サンセットオッサントドラゴン

弓チョコ

文字の大きさ
1 / 1

サンセットオッサントドラゴン

しおりを挟む
 陽が、暮れる。

「きるるる……」
「む?」

 ふと聴こえた音の方へ振り向く前に、涙を拭いて。

「きるるるる……」

 見ると、夕陽が目の前にあった。

「おわっ」

 それは音ではなく声だった。驚いて一歩、いや二歩ほど後ずさる。それは不思議な見た目をしていた。

 砂や泥で所々汚れているが、赤焼け色の鱗で覆われている。
 高さは俺と同じくらい。175と言ったところか。しかし頭から尻尾までの全長は、300は下らないだろう。
 真っ黄色な眼と、猫のように縦長の瞳孔。『きるる』と何かを擦っているような鳴き声は、大きなワニのような口から発せられている。
 後頭部に牡鹿のような角。首は細長く、しなやかに曲線を描いている。その代わり胴は太くがっしりとしていて、4本指の脚の爪などはまるでナイフのように尖っている。
 尾も長く、体長の半分はある。ぺたんぺたんと忙しなく動いている。

「きる……」
「……お前……」

 そして『竜』に本来あるべき、これだけは外せない『最強生物の証』である、翼は。
 広げるとゆうに500はいこうかという大きさだ。今はコウモリのそれのように畳まれており、背中の上に収納されている。

 が。

「怪我、してるのか」

 左側の翼が、畳まれてはいるが歪んでいた。根本。付け根の部分が折れ曲がっている。
 俺は竜の身体に詳しくはないが、骨折していることはすぐに分かった。こいつは、飛べないのだ。
 野生の竜は気性が激しいと聞く。こいつに鞍や馬銜が着けられていないことを見ると、野生であるのは間違いないみたいだが。

「……くぅるるる」

 随分と大人しい。いや、弱っているのか。弱く嘶いて、俺に近付いてくる。警戒心が無いのか、俺に敵意が無いことを野生の勘か何かで悟ったのか。

「…………俺も、泣いてたんだ」





――





「今更何しに帰ってきたのよ、この役立たず!」

 この日は妻の命日だった。俺は毎月欠かさず、月命日に参っていた。もう、それくらいしかやることが無いからだ。
 妻には迷惑を掛けた。確かに戦争中であったとは言え、妻と娘を放ったらかして戦地へ行き、敵兵を殺していた。家には寄り付かず、妻が流行病に冒されたことなど知らずに。国の為。家族の為にと、人生を捧げるように戦っていた。

「……あなた」

 戦争に勝ち。意気揚々と帰ってきた時には。
 全て遅かった。

「あなた」

 何度謝っても、許してはくれなかった。ずっと微笑みながら、俺へ喋り掛けていた。妻は頭の中をやられていた。そういう病だったらしい。

「わたし、はね」
「!」

 最期に。一度だけ。
 俺の声が届いたのか、会話を返してくれた。

「……誰かの――……」

 年甲斐もなく、みっともなく。大声を出して号泣した。妻が何と言ったのかも、自分の叫びで聞こえなかった。

 知らない間に嫁に行っていた娘には散々、罵倒された。
 『役立たず』と。





――





「こっちに来てたか。随分と逃げ回ったな。無駄に」
「!」

 続いて、若い男の声がした。声色から分かる。楽しそうだ。それは竜の後方からやってきた。

「ん? 誰だオッサン。何してんだ。地味に」

 その男は、俺を見下してそう言った。別の竜の背に乗って、手綱を引いている。灰色の鱗の竜だ。種類なんかは詳しくないが、怪我をした赤焼け色の竜より倍ほどの巨体だった。

「……ただの墓参りだ」
「そか。謎にな」

 鞍がある。だが軍服ではない。となると竜騎士ではなく、野良の竜乗りか。竜は総じて気高く、認めた者しか背に乗せないと聞くが、その基準は人間には図り知れない。訓練を受けた兵士でなくとも、認められることはあるのだろう。

「悪いけどオッサンさあ。そこの仔竜、俺の獲物なんだわ。足止めしといてくれてサンキュな。何気に」
「獲物だと?」

 このような軽そうな若者であっても。

「そうそう。『サンセットスケイル』なんざ、稀少でよ。高く売れるんだわこれが。けど勿論、速すぎ強すぎで中々捕まえらんねえ。群れから仔竜を引き離して怪我させて、大変だったんだぜ。地味に」
「…………にいちゃん」
「あん?」

 竜については、詳しくない。俺は長年兵役していたが、竜騎士にはならなかった。手続きがややこしいと聞いたからだ。妻と娘の為に手っ取り早く稼ぎたかった俺は、専門の教育機関の卒業が必須らしい竜騎士の道には進まなかった。

「にいちゃんが竜乗りなのに、他の竜を捕まえて殺して、鱗を剥いで売るのか」
「ははっ。そりゃアンタ。人も人同士で戦争してるだろ。臓器だって捌いて売る。竜だって当然、同族同士殺し合うぜ。派手にな」
「…………なるほど」

 恐らく。
 竜のことを扱う、国の法律では。竜より人が保護されるのだろう。人の国であるから。

「きる……るる」

 この若者がやっていることは別に犯罪ではなく。俺が今からやろうとしていることは人間からは非難されるようなことなのだろう。

「可哀想だとは、思わないのか」
「はぁ? だっはは! オッサンのくせに純情だな!? こちとら仕事だぜ!? そもそも『飛んでこそ』の竜! 『空の王者』『最強生物』だろ! 翼の折れたそいつはただの『役立たず』だ。なら俺が金儲けに使ってもバチは当たらねえどころか、利用価値があったと感謝して欲しいね。派手にな!」
「――!」

