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定石編
来訪者と畠山京子(13歳3ヶ月)
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秋田の平野部にも初雪が降ったというニュースが東京に届いた週の日曜日の昼過ぎ。東京の岡本家に居候する畠山京子は部活を終えて岡本家に戻ると、玄関の客人用の靴箱に見覚えのある靴を二足見つけた。靴箱の横に置かれた客人用のハンガーラックに掛けられたコートも見覚えある。
京子は急いで手袋とマフラーを外し洗面所で手を洗い、まず先に岡本の妻・純子への帰宅の挨拶をしてから、客人のいる応接間に向かった。
京子が応接間のドアをノックして開けると、そこにいたのはソファに腰掛けた岡本と二人の白髪の紳士だった。
「失礼します!岡本先生、ただいま帰りました。柴崎先生、杉山先生、こんにちは!」
「こんにちは、京子ちゃん。お帰り」
服を着ているというより、服に着られていると言ったほうがしっくりするほど小柄で痩せこけた老人、柴崎真人がにっこり微笑んだ。
「お帰り、京子ちゃん。お邪魔してるよ」
純子と共に時折愛でに行く杉山家の愛猫・お坊ちゃまくんとお嬢様の飼い主、杉山靖だ。
「素敵!幼馴染三人揃い踏みですね!またiTwitterに写真を投稿してもいいですか?ファンの皆さん喜びます!……やっぱ待って!まず先に柴崎先生、私と打って下さい!」
京子の入学式以来の柴崎の来訪に、京子は興奮気味だ。
「こら、京子。帰った早々」
「構わないよ。今日もそのつもりで来たんだし」
「ありがとうございます!私、着替えてきます!」
そう言うと京子はドアこそ静かに閉めたものの、ドタバタと足音を立てて二階に上がって行った。
「こら!静かに!……全く、まだまだ子供で……」
「元気でいいじゃないか」
「そうそう。まだ子供なんだし。子供は元気が一番」
●○●○●○
岡本・柴崎・杉山の三人は幼馴染だ。
今、京子と碁を打っている相手は、岡本と共に一時代を築き『奇術師』と呼ばれた元囲碁棋士・柴崎真人だ。数年前、大病を患い棋士を引退した。
現在、柴崎は都心のマンションで妻と二人で暮しているが、子供の頃は柴崎も岡本や杉山が住むこの町内で暮らしていた。実家は柴崎の長兄が継いだ。
体調の良い時に実家に顔を出し、ついでにこうして杉山と一緒に岡本家に寄っていくのだ。一年前からは京子と碁を打つというのも加わった。
柴崎にとって京子は不思議な子だ。百人以上の弟子がいた柴崎は、弟子の性格を五種類のカテゴリに分けていたのだが、京子はどのタイプのカテゴリにも当てはまる、難解な子だ。
『負けず嫌い』な子
『研究熱心』な子
『すぐに諦める』子
『自惚れの強い』子
『勘の鋭い』子
世間では『負けず嫌いの子』が大成するように言われているが、柴崎に言わせればそんなことはない。
『負けず嫌い』で『研究熱心』でも棋士になれなかった子は多くいるし、『すぐに諦める』子でも数こそ少ないが棋士になれた子もいる。
『負けず嫌い』で『研究熱心』なのに棋士になれなかった子は、ほとんどが『要領の悪い』子だった。自分に足りないものが何なのか見極められない。頑固でアドバイスしても受け入れられない。無駄な努力に時間を費やす。棋力は頭打ちになりこれ以上全く成長の見込みがないのに夢を諦められずにいる、視野の狭い子だ。
一見根性が無いように見える『すぐに諦める』子は『見切りが早い』子とも言える。気持ちの切り替えが早く、柔軟に対応できる。器用な子が多い。盤上に何箇所にも戦いが起こる囲碁特有のゲーム性では、この性格は囲碁棋士向きだ。ただ『すぐに諦める』子は、棋士になれそうにないという見切りも早い。棋士になれるか、なれないかは、運任せな部分もある。
『自惚れの強い』子はほとんどが弟子入りしてもすぐ辞めてしまう。自分より強い人はいくらでもいるという現実を思い知らされ、打ちのめされ、立ち上がれないからだ。そもそも『自惚れの強い』子は囲碁棋士に向いていない。こういう子は飽きっぽく何をしても長続きしないからだ。毎日の研鑽あってこそ囲碁棋士としての成長できるのだから。芸能人のような華やかな職業の方が合うように思う。
そして『勘の鋭い』子。いわゆる『天才』と呼ばれる類だ。感覚派の子が多い。教えなくても勝手に強くなる。その成長力は他を寄せ付けない。教える側としては楽だが、ひとつだけ問題がある。スランプに陥るとなかなか脱せないのだ。感覚派の子は、論理的に考えるのが苦手のようだ。自分の不調を論理的に考えられないのでスランプを脱せない。このタイプの子はスランプになってからが本当の成長と言っていいだろう。
畠山京子は一見『研究熱心』な子のように見えるが、平日の碁の勉強時間はたった一時間だという。まだ義務教育を受けている年齢なのでこの勉強時間の短さは納得いくのだが、それなのに棋風はAIを彷彿とさせる『記憶力』頼りの碁だ。普通の人なら何度も何度も同じ棋譜を並べないとこうはいかないのだが、この子は脳の作りが違うのだろう。
京子が弟子入りしたばかりの頃、岡本からこんなエピソードを聞いた。岡本門下の研究会で、三嶋と京子との会話だ。
◇◇◇◇◇
「棋譜整理ってなんですか?具体的に何をするんですか?」
研究会部屋に持ち込んだ自作パソコンのメンテナンスをしていた三嶋は、妹弟子から突然こんな質問を受けた。
京子はプロを目指して勉強を始めたばかりなので、この質問自体はおかしくない。今までは遊びでやっていた囲碁を、これからは生活の糧として生きていくのだ。プロとして覚えなければならないことは山のようにある。
「んー、例えば『小目大ケイマジマリ』とか『星ケイマガカリ』とか。まぁ、定石から序盤の棋譜を組分けする感じかな。それを『検索』一発で棋譜が出てくるようにすれば探す手間が省けるだろ」
京子は眉間に皺を寄せ、分かったような分からないような表情をする。
「……それをわざわざパソコンを使うんですか?入力する時間も検索する時間も勿体ないじゃないですか」
『道具など使わなくても頭の中ですればいい』と言いたいらしい。
「今はまだ囲碁の勉強を本格的に始めたばかりだから、量的にパソコンは必要ないかもしれないけど、年を重ねるに連れて量が膨大になる訳だから、今のうちから棋譜整理の癖をつけておいたほうがいいぞ」
「んー……まぁ、そうですね……」
生返事だ。なぜわざわざそんな面倒な事をしなければならないんだ?という顔だ。妹弟子になってからまだ日は浅いが、三嶋も京子の頭の良さに気づいている。
「記憶力がちょっといいからって油断してると大変な目に会うぞ」
「そうですね。油断大敵と言いますし。気に留めておきます」
◇◇◇◇◇
それでも京子は「なんでそんな事に時間をかけるんだろう?」という表情をしていたという。
おそらく京子は囲碁を覚えた頃から、記憶力を生かした碁を打っていたのだろう。あの『最強のアマチュア』と謳われた畠山亮司の娘なのだから、子供の頃から最良の棋譜を見て育ったはずだ。どれだけ棋譜の量が増えても、棋譜整理など脳内検索で充分という自信があるのだろう。現代らしいニュータイプの碁を打つ京子の活躍を、柴崎は楽しみにしている。
そして