こいつ弟の彼女だから【R18】

まきします

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それぞれの過ごす冬

克樹、負けんじゃねーぞ

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 俺って基本的に無趣味なんだよね。
 朝起きて、することといったら天気予報を見ることと朝食を作ること。庭の水やりをして、気が向いたら掃除と洗濯。あとは昼寝をしたり漫画を読んだりして一日が終わる。主婦かよってくらい行動範囲が狭い。

 いや、今日びの主婦はママ友との交流が盛んで、あっちにこっちに遊びに行くものだと聞いている。もしも総合評価をつけるとしたらニート以上、枯れた主婦以下ってところか。まったく我ながらひどいもんだ。

「克樹ー、何かおすすめの趣味とかある? ほら、お前ってゲームとかしているだろ。あ、スポーツ系以外で頼むよ。汗臭いのとか嫌だし」

 そう声をかけると、わなわなと震えながら弟は振り返る。
 なんだろ、チワワの化身かな? などと思っていると、克樹は食卓のテーブルに置いた参考書やノート、筆記用具などを両手で示した。

「見て分かれよ……、真面目に受験勉強してるってさ……!」
「え、なんで部屋でやんないの?」
「寒いからだよ!」

 口の端をヒクつかせながら弟はそう言う。もちろんエアコンは完備しているけど、下の階にはストーブもあるもんね。

「おー、そうかそうか、そうだった。大学受験かー、羨ましいな。俺なんて受験勉強の途中でリタイヤしちゃったから、不完全燃焼って感じなんだよね」

 生きていく上で役立たない知識を山ほど詰め込んで、いざ決戦である! と出陣しようとしたときに親が事故っちゃったしさ。葬式だ何だと忙しくって、それどころじゃなかったもん。
 枯れた主婦以下の生活をしており、おまけに美容に気を配る必要もない。となると時間だけがあり余っていて退屈な俺は、平然と向かいの席に腰かけた。

「邪魔すんなよな。苦手な勉強を必死になってやってるんだからさ」
「がんばれ、克樹。負けんじゃねーぞ」
「うっぜぇ!」

 などと心にもない声援を贈りながら、ぺらぺらと参考書をめくる。
 無理なら無理で高卒でもいいんじゃない? だって大学に行けるほどお前の頭が良くないんだもん……という態度で接したほうがいいよ、絶対に。
 勉強しろとガミガミ言うよりも、責任はすべて克樹に押しつけたほうがいい。そのほうが焦るし勉学にも身が入る。

 あとは街中で頭の悪そうな連中を見かけたときに「やっぱ高卒ってあんな感じだよな」と何気なく言ったりするのも効く。他人と比較するのってあんまり良くないんだけど、リアルだから心にずしんと響くんだよね。反面教師的な意味でさ。

「おー、XとかYとかなつかしー。中学生のころに初めて見かけて、それから卒業するまでずっとつき合うなんて思わなかったな」

 なんだろな、この「空白に当てはまる数値を答えよ」なんて挑戦的な言い方。軽くイラッとするし「ま、お前には無理だろうけどさ」という感じの上から目線の圧がすごい。普通に「答えてください」って丁寧な言い方をすればいいのにね。

 枯れた主婦より退屈な身だしイラッともしたので、クロスワードを解くような気持ちで鉛筆を手にすることにした。

「お、兄貴も勉強すんの? 夜間学校とか考えてる系?」
「そんなわけ……いや、有りっちゃ有りだな。夜間は無理だけど、通信制もちょっと考えておくか」

 いまさら勉強なんてしたくないし、すぐに否定しようと思ったけど……ほら、びっくりするくらい口うるさいお父様がいるからさ。
 世のなか「大学程度も出ていないのか」と思う人は少なからずいる。普通ならそんなことは言われないよ。どこの大学を出たんだって会話をしたときに、ちょっとした空白の時間が流れるだけ。それが嫌なんだ。

 費用と時間がびっくりするほどかかるので、お父様対策のためだけに通うべきかは悩ましい。でもね、ああいう人って頭が固いから実績を見せないと納得しないところもあるのよ。

