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第11話「戦場」
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アクアリウス王は、民に、世界に。こう唱えていた。
『私達星海の民は世界の水を管理するために生まれてきた』
だが周辺国からは、独占と見なされている。それは長い歴史の中で、皆が忘れてしまったからだ。
『星海の民』というものの存在と実績を。死の海に囲まれたこの大陸で、彼らの働きでどれだけの人々が救われたか。
『水』という存在の大きさを、再確認させる言葉である。
☆
「姫様、もう大丈夫だ」
「うわあぁぁん!アルファ!」
アルファの呼び掛けでステラは柱の陰から出てくる。
雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アルファへ飛び込んだ。
「……っ!」
アルファの顔が苦痛に歪んだ。
「! アルファ!腕が!」
「……!だ、大丈夫。こんなの……!」
「駄目!えっと、そうだ!水!」
ステラは覚えていた。自分が怪我を治す水を作り出せる事を。幸い、雨が降っているので水には困らなかった。
「腕を出して!」
口一杯に雨水を含み、アルファの腕へ吹き掛ける。
だが傷は深く、アニータが自分でやった時の様には治癒しなかった。
「……!!」
「いいよ、大丈夫。ありがとう姫様」
アルファが怪我のしていない左手でステラの頭を撫でる。
「……ぅ……!」
アルファはステラと目を合わせる。ステラの顔はまだぐしゃぐしゃだった。
「……アニータが……!」
「……ああ……」
「死んじゃった……!」
「だけど、その仇は取った」
「ぅん……うん……!」
ステラは号泣した。それを片腕で抱くアルファの目にも、零れ落ちるものがあった。
「……(ま、今回は見なかった事にするか)」
ユミトは振り返り、正門の方を見た。
「……しかし、ここまで敵の侵入を許すとは、フォーマルハウトは何をやってんだ」
☆
王宮の正門。戦場となったそこでは、どちらが優勢かと言えば……この局面だけを見れば、アクアリウス側だった。
「……!!」
「ぐはぁ!」
「ぎゃあ!」
次々と吹き飛ばされる甲冑兵。その渦中に、ひとりの『水装士』が居た。
「……何人たりとも、ここを通さんっ!」
一際大きな身体、身の丈程の槍、『水装』とは思えないほど分厚い鎧。
彼こそが『水将』フォーマルハウト・グラディウスである。
「……くそっ!鉄の甲冑がこれじゃ意味無いぞ!」
「指示をくれ!協力者殿はどこへ行った!?」
甲冑兵達は混乱していた。指揮を執る者がこの場に居ないのだ。
「覚悟っ!」
「うわわっ!」
フォーマルハウトが甲冑兵へ槍を振るう。
「!」
しかしそれは、爆音と共に防がれた。
「なんだ……!?槍が弾かれた!?」
「……! 協力者殿!」
フォーマルハウトは前方へ注意を向ける。
そこには子供が居た。
「……は?」
黒いローブを引き摺る少女だった。
「助かりました!ムニン殿!」
それを見るや甲冑兵は這い這いの体でフォーマルハウトから離れる。
「……フギンは?」
「……先程、王宮へ侵入する、とここを離れられました」
「……うるさい」
「えぇ!」
ムニンはフードを脱ぎ、ローブの中から弾丸を取り出して『火器』に装填する。
「甲冑がある分普通の『水装』使いには負けない。あのおっきい人は私がやるから、さっさと正門を突破して」
「……は……はっ!了解であります!」
甲冑兵達はフォーマルハウトから離れた。
正門からやや離れた位置に、ふたりは向き合う。
「……子供なぞ相手にならん。さっさと避難しろ」
「うるさい」
「!」
次の瞬間。フォーマルハウトの手から大槍が吹き飛んだ。
「!! ……!?なに……!」
