ネフィリム・エスカトロジー

弓チョコ

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第1章:不思議な妹

第6話 ホームセンター「天国と地獄」

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 お母さまから、聞き及んでいる。
 私達のお兄さまについて。

 とても、心優しいお人だと。

 例えば誰かを助けることに。救うことに。
 何も躊躇わずに行動を為せる人だと。

 倒れている人を見れば当然のように、野次馬を押し退けて治療しようとし。
 バッグを無くしたと言えば当然のように、必死に探してくれた。

 突然現れた妹をふたり、預かれと言われて。
 当然のように、文句のひとつも言わずに受け入れてくれた。

 あの数時間で既に、私達は理解と確信をしていた。
 この人こそ、間違いなく私達のお兄さまだと。

 あの狭い部屋に。笑顔で迎え入れてくれた。

「セレネ」
「……ぐすっ。分かっでる」

 そんな人の作るスクランブルエッグが。
 美味しくない訳が無いのに。

「私達のせいだよ」
「分かってるってば……」

 まだ。まだまだ。
 私達とお兄さまは、出会って間もないから。
 セレネが泣いてしまうのも仕方が無いけれど。

「……戻って、来るかな。フミ兄」
「お兄さまはアルテ達みたいに子供じゃないんだから大丈夫」

 これまで築いてこれなかった兄妹の関係は。
 これから築いていけば良い。

「ちゃんと謝れる?」
「……頑張る」

——

——

「……ただいま」
「フミ兄っ!」
「うわっ」

 玄関でちょっとだけ深呼吸して。ドアを開けた。
 瞬間、セレネが飛び込んできた。危ない。キャッチミスるとこだった。

「うわああん! ごめんなさいぃ!」
「わっとっと。セレネ」
「うわああん!」

 涙と鼻水でぐしょぐしょの顔面を俺の胸に擦り付ける。どうしたってんだ。

「…………」

 肩を抱いて、良いのだろうか。
 頭を撫でて、良いのだろうか。

 世の兄はこの場合どうしてるんだ?

「お兄さま」
「!」

 部屋の奥から、アルテの声がした。
 見ると、にっこりと笑って頷いていた。

 俺の、どうしようか微妙なポジションにある両手を見たんだ。

「…………っ」

 肩を抱いて頭を撫でた。さらさらの髪だ。染めてない、地毛の金髪。

「フミ兄ぃぃぃ……」
「よしよし。ごめんな。俺が悪かったよセレネ」
「違うの! わたしが! わたしがぁぁ……」
「よしよし」
「ふみゅ」

 どうやら、俺が心配するような大事じゃなかったらしい。美裟の言う通りだ。
 あいつにもお礼しないとな。

——

 セレネを撫でながら部屋へ戻る。どうやらスクランブルエッグはふたりとも完食してくれたらしい。ていうかあれじゃ足りないよな。

「そうだ。今日は買い物でも——」
「お兄さま」
「ん?」
「アルテにも、欲しいです」
「何を?」

 俺は今、右手でセレネを撫でている。
 空いている左手を、アルテに奪われた。

「……セレネだけずるいです」

 小さな口を尖らせて、そう言った。

「…………ああ。悪かった」

 アルテも撫でた。

「……いえ。先程は生意気なことを言ってごめんなさい。お兄さま……」

 まるで小動物……は失礼だけど。
 気持ち良さそうに、嬉しそうに撫でられるふたりを見るとなんか。

 俺まで嬉しくなってくる。

——

 さて。
 いつまでも撫でている訳にはいかない。セレネが中々離れず、つられてアルテまでしがみついてきて。大変だったが。
 ふたりは、不安で仕方ないんだ。たったふたりで、母親と別れて、外国に来て。

