
『彼氏に付いて来ました』って。それで別れたらどうするんだ。
当然。別れるつもりは無い。俺はそれでも良いんだ。一生守りきる覚悟がある。
だがほのかには。ほのかにとっては。必ずしも俺と同じとは限らない。
情けないが、俺が愛想を尽かされる可能性はゼロじゃない。
そうなったときに、職歴も無く、地元にも居ない。『空いた期間』が長ければ長いほど、その先が難しい。
就職しないのであれば。
『彼氏に付いていく』のは。
やはり危険なのではないだろうかと。
「…………おにーさんは」
「ん」
「……どう、思いますか?」
恐らくほのかが悩んでいるのは『そこ』だと思う。
俺が彼女を養えれば。就職はしなくて良い。俺も異動するかもしれないし、それに付いてきて、働くならその度近くでバイトでもすれば良い。
だが『椎橋仄香の人生』という観点で見れば。
それは危険かもしれないと。
そして。
『なんのために大学へ行ったんだ』と言われてしまう。
400万円、掛かっているから。
「やっぱり、一度は就職して欲しい。人生の先輩として。そう思うよ」
「……分かりました」
今の今。
プロポーズなんてできる訳が無い。
「じゃあ、やっぱりこの近くで、なるべくここから通える所が良いです」
「それは……嬉しいけど。ほのかはそれで良いの?」
「はい」
離れたくない。
少なくとも今は、お互いそう思っている。
——
——
訊ける訳が無い。
私はただの『彼女』だから。
何を、勝手に『嫁』面しているのか。
やっぱり自分を嫌いになる。
私から告白したんだ。私から別れを告げることは決してない。だけど。
受けた彼は。いつ私を捨てるか。その可能性はゼロとは言い切れない。
自分の食い扶持くらい、自分で賄えないと話にならない。その為に大学まで行かせて貰ったんだから。
そのお陰で、おにーさんと出会えたんだから。
ただの、進路相談。
おにーさんに迷惑はかけたくないし、心配もかけたくない。
だけど、真剣に考えてくれると、やっぱり嬉しい。
「おにーさんの時は、どうしてたんですか?」
「別にやりたいこと無かったからな。就活サイトの上から順番に選考受けてたよ」
「……そんな感じで良いんですか?」
「『良い条件』なんて探しても、実態と違うことなんて良くあるし。こっちはぺーぺーの学生なんだから、サイト上で選り好みする身分じゃないと、俺は思ってたかな。実際に面接官とかと会って、質問して、会社の雰囲気を察するというか。色んな会社に色んな人が居るし。福利厚生や初任給は人が欲しいならどこも頑張ってるし。結局大事なのは人間関係だからなあ」
「……なるほど」
「まあ気楽にやってたかな。ただ、受ける会社は全て『絶対に入りたい』って思いながら受けてた。本気でね」
今の時代は、もう氷河期とは言われない。寧ろ学生が超有利だ。
でも、だからってそれに胡座を掛けるほど楽観はできない。
「良さそうと思えば入ったら良い。合わなかったら辞めたら良い。別に、最初の就活で人生全てが決まる訳じゃないしな」
「…………」
大学では。
必死になって就活してる子も居る。まるで人生全てが掛かっているかのような表情で。
そんな人も居るには居る。本当にやりたいことがあって、そのチャンスが何度も無いこともあるんだ。
だけど私には、特にやりたい仕事は無い。今の学部だって、その延長線上の職業を見据えて入った訳でも無いし。
「ただまあ、『合わない』と決めるタイミングが早すぎる子も居るから心配なんだけどね」
「どういうことですか?」
「『働く』に当たってさ。当然辛いことは沢山ある。その『当然』を『合わない』と勘違いしてしまって辞めちゃう子は、どこへ行ってもすぐに辞めちゃうようになってしまうんだ」
「……なんか難しいですね」
「まあ俺もまだまだ3年目の若造だからな。『社会』については全然素人だよ」
おにーさんは、社会人だ。
つまり大人だ。
落ち着いていて、優しく、頼りになるおにーさん。
そんなおにーさんが好きなんだ。
学生と社会人。
その境界線の向こうに、おにーさんは立っている。
アルバイトもしたことがない私は、働くということは分からない。想像はできるし、話にはよく聞くけれど。実際に自分でやると全然違うに決まっている。