大槍は遠くまで飛ばされ、フォーマルハウトの手に穴が空いた。
「ぐぅっ!貴様……!」
「私はコルヴォやフギンみたいに撃つのに躊躇いは無い。殺しを楽しみも。……撃てば、どんなうるさい奴も静かになるから」
フォーマルハウトは腰に差してある剣を抜いた。ムニンも、今度はフォーマルハウトの身体に『火器』を向ける。
「容赦せんぞ……!」
「こっちの台詞」
☆
アクアリウスは女性君主で、女系王政である。
『星海の姫』が女王となる時、姫は夫を『星海の民』から選ぶ。
夫は国王となり、国政の内軍事を担当する。よって歴代国王の多くは『水装士』である。
ステラとアルファが『泉の街』を旅立つ際に『水将候補』を迎える儀式をした様に、『星海の姫』が王を迎える時にも儀式を行う。
『水将』は姫に忠誠を誓い、王は女王に愛を誓うのだ。
アステイル・ガニュメーデスも、女王エストレーリャに愛を誓った。彼はエストレーリャの姉が『星海の姫』であった時の『水将候補』であった。
「…………」
その儀式が行われる、王宮の地下、『宝瓶の間』。
アステイルはそこで、ひとり祈りを捧げていた。神にではない。
『水』にである。
「陛下!ご避難を!」
地下から出たアステイルに、『水装士』のひとりが駆け付ける。
王宮内からは雨が見え、正門から怒号も聞こえる。
「私は王である前に『水装士』。護るべき妻が逃げぬ以上、どうして私だけ避難できようか」
「……!」
「私は武人だ。いざとなれば私も出て、フォーマルハウトと共に戦おう。『水装』の用意をしておけ」
「……!ならばもう何も言いません。戦況は逐一お伝えします」
「それで良い」
「それでは陛下ーーーー」
『水装士』が何かを言いかけたが、その言葉は続かなかった。
「ーーーー!!」
そのまま彼は地に伏せた。
「なっ……!」
「はいチェックメイト」
「!!」
アステイルの背後から、こめかみに鉄の塊が突き付けられた。
「……!!」
「うん。やっぱ先制攻撃は有効だね。『火器』の正しい使い方だ」
「……『ネヴァン商会』……!どうやってここへ……!」
「表の甲冑兵を相手にするには、王都の兵だけじゃ足りなかったろ?そりゃ王宮内は手薄になるよな」
「!!」
「1ヶ月じゃ地方の兵も集まり切らない。だろ?」
「……何が望みだ……。水か?」
「いやぁ……はっはっは」
苦しそうに睨み付けるアステイルに、その黒衣の男は嬉しそうに笑った。
「あんたには実は用は無いんだ」
無慈悲な爆音が王宮に鳴り響いた。
☆
「ステラ王女」
「……ひっく……ん……」
王宮の西庭。
未だ泣き止まないステラの前に、ユミトが跪く。
「誰?」
「ユミト・レイピア。『宮廷技師』です。愚息がお世話になっております」
「……アルファのお父様?」
「ああ」
ステラはアルファから離れ、ユミトへ向き直った。
涙を袖で拭こうとしたが、雨に打たれているのであまり変わらなかった。
「……ぐすっ。えっと……ごご苦労様……じゃなくて、あれ……」
「いいよ姫様。今はそんなのはいい。早く『宝瓶』に行かないと。それとも女王様が先?」
アルファは服を千切り、応急処置として右腕に巻いた。
「そうだな。戦況的にはこっちが押してると思う。まずは姫……違う女王の元へステラ姫をお連れしよう」
そんな時だった。
☆
ーー
「静まれ!戦士達よ!静まれ!」
ーー
「!なんだ?」
何処からか声が聞こえた。大きな声だ。拡声器を使っている。
ーー
「武器を下ろせ!アクアリウスの『水装士』よ!」
ーー
その声は、戦場に居て何処からでも聞こえる位置。何処からでも見える位置からしていた。
「……上か!」
それはアルファ達からも見えていた。
ーー
「これを見ろ!」
ーー
「……あれは……!!」
その人物は、王宮の屋根の上に居た。その人物は、手にあるものを掲げていた。その人物は……。
黒衣を身に纏っていた。
