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前夜
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宴会場は騒がしかった。
普段と比べ物にならないくらい豪勢な料理に、滅多に見る事のないほど高い酒。
「普段」が質素すぎるというのも当然あるが、自分達の人生に二度とないような酒席を皆楽しんでいるように見えた。
「俺はこんなうまい肉を食べたのは生まれて初めてだ! 六つの時、まだ親父が生きてた頃に一度だけ天然肉を食ったことがあるが、アレよりうまいぜ」
アレックスが盛られた肉にがっつきながら、揚々と言った。
つられて僕も料理に手をつけた。今日は食欲がなかったが、天然物の牛肉は普段出てくる(と言ってもそれも稀にだが)人工肉の比にならないくらい美味しかった。
「人工肉は肉と名乗っちゃいるが、牛肉に比べりゃあんなもん肉じゃねぇや。ゴムだ、ゴム。俺たちは今まで味付けされた分厚いゴムを食わされてたんだ」
「はははっ、違いない」
陽気に牛肉を頬張りながらジョークを飛ばす彼を見て、僕は自然と笑ってしまった。
もう何日もそんな気分にはなれなかったのに。
「おいおい、人工肉を悪く言っちゃいけねえぜ、お二人さん。あれと合成小麦のお陰で世界は食糧危機から救われたんだからな」
隣のテーブルからチャンが話に割り込んできた。チャンはここでは珍しく学があるため、皆から先生と呼ばれていた。彼自身もそう呼ばれることを気に入っているようだった。
「へぇー、やっぱ先生は物知りだな」
アレックスが感心した様子で、また肉にぱくついた。
「けど、まあ恨めしくもあるがね。全人類を生かせるだけの食糧があるために、世界人口は増加の一途。増え過ぎた人間の単価が安くなり過ぎた結果だぜ、俺たちは……」
「先生は難しいこと考えてるんだなぁ」
「……その話はよそう。ほら、酒でも飲んで」
僕はチャンのグラスに酒を注いでやった。チャンは酒をグイと仰った。
「はぁ、最低な人生だった。富裕国に生まれたかったと心底思うね」
チャンの言葉に僕も思わず考えてしまった。もしも自分が富裕国に生まれていたら、と。
僕の知っている富裕国は、食う物に困らず、病気も無く、家も服も清潔で、楽園みたいな所だ。富裕国に生まれれば、それこそ天然肉なんていつでも食べられるし、職が無くても国が養ってくれる。国民は常に健康を管理されて、仮に病気になっても機械の医者がすぐ治してくれる。飢えも病も完全に駆逐された世界。
まさに理想郷だ!
国民の8割が老衰死を迎える国々で、死因の第一位が自殺だと聞いた時は何の冗談かと思った。
そんな恵まれた世界にいて、彼らは何を思って命を捨てるのだろう?
この疑問の答えが分かることはもう無いだろう。
僕らは明日、望まぬ自殺をさせられるのだから。
――明日、2420年3月30日。僕らは死ぬ。
思えばこの20年の人生で、幸運なことなんてほとんど無かった。
生まれた時には既に父親はおらず、母親は物心がついたばかりの僕と弟を残して帰ってはこなかった。それ以来、スラムの片隅で弟と二人で何とか生きてきた。
年端のいかない子供二人、雇ってくれる所もある筈はなく、残飯を漁り、雨水を啜る生活。近くの市場で盗みをやって食い繋いだ。捕まると半殺しになるまで殴られたが、生きる為に必死だった。
アレックスは一人親だった父親が死んで以来、人生が狂ったと言っていたが、僕の人生はどうやら初めから狂っていたらしい。
ただ人生で数少ない幸運と言っても良さそうなのは、スラムにいた浮浪者が時折、字や数を教えてくれたことだ。その浮浪者は昔、表の通りで働いていたという老人で、体を悪くして失職して以来スラムに住んでいると言っていた。僕は物覚えが良い方で、彼に読み書きを教わったお陰で今の職にありつけた。
地域連合体の傭兵部隊。「傭兵」と言うと聞こえはいいが、要は正規の軍隊がしたくないことをさせる為の体のいい使い走りだ。危険性の高い任務を優先的に任せられ、月に一人は仲間が死ぬ。
そして次の捨て駒として選ばれたのが僕らの所属する第3小隊だった。
僕ら第3小隊には明日、敵対地域の拠点近くに潜り込み、自爆攻撃を以って敵に損害を与える任務が与えられている。所謂、カミカゼ・アタック。
上手くいけば敵勢力は半壊状態。そこを正規軍が叩く、というのが今回のシナリオだった。
人類の戦争行為は一世紀以上前にAIとロボットに取って代わられた筈だったが、貧困国にとって戦争に高価な兵器を用いることは採算が合わないのだ。金のない若者に端金を与えて戦わせた方が遥かに安上がりだった。それだけのことだ。
コストパフォーマンスのための捨て駒、虚しい死。
ただ僕が死ぬ事で軍から弟に金が支払われる。弟はこの事を知らないし、単に戦死と伝えられるだろうから、一生知る事はないだろう。僕は死ぬけど、それで弟は安全な都会に引っ越せるし、学校にも通える。
僕の死は、虚しい死だが、意味のある死だ。
夜は更けていく。
最後の夜、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
その夜、僕は夢を見た。
夢の中で僕は富裕国に住んでいた。綺麗な部屋のソファに座って、弟が今日学校であった出来事を話す。僕は穏やかな気持ちで弟の話を聞いている。満ち足りた世界。あるはずのない光景。
僕はそれが夢だと知りながら、その夢がいつまでも終わらないように願った。
普段と比べ物にならないくらい豪勢な料理に、滅多に見る事のないほど高い酒。
「普段」が質素すぎるというのも当然あるが、自分達の人生に二度とないような酒席を皆楽しんでいるように見えた。
「俺はこんなうまい肉を食べたのは生まれて初めてだ! 六つの時、まだ親父が生きてた頃に一度だけ天然肉を食ったことがあるが、アレよりうまいぜ」
アレックスが盛られた肉にがっつきながら、揚々と言った。
つられて僕も料理に手をつけた。今日は食欲がなかったが、天然物の牛肉は普段出てくる(と言ってもそれも稀にだが)人工肉の比にならないくらい美味しかった。
「人工肉は肉と名乗っちゃいるが、牛肉に比べりゃあんなもん肉じゃねぇや。ゴムだ、ゴム。俺たちは今まで味付けされた分厚いゴムを食わされてたんだ」
「はははっ、違いない」
陽気に牛肉を頬張りながらジョークを飛ばす彼を見て、僕は自然と笑ってしまった。
もう何日もそんな気分にはなれなかったのに。
「おいおい、人工肉を悪く言っちゃいけねえぜ、お二人さん。あれと合成小麦のお陰で世界は食糧危機から救われたんだからな」
隣のテーブルからチャンが話に割り込んできた。チャンはここでは珍しく学があるため、皆から先生と呼ばれていた。彼自身もそう呼ばれることを気に入っているようだった。
「へぇー、やっぱ先生は物知りだな」
アレックスが感心した様子で、また肉にぱくついた。
「けど、まあ恨めしくもあるがね。全人類を生かせるだけの食糧があるために、世界人口は増加の一途。増え過ぎた人間の単価が安くなり過ぎた結果だぜ、俺たちは……」
「先生は難しいこと考えてるんだなぁ」
「……その話はよそう。ほら、酒でも飲んで」
僕はチャンのグラスに酒を注いでやった。チャンは酒をグイと仰った。
「はぁ、最低な人生だった。富裕国に生まれたかったと心底思うね」
チャンの言葉に僕も思わず考えてしまった。もしも自分が富裕国に生まれていたら、と。
僕の知っている富裕国は、食う物に困らず、病気も無く、家も服も清潔で、楽園みたいな所だ。富裕国に生まれれば、それこそ天然肉なんていつでも食べられるし、職が無くても国が養ってくれる。国民は常に健康を管理されて、仮に病気になっても機械の医者がすぐ治してくれる。飢えも病も完全に駆逐された世界。
まさに理想郷だ!
国民の8割が老衰死を迎える国々で、死因の第一位が自殺だと聞いた時は何の冗談かと思った。
そんな恵まれた世界にいて、彼らは何を思って命を捨てるのだろう?
この疑問の答えが分かることはもう無いだろう。
僕らは明日、望まぬ自殺をさせられるのだから。
――明日、2420年3月30日。僕らは死ぬ。
思えばこの20年の人生で、幸運なことなんてほとんど無かった。
生まれた時には既に父親はおらず、母親は物心がついたばかりの僕と弟を残して帰ってはこなかった。それ以来、スラムの片隅で弟と二人で何とか生きてきた。
年端のいかない子供二人、雇ってくれる所もある筈はなく、残飯を漁り、雨水を啜る生活。近くの市場で盗みをやって食い繋いだ。捕まると半殺しになるまで殴られたが、生きる為に必死だった。
アレックスは一人親だった父親が死んで以来、人生が狂ったと言っていたが、僕の人生はどうやら初めから狂っていたらしい。
ただ人生で数少ない幸運と言っても良さそうなのは、スラムにいた浮浪者が時折、字や数を教えてくれたことだ。その浮浪者は昔、表の通りで働いていたという老人で、体を悪くして失職して以来スラムに住んでいると言っていた。僕は物覚えが良い方で、彼に読み書きを教わったお陰で今の職にありつけた。
地域連合体の傭兵部隊。「傭兵」と言うと聞こえはいいが、要は正規の軍隊がしたくないことをさせる為の体のいい使い走りだ。危険性の高い任務を優先的に任せられ、月に一人は仲間が死ぬ。
そして次の捨て駒として選ばれたのが僕らの所属する第3小隊だった。
僕ら第3小隊には明日、敵対地域の拠点近くに潜り込み、自爆攻撃を以って敵に損害を与える任務が与えられている。所謂、カミカゼ・アタック。
上手くいけば敵勢力は半壊状態。そこを正規軍が叩く、というのが今回のシナリオだった。
人類の戦争行為は一世紀以上前にAIとロボットに取って代わられた筈だったが、貧困国にとって戦争に高価な兵器を用いることは採算が合わないのだ。金のない若者に端金を与えて戦わせた方が遥かに安上がりだった。それだけのことだ。
コストパフォーマンスのための捨て駒、虚しい死。
ただ僕が死ぬ事で軍から弟に金が支払われる。弟はこの事を知らないし、単に戦死と伝えられるだろうから、一生知る事はないだろう。僕は死ぬけど、それで弟は安全な都会に引っ越せるし、学校にも通える。
僕の死は、虚しい死だが、意味のある死だ。
夜は更けていく。
最後の夜、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
その夜、僕は夢を見た。
夢の中で僕は富裕国に住んでいた。綺麗な部屋のソファに座って、弟が今日学校であった出来事を話す。僕は穏やかな気持ちで弟の話を聞いている。満ち足りた世界。あるはずのない光景。
僕はそれが夢だと知りながら、その夢がいつまでも終わらないように願った。
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