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説得
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明くる日の夜ー。
帰宅して、簡単に食事を済ませた私はいつもより早くシャワーを浴びると、手頃な両手なべに水と氷と何本かのビールを入れ、それを持って部屋へと上がった。
窓の外から風と共に、潮の香りを微かに感じた。
海が近いので、風向きによってはもっと強く感じる日もある。
星は見られなかった。
私はベットに腰をかけると携帯電話を傍らに置き、まずはとばかりに1本目の缶ビールを開けた。
午後八時まで、あと五分。
孝介から電話がかかってくるはずだ。
少し緊張はしているものの、気持ちの整理はついている。
自分なりに作戦も考えた。
あとは、彼をやる気にさせるだけだ。
いくら私が音頭をとっても、実際に行動するのは彼なのだ。
瀬村 直に全ての神経を集中させ、彼女の心を射止めるために全力を挙げさせねばならない。
と、思った瞬間に携帯の着信音が鳴った。
『孝介さん、僕です』
『ああ』
お互い短い言葉を交わした後、すぐに彼から例の手紙について質問があった。
昨夜の会話が尻切れとんぼになっていたので仕方ない。
どうして、あんな手紙を書いたのか?
再度聞かれた私は酔った勢いで書いたものだから特に意味はないとだけ伝え、それ以外は一切話さなかった。
これでいいだろう。
そんな事は、適当にごまかしておけばいい。
さて、次に彼が質問してきたのが、携帯電話の番号についてだった。
昨夜彼が言っていた通り、最初に見た時は本当にこれが電話番号なのかと疑ったそうだが、なるほどそれは無理もないことだった。
私は携帯電話の説明をして、今ではほとんどの人がそれを使っていることを話した。
彼は何度もすごいと言って、携帯電話に興味をよせていた。
ただし、スマートフォンだのインターネットだの、さらに詳しい事は伏せておくことにした。
説明しても、余計にややこしくなるだけだったからだ。
それから彼は少し間を置き、最大の関心事である未来ついて聞いてきた。
いよいよ来たかと、内心そう思った。
進学、恋愛、仕事、結婚・・・
少々興奮気味の彼から、矢継ぎ早に質問が飛び出してきた。
未来の自分と繋がっているのだ、知りたい気持ちはよく分かる。
しかし、それらの質問は全て想定内のこと。
私には、最初から彼の要望に応えるつもりなどまったくなかった。
そう、真実を話す気など微塵もないと言うことだ。
当たり前じゃないか。
過去の自分に、君はロクでもない大人になり、ポンコツな人生を送るのだ、なんてことを誰が言えるものか。
たとえそれが、事実であったとしてもだ。
おっと、いけない。
すっかり、彼のペースで話が進んでいる。
強引だが、ここら辺りで流れを変えよう。
『孝介、どこから電話をかけているんだ?』
『昨日と同じ電話ボックスからです』
『そこで電話をかけている人を見たことがあるか?』
『いえ、一度もないです』
『だろうな。
見かけたらぜひ教えてくれ』
まぁ、どうでもいい話だ。
とにかく本題に移ろう。
『孝介、大事な話があるから聞いてほしいんだ』
『はい?』
手に持っていた缶ビールを、イッキに飲み干した。
そしてー。
『孝介、君には好きな女の子がいるはずだ。
ずばり瀬村 直、そうだろ?』
えっ、と言って彼は言葉を詰まらせていた。
『どうして、彼女のことを?』
『簡単な話だ。
君は、俺だからだ』
『あっそっか、それはそうですね』
思わず二人で苦笑いする。
『だけど君はこの二年間ずっと彼女を好きでいるのに、未だに告白出来ずにいる。
このままでは、あっという間に卒業だ。
今ここで気持ちを伝えないと、一生後悔することになる。
そこで、俺が恋のアドバイザーになって、君をサポートしてやる。
二人で、瀬村 直の心を射止めようじゃないか』
えー、という声が受話器を伝って私の耳に響いた。
それは純粋な驚きというよりは、明らかに迷惑感丸出しのものに聞こえた。
『いいですよ、そんなの・・・』
『何がいいんだ、孝介。
一人じゃ、絶対告白しないだろうが。
それが分かってるから、俺が協力するって言ってるんじゃないか。
悪いようにはしない。
俺のこと信用してみないか?』
『でも、どうせ僕なんか相手にされませんよ、きっと』
彼の声が、一気にトーンダウンしたのが分かった。
当時の私は、いつもこうだった。
自信のないことには、必ずこの言葉を使って逃げて来た。
どうせ、僕なんか・・・
この言葉ほど自分を卑屈にし、他人を不快にさせるものもない。
まぁ、彼もいずれはそれに気付く時がやって来るのだが・・・
それはさて置きー。
私はやれやれと思いながらも、どうにか彼の尻を叩き続けた。
『どうせなんて言葉を使うんじゃない。
もっと自分に自信を持つんだ、孝介』
『そう言われても、どんな自信を持てばいいんですか?