「アクアリウスの『水装士』達よ!お前達の王は死んだ!」
その手には、アステイルの首が掲げられていた。
『私達星海の民は世界の水を管理するために生まれてきた』
だが周辺国からは、独占と見なされている。それは長い歴史の中で、皆が忘れてしまったからだ。
『星海の民』というものの存在と実績を。死の海に囲まれたこの大陸で、彼らの働きでどれだけの人々が救われたか。
『水』という存在の大きさを、再確認させる言葉である。
☆
「姫様、もう大丈夫だ」
「うわあぁぁん!アルファ!」
アルファの呼び掛けでステラは柱の陰から出てくる。
雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アルファへ飛び込んだ。
「……っ!」
アルファの顔が苦痛に歪んだ。
「! アルファ!腕が!」
「……!だ、大丈夫。こんなの……!」
「駄目!えっと、そうだ!水!」
ステラは覚えていた。自分が怪我を治す水を作り出せる事を。幸い、雨が降っているので水には困らなかった。
「腕を出して!」
口一杯に雨水を含み、アルファの腕へ吹き掛ける。
だが傷は深く、アニータが自分でやった時の様には治癒しなかった。
「……!!」
「いいよ、大丈夫。ありがとう姫様」
アルファが怪我のしていない左手でステラの頭を撫でる。
「……ぅ……!」
アルファはステラと目を合わせる。ステラの顔はまだぐしゃぐしゃだった。
「……アニータが……!」
「……ああ……」
「死んじゃった……!」
「だけど、その仇は取った」
「ぅん……うん……!」
ステラは号泣した。それを片腕で抱くアルファの目にも、零れ落ちるものがあった。
「……(ま、今回は見なかった事にするか)」
ユミトは振り返り、正門の方を見た。
「……しかし、ここまで敵の侵入を許すとは、フォーマルハウトは何をやってんだ」
☆
王宮の正門。戦場となったそこでは、どちらが優勢かと言えば……この局面だけを見れば、アクアリウス側だった。
「……!!」
「ぐはぁ!」
「ぎゃあ!」
次々と吹き飛ばされる甲冑兵。その渦中に、ひとりの『水装士』が居た。
「……何人たりとも、ここを通さんっ!」
一際大きな身体、身の丈程の槍、『水装』とは思えないほど分厚い鎧。
彼こそが『水将』フォーマルハウト・グラディウスである。
「……くそっ!鉄の甲冑がこれじゃ意味無いぞ!」
「指示をくれ!協力者殿はどこへ行った!?」
甲冑兵達は混乱していた。指揮を執る者がこの場に居ないのだ。
「覚悟っ!」
「うわわっ!」
フォーマルハウトが甲冑兵へ槍を振るう。
「!」
しかしそれは、爆音と共に防がれた。
「なんだ……!?槍が弾かれた!?」
「……! 協力者殿!」
フォーマルハウトは前方へ注意を向ける。
そこには子供が居た。
「……は?」
黒いローブを引き摺る少女だった。
「助かりました!ムニン殿!」
それを見るや甲冑兵は這い這いの体でフォーマルハウトから離れる。
「……フギンは?」
「……先程、王宮へ侵入する、とここを離れられました」
「……うるさい」
「えぇ!」
ムニンはフードを脱ぎ、ローブの中から弾丸を取り出して『火器』に装填する。
「甲冑がある分普通の『水装』使いには負けない。あのおっきい人は私がやるから、さっさと正門を突破して」
「……は……はっ!了解であります!」
甲冑兵達はフォーマルハウトから離れた。
正門からやや離れた位置に、ふたりは向き合う。
「……子供なぞ相手にならん。さっさと避難しろ」
「うるさい」
「!」
次の瞬間。フォーマルハウトの手から大槍が吹き飛んだ。
「!! ……!?なに……!」
大槍は遠くまで飛ばされ、フォーマルハウトの手に穴が空いた。
「ぐぅっ!貴様……!」
「私はコルヴォやフギンみたいに撃つのに躊躇いは無い。殺しを楽しみも。……撃てば、どんなうるさい奴も静かになるから」
