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二章 エルフの森

25話

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セツが去った当日の夜、アリアは力尽きたように天国へ旅立った。

翌日の朝まで広場の送り火は絶えることがなかった。

だが、昼には送り火は片付けられ、集落は日常に戻った。

ある者は狩りに、ある者は薬草の収集に出掛けた。

それがアリアの願いだったからだ。


――ルシアは森の泉にいた。

泉は夕日でオレンジ色に染まっていた。

最後にここに来たのは2年前。20歳になったときだ。隣には伯母であるアリアがいた。

私はアリアが大好きだった。

美貌や気高さはもちろん、アリアの全てに憧れていた。

中でも、戦いの場にいるアリアが1番好きだった。

森の住民であるモンスターに敬意を払い、どんな相手に対しても、油断することなく力を尽くす。

最近は狩りに付いていくことは少なくなっていたが、幼い頃に見た戦地での姿は今でも鮮明に覚えている。

誰よりも凛々しく、美しかった。

セツに惹かれたのは、彼がアリアに惹かれていたからだ。

私より遥かに魅力的なアリアに。

セツが大牙猪を倒した日。そして、私がセツに告白をした日。宴の後、私はアリアに会いに行った。

セツのことが好きだと。
そう伝えた。

アリアは嬉しそうな声で言った。
「いい男に惚れたね」と。

アリアの気持ちはセツに伝わっていたのだろうか?
セツはアリアの最後に立ち会わなかった。
それが正解だったのだろうか?

そんなことを考えながら私は一時間ほど、アリアが好きだった泉を眺めていた。


――ガサッ ガサササ

背後の音に振り返ると、一人の男が茂みを抜けてきた。

兄のクルクだ。

誰もいないと思っていたのか、とても驚いている。

「ルシア、ここにいたのか」

「アリア様……伯母さんとの想い出に触れたかったの。ここに来るときはいつも伯母さんと一緒だったから」

「そうか、そうだよな...」

「兄さんは?」

クルクは答えない。とても疲れたような顔をしている。

「ルシア、俺はこの泉を売ることにした」

クルクが言っていることが理解できない。
クルクの口からこんな言葉が出ることが理解できない。

泉を売る??

この泉は森の聖域だ。泉によって、モンスターとヒューマンの住み分けが成された。
モンスターが集落を襲うことも少なくなった。泉が私達の平和を支えているのだ。

「もちろん、一時的にダムッドに採掘権利を貸すだけだ。この泉の底から貴重な鉱石が出ることは知ってるだろう?それを掘り終えたら、元通りにする」

クルクは言葉を継ぎ足した。

鉱石の話は集落のエルフ全員が知っている話だ。アリアの父が泉を作る際に掘り出した土の中から、貴重鉱石「ミスリル」が見つかった。だが、その事実が判明した際には泉は完成しており、今でも大量のミスリルが水の底に眠っていると言われている。

エルフは鉱石に関する知識、それを扱う技能に乏しい種族だ。集落で最も腕の良いアルクもミスリルの加工はできない。
また、エルフは必要以上の富を求めないため、ミスリルの存在は余計なトラブルを引き起こす懸念材料でしかなかった。
だからミスリルの存在は集落の者以外には漏らしてはいけないと教えられていた。

「ダムッドに教えたの?」

「あぁ」

「なぜっ!?」

「ナーシャが見つかった」

ナーシャはかつてのクルクの恋人だ。

だが70年前に死んだはずだった。
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