帝国は滅ぼさせない。

弓チョコ

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帝都⑤

第28話 賢者の一族

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「実はリンデンまで来たのはシュクスのお悩み相談のためだけじゃない」

 5人分の食事を準備するセリアネを手伝うユーイが呟いた。
 シュクスはここ数日、何も言わない。だが昼間は騎士団に交じって訓練をしている。ゼントはその様子を、丘の上から眺めている。リンナは、部屋から余り出てこない。この時間は風呂に入っている。
 彼らの精神状態を鑑みると、まだ旅は再開できそうにない。

「そうなの?」

 鍋の番をするセリアネが訊ねた。

「ああ。……ワープ装置が帝国にバレてしまったからな。一旦、建て直さなければならなくなった。正面から行くにしても、反抗軍もまだまだ集まりが悪い」
「反抗軍」
「帝国に抗うことを決めた者達が集まった、多国籍軍だ。まだできたばかりだけどな。僕はそこの旗印として担ぎ上げられていた」

 セリアネは、今の世界情勢に詳しくない。だが、『帝国の支配から皆を助けたい』というシュクスの思いは、世界に伝播しているのかもしれないと思った。

「まだ力が足りない。こちら側の『魔剣』がシュクスの『風剣』だけだからな」
「……それで、リンデンに? でもウチにも風剣以外無いわ」
「いいや、もっと東さ」
「?」

 リンデンは、ガルデニア帝国より東側にある。そこから、さらに東へ行くと。

「パキリマを越えたら海よ?」
「その先だよ」

 海を越えた先には。
 とある島がある。

「極東の島国。神秘の国『アクシア』。豊富な資源のあるあそこが何故、他国に侵略されていないのか。それは、帝国に匹敵するほどの『魔剣使い』が、居るからだ」
「……!」

——

——

「やあ来たな。初めまして」

 アイネは、貴族街にある、とある屋敷にやってきていた。今夜は、ここでパーティがあるのだ。確かなんとか言う貴族の息子だか娘だかがどうなかったかで、その記念パーティだ。興味の無いアイネはろくに覚えていないが。

「俺が帝国第三王子デウリアスだ」

 真っ赤なドレスは、シャルナが選んだものだ。胸元も背中も開いており、ポケットも無い。大股で歩こうものなら脚が見えてしまうし、ヒールなど歩きにくくて仕方がない。アイネはドレスと同じくらい頬を赤くしながら、ようやくここへ辿り着いた。従者にラットリンとミーリを連れて。

「アイネ・セレディアと申します。本日はお招き頂きありがとうございます。デウリアス殿下」

 会場に入るとすぐに話し掛けられた。向こうはアイネの顔を既に知っているのだ。
 アイネはぺこりと挨拶をしてから、デウリアスの顔を見た。

「(背は高い。でも陛下のような威厳は無いわね。イエウロ将軍のように筋肉質でもない)」

 長身に、細身。にこりと朗らかに笑っており、佇まいは流石皇族と言える綺麗さが見える。

「今日は楽しんでいってくれ。主役は俺じゃないから、まあ適当に」
「……はい」

 我が城、と伝言にはあった。この屋敷はデウリアス所有のものだ。毎週のように貴族達を集めてパーティをしているらしい。費用の負担は全て、王子持ちで。

「俺もこれから色々と挨拶回りがあってな。それから、折を見て部屋に来たら良い。まあ、人を寄越すよ」
「…………」

 何をしに、こんなところへ来たのか。デウリアスの方からアイネに用事があるのだ。アイネとしてはできるだけ早く帰りたい。
 だがデウリアスは挨拶をしただけで、すぐに会場に溶け込んで行った。

「……パーティ、ね。国境ではずっと兵士が戦争しているのに。帝都は暢気で、平和……」

 アイネにはできない。そのテーブルの、その皿の肉が。サラダが。スープが。どこの村から搾取した高級品であるかを考えれば。
 貧困に喘ぐ村は、国内に沢山ある。アイネとて屋敷で、市民からすれば贅沢と思える食事を摂っているが——彼らとは違うと、思っている。
 満腹になれば残し、捨てる。口に合わなければ捨てる。今日この会場で出る『廃棄物』だけで、どれだけの市民が腹を満たせるか。食い繋げられるか。

「(……彼等からすれば私も同類か)」

 貧富の差、と言えばそれまでだが。侵略戦争を始めたのは帝国なのだ。余りにも自分勝手な。

「(そりゃ、全て平等は無理だし、これを止めろとも言えないけど。でも、せめて自国の民全てが最低限餓えなくて良いような政治体制は整えたい。シュクスの件が片付いたら、私はそれをしよう)」

 思えば皇帝は、随分急いでいるように思える。世界征服の動機までは、アイネには分からない。だが、ともすれば反逆者に扱われてもおかしくないような物言いのアイネに席を与えるほど、『本気』で『手段を選ばない』のだ。