 俺がしっかりしないと。

「色々と必要な物があるな。買い物だ」
「お買い物!」

 目を輝かせたのはセレネ。

「服はあります。というか、服くらいしか生活用品を持ってきていませんが……」
「まあ、取り敢えずホームセンターに行こう」

 暮らしのことならホームセンターだ。
 来ただけでちょっとわくわくするのは俺だけだろうか。

——

「あれっ? お兄さま、お車持ってるんですか」
「まあな。軽だけど」

 アパートの裏にある駐車場へやってきた。俺が車を持ってることが不思議なようだ。

 金はな。
 まあ、ある。大きな声では言えないけど。あの『病院』での協力の報酬があるんだ。それくらいは賄えるくらいの額が。
 免許は夏休みに取った。部活とかやってないからな。
 車があると何かと便利なんだ。今日みたいな大きな買い物でも帰りに困らずへっちゃらだしな。

「じゃあなんで昨日タクシーだったの?」
「学校の帰りでそのまま電車に乗ったからな。ウチには寄ってないんだ」

 ともあれ、乗り込む。運転席に勿論俺。

「あっ! アルテ待って!」
「なに?」
「わたしがフミ兄の隣座りたい!」

 助手席に乗ろうとしたアルテを、セレネが止めた。

「私もお兄さまの隣に座りたいの。早い者勝ちよ」
「ずるい~!」

 困った。
 こういう場合、世の兄はどうしてるんだ?

「セレネ」
「フミ兄! フミ兄はどっち——」
「じゃあ、帰りは俺の隣だ」
「!」
「行きは、アルテに譲ってやってくれよ。順番でさ」
「…………分かった」
「ありがとう」

 ありゃ。
 もう少し駄々をこねると思ったんだけど。
 意外と素直に聞いてくれた。

「絶対だからね! アルテ!」
「はいはい」

 ていうか、ナチュラルに助手席座ろうとしたアルテもアルテで凄いよな……。なんていうか、計算高い? はちょっと違うかもしれないけど。
 冷静で、常に落ち着いた様子のアルテ。10歳とは思えない立ち回りだ。今朝のミルクの件だって。お互い時間を置いて、気持ちの整理ができたら謝りましょう。そんな気遣いの言葉だった訳だよな。
 このふたり、何者なんだ……?

「まあすぐだ。10分くらいだよ」
「はい。お願いします」
「……でさ」
「はい?」

 言おうか言わずか悩んだんだが。やっぱり気になる。

「もしかして持ってきた服、全部その修道服だったりする?」
「はい」

 即答。マジかよ……。
 小さなシスター姉妹を連れる男。
 俺は何者なんだ……。

——

「ここが! ジャパニーズホームセンター!」

 高い天井。広すぎる箱の中。セレネが両手を広げて叫んだ。
 テンションMAXだ。

「取り敢えず、欲しいもん——じゃなかった。『必要なもん』を入れてくれ。俺も適当に見ていくけど。あっ。はぐれたらそこのベンチか、最悪駐車場な。時計は読めるか?」
「もっちろん! 行くよ、アルテ!」
「あっ。ちょっ。……もう」

 走り去るセレネ。
 アルテは俺の方をちらりと見る。

「行ってきな。でも商品棚とか倒さないように。どんなに迷っても、1時間後にこの南出口で」
「……はいっ。セレネー! 待ってよー!」

 どうやらわくわくするのは俺だけじゃなくて、俺の家系だったようだ。

 あっという間に行ってしまった。遊園地感覚だな。修道服で駆けずり回るのはちょっと良くない気もするけど。

 さて、俺も俺で要りそうなものを探すか。歯ブラシとか、コップとか、その辺だよな。

「はいっ! 歯ブラシ!」
「わっ」
「あははー!」

 セレネがにゅっと現れて、商品を俺の持つカートにシュート。
 また商品棚の森に消えた。

「はいっ。お箸」
「わっ。今度はアルテか」
「練習したいです。ではっ」

 続いてアルテも、ふたり分の可愛いキャラクター柄の箸をシュートしにきて、また消えた。
 神出鬼没。

 楽しそうだなあ。

——

「はいっ! 可愛い靴下見付けたっ!」
「はいっ。このカバン欲しいですっ」
「はいっ! なんかよくわかんないやつ!」
「はいっ。そういえば無かったので、ヘアピンですっ」
「はいっ!」
「はいっ」

 …………。
 なんか。なんとなく。
 運動会を、思い出す買い物だった。
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