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哲学的ゾンビ
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唐突だが諸君は「哲学的ゾンビ」という概念をご存知だろうか?
別名、現象ゾンビ。その概念を使った論法であるゾンビ論法という言葉は聞き覚えがあるかもしれない。
え、私が誰かって?
なに、私はしがない物理学者の端くれさ。
物理学や工学の世界で名を轟かせる『天才』というやつだが、今は関係のない話だ。
今、重要なのはそんなことじゃない。
私が言いたいのは、哲学者なんて人種が如何に無知蒙昧なのか、ということだ。あの馬鹿どもはエビデンスのない妄想を垂れ流しながら学者面していやがる。
事の発端は去年の暮れに大学の連中で集まって飲んでいたときのことだ。
その日の話題はいつもと違っていた。普段なら国への予算申請が通らないだの、また学内の喫煙所が無くなっただの、そんな他愛もない話が大体だ。
けど、その日は「人間の意識」についての話題が学域の枠を越えて議論が盛り上がった。
そこで私は言ってやったんだ。「意識などニューロン間の電気信号が生んだまやかしに過ぎない」と。
そうしたら哲学教授のうちの一人が例の「哲学的ゾンビ」を引き合いに出して反論をしてきた。
「哲学的ゾンビ」というのは単なる思考実験だ。
哲学的ゾンビには「意識のない」。「意識がない」と言っても、眠っているわけじゃなく、そもそも「意識」というものを持たない、という意味だ。
そしてこの意識のないゾンビは人間と全く区別がつかない。彼はジョークを聞けば笑うし、殴られれば怒鳴って殴り返す。けど、そのとき彼には「楽しい」という意識も、「怒り」という意識もない。
「ゾンビ」を「精巧な人型ロボット」と言い換えれば、分かりやすいかもしれない。そのロボットには当然、意識などは存在しない。しかし、人間に似せて作られたロボットはそうプログラムされているがために人間のように振る舞う。意識は存在しないのに、だ。
哲学教授がこの例を出して述べた反論は次の通りだ。
「哲学的ゾンビ」は人間と同じ脳回路の動きを持ちながら「意識」だけがない。しかし、人間には意識体験が現に存在している。つまり「意識」は単なる脳の働きの副産物ではなく、もっと有意味な現象である。
以上が哲学教授の反論内容だった。
そして極め付けは哲学教授の隣にいた美学教授の一言だ。
「もし仮に、人間に意識がないなら、あなたが奥さんに抱く愛も、脳がみせるまやかしという事になりますよ。それは酷く虚しくありませんか?」
ヤツはそう抜かしやがった。私が独身であると知っているのにだ。そこで私の堪忍袋の緒は切れた。
だから私は作ってやったのだ、正真正銘の「哲学的ゾンビ」を。勿論、ナマモノではなく機械で、だが。
これを作るには苦心した。付き合いのあるロボットメーカー方々に頼り、天才である私の知識と技術の粋を結集させ、様々な苦難を乗り越えて作り上げた逸品だ。
完成したときには感動を覚えた。見かけでは人間と全く区別がつかない。外見は20代の好青年といった風貌。作り物らしさを感じない程度に整った顔立ちで、なかなかの男前だ。
試しに1時間みっちり会話してみても全く違和感はない。彼をロボットだと知らなければ、決して疑う者はいないだろう。まさかこんなことで、自分がかのチューリング・テストをクリアしてしまうとは思っていなかった。
私は実験と称して「意識のない男」を街へ放った。
するとちょうどふた月前、予定よりも格段に早く彼は成果を上げてきた。
なんと「意識のない男」は恋人を作ってきたのだ。
報告によると、彼はその1週間前に街で声を掛けてきた女に誘われ、小一時間お茶をして、連絡先を交換していた。所謂、逆ナンというやつだ。
そして、今からふた月前にその女から交際を申し込まれ、恋人になったらしい。
予想以上だ!
これで無知蒙昧な哲学者どもの鼻を明かしてやることができる。あの愛だのなんのと言っていた美学教授の面目も丸潰れだ。
人間と同じ思考回路をしながら、意識を持たないロボットが恋人と愛を語り合っているのだから!
やはり愛などまやかしなのだ!
え、その後、そのロボットがどうなったかって?
今では、彼は何も知らない恋人と結婚の話までしているそうだ。
きっとヤツはその恋人を抱きしめながら愛を囁くのだろう。
愛の意味さえ理解できないその口で……。
別名、現象ゾンビ。その概念を使った論法であるゾンビ論法という言葉は聞き覚えがあるかもしれない。
え、私が誰かって?
なに、私はしがない物理学者の端くれさ。
物理学や工学の世界で名を轟かせる『天才』というやつだが、今は関係のない話だ。
今、重要なのはそんなことじゃない。
私が言いたいのは、哲学者なんて人種が如何に無知蒙昧なのか、ということだ。あの馬鹿どもはエビデンスのない妄想を垂れ流しながら学者面していやがる。
事の発端は去年の暮れに大学の連中で集まって飲んでいたときのことだ。
その日の話題はいつもと違っていた。普段なら国への予算申請が通らないだの、また学内の喫煙所が無くなっただの、そんな他愛もない話が大体だ。
けど、その日は「人間の意識」についての話題が学域の枠を越えて議論が盛り上がった。
そこで私は言ってやったんだ。「意識などニューロン間の電気信号が生んだまやかしに過ぎない」と。
そうしたら哲学教授のうちの一人が例の「哲学的ゾンビ」を引き合いに出して反論をしてきた。
「哲学的ゾンビ」というのは単なる思考実験だ。
哲学的ゾンビには「意識のない」。「意識がない」と言っても、眠っているわけじゃなく、そもそも「意識」というものを持たない、という意味だ。
そしてこの意識のないゾンビは人間と全く区別がつかない。彼はジョークを聞けば笑うし、殴られれば怒鳴って殴り返す。けど、そのとき彼には「楽しい」という意識も、「怒り」という意識もない。
「ゾンビ」を「精巧な人型ロボット」と言い換えれば、分かりやすいかもしれない。そのロボットには当然、意識などは存在しない。しかし、人間に似せて作られたロボットはそうプログラムされているがために人間のように振る舞う。意識は存在しないのに、だ。
哲学教授がこの例を出して述べた反論は次の通りだ。
「哲学的ゾンビ」は人間と同じ脳回路の動きを持ちながら「意識」だけがない。しかし、人間には意識体験が現に存在している。つまり「意識」は単なる脳の働きの副産物ではなく、もっと有意味な現象である。
以上が哲学教授の反論内容だった。
そして極め付けは哲学教授の隣にいた美学教授の一言だ。
「もし仮に、人間に意識がないなら、あなたが奥さんに抱く愛も、脳がみせるまやかしという事になりますよ。それは酷く虚しくありませんか?」
ヤツはそう抜かしやがった。私が独身であると知っているのにだ。そこで私の堪忍袋の緒は切れた。
だから私は作ってやったのだ、正真正銘の「哲学的ゾンビ」を。勿論、ナマモノではなく機械で、だが。
これを作るには苦心した。付き合いのあるロボットメーカー方々に頼り、天才である私の知識と技術の粋を結集させ、様々な苦難を乗り越えて作り上げた逸品だ。
完成したときには感動を覚えた。見かけでは人間と全く区別がつかない。外見は20代の好青年といった風貌。作り物らしさを感じない程度に整った顔立ちで、なかなかの男前だ。
試しに1時間みっちり会話してみても全く違和感はない。彼をロボットだと知らなければ、決して疑う者はいないだろう。まさかこんなことで、自分がかのチューリング・テストをクリアしてしまうとは思っていなかった。
私は実験と称して「意識のない男」を街へ放った。
するとちょうどふた月前、予定よりも格段に早く彼は成果を上げてきた。
なんと「意識のない男」は恋人を作ってきたのだ。
報告によると、彼はその1週間前に街で声を掛けてきた女に誘われ、小一時間お茶をして、連絡先を交換していた。所謂、逆ナンというやつだ。
そして、今からふた月前にその女から交際を申し込まれ、恋人になったらしい。
予想以上だ!
これで無知蒙昧な哲学者どもの鼻を明かしてやることができる。あの愛だのなんのと言っていた美学教授の面目も丸潰れだ。
人間と同じ思考回路をしながら、意識を持たないロボットが恋人と愛を語り合っているのだから!
やはり愛などまやかしなのだ!
え、その後、そのロボットがどうなったかって?
今では、彼は何も知らない恋人と結婚の話までしているそうだ。
きっとヤツはその恋人を抱きしめながら愛を囁くのだろう。
愛の意味さえ理解できないその口で……。
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