【完結】旦那さまは、へたれん坊。

百崎千鶴

文字の大きさ
2 / 14

3センチ

しおりを挟む
 チョキ、パラパラ。


「あっ」


 お風呂場の床に敷いた新聞に落ちる髪を目で追いかけると、しまった! みたいな声を出すあっくん。

 ハサミを持ったまま、申し訳なさそうに眉で八の字をえがく。


「?」
「……ごめんね」


 あっくんはそう呟いて手鏡をわたしてきた。 
 その中を覗いてみると、


「ああっ!」


 前髪が一部分だけ、眉毛の3センチ上。

 がたがた。


「うっかりしてた……」


私の顔を覗き込みながら、もう一回「ごめんね」とあっくん。

 わざとらしく頬をぷくっと膨らませて、


「ぼーっとしてたでしょ!」


 なんて、怒ってみた。 
 するとあっくんは、みるみるうちにしょげていく。

 しょげないでよベイビー! とか不意に頭をよぎって歌い出しそうになった。
 でも、


「みーちゃんが可愛かったから……見とれてた……」


 何でもないみたいにあっさりと、彼はそんなことを言うから。

 ほっぺからぷしゅーと空気が抜けて、かわりに熱が増してきた。 


「……ばか」
「ごめん……」
「ばか」


 もう、怒れなくなっちゃったじゃんか。


「ごめんなさい……」


 私より4歳も年上のくせに、あっくんは泣きそうになりながら謝ってくる。

 涙でちょっと潤んだ目が、伺うように私を見た。


「うそ。怒ってないよ」
「ほんとに?」
「ほんとに」


 口元に笑顔を作って彼の頭を優しく撫でる。 

 でも……困ったな。
 短くなった部分の髪を指先をつまんで、明日からどうやって誤魔化そうかとちらり。

 すると、あっくんがじーっと私を見つめてきた。


「ん?」


 それに気づいて首を傾げれば、彼はもごもごと言葉につまる。


「あっくん? どうしたの?」


 今度は反対側に首を傾ける。 
 少ししてから、


「前髪が変でも、みーちゃんは可愛いよ」


 と、早口で一言。

 あっくんの顔が赤いけれど、きっと今は私の顔だって同じ色に染まってる。


「……変とか言うなー」


 あっくんのせいでしょ。
 照れ隠しにそう言って、彼の頭を軽くこづいた。 


「ごめんね?」


 あ、また謝った。
 何回目かな? なんて記憶をたどる。


「でも、ほんとだよ?」
「なにが?」
「みーちゃんが可愛いのは、ほんと」


 そっと私の頬に触れる大きな右手。あったかい。


「みーちゃん、可愛い」
「何回言うの?」


 小さく笑えばあっくんも微笑んで、


「何回でも言うよ」


 と、額に口づけてくる。
 恥ずかしくて、くすぐったくて、少し身をよじった。 


「可愛い」


 また、ちゅっ。

 甘えん坊だな。体も、手も、私より大きいのに。


「くすぐったいよ」
「うん」


 また、口づけ。


「話、聞いてないでしょ」


 あっくんの脇に手を入れてくすぐると、大きな体が簡単にひっくり返る。


「いてっ!」


 ゴチン!
 壁に頭をぶつけて再び潤んだ目が私を映した。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夢見るシンデレラ~溺愛の時間は突然に~

美和優希
恋愛
社長秘書を勤めながら、中瀬琴子は密かに社長に想いを寄せていた。 叶わないだろうと思いながらもあきらめきれずにいた琴子だったが、ある日、社長から告白される。 日頃は紳士的だけど、二人のときは少し意地悪で溺甘な社長にドキドキさせられて──!? 初回公開日*2017.09.13(他サイト) アルファポリスでの公開日*2020.03.10 *表紙イラストは、イラストAC(もちまる様)のイラスト素材を使わせていただいてます。

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

もう一度恋の初心者

ユア教 教祖ユア
恋愛
高橋由紀のストーリーは終わった。 が。 タカハシユキのストーリーは終わっていないっ!

冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い

森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。 14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。 やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。 女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー ★短編ですが長編に変更可能です。

愛してやまないこの想いを

さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。 「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」 その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。 ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。

恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました

國樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。 しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。

処理中です...