勉強もスポーツも、中途半端に平均値をうろついている僕ですよ。
他に特技があるわけでもないし。
それに、三年から彼女とは別々のクラスになって、部活以外に接点がないんです。
その部活も、あと少しで終わってしまうし・・・』
『なるほど、君の言い分もよく分かる。
なにせ、俺は経験者だからね。
だから、支障のない程度に教えていくよ。
このあとの君と、瀬村 直との関わりを』
『本当ですか?』
彼の声に、ハリが出てきた。
いい感じだ。
『いいか、孝介。
これから秋までに、何度かのチャンスが訪れる。
俺がその都度君にアドバイスをするから、それに沿って行動してほしいんだ。
少ないチャンスをものにしていくためにね』
『・・・上手くいくでしょうか?』
『それは君しだいだ。
瀬村 直への想いが本物かどうか、全てはそれにかかってると思う。
好きなんだろ?
瀬村のことが』
『・・・好き、です』
『よし、その気持ちがあれば充分だ。
あとは行動あるのみ、いいな孝介』
『・・・はい、やってみます』
どこか頼りないが、取り敢えず彼も腹をくくったようだ。
さてさて、兎にも角にもこれで準備は整った。
この瞬間、十五歳の自分と五十歳の自分が、初恋の人の心を掴むためにペアを組んだのだ。
さあ、作戦を実行していこう。
最初のチャンスは、十日後に迫った市内卓球大会だ。
この中学最後の公式大会で、どれだけ成果を上げられるか?
全ては、彼の肩にかかっている。
帰宅して、簡単に食事を済ませた私はいつもより早くシャワーを浴びると、手頃な両手なべに水と氷と何本かのビールを入れ、それを持って部屋へと上がった。
窓の外から風と共に、潮の香りを微かに感じた。
海が近いので、風向きによってはもっと強く感じる日もある。
星は見られなかった。
私はベットに腰をかけると携帯電話を傍らに置き、まずはとばかりに1本目の缶ビールを開けた。
午後八時まで、あと五分。
孝介から電話がかかってくるはずだ。
少し緊張はしているものの、気持ちの整理はついている。
自分なりに作戦も考えた。
あとは、彼をやる気にさせるだけだ。
いくら私が音頭をとっても、実際に行動するのは彼なのだ。
瀬村 直に全ての神経を集中させ、彼女の心を射止めるために全力を挙げさせねばならない。
と、思った瞬間に携帯の着信音が鳴った。
『孝介さん、僕です』
『ああ』
お互い短い言葉を交わした後、すぐに彼から例の手紙について質問があった。
昨夜の会話が尻切れとんぼになっていたので仕方ない。
どうして、あんな手紙を書いたのか?