フォーマルハウトは腰に差してある剣を抜いた。ムニンも、今度はフォーマルハウトの身体に『火器』を向ける。
「容赦せんぞ……!」
「こっちの台詞」
☆
アクアリウスは女性君主で、女系王政である。
『星海の姫』が女王となる時、姫は夫を『星海の民』から選ぶ。
夫は国王となり、国政の内軍事を担当する。よって歴代国王の多くは『水装士』である。
ステラとアルファが『泉の街』を旅立つ際に『水将候補』を迎える儀式をした様に、『星海の姫』が王を迎える時にも儀式を行う。
『水将』は姫に忠誠を誓い、王は女王に愛を誓うのだ。
アステイル・ガニュメーデスも、女王エストレーリャに愛を誓った。彼はエストレーリャの姉が『星海の姫』であった時の『水将候補』であった。
「…………」
その儀式が行われる、王宮の地下、『宝瓶の間』。
アステイルはそこで、ひとり祈りを捧げていた。神にではない。
『水』にである。
「陛下!ご避難を!」
地下から出たアステイルに、『水装士』のひとりが駆け付ける。
王宮内からは雨が見え、正門から怒号も聞こえる。
「私は王である前に『水装士』。護るべき妻が逃げぬ以上、どうして私だけ避難できようか」
「……!」
「私は武人だ。いざとなれば私も出て、フォーマルハウトと共に戦おう。『水装』の用意をしておけ」
「……!ならばもう何も言いません。戦況は逐一お伝えします」
「それで良い」
「それでは陛下ーーーー」
『水装士』が何かを言いかけたが、その言葉は続かなかった。
「ーーーー!!」
そのまま彼は地に伏せた。
「なっ……!」
「はいチェックメイト」
「!!」
アステイルの背後から、こめかみに鉄の塊が突き付けられた。
「……!!」
「うん。やっぱ先制攻撃は有効だね。『火器』の正しい使い方だ」
「……『ネヴァン商会』……!どうやってここへ……!」
「表の甲冑兵を相手にするには、王都の兵だけじゃ足りなかったろ?そりゃ王宮内は手薄になるよな」
「!!」
「1ヶ月じゃ地方の兵も集まり切らない。だろ?」
「……何が望みだ……。水か?」
「いやぁ……はっはっは」
苦しそうに睨み付けるアステイルに、その黒衣の男は嬉しそうに笑った。
「あんたには実は用は無いんだ」
無慈悲な爆音が王宮に鳴り響いた。
☆
「ステラ王女」
「……ひっく……ん……」
王宮の西庭。
未だ泣き止まないステラの前に、ユミトが跪く。
「誰?」
「ユミト・レイピア。『宮廷技師』です。愚息がお世話になっております」
「……アルファのお父様?」
「ああ」
ステラはアルファから離れ、ユミトへ向き直った。
涙を袖で拭こうとしたが、雨に打たれているのであまり変わらなかった。
「……ぐすっ。えっと……ごご苦労様……じゃなくて、あれ……」
「いいよ姫様。今はそんなのはいい。早く『宝瓶』に行かないと。それとも女王様が先?」
アルファは服を千切り、応急処置として右腕に巻いた。
「そうだな。戦況的にはこっちが押してると思う。まずは姫……違う女王の元へステラ姫をお連れしよう」
そんな時だった。
☆
ーー
「静まれ!戦士達よ!静まれ!」
ーー
「!なんだ?」
何処からか声が聞こえた。大きな声だ。拡声器を使っている。
ーー
「武器を下ろせ!アクアリウスの『水装士』よ!」
ーー
その声は、戦場に居て何処からでも聞こえる位置。何処からでも見える位置からしていた。
「……上か!」
それはアルファ達からも見えていた。
ーー
「これを見ろ!」
ーー
「……あれは……!!」
その人物は、王宮の屋根の上に居た。その人物は、手にあるものを掲げていた。その人物は……。
黒衣を身に纏っていた。
「アクアリウスの『水装士』達よ!お前達の王は死んだ!」
その手には、アステイルの首が掲げられていた。
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