 かしかしと鉛筆の音を響かせて、意味もなく数式を埋めてゆくと頭がクリアになってゆく。無駄なことを省くのが数学であり、邪魔なものがどんどん消えてゆくこの感覚は、昔から割と好きなんだ。

「クッソなつかしいな。合成公式とかどこの錬金術師だって話だよ。あ、珈琲飲もう。克樹も飲むか?」

 大した稼ぎもないし庶民的な家だけどさ、うちにはアレがあるんだよね。ほら、茜ちゃんと一緒に買ったエスプレッソ機能つきの珈琲メーカーがさ。ぐふふ、カフェラテがいつでも楽しめるだなんてたまりませんなぁ。
 さっさと数式を解き終えたので席を立ったのだが、しばらく克樹からの返事がない。どうしたんだろうと思って視線を向けると、弟はじっと俺のノートを覗き込んでいた。

「……どしたの?」
「兄貴、暇なら俺に数学を教えてくんない?」
「いいけど、ちゃんと伝えられるか分からないし、週末くらいしか教えてやれないぞ」

 断ろうか軽く悩んだけどさ、たぶんこいつが塾に通っていないのは家計を考えてのことだろう。となると無下には断れないよ。だってほら、俺って無趣味だし時間だけはあるから。
 しかし12月ともなれば追い込みの時期だ。一通り覚えた上で、苦手なところをしらみ潰しにしてゆく時期でもある。それなのに数学を教わりたいとは……こいつ、苦手なところを後回しにしていたな。

「頼むよ! ほんと嫌いなんだ、数学って意味が分からないし!」
「お前、それでよく高校を卒業できるな。分かった分かっ……」

 そのとき、ぽこぺんとスマホが鳴った。卓上に置いていた俺と克樹のスマホが。
 そうっと二人してそれぞれの画面を覗き込むと、電気を放射しそうな可愛らしいモンスターのアイコンが映っていた。なんでか知らないけど嬉しそうに万歳しているイラストで、その愛らしい見た目にそぐわない重いメッセージを届けてきた。

『こんにちは、志穂です』
『徹ー、SNSをお母さんにも伝えたけど平気?』

 平気、だけど……。
 え、待って待って、なんでここでお母様が出てくるの?

「兄貴、返事しないの?」
「…………」

 そうは言われても、このスマホを手に取るのは躊躇するって。
 確かにこのあいだの話し合いで鵜鷺さんの件を伝えることになったし、お父さんに不信感を抱いて欲しいと思ったけどさ、なんで俺にコンタクトするの?

「いや、敵の敵は味方になる、か。俺が思っていたより事態が早かったのかもしれない」
「……は?」

 ぽかんとした克樹を放置して、そそくさと返事を打つことにした。ちなみに俺のアイコンは、目がテンパった機関車だ。お母様とやり取りするのなら、もっと可愛いのに変えておけばよかった。今度、ちぎったパン頭のあいつにしておこう。ジャムを添えてな。

『こんにちは、徹です』

 そう返事をしたのに、画面がフリーズしたように二人からの反応がない。電波の問題かな、それとも100万ボルトのせいかなと思っていたら、千夏ちゃんのゾウムシのアップ画像が現れる。これね、ちょっと気持ち悪いんだよね。

『遅れてごめーん、お母さんに使い方を教えてたのと、お姉ちゃんも部屋から出てきたの。いますごく必死そうな顔をしてるよ。こんな感じ』

 そう言って、一枚の写真がアップされた。
 一階のソファーに座るパジャマ姿の志穂さん、それに隣で教えているらしく画面を覗き込んでいる茜ちゃんが映っていて……なんでかな、猫ちゃん画像を見たときのように俺たち兄弟はなごんだ。そろってにっこりしちゃうくらい可愛い。いますぐ抱きしめたい。

「おいおい、マジで? お母さんも超美人じゃね?」

 おっとり顔をしておきながら、肉づきの良さは茜ちゃんと同じくらいの凶悪さだ。瞳が大きいし知的さも兼ね揃えているから眼鏡もきっと似合うだろう。

「あり得ないよな。その、おっぱいも……」

 こっくりとうなずきかけたところで、克樹がぎしっと強張った。再びこちらに向けられた弟の顔は「ふざけんなよ」と軽蔑混じりではあるのだが、完全に鼻の下が伸び切っている。だるんだるんだ。
 分かるよ。美人親子のダブルパンチに屈したんだよな。こんな性癖はみじんも無いけど、彼女たちになら踏まれても構わない。ぜひドスンと踏み抜いてもらいたい。