 こいつは。この竜は。
 俺と同じで『役立たず』らしい。





――





 人に調教された竜は、命令があるまで動かない。俺は竜という生物の生態には詳しくないが、『竜騎士との戦い方』は熟知している。

「がっ!?」

 まず、竜を操る手綱を切る。戦争が終わったとは言え、まだまだ物騒だ。町外れの墓地へ行く時は必ずナイフを持ち出している。革製の丈夫な手綱だと分かっているが、俺のナイフ術もまだ一応は錆付いていないらしい。

「は!? この――!」

 慌てて伸ばしてきた腕を捕まえて、引きずり下ろす。関節を捻って、遠心力でぶん回す。昔は得意だった軍隊式格闘術だ。

「ぐはぁっ!!」
「ぐるるるっ!!」
「止まれ」

 主人の危機を察知した灰竜が唸るが、ナイフを即座に男の首筋にあてがう。

「ぐる……!」

 すると大人しくなる。竜はとても賢い。『ナイフが武器』ということを理解しており、『自分が動けば主人が死ぬ』ことも理解できる。

「…………」

 投げ飛ばした時に、腰を痛めた。これはブランクがあったな。物凄く痛い。が、我慢して何ともないフリをする。勘の良い竜に悟られてはいけない。
 男は既に気絶していた。完全に不意打ちだった。正面からやり合っていれば恐らく負けていただろう。この筋肉。体格。若く立派だ。日に日に衰えを感じる俺とは大違い。

「そら。連れて行け。もう来るなよ」
「……ぐるるァ!」

 そいつを背に乗せてやる。すると灰色の竜は一目散に去っていった。竜とは本当に賢い生き物だな。

「…………何をしてんだか俺は。あいたた……」

 痛めた腰をさすりながら、振り返る。

「きゅるるぉっ」
「む」

 サンセットスケイルとか言っていたか。こいつの声色が変わった。お礼を言っているのか。

「……――違う」

 その真っ黄色の瞳に。影が映った。背後だ。俺も振り返る。

 まだギリギリ、夕焼け空だった。もう沈む。その、数秒。俺の目に飛び込んできた。





――





 赤焼け色の鱗が夕陽で反射し、黄金に煌めく『群れ』が、夕空を飛行していた。群れだ。100や200の竜の群れ。遠くの方に。夕陽を目指すように。

「きゅるるぁおっ! きゅるあ!」
「…………」

 仔竜はしきりに鳴きながら、腕や怪我していない方の翼を動かしている。尻尾は先程より荒ぶっている。
 俺はしばらく見とれていた。野生の竜の、それも稀少種の群れを見たのだ。こんなのは初めてだった。

「……あそこに、帰りたいのか」
「きゅるるぁ!」
「……飛べない竜は役立たず。らしいな」

 ――わたし、はね。

「怪我。手当してやるよ。俺は医者じゃないが、最低限はできる。これでも退役軍人でな」
「きゅるるっ」

 ――誰かの――

「お前はこれからも狙われるだろうな。怪我が治るまで、場所を移動する必要がある。……なあ」
「きゅるるっ! きゅるるぁっ♪」
「分かったのか。賢すぎだろ。嬉しそうな声出しやがって」

 陽が、暮れる。
 妻に先立たれ。娘には愛想を尽かされて。だが俺はまだ。

「行こうか。竜には、詳しくないんだがな」

 ――誰かの為に頑張れるあなたを、好きになったんですよ。

 人生100まで。
 後半戦が始まったばかり。
 俺の人生はまだ、これかららしい。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

近すぎて見えない物

あんど もあ
ファンタジー
エルリック王子と一夜を共にした男爵令嬢。エルリックの婚約者シルビアが、優しく彼女に言った一言とは。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

義務ですもの。

あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。

予言姫は最後に微笑む

あんど もあ
ファンタジー
ラズロ伯爵家の娘リリアは、幼い頃に伯爵家の危機を次々と予言し『ラズロの予言姫』と呼ばれているが、実は一度殺されて死に戻りをしていた。 二度目の人生では無事に家の危機を避けて、リリアも16歳。今宵はデビュタントなのだが、そこには……。

「魔法を使わない魔術師を切り捨てた国は、取り返しのつかない後悔をする

藤原遊
ファンタジー
魔法を使わない魔術師は、役に立たない。 そう判断した王国は、彼女を「不要」と切り捨てた。 派手な魔法も、奇跡も起こさない。 彼女がしていたのは、魔力の流れを整え、結界を維持し、 魔法事故が起きないよう“何も起こらない状態”を保つことだけだった。 代わりはいくらでもいる。 そう思われていた仕事は、彼女がいなくなった途端に破綻する。 魔法は暴走し、結界は歪み、 国は自分たちが何に守られていたのかを知る。 これは、 魔法を使わなかった魔術師が、 最後まで何もせずに証明した話。 ※主人公は一切振り返りません。

本当に、貴女は彼と王妃の座が欲しいのですか?

もにゃむ
ファンタジー
侯爵令嬢のオリビアは、生まれた瞬間から第一王子である王太子の婚約者だった。 政略ではあったが、二人の間には信頼と親愛があり、お互いを大切にしている、とオリビアは信じていた。 王子妃教育を終えたオリビアは、王城に移り住んで王妃教育を受け始めた。 王妃教育で用意された大量の教材の中のある一冊の教本を読んだオリビアは、婚約者である第一王子との関係に疑問を抱き始める。 オリビアの心が揺れ始めたとき、異世界から聖女が召喚された。

処理中です...