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第9章:父親と夫婦
第95話 新生
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翌日。
文月達が金星へ着陸して、愛月の訃報から1週間が経った。
『多少遅れるが、部隊を天界へ派遣することになった。戦闘員100名と兵站能力者10名だ』
「兵站、能力者……?」
カエルムが戻ってきたのだ。彼ひとりだけではあるが、剣と鎧を身に付けていた。
『ああ。地上や月の兵とは違う。我々に補給は必要ない。全て、我々で自己完結している。必要なのは寝床くらいだが、手頃な場所を拓いて夜営させてもらおう』
「…………分かった」
『フミツキ。お前は軍事や政治に明るいか?』
「えっ?」
『お前がアヅキを継ぐのなら。お前がこれから、この島の人員全ての「責任者」となる。そして、これから行おうとしているのは「戦争」だ。今のお前に、組織運営や戦争行為の知識は充分にあるのか?』
「……!!」
鋭い視線が突き刺さる。
そんなもの。高校を卒業したばかりの。『奇跡』以外は全て平均的な能力の文月に。
ある訳がない。
「……無い。だから、父さんに教えて欲しい」
『勿論だ。お前には「グリゴリ」メンバーの約半数の部隊を、当然お前の名義で貸し出すのだから。私の息子として恥の無い知識は最低限身に付けて貰う』
「!」
カエルムがグリゴリに於いてどれほどの地位に居るのかは分からないが。
その言葉は脅しのように思えて。
その実、『父親』としての側面が見えたと、文月は思った。
『……19年放っておいて何を今更、と思うかもしれんが』
「いや。ありがとう。お願いします」
——
——
島を降りる者は居なかった。
通常の組織であれば、一定数出てきてもおかしくはないのだが。『夜』は愛月を中心とした、彼女を熱狂的に慕う、言わば『信者』の集まりのようなものだった。
その信者からすれば。アルテが車椅子に座っているのを見ると『愛月の後継だ』という観念に囚われるのだ。
「お嬢様! こんにちは!」
「はい。こんにちは」
「アルテお嬢様!」
「はい」
これが、アルテの『策』だった。ひとつのシンボルとして、『車椅子』と。それに座る『前リーダーの娘』を提案した。フランソワにとっては思うところがあるが、反対はされなかった。
文月の言葉だけでは従えられないと分かっていたのだ。そしてその策は、大いに効果を発揮した。
「なんか、俺より人気じゃないか」
「そりゃあ、女の子ですから」
「えぇ……」
アルテも嬉しそうだった。皆に慕われることもそうだが、何より兄の役に立てていることが。
「おっと」
「…………気を付けて、くださいね」
ふと、アルテの頭を撫でようとして。
はっとして、その手を瞬時に引っ込めた。
「すまん……」
しかしその代わりに。
文月は、アルテの脚を治せない。
つまり彼は、アルテに触れることができない。
アルテは、大好きな兄に撫でて貰うことができなくなったのだ。
「なあ、別に車椅子に座ってれば良いんだから、治しても良いんじゃないか」
「…………駄目です。そんなの、騙しじゃないですか」
「……分かった」
アルテが、拒絶したのだ。誰より撫でて欲しいと願う彼女から。
大好きな兄に。触れるなと。
寂しさの込められた笑顔で。
「全部終わったら。思い切り撫でて貰いますから」
「ああ。ハゲるまで撫でる」
「それはやめてください」
——
——
ルシファーからの音沙汰はまだ無い。まだしばらく、金星に滞在するようだ。
文月は、カエルムの『授業』の合間に島を回ろうと考えた。自分が率いていく組織の全貌を知らなければならないと考えたからだ。
やってきたのは厨房。そしてその奥にある食糧庫だ。
「リーさん、居るかな」
「文月様。リー様は奥で『生産業務』中です。ディアナお嬢様とセレスティーネお嬢様もご一緒に」
「ディアナちゃんとセレネが?」
フランソワの案内で、城の地下へとやってくる。小さい灯りがぽつぽつとあるのみで、全体的に薄暗い道を進む。