どんな辛いことがあるんだろう。
おにーさんはそれをどうやって乗り越えたんだろう。
それを知りたい。
「……おにーさんと同業種で、探してみようかな」
「おっ。マジで?」
おにーさんが経験したことを。私も経験してみたい。
そして、おにーさんが辛い時に。
心から分かり合って。同じ立場に立って。
私が癒してあげるんだ。
「流石に同じとこは」
「うん。まあちょっとそれはアレかな……」
「……分かってます。私もちょっと嫌です」
この動機は不純だろうか。
でも私は、もう『おにーさん』なんだ。
私の中心は全部。だから、お金を稼げるならなんでも良い。普通の所で。
ならせっかくだし、おにーさんに合わせてみたい。
大好きなおにーさんと。
離れたくないから。
いや、俺の責任感の問題かもしれないが。
俺は、良い。というか嬉しい。もっと頑張れる。
だけど。
やっぱり一度は、どこかで就職するべきなんじゃないだろうかと。
経験者——俺は語りたい。
俺は仕事柄、学生や高校生のアルバイトスタッフと一緒に業務に当たって、教育する立場にある。
それ以外には、若いシングルマザーも結構いる。
彼女らは。
四則演算すらできないことがままある。
簡単な英単語も知らないことがある。
芸能以外の時事に疎いことがある。
正しい言葉遣いも知らない。
それが、悪いとは言わない。仕方ない人も居るんだ。例えば、高校生の時に妊娠してしまい、産んだは良いけど男には逃げられ、家族からの支援も無く。
高校中退で、それからバイトをするしかない。必死にひとりで赤ちゃんを見ながら、朝から晩まで働きまくって。
気付いたら30歳手前。
このご時世だ。全然あり得る。でもそんな彼女達は、まともな教育は受けられてないし、とっくに忘れてしまっている。
誰が悪い、とかじゃない。
ウチに来てくれたのはその中でも幸運だと思う。仕事に直接関係無いことも教えるからだ。言葉遣いから一般教養。……一応四則演算も。
じゃあ、翻って。
『俺の彼女がそう』なら?
嫌に決まっている。
もう覚悟は決まってるんだ。俺は死ぬまでほのかを守ると。不自由はさせないと。間違いなく、そう意識して今生きている。
このご時世だ。
『社会』を経験して欲しい。俺はそう思う。アルバイトと社員じゃ、全く違うんだ。意識と責任と業務と。同じことをしているように見えて、何もかも違う。ていうか同じことはしてない。アルバイトに現金は触らせられないし、事務や経理もまだ任せられないからな。
別に、専業主婦も悪くない。『男』からしちゃ理想だろう。もし子供ができても、ずっと見てもらえるからだ。『家内』と言うように。わざわざ妻を働かせたくは無い。
このご時世とは言え。
そう思う俺も少なからず居る。
だがやはり。『子供』を見据えるなら。母親に就職の経験があるならそれに越したことは無い。
この国の子供への教育は、将来働くためにあるのだから。
そして。
今の『それら』は。
恥ずかしながら、『結婚』が前提だ。
だから危険なんだ。
俺とほのかは、ただの恋人だから。
『彼氏に付いて来ました』って。それで別れたらどうするんだ。
当然。別れるつもりは無い。俺はそれでも良いんだ。一生守りきる覚悟がある。
だがほのかには。ほのかにとっては。必ずしも俺と同じとは限らない。
情けないが、俺が愛想を尽かされる可能性はゼロじゃない。
そうなったときに、職歴も無く、地元にも居ない。『空いた期間』が長ければ長いほど、その先が難しい。
就職しないのであれば。
『彼氏に付いていく』のは。
やはり危険なのではないだろうかと。
「…………おにーさんは」
「ん」
「……どう、思いますか?」
恐らくほのかが悩んでいるのは『そこ』だと思う。
俺が彼女を養えれば。就職はしなくて良い。俺も異動するかもしれないし、それに付いてきて、働くならその度近くでバイトでもすれば良い。
だが『椎橋仄香の人生』という観点で見れば。
それは危険かもしれないと。
そして。
『なんのために大学へ行ったんだ』と言われてしまう。
400万円、掛かっているから。
「やっぱり、一度は就職して欲しい。人生の先輩として。そう思うよ」
