上 下
50 / 50
三章 ブーガを狩る娘

50話

しおりを挟む
うるさい。
とてもやかましい。そして腹立たしい。

「ブガアアアアアアァァァァ!!!」

何度も聞き飽きた鳴き声だ。
レイナが憎んだ鳴き声だ。

「ブガアアアアアアァァァァァァァ!!!」

レイナは静かに眠っている。
早くどこかに行ってくれ……

「ブガアアアアアアァァァァ!!!」

俺の願いは通じない。レイナを殺めたバツかもしれない。

俺はレイナの遺体を上着で包み、声のする方へ歩き出した。
声は街の方向から。次第に大きくなる声がとてもうっとおしい。無意識に走り出していた。
声は街の方向から聞こえる。

表門に門兵はいない。
街に入ると多くのヒューマンが駆け回っている。大多数は横門に向かっている。隣町がある方向だ。

「セツ!!!」

ギルドの近くに人影が見える。

「無事だったか!」

ギルドマスターのリーガンだ。

「何があった?」

「ハイブーガだ。だが、とてつもなく大きい。街に向かってきている」

「黒いか?」

リーガンが目を見開く。

「何故、知ってる?」

「相棒に聞いたよ」

「レイナは?」

「眠ってる」

リーガンは再び目を見開く。
だが、理由は聞かない。俺が殺したことを知ってるはずはないが、何かが起きたのだと察したのかもしれない。

「倒せるか?」

リーガンは俺をじっと見つめて尋ねる。

「あぁ、問題ない」

俺は魔纒を足に集中させ、裏門の方向へ駆け出した。

裏門には大勢の門兵、そして冒険者たちがいる。アスカとダンテも姿も見えた。

「セツ!」
「セツさん!」

「どんな感じだ?」

「確実にこっちに向かっている。白狼隊が遠距離から攻撃しているが、効いている様子はない。矢も魔法も駄目だ」

「キングブーガだ。」

「えっ?」

「ハイブーガじゃない。キングブーガだ。」



ーーレイナが言っていた。ハイブーガは成長の過程に過ぎないと。

覚醒し、ハイブーガになった個体は、手下を使ってエサを集める。そして、ある程度の栄養を蓄えると、その手下さえも喰らい、王となる。

それが、キングブーガ。

サナギの状態に等しいハイブーガとは比べ物にならない強さを持つ。

「冒険者と兵は、避難民の護衛に回してくれ」

「キングブーガに挑むおつもりですか?」

「あぁ」

「ギルドの者として許可できません」

キングブーガは単体でB級の強さを誇る。この街の冒険者が束になっても敵う相手ではない。

「街を捨てるのか?」

「はい」

アスカの目には強い意志が込もっている。確かに街は建て直せる。それが聡明な判断だろう。
だが、俺は壊したくない。

幾度となく、レイナと飲んだ酒場を。

「じゃあ、俺はギルドを抜ける」

アスカは悲しそうな顔をする。

「ギルドの管理下から抜けるよ。そしたら問題ないだろ?」

「勝算がおありですか?」

「わからない」

アスカは大きなため息をついた後、周囲の冒険者、門兵に指示を飛ばした。
冒険者たちはその声に従い、横門に向かって走り出した。
ダンテもその後を追う。

「お前も行け」

「断ります。ギルドを抜けた方の指示を聞く必要はございません。それにレイナさんに叱られます」

「レイナはもういない」

「私が居なくなったらセツを支えてほしい……レイナさんはそう言ってました。セツは不器用だからと」

アスカは俺の言葉に少しも動じずに答えた。

「何か聞いていたのか?」

「女の秘密です」
アスカは優しく微笑んだ。



「ブガアアアアアアァァァァ!!!」

特に大きなうめき声が聞こえ、俺とアスカは声の方向を向いた。
暗闇の中、大きな大きな影が動くのが見える。

「何かお手伝いしましょうか?」

「敵の敵意を引けるか?」

レイナとの死戦からしばらく時間がたった。しかし、魔力は完全に回復していない。最大の威力でぶつけるには一回の攻撃が限界だろう。

「承知しました」

アスカは弓を構える。

敵の姿が明らかになった。
真っ黒いブーガ。背丈は10メートル以上。筋骨隆々の体つき、そして、全身から魔力がにじみ出ているのを感じる。

その直後、アスカはキングブーガに向かって矢を放った。

「ガァァァァ!!」

右眼に的確に突き刺さる。
アスカは相手の反応を気にすることなく、計4射を撃ち込んだ。

「ガァァァァァァァァ!!」

咆哮の振動を間近で受け、肌がビリビリと震える。

キングブーガの両眼が確実にこちらを捉えた。強い殺意を感じる。

「お見事」

「ダメージはありませんよ」

「問題ない」

アスカは俺の後ろへ下がる。

「ガァァァァァァァァ!!」

キングブーガが大きな石斧を振り上げ、こちらへの突進をはじめた。

地面が揺れる。

俺はククリ刀を抜刀しゆっくりと前進する。

そして思いだす。
初めて惚れた女のことを。
水のやいばを繰り出すエルフのことを。
青く白い炎が全身を包む。

思い出す。
惹かれ始めてたあののことを。
時間があれば……多くの人間に与えられる当たり前の時間さえあれば…
恋してだろうあの娘のことを。

赤く、荒々しい炎が全身を包む。

2つの炎は相容れることなく、反発しているようにも感じる。

「ブガアアアアアアァァァァ!!!」

キングブーガとの距離が縮まる。
咆哮の生暖かい息吹を受ける。

俺は地面を蹴り、前方へ跳んだ。

キングブーガの顔が目の前に迫る。

「があああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

そしてククリ刀を力任せに振り抜いた。

青白い光、赤い光が刀に纏わり、刀身が太く大きくなる。

キングブーガの頭部を確実捉える。

そして爆ぜた。

ドォォォォォン!!
爆風で俺の体は飛ばされ、地面へと叩きつけられた。

煙が消えると、下半身のみと化したキングブーガが仁王立ちしていた。




強敵を倒した実感はなかった。



勝利を分かち合うあのはもういない。

ひとりで飲むエールは旨いのか?
朦朧とする意識の中、それだけを考えていた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(7件)

るしあん@猫部
ネタバレ含む
寺澤ななお
2021.10.07 寺澤ななお

るしあんさん

ご感想ありがとうございます。

今週末で2章完結予定です。
よろしくお願いします。

解除
るしあん@猫部

『ファンタジー小説大賞』

イベントも最終日ですね。

ほぼ毎日の更新、お疲れ様でした。

『ファンタジー』 アルファポリスさんの 人気コンテンツだけあり競争率は 大変でしたね。

私も 勉強に なりました。

引き続き 物語を 楽しませて頂きます

寺澤ななお
2021.09.30 寺澤ななお

るしあんさんもお疲れ様でした。
また、応援いただきありがとうございました。
なんとも言えない結果ではありますが、とても勉強になりました。

今後も賞レースには積極的に参加しようと思います。

別途、活動報告として書く予定ですが、今作は区切りが付いたところで一旦休止予定です。
また、必ず再開する予定なので今後ともよろしくお願いします。

解除
るしあん@猫部
ネタバレ含む
寺澤ななお
2021.09.14 寺澤ななお

るしあんさん

いつも感想頂き本当にありがとうございます!!

とても、励みになります。

本当、人は愚かで強欲ですね。
この作品では、真っ直ぐな欲、ひねくれた欲、濁った欲など様々な「欲」を描いていきたいと考えてます。

セツの活躍をお楽しみください。

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。