再度聞かれた私は酔った勢いで書いたものだから特に意味はないとだけ伝え、それ以外は一切話さなかった。
これでいいだろう。
そんな事は、適当にごまかしておけばいい。
さて、次に彼が質問してきたのが、携帯電話の番号についてだった。
昨夜彼が言っていた通り、最初に見た時は本当にこれが電話番号なのかと疑ったそうだが、なるほどそれは無理もないことだった。
私は携帯電話の説明をして、今ではほとんどの人がそれを使っていることを話した。
彼は何度もすごいと言って、携帯電話に興味をよせていた。
ただし、スマートフォンだのインターネットだの、さらに詳しい事は伏せておくことにした。
説明しても、余計にややこしくなるだけだったからだ。
それから彼は少し間を置き、最大の関心事である未来ついて聞いてきた。
いよいよ来たかと、内心そう思った。
進学、恋愛、仕事、結婚・・・
少々興奮気味の彼から、矢継ぎ早に質問が飛び出してきた。
未来の自分と繋がっているのだ、知りたい気持ちはよく分かる。
しかし、それらの質問は全て想定内のこと。
私には、最初から彼の要望に応えるつもりなどまったくなかった。
そう、真実を話す気など微塵もないと言うことだ。
当たり前じゃないか。
過去の自分に、君はロクでもない大人になり、ポンコツな人生を送るのだ、なんてことを誰が言えるものか。
たとえそれが、事実であったとしてもだ。
おっと、いけない。
すっかり、彼のペースで話が進んでいる。
強引だが、ここら辺りで流れを変えよう。
『孝介、どこから電話をかけているんだ?』
『昨日と同じ電話ボックスからです』
『そこで電話をかけている人を見たことがあるか?』
『いえ、一度もないです』
『だろうな。
見かけたらぜひ教えてくれ』
まぁ、どうでもいい話だ。
とにかく本題に移ろう。
『孝介、大事な話があるから聞いてほしいんだ』
『はい?』
手に持っていた缶ビールを、イッキに飲み干した。
そしてー。
『孝介、君には好きな女の子がいるはずだ。
ずばり瀬村 直、そうだろ?』
えっ、と言って彼は言葉を詰まらせていた。
『どうして、彼女のことを?』
『簡単な話だ。
君は、俺だからだ』
『あっそっか、それはそうですね』
思わず二人で苦笑いする。
『だけど君はこの二年間ずっと彼女を好きでいるのに、未だに告白出来ずにいる。
このままでは、あっという間に卒業だ。
今ここで気持ちを伝えないと、一生後悔することになる。
そこで、俺が恋のアドバイザーになって、君をサポートしてやる。
二人で、瀬村 直の心を射止めようじゃないか』
えー、という声が受話器を伝って私の耳に響いた。
それは純粋な驚きというよりは、明らかに迷惑感丸出しのものに聞こえた。
『いいですよ、そんなの・・・』
『何がいいんだ、孝介。
一人じゃ、絶対告白しないだろうが。
それが分かってるから、俺が協力するって言ってるんじゃないか。
悪いようにはしない。
俺のこと信用してみないか?』
『でも、どうせ僕なんか相手にされませんよ、きっと』
彼の声が、一気にトーンダウンしたのが分かった。
当時の私は、いつもこうだった。
自信のないことには、必ずこの言葉を使って逃げて来た。
どうせ、僕なんか・・・
この言葉ほど自分を卑屈にし、他人を不快にさせるものもない。
まぁ、彼もいずれはそれに気付く時がやって来るのだが・・・
それはさて置きー。
私はやれやれと思いながらも、どうにか彼の尻を叩き続けた。
『どうせなんて言葉を使うんじゃない。
もっと自分に自信を持つんだ、孝介』
『そう言われても、どんな自信を持てばいいんですか?
勉強もスポーツも、中途半端に平均値をうろついている僕ですよ。
他に特技があるわけでもないし。
それに、三年から彼女とは別々のクラスになって、部活以外に接点がないんです。
その部活も、あと少しで終わってしまうし・・・』
『なるほど、君の言い分もよく分かる。
なにせ、俺は経験者だからね。
だから、支障のない程度に教えていくよ。
このあとの君と、瀬村 直との関わりを』
『本当ですか?』
彼の声に、ハリが出てきた。
いい感じだ。
『いいか、孝介。
これから秋までに、何度かのチャンスが訪れる。
俺がその都度君にアドバイスをするから、それに沿って行動してほしいんだ。
少ないチャンスをものにしていくためにね』
『・・・上手くいくでしょうか?』
『それは君しだいだ。
瀬村 直への想いが本物かどうか、全てはそれにかかってると思う。
好きなんだろ?
瀬村のことが』
『・・・好き、です』
『よし、その気持ちがあれば充分だ。
あとは行動あるのみ、いいな孝介』
『・・・はい、やってみます』
どこか頼りないが、取り敢えず彼も腹をくくったようだ。
さてさて、兎にも角にもこれで準備は整った。
この瞬間、十五歳の自分と五十歳の自分が、初恋の人の心を掴むためにペアを組んだのだ。
さあ、作戦を実行していこう。
最初のチャンスは、十日後に迫った市内卓球大会だ。
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