「(……こんなパーティに費やされるお金も、軍事費に充てたら良いのに)」

 一方で、王子達には無頓着のようにも見える。今の皇帝は『次世代』をどう考えているのだろうか。

——

「アイネ・セレディア様。殿下がお待ちです」
「(待ってたのは私だけど)」

 しばらくすると、王子の従者らしい女性がこちらへ来た。結局、アイネはどの皿にも手を付けなかった。誰とも挨拶していない。見ると有名な有力者もちらほら居たが。あちらもアイネには気付かない。だがそれで良いと彼女は思っていた。
 女性に付いて、廊下を進む。徐々に人気が少なくなっていく。

「こちらです」

 大きな扉の前で、止まった。王子にとっては数ある別荘のひとつなのだろうが、それでもアイネの屋敷より当然に大きい。

「申し訳ありませんが、従者の方はこちらでお待ちください」
「……アイネ様」
「うん。大丈夫」

 ラットリンとミーリは入れないらしい。だが、危険は無いだろう。何せ、『アイネが護ろうとしている国の王子』だ。
 アイネは意を決して扉を開いた。

——

「失礼いたします」
「ああ」

 そこは、王子の寝室であるようだった。天蓋付きのキングサイズベッドが中央に鎮座しており、そこにデウリアスが座っていた。
 裸で。

「——っ!」

 一瞬の内に、アイネの警戒心は頂点に達した。

「服は苦手なんだ。実は。……人肌を、感じにくいだろう」
「……!?」

 半身になって警戒するアイネ。

「ああ……いや。君も脱げなんて言わないさ。違う価値観を強制すれば争いが生まれる。俺はできるだけ、争いたくないんだ」
「…………私に、何かご用がおありでしょうか」

 この場には誰も居ない。デウリアスの従者も居ない。
 一体何を考えているのか。アイネの頭では思い付けない。

「どうして『軍』に入ったんだ」
「!?」

 第三王子が、軍事にも政治にも興味を示していないという噂はアイネも知っている。それよりも遊ぶことが好きなのだと。

「良いか。俺は、君が『賢者』だから話すんだ。全部話すぞ」
「!」

 最早、アイネが『賢者』であることは上流階級には既知であるらしい。だが、それを理由に今日呼ばれたのだとしたら。

「(グイード家も、『賢者』の一族……)」

 賢者は、現代の人が知り得ない『知識』を生まれながらに持っている人物のことだ。皇帝の一族も、それを使ってガルデニア帝国をここまで強力にしてきた。

「俺の兄が死んだのは知っているな」
「……第二王子、レオン様ですね」

 皇帝には5人の子供が居る。長男イエウロは将軍のひとり。このデウリアスは三男。あとは長女と次女だ。

「姉も王宮から逃げただろう」
「エトメリアン様ですね」
「妹のことは知っているか」
「ベリンナリン姫……は行方不明だと」
「そうだ」

 例えば今、バルト皇帝が逝去したとして。では、帝国の体制はどうなるか。
 当然、将軍でもある長男イエウロが皇帝となるだろう。異論を挟む者は居ない。

「『戦争』が一番デカイ。あとは『確執』とか『権力』。そして『野望』。……どれも、俺は嫌いなんだ」
「…………」

 蝋燭の火に照らされたデウリアスは、寂しい瞳をしていた。
 アイネは、なんとなく理解し始めていた。

「5人の兄弟姉妹の内、『賢者』なのは誰だと思う?」
「…………分かりません」
「レオン兄とベリンナリンだ」
「!」

 グイード家ならば全員が賢者、という訳ではない。

「今、帝国には『賢者』は居ないんだ。だから焦って、親父は君を喚んだ。奇しくも、ベリンナリンと同い年らしいな」
「! ……私が、同一人物だと?」

 アイネは思い出した。シャルナもそう睨んでいるのだ。幼い頃に行方不明となった『皇族』ベリンナリン姫こそ、アイネだと。
 だが。

「いいや違う。それが今日分かった」
「え……」

 デウリアスはアイネの胸元を指差した。

「ベリンナリンには、傷痕があるんだ。生まれてすぐ、『暗部』に付けられたものが」
「えっ……!」
「それを見て母は、妹を連れて逃げるように帝国を出た。これが事実だ」

——

——

「——ふぅ。これから、どうしようかしら。ユーイに口論で勝てる気はしないし」

 ざばんと、湯を流す。

「あんまり強引にシュクスを肯定すると、私が『転生者』ってバレちゃうかなあ」

 リンナの胸元には。

「……やっぱり消えない。こんな傷痕、シュクスに吃驚されちゃうのに」

 鏡を見る。
 そこに映るのは、赤い髪のリンナだが。彼女の眼を通せば。
 前髪の長い黒髪で、冴えない眼鏡を掛けた、『女学生』が映る。

「運良く『主人公側』に転生したんだから。しかもメインヒロイン。帝国は絶対滅ぼして、シュクスと結ばれるんだから。絶対、幸せになってやる」
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