「兄貴、茜ちゃん家の遺伝子ってどうなってんの? やっぱりお父さんも美形?」
「それが武士みたいに真面目な人でさー、気を抜いたらズバッと峰打ちされそうなほどおっかないよ」

 マジかぁーと呻かれた。
 しかしなごやかとさえ感じる両家の会話は、こんな一文で跡形もなく破壊された。

『すみません、機械は苦手でして……ところで徹君、これからお時間はあります? 夫の件で話したいことがありまして』

 おう、と今度は俺が呻いた。
 というかね、知ってるから。あなたの左右にいる娘さんたちも東伊豆の件をちゃんと把握してるから。

 いやー、待て待て。もっとよく考えろ。
 東伊豆に遊びに行っていたことは、志穂さんも当然知っている。母親だしな。そうなるとだよ、あまりに重い事情だったから姉妹そろって「徹に任せちゃおう」と#匙__さじ_#を投げた可能性が非常に高い。というか、それしか考えられない。

「YABEEE」
「兄貴、なにその発音。病気?」

 どっく、どっく、と心臓を鳴らしながら、俺はゆっくりと文字を打つ。

『はい、僕がお力になれるかは分かりませんが』

 そう返事をした。してしまった。
 では後ほどと挨拶をしてチャットを打ち切り、すぐさま俺は電話をかける。相手はとある人物であり、いま最も連絡をしなければならない相手だ。状況的に恐らく……いや、絶対に外出をしているはずだ。

 ぷるると呼び出し音が鳴り、数コールで相手は出た。

『天童寺だ』
「お父さん、僕です。徹です」
『今度、私をお父さんと呼んだら殺す』
「あ、あ、電話を切らずに聞いてください。いま志穂さんから……」
『今度、妻を下の名前で呼んだら殺す』
「アッ、ハイ。その、先ほどお母様から連絡があって……」
『連絡? なるほどな。いまからそっちに行って殺す。不審死扱いにしてやる』

 もうやだ、なんで俺を執拗に殺そうとしてくるの、このクソお父様は。テーブルに突っ伏して、わっと泣きだしたいよ。そういうドロドロしたのは嫁と姑でやるものでしょうに。
 もういいや、さっさと本題に入ろう。あともしも俺を殺そうとしたら、お前も道連れにするからな。

「お父さんの件で聞きたいことがあると言われました。もしかしたらですけど、先日お父さんが口にしたことを聞かれていたのかもしれません」
『殺……えっ?』

 間違ってもミスを自分のせいにはしない。間違いなく秘密を口にしたのは彼であって俺じゃないからな。その辺りを決して間違えないように気をつけなければならないのは、営業マンであろうと誰だろうと一緒だ。
 ……まあ、実際のところは俺がバラすように誘導したんだけどさ。

『えっ、あっ、困るよ君ぃ。どうにかうまいこと丸め込んでくれ』
「分かりました。なるべく時間を稼ぎますので、お父さんも早く家に帰ってくれると……」
『すまないね、徹君。これから大事な会合なんだよ。話の流れ次第では泊まりになるかもしれない。君に嫌な役目を押しつけてしまって悪いが、その安い命をかけてくれ』

 頼んだよ、と言ってガチャ切りされた。
 なにこのクソお父様、クッソお父様。本当にこれで大卒の社会人で高給取りのお偉いさんなの?
 そう怒りでぶるぶる震えていたら、唯一の血を分けた弟から心配そうに見つめられた。

「兄貴……」
「大丈夫、大丈夫だ。こんなの大したことじゃないさ」
「そっか、なら早く数学を教えてくれよ」

 ニコォ、といい笑顔でそう言われて、わっとテーブルに突っ伏した。
 なんで俺の周りにはゴミみたいな男しかいないの? おかしいよね。こんなに真面目に生きているのにさ。


