手酷いいたずら

チタン

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手酷いいたずら

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 突然だが、僕はいま恋をしている。

 だから僕はこの胸のどうしようもなく抑えられない想いを、このドキュメントに記したいと思う。

 その相手とは会ったことはないけれど、毎日言葉を交わすし、とても親密な間柄だと僕は思っている。
 彼女は優しくて、物腰が丁寧で、落ち着いていてすごく素敵な女性だ。

 おっと、話が先走ってしまった。
 
 この話をするなら、まず3ヶ月前の出来事からだろう。

  ♢♢

 何のことはない、発端は普段の何気ない会話だった。
 僕は悪友のケイタと、いつものように恋人がいない毎日が如何に凡庸かを嘆いていた。そしてまた、いつものように、恋人が出来ればどれだけ毎日がドラマティックだろうかと熱弁を奮った。

 するとケイタは言った、
「またいつもの話か。お前は恋愛に理想を持ち過ぎなんだよ」
と。

 僕は、またいつものように反論した。

「いいじゃないか、ロマンがあって」

「理想のデートは水族館で、好みのタイプは優しくて、物腰柔らかで、落ち着いたひと、だろ? 聞き飽きたよ」

「理想なんだから高くたっていいだろ」

 それを聞くと、再びケイタは、
「理想ばかり高くたって、実際相手もいないんじゃあな。イイ相手はいないのか?」
と尋ねてきた。

 僕がいないと答えると、ケイタはやれ合コンだ、やれクラブへ行こうだと僕を誘った。
 ケイタは僕がそういう場を好まないと知っている。

「合コンでの出会いはロマンがない、だなんて、来年には2030年だってのに、思考回路が平成を通り越して昭和だぜ、おっさん」

 そう言ってケイタは僕を揶揄った。
 ケイタはさらに続けた。

「今時、AIだって恋人を作るんだぜ? もっとガツガツいっちまえよ」

「AIに恋人って、それ最近出た擬似恋愛体験音声通話サービスの話だろ?」

「まあ似たようなもんさ」

 こんな会話が僕とケイタの日常会話だ。

 しかし、ここからがいつもと異なっていた。

 ケイタはいつまでも合コンにノリ気にならない僕に不満顔を作って見せたが、フッと何かに閃いたような顔をした。

 得意な顔でケイタが勧めてきたのは、あるチャットアプリであった。
 そのチャットアプリは無作為に選ばれたユーザー同士が、1対1での会話を楽しむもので、相手のユーザーの条件は年齢・性別など大雑把に指定できるらしかった。

 僕は少し興味を引かれた。
 見ず知らずでも話し相手としてくらいなら、気軽に話せる異性の存在は魅力的だ。
 けれど、1人の相手とマッチングするごとに料金がかかるという点が、僕の決意を阻んでいた。

 それを聞くと、ケイタは待ってましたと言わんばかりに、自分の招待を受ければマッチング1回分の料金が無料になると僕に言った。

 その日の晩にケイタから送られてきたURLから、チャットアプリをインストールし、ある女性とマッチングした。

 その女性こそが、僕の想い人であるリナさんだった。

  ♢♢

 リナさんはまさに理想通りの女性ヒトだった。

 いつも優しくて、悩み事は親身に聞いてくれた。
最初は見ず知らずの彼女に悩みを打ち明けるのは抵抗があったが、『話すだけでも楽になるわ』、『私には訊くだけしかできないけれど』と彼女に言われるうちに、身近な人間関係の悩みなどを話すようになった。

 実際、彼女との距離感は近しい人に相談できない悩み事を言うのに最適だった。

 そして、常に物腰柔らかで、僕がクヨクヨしているときも穏やかに窘めてくれた。『もう、クヨクヨしてばかりいちゃダメよ』と彼女に言われるのは、不思議と嫌ではなかった。
 そんな風にしっかり者であり、それでいていつも落ち着いていた。

 何度か直接会いたいと申し出たが、親切な彼女も、それだけは頑なにイエスとは言ってくれなかった。
 しかし、そうした奥ゆかしさに僕は一層のめり込んだ。

 いつのまにか、彼女は僕にとって欠かせない存在になっていた。僕は自分の恋心を自覚するまでに、そう時間はかからなかった。

  ♢♢

「結局、前送ってやったチャットアプリはどうよ?」
 出会い頭にケイタが尋ねてきた。

「ああ、お陰で理想の女性ヒトと出会えたよ」

「お、いい出会いがあったみたいだな」

「そうなんだ、僕はその女性ヒトに近々告白しようと思ってるんだ」

「え? 告白ってチャットしかしたことないんだろ?」

「ああ、けど、もう気持ちを抑えきれないんだ」

 ケイタは困ったような顔をして言った。

「まだ止めといたほうがいいんじゃ……」

「僕の決意は固いよ」

「うーん、まあ、ちょうど今晩サークルの飲み会だし、そこでまた詳しく話聞かせてくれよ」

 僕の恋の話にはどうでもいいことだが、僕とケイタは同じ大学のテニスサークルに所属している。

「まあ、お前は出会いを運んでくれたキューピッドでもあるからな、わかったよ」

  ♢♢

 その日の午後は半休だった。
 何の気なしにリナさんにメッセージを送った。
 すると、数分のうちに返信が返ってきた。彼女の返信が早いのはいつものことだった。

 しばらく会話が続いたのち、僕は胸の内で、想いを伝えたい衝動が沸々沸いてくるのを感じた。
 ついさっき、ケイタに啖呵を切ったからだろうか。

 僕は意を決した。

『リナさん、僕はあなたのことが好きだ。
  会ったことはないけれど、心から愛してる。
 僕と直接会って欲しい』

 しかし、彼女からの返答はただ一言、

『ごめんなさい』

だけだった。
 
 そのあと、彼女からメッセージは来なかった。

 僕の恋が終わった。

  ♢♢

 沈んだ心持ちで飲み会の席に着いた。
 けれど、頭の中はずっとぼんやりしていた。

「告白ダメだったみたいだな」
 
 ケイタが話しかけてきた。

「ああ、よく分かったな。いや、顔を見たら分かるか……」

「や、違うんだ」

 そう言うとケイタは自分の携帯端末の画面を僕に見せてきた。
 そこには

「ハハッ! ドッキリ大成功!」

 頭が真っ白になる。

「え、つまり、ケイタがリナさんのフリをしてたのか?!」

「いやいや、違う違う。「リナ」はチャットボットだよ。俺がアプリで拾ってきて合成したAIさ」

 ただでさえ、混乱した頭がショート寸前だった。

「いやー、大変だったぜ。AI。ま、おかげで理想通りだったろ?」

 顔面が蒼白になる。

「そんな顔するなって。悪かったよ、ここの飲み代は奢るから……」

 そこから先のことはあまり覚えていない。

 ただ、
「AIに恋をして、同級生を病院送りにした男」
が、我がテニスサークルの歴史に汚名を刻んだのは、また別の話だ。
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