「……分かりました」
今の今。
プロポーズなんてできる訳が無い。
「じゃあ、やっぱりこの近くで、なるべくここから通える所が良いです」
「それは……嬉しいけど。ほのかはそれで良いの?」
「はい」
離れたくない。
少なくとも今は、お互いそう思っている。
——
——
訊ける訳が無い。
私はただの『彼女』だから。
何を、勝手に『嫁』面しているのか。
やっぱり自分を嫌いになる。
私から告白したんだ。私から別れを告げることは決してない。だけど。
受けた彼は。いつ私を捨てるか。その可能性はゼロとは言い切れない。
自分の食い扶持くらい、自分で賄えないと話にならない。その為に大学まで行かせて貰ったんだから。
そのお陰で、おにーさんと出会えたんだから。
ただの、進路相談。
おにーさんに迷惑はかけたくないし、心配もかけたくない。
だけど、真剣に考えてくれると、やっぱり嬉しい。
「おにーさんの時は、どうしてたんですか?」
「別にやりたいこと無かったからな。就活サイトの上から順番に選考受けてたよ」
「……そんな感じで良いんですか?」
「『良い条件』なんて探しても、実態と違うことなんて良くあるし。こっちはぺーぺーの学生なんだから、サイト上で選り好みする身分じゃないと、俺は思ってたかな。実際に面接官とかと会って、質問して、会社の雰囲気を察するというか。色んな会社に色んな人が居るし。福利厚生や初任給は人が欲しいならどこも頑張ってるし。結局大事なのは人間関係だからなあ」
「……なるほど」
「まあ気楽にやってたかな。ただ、受ける会社は全て『絶対に入りたい』って思いながら受けてた。本気でね」
今の時代は、もう氷河期とは言われない。寧ろ学生が超有利だ。
でも、だからってそれに胡座を掛けるほど楽観はできない。
「良さそうと思えば入ったら良い。合わなかったら辞めたら良い。別に、最初の就活で人生全てが決まる訳じゃないしな」
「…………」
大学では。
必死になって就活してる子も居る。まるで人生全てが掛かっているかのような表情で。
そんな人も居るには居る。本当にやりたいことがあって、そのチャンスが何度も無いこともあるんだ。
だけど私には、特にやりたい仕事は無い。今の学部だって、その延長線上の職業を見据えて入った訳でも無いし。
「ただまあ、『合わない』と決めるタイミングが早すぎる子も居るから心配なんだけどね」
「どういうことですか?」
「『働く』に当たってさ。当然辛いことは沢山ある。その『当然』を『合わない』と勘違いしてしまって辞めちゃう子は、どこへ行ってもすぐに辞めちゃうようになってしまうんだ」
「……なんか難しいですね」
「まあ俺もまだまだ3年目の若造だからな。『社会』については全然素人だよ」
おにーさんは、社会人だ。
つまり大人だ。
落ち着いていて、優しく、頼りになるおにーさん。
そんなおにーさんが好きなんだ。
学生と社会人。
その境界線の向こうに、おにーさんは立っている。
アルバイトもしたことがない私は、働くということは分からない。想像はできるし、話にはよく聞くけれど。実際に自分でやると全然違うに決まっている。
どんな辛いことがあるんだろう。
おにーさんはそれをどうやって乗り越えたんだろう。
それを知りたい。
「……おにーさんと同業種で、探してみようかな」
「おっ。マジで?」
おにーさんが経験したことを。私も経験してみたい。
そして、おにーさんが辛い時に。
心から分かり合って。同じ立場に立って。
私が癒してあげるんだ。
「流石に同じとこは」
「うん。まあちょっとそれはアレかな……」
「……分かってます。私もちょっと嫌です」
この動機は不純だろうか。
でも私は、もう『おにーさん』なんだ。
私の中心は全部。だから、お金を稼げるならなんでも良い。普通の所で。
ならせっかくだし、おにーさんに合わせてみたい。
大好きなおにーさんと。
離れたくないから。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
28
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる