遥かなるマインド・ウォー

弓チョコ

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第44話 姫と王、運命の出会い!

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 場面は変わる。
『……チッチッ』
 唐突だが。
 スパイダーレディの任務は。
『……チッチッチッチッチッチッ……』
 果たされていた。
『チッチッチッ』
 アークシャイン基地。管制室から離れたこの場所…シャンヤオとスパイダーレディが戦ったその部屋を、その後調べることは無かった。そもそも職員全員が、爆撃で死ぬまいと必死に動いている。壊れて使えなくなった部屋など、この緊迫が終わるまで誰も気にかけない。
『ピーーーーーー』
 目的の部屋は固く封じられ、厳重に警備されている。常に、まるで「常に侵入者が居るように」警戒している。ワープ能力者を相手にしているのだから当たり前だが、とても近付けない。
 それは人類の叡知であり、この戦争の切り札であり、最強のラウム軍団を相手にアークシャインが互角の土俵に上がる秘密兵器。
 しかし、それ自体がどれほど堅牢だろうと。繋がっている配線は、関連機器は、アンテナは。ただの代替品である。
『……』
 一瞬、通信が途絶えた。良夜の返答にノイズが掛かったのもこのせいとも言える。スパイダーレディの仕掛けた時限爆弾は、確実に敵の急所を捉えた。その本命は通信機器ではなく。また、火薬を使用した物理的な爆弾でもない。とある電磁波を放射する爆弾。ラウムの科学無しに、現代でも普通に存在する兵器。

ーー

 パン!と、手を叩いた。良夜からは遂にノイズ以外の応答が無かった。
 叩いたのは未来。
「はい。痴話喧嘩は後でやってください。話、進めるよ?」
『…………!』
 衝撃発言の直後であるが、ゆりの絶句を無視して未来は表情を崩さず続ける。
「ひとつは今言ったように、『他人から強く受ける感情』を栄養として摂取する方法。もうひとつはね。結構単純だよ。もう既に試したって言われるかも知れないけどーー」
『未来ちゃん』
「ん?」
 遮ったのは、「それ」に気付いた『ワープ能力者』。つまり心理だ。今までワープを使おうとする度に抑え付けられていた「モノ」が、一瞬だけ無くなった。
 ワープ妨害装置が停止した。それが意味するところは、つまり。
で』
「!!」

ーー

 その一瞬を狙い澄ました。目的のため、手段を選ばないーーではない。
 目的のため、「最善」を選ぶ。全て備える。やれることは最大限全部やる。
『旧体制派の到着は予定外だけど…問題ない』
 死に物狂いで、勝ちを取りに行く。
 サブリナは、イヴに依頼していた。その爆弾の製造を。そしてスパイダーレディに持たせ、任務を与えた。工作員の生死は問わない。『あの装置さえ一時的にでも破壊できれば』。
『奴等はワープを使えない。先にアヤ・ホシノを殺せば良い。幸い、「門番」はシャインジャーが消耗させている』
 その日彩は、別荘から出ないようにしていた。どこにあるか分からない膨大な監視カメラに、万一でも映らないためだ。ハルカが側に居なければ、充分なステルス性能は得られない。
 だが、サブリナは言う。『アメリカ(ウチ)のエージェントを嘗めるな』と。
 サブリナは既に、彩の潜伏先を調べて持っていた。
「……すぅ」
 彩は寝室で眠っている。警戒心など微塵も無い。仲間達はいつものように、新たな仲間を迎えに行っているだけだ。まさか戦争に巻き込まれ、死にかけているとは夢にも思わない。
 そして、この場所はアークシャインのワープ妨害装置により、ラウムはワープしてこれない。アークシャインから隠れられている以上、安全な場所。もし誰かが不意に侵入しても、育て上げた上位アビスが人間に化け、周囲を警戒、警護している。まさか全てが音も立てずに殺されているとは夢にも思わない。
『…………』
 まして自分が、かつて病院を襲った時のように寝ているところを狙われるなど、思う筈が無い。
『今日私は、ふたつの戦争にどちらも勝つ』
 サブリナはにやりと笑った。その手には拳銃。回転式のS&W。アメリカでも護身用として一般的な拳銃である。大口径だとか、小銃など必要ない。そんなもの無くても人は殺せる。そしてこの少女を殺せば勝ちである。とすれば結果的に、パニピュアひとり殺せなかった核ミサイルより戦果を上げたと言えよう。
 できるだけ、速やかに殺す。余裕や油断を見せることはしない。まず間違いなく殺せるが、池上太陽暗殺でも「同じ状況であった」ことは知っている。時間を掛ければそれだけ危険性が上がる。慎重に、だが素早く引き金を引いた。
 ワープ妨害装置が狂ったのは一瞬。既に復旧している。ワープしてここへ来れる者は居ない。ワープ妨害装置の上を行く装置を作れる者など。人間の叡知を越える科学力を持つ者など。
『(居るとすれば、母くらいの者)』

ーー

 だが。
 やはり。
 案の定。
『!』
 その手は掴まれた。
『(男……!?)』
 その手は大きく、ごつごつとしていた。回転の早いサブリナの脳裏に過ったのは、ワープ使いであり、高度な科学力があって不思議ではない存在。
『……お兄ーー!?』
 会ったことの無い、伝え聞いただけの存在。暗闇に、その存在の赤く煌めく瞳を見た。

ーー

【何をしている】
『ひっ……!』
 空気が震えた。サブリナは一瞬で動けなくなった。腕を掴まれたまま、硬直してしまった。
 窓が揺れ、その振動で彩が寝返りを打つ。
「……んぅ……」
【貴様、私の妃に、何をしている】
『…………!』
 その赤い、血のような瞳は、兄では無い。兄とは会ったことは無いが、この人物が別の者だとは、すぐに分かった。
 知っているからだ。
『……ぉ』
 その身体に流れる、半分の血が。
『……王……っ!』
「……ぅぅう」
 サブリナの恐怖に歪む声で、彩が寝苦しそうに唸る。
 星影の姫暗殺を阻んだのは、アビスであった。深夜の別荘。森の中に身を隠す建物の2階。カーテンをしていない、大きな窓から遠くに海と月が見えるこの寝室で、銃を持ち、眠る彩を狙うサブリナを、闇夜に溶ける暗黒の煙を纏うアビスが、威圧してその暗殺を阻止していた。
『な、何故……ここへ……こんなに早く……?』
【……貴様、あまつさえ私の問いに答えぬか】
 その暴力とも呼べる威圧の空気が重みを増し、サブリナの腕をへし折らんとする。
『ひっ!』
 燃える炎のような激情。サブリナは全身をくまなく焼かれる感覚を覚えた。
「……ん~~……」
 彩の寝息が次第に大きくなり、その不快感を露にしていく。
【……ここで首を撥ねて「姫」に貴様(ラウム)の血を付ける訳にはいかん】
『……はぁっ!……はぁっ』
 サブリナの息が上がる。どう足掻いても詰み。最強最悪の侵略種族の王。それ自体が最強の兵器でもある深淵の王と敵として相対して、生き残れると考える方がおかしい。
『はぁ……っ……。「強制干渉」「精神簒奪」』
【ほう】
 サブリナの取った行動は、その分析であった。
『……「お兄様(仮)」の精神へ強制的に干渉し、「ワープ妨害装置影響下でもワープできる」能力を簒奪した。……いかがでしょうか』
 単なる時間稼ぎ……ではない。ではないが、時間稼ぎでもある。サブリナは部屋の時計を気にする素振りを見せた。
【随分と賢しい】
 アビスがそう評価したのは、彼がここへ来た理由を言い当てたからではない。
『……王の御力を知っていればこそ、それに備えたのです。「あなた様は運悪く」「私の仕掛けの上に降臨された」』
 スパイダーレディの仕掛けた爆弾は。

 『ふたつ』。

 時計の針は、その時刻を指した。経度が違えどそれを日本時間に直し計算するなど労ですらない。サブリナはアビスに恐怖を抱きつつ、口元は緩んだ。
『わっはっは。待たせたなっ』
 ワープ能力は、移動後の慣性や硬直は無い。闇に現れたのは、「ニヒルな笑みを含ませた赤と青の筋骨粒々な戦士」。
『″精神集中(マインド・コンセントレイション)″っ!!』
 間髪入れずその力技が、アビスではなく、別荘の床へ叩き付けられた。
【……精神憑依か。魔女め】
『お褒めにいただき』
 アビスが、サブリナにもスーパーノヴァにも反撃できなかったのは、ひとえに彩を慮ってのことである。彼女へ何か余波のひとつも浴びせてはいけない。大事に大事にしなければならない。傷ひとつ付けようものなら、その者に死以外与えてはならない。それは自分を含めても。
 何故なら彩は種族『アビス』の最後の希望であり。
 なにより肉体的にも普通の少女であるからだ。

ーー

 粉々に粉砕される別荘。『一瞬』を突き、スーパーノヴァはサブリナを抱いてワープで逃げる。アビスには普通のワープは使えない。彼はごく限定的なワープ能力を簒奪してしまったからだ。普通のワープ使いであるスーパーノヴァやフェニックスアイを喰らっても使えなかったのは、サブリナの『仕掛け』なのであろうと想像する。
「……ん」
『起こしてしまったか』
 彩は眼を覚ますと、そこがいつものベッドでは無いことに気付く。しかし暖かく、特別吃驚もしなかった。どこか落ち着く、優しい腕。大きな腕の中に抱かれていた。
「……誰?」
 天才の脳も、寝起きでは動かない。眼を擦りながら彩は、その『赤眼』『灰髪』『角付き』の、精悍な顔付きの青年へ訊ねた。
 彩に動揺は無かった。その異形の顔は、死んだ部下と同じであったから。
 アビスは少し考え、王ではなく、個人の名を訊かれたのだと判断した。
『……名は″流星(ランス)″』
「ランス……さん」
 思い締めるように、彩は復唱した。どこか無意識の内に、勘づいているのだろう。
『お前の夫となる者の名だ』
「…………やっと、会えたね」
 月が降り始め、明星が僅かに顔を出した夜明け前。闇夜に舞う黒煙の腕の中。
 よく晴れた夜空と、優しげな赤い瞳を余韻に残し、彩は安心したように再び夢の世界へ微睡んでいった。




ーー補足説明⑩ーー
 因みにランスはサブリナ達の父親ではありません。アビスがラウムを滅ぼした当時はまだ幼い王子でした。
 そして最悪の男が復活。復活というか、別人ではあるのですが。ヒーローは不滅である。
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