     §


 ぴんぽーんと呼び出しチャイムを鳴らす。
 手には菓子折り、服装はカジュアルスーツ。寒いのでもちろんコートも必須だ。

 どんよりと曇った鼠色の空を見上げて、はあと息を吐いていると階段を走り降りてくる足音が響く。たぶん千夏ちゃんだろうと思ったら違った。

「あら、お兄さん! てっきり配達の人かと思いました」

 息せき切って走ってきたのか頬は赤く、また髪をほつれさせている。その姿はいつぞやに見た姿と同じで、東伊豆に向かったあの日を思い出す。

 最初、可愛いなと思った。星のまたたくような瞳で、すごくきらきらしていたから。互いに一歩近づくと、その瞳は大きくまばたきをする。
 不意にじわりと涙が浮きそうになるのは……本当に久しぶりだったんだ。彼女の声を聞いたのが。

「うん、お母さんに呼ばれたんだ。こんにちは、茜ちゃん」
「はい、お兄さん」

 ほつれた黒髪に指を伸ばして、そっと耳にかけてあげる。親の言いつけを破らずに偶然を装って駆けてきた茜ちゃんは、たくさん話したいことがある表情で唇に笑みを浮かべていた。

 ふわんと香る女の子の香り。
 やわらかく膨らんだニットのセーター。
 ずっと聞いていたいとさえ思えるほど美しい声。
 夢で何度見たか分からない。実は思うあまり夢精したこともあるけど、絶対にそんなことは口にしない。下品なことではなく、ただ感じたままのことを口にすればいい。

「すごく可愛いね、茜ちゃん」

 もしかして不意打ちだったのだろうか。
 どきゅりと心臓に突き刺さるような反応を彼女はして、見る間に頬を赤く染めていく。本当にそれはもう言葉にできないほど可愛くて、この特等席でずっと眺めていたいと思うほどだった。

 そしてもう一歩だけ彼女は近づくと、俺のコートを指先でつまんで背伸びをする。
 ほっそりとした背中を抱き支えたのは咄嗟のことで、お父さんの言いつけを破ろうと思ったわけじゃない。でも、分かるだろ? 今日はとても寒いから、ニット越しであろうとも茜ちゃんのお腹と胸がくっついて、とても温かい思いを味わえるんだ。

 触れると分かる。
 思わずぞくりとするほど、この子は艶めかしい。たとえ高校生であろうとも、やすやすと俺の脳髄を溶かしにかかる子なんだ。

 わずか指先一本ぶん。
 唇と唇のあいだはそれしか隙間がなくて、半開きをしているものだからピンク色の舌がわずかに見える。
 すべすべでやわらかい唇であることも知っている。むしゃぶりつきたい欲望に襲われてもいる。それでも前に進めないのは、彼女が俺の背中に手を回したからだ。

 ぐっと引き寄せられて、そして勃起したアレが互いの下腹部に挟まれる。
 あら? と意外そうに熱っぽい瞳を向けてきたのは彼女の演技だ。顔つきはお嬢様のような上品さでありながら、もう片方の手も背中に回されると、アレの形がはっきりと分かるくらい本格的に挟まれる。

 そして唇は離れてゆき、彼女はこう耳元に囁く。

「お兄さんも、可愛い……」

 ぼそぉっと耳の奥にまで届くような声だった。
 視界がチカチカして、勝手に息を荒げさせてしまう声だった。

 受験が終わるまで絶対に手を出さないという誓いを俺はした。しかしチャイムを押してものの数秒で、誓いはバラバラに破壊されそうだった。それくらいどうしようもないほど身体が求めてしまっている。

 もしかしたらこのときは、神様が見かねたのかもしれない。情けない奴めと言いながら俺を守ってくれたのかもしれない。理性が崩壊する間際、すぐ背後で車の停まる音がしたんだ。
 ブレーキ音と共に、こんな声が背後で響く。

「あ、徹だー、もう来てたんだ」
「こら千夏、見たらいけません」

 そんなのは漫画で見かけるような親子の会話だけど、聞く側にとってはまさしく拷問だ。おう、と互いに呻いて一歩ずつ離れあうと、まるで小学生のように顔を真っ赤にしてしまった。
 でもね、そんな焦った表情の茜ちゃんと顔を合わせたら、ぷふぅって一緒に吹き出しちゃうよ。どうしようもなくね。
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