「ん? なんだフミ坊か」
「リーさん! (フミ坊?)」
その先には巨大な地下空間が広がっていた。まるで大型デパートの地下駐車場のように天井も高く、城にある講堂よりずっと広い、少し肌寒い空間だった。
そこにはやはりリーと、そしてディアナとセレネが居た。ついでに何故かアレックスも居た。
「どうしたこんな所に。迷った訳でもねえだろ」
「いや。……メンバーの『業務』は全部目で見て把握しないとなと思って」
「……なるほどなあ」
リーは、食糧を産み出す『奇跡』を持っている。その力を以て組織内の全ての食糧を賄っている。
九歌島が着陸する度に人数が増えていくのだ。兵を増やすなら、まずはここの管理をきちんとしなければならない。
「今ぁ、丁度その話だ」
「え?」
「愛ちゃんが月で500人増やしたからなあ。そろそろ備蓄が尽きる頃だった。見ろフミ坊。ここが倉庫だが、すっからかんだろ」
「!」
広い空間、と感じたが。
食糧が無いだけであった。
「そこで。わたし考えたんだよ。ディア姉にも手伝って貰って。『奇跡』と魔術を掛け合わせて、爆発的に食糧を産み出す方法を」
「!」
セレネが手を挙げて発表した。もう、母の死から立ち直ったようだ。それよりも、文月より先に既に行動を起こしていた。新しい『夜』の為の行動を。
「『九歌島』の宇宙魔術と、こっちの魔術でまた少し忙しくなっちゃうけど。交代制で回して行けば、食糧問題も解決しそう。……あっ。お兄ちゃんとリーさんの負担も増えるけど」
ディアナが説明する。現在は『宇宙魔術』の維持とその『罰』の治療に文月の『奇跡』を使っているが。これからはそれに加えてこの『食糧魔術』への治療も必要になるとのことだ。
「全然平気だ。すぐにウゥルペスと魔女達に伝えてくるよ」
「あ。それはもう打診してる」
「そう?」
「オイラも問題ねえ。戦えねえからこれくらいしか仕事ねえしな」
「無理せず、きつかったら言ってくださいね」
「言ったところで、オイラがやらねえと食糧問題は解決しねえよ」
「あはは。確かに……」
「フミ坊」
「!」
リーは愛月の死に何を思うのか。それはまだ測れない。彼と今まで、接点が無かったからだ。
だがこれからはそうは行かない。文月はもう、『夜』の。この人達のリーダーなのだから。
「いきなし、あんま背負い込むな。『若いボス』はそれで潰れがちだ」
「…………ありがとう」
リーは、愛月が最初にスカウトした人物だ。最も付き合いが長い者と言える。それは軍事組織に於いての食糧の重要性ということだけではなく、彼らの間にはきちんと信頼関係が結ばれているということだ。
彼からしても、文月は自分の子か甥のように見えているのだろう。
——
セレネとディアナはまだ少し細かい打ち合わせがあるようだった。文月とアレックスが、地下から戻ってくる。
「…………昔を思い出してしまいました」
「?」
そう言えば何故アレックスはあの場に居たのか。発言もせず、じっとセレネ達を見ていた。
「いえ。……お嬢様方が心配で少し様子を見ていたのですが……立派になられました」
「そうなのか?」
「ええ。まるで……少し前までの『愛月様』と『ソフィア様』のように。それぞれの分野で活躍を」
「!」
メンバーの求心と団結を、絶大なカリスマを持つ愛月が。
組織運営の為の魔術研究を、天才魔女であるソフィアが。
それぞれ行っていたのだと言う。
今のアルテとセレネは、正にそれをもう一度見ているようだと。
「……宇宙魔術も、本来はソフィアさんが」
「ええ。そのつもりだったと思います。しかし、おふたりへの『罰』がそれを許しませんでした」
アレックスとは、少し蟠りのようなものがあるかと案じていた文月だが。
彼は真に、『夜』を想っていただけなのだ。心から仕えていた愛月の、遺した組織を。
「……愛月様の時代は終わったのですね」
「…………ああ。次へ先へ。俺達は進むよ」
「お供いたしますとも」
「頼むよ」
新生『夜』は、愛月の子供達を中心に動き出した。
文月達が金星へ着陸して、愛月の訃報から1週間が経った。
『多少遅れるが、部隊を天界へ派遣することになった。戦闘員100名と兵站能力者10名だ』
「兵站、能力者……?」
カエルムが戻ってきたのだ。彼ひとりだけではあるが、剣と鎧を身に付けていた。
『ああ。地上や月の兵とは違う。我々に補給は必要ない。全て、我々で自己完結している。必要なのは寝床くらいだが、手頃な場所を拓いて夜営させてもらおう』
「…………分かった」
『フミツキ。お前は軍事や政治に明るいか?』
「えっ?」
『お前がアヅキを継ぐのなら。お前がこれから、この島の人員全ての「責任者」となる。そして、これから行おうとしているのは「戦争」だ。今のお前に、組織運営や戦争行為の知識は充分にあるのか?』
「……!!」
鋭い視線が突き刺さる。
そんなもの。高校を卒業したばかりの。『奇跡』以外は全て平均的な能力の文月に。
ある訳がない。
「……無い。だから、父さんに教えて欲しい」
『勿論だ。お前には「グリゴリ」メンバーの約半数の部隊を、当然お前の名義で貸し出すのだから。私の息子として恥の無い知識は最低限身に付けて貰う』
「!」
カエルムがグリゴリに於いてどれほどの地位に居るのかは分からないが。
その言葉は脅しのように思えて。
その実、『父親』としての側面が見えたと、文月は思った。
『……19年放っておいて何を今更、と思うかもしれんが』
「いや。ありがとう。お願いします」
——
——
島を降りる者は居なかった。
通常の組織であれば、一定数出てきてもおかしくはないのだが。『夜』は愛月を中心とした、彼女を熱狂的に慕う、言わば『信者』の集まりのようなものだった。
その信者からすれば。アルテが車椅子に座っているのを見ると『愛月の後継だ』という観念に囚われるのだ。
「お嬢様! こんにちは!」
「はい。こんにちは」
「アルテお嬢様!」
「はい」
これが、アルテの『策』だった。ひとつのシンボルとして、『車椅子』と。それに座る『前リーダーの娘』を提案した。フランソワにとっては思うところがあるが、反対はされなかった。
文月の言葉だけでは従えられないと分かっていたのだ。そしてその策は、大いに効果を発揮した。
「なんか、俺より人気じゃないか」
「そりゃあ、女の子ですから」
「えぇ……」
アルテも嬉しそうだった。皆に慕われることもそうだが、何より兄の役に立てていることが。
「おっと」
「…………気を付けて、くださいね」
ふと、アルテの頭を撫でようとして。
はっとして、その手を瞬時に引っ込めた。
「すまん……」
しかしその代わりに。
文月は、アルテの脚を治せない。
つまり彼は、アルテに触れることができない。
アルテは、大好きな兄に撫でて貰うことができなくなったのだ。
「なあ、別に車椅子に座ってれば良いんだから、治しても良いんじゃないか」
「…………駄目です。そんなの、騙しじゃないですか」
「……分かった」
アルテが、拒絶したのだ。誰より撫でて欲しいと願う彼女から。
大好きな兄に。触れるなと。
寂しさの込められた笑顔で。
「全部終わったら。思い切り撫でて貰いますから」
「ああ。ハゲるまで撫でる」
「それはやめてください」
——
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ルシファーからの音沙汰はまだ無い。まだしばらく、金星に滞在するようだ。
文月は、カエルムの『授業』の合間に島を回ろうと考えた。自分が率いていく組織の全貌を知らなければならないと考えたからだ。
やってきたのは厨房。そしてその奥にある食糧庫だ。
「リーさん、居るかな」
「文月様。リー様は奥で『生産業務』中です。ディアナお嬢様とセレスティーネお嬢様もご一緒に」
「ディアナちゃんとセレネが?」
フランソワの案内で、城の地下へとやってくる。小さい灯りがぽつぽつとあるのみで、全体的に薄暗い道を進む。
「ん? なんだフミ坊か」
「リーさん! (フミ坊?)」
その先には巨大な地下空間が広がっていた。まるで大型デパートの地下駐車場のように天井も高く、城にある講堂よりずっと広い、少し肌寒い空間だった。
そこにはやはりリーと、そしてディアナとセレネが居た。ついでに何故かアレックスも居た。
「どうしたこんな所に。迷った訳でもねえだろ」
「いや。……メンバーの『業務』は全部目で見て把握しないとなと思って」
「……なるほどなあ」
リーは、食糧を産み出す『奇跡』を持っている。その力を以て組織内の全ての食糧を賄っている。
九歌島が着陸する度に人数が増えていくのだ。兵を増やすなら、まずはここの管理をきちんとしなければならない。
「今ぁ、丁度その話だ」
「え?」
「愛ちゃんが月で500人増やしたからなあ。そろそろ備蓄が尽きる頃だった。見ろフミ坊。ここが倉庫だが、すっからかんだろ」
「!」
広い空間、と感じたが。
食糧が無いだけであった。
「そこで。わたし考えたんだよ。ディア姉にも手伝って貰って。『奇跡』と魔術を掛け合わせて、爆発的に食糧を産み出す方法を」
「!」
セレネが手を挙げて発表した。もう、母の死から立ち直ったようだ。それよりも、文月より先に既に行動を起こしていた。新しい『夜』の為の行動を。
「『九歌島』の宇宙魔術と、こっちの魔術でまた少し忙しくなっちゃうけど。交代制で回して行けば、食糧問題も解決しそう。……あっ。お兄ちゃんとリーさんの負担も増えるけど」
ディアナが説明する。現在は『宇宙魔術』の維持とその『罰』の治療に文月の『奇跡』を使っているが。これからはそれに加えてこの『食糧魔術』への治療も必要になるとのことだ。
「全然平気だ。すぐにウゥルペスと魔女達に伝えてくるよ」
「あ。それはもう打診してる」
「そう?」
「オイラも問題ねえ。戦えねえからこれくらいしか仕事ねえしな」
「無理せず、きつかったら言ってくださいね」
「言ったところで、オイラがやらねえと食糧問題は解決しねえよ」
「あはは。確かに……」
「フミ坊」
「!」
リーは愛月の死に何を思うのか。それはまだ測れない。彼と今まで、接点が無かったからだ。
だがこれからはそうは行かない。文月はもう、『夜』の。この人達のリーダーなのだから。
「いきなし、あんま背負い込むな。『若いボス』はそれで潰れがちだ」
「…………ありがとう」
リーは、愛月が最初にスカウトした人物だ。最も付き合いが長い者と言える。それは軍事組織に於いての食糧の重要性ということだけではなく、彼らの間にはきちんと信頼関係が結ばれているということだ。
彼からしても、文月は自分の子か甥のように見えているのだろう。
——
セレネとディアナはまだ少し細かい打ち合わせがあるようだった。文月とアレックスが、地下から戻ってくる。
「…………昔を思い出してしまいました」
「?」
そう言えば何故アレックスはあの場に居たのか。発言もせず、じっとセレネ達を見ていた。
「いえ。……お嬢様方が心配で少し様子を見ていたのですが……立派になられました」
「そうなのか?」
「ええ。まるで……少し前までの『愛月様』と『ソフィア様』のように。それぞれの分野で活躍を」
「!」
メンバーの求心と団結を、絶大なカリスマを持つ愛月が。
組織運営の為の魔術研究を、天才魔女であるソフィアが。
それぞれ行っていたのだと言う。
今のアルテとセレネは、正にそれをもう一度見ているようだと。
「……宇宙魔術も、本来はソフィアさんが」
「ええ。そのつもりだったと思います。しかし、おふたりへの『罰』がそれを許しませんでした」
アレックスとは、少し蟠りのようなものがあるかと案じていた文月だが。
彼は真に、『夜』を想っていただけなのだ。心から仕えていた愛月の、遺した組織を。
「……愛月様の時代は終わったのですね」
「…………ああ。次へ先へ。俺達は進むよ」
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「頼むよ」
新生『夜』は、愛月の子供達を中心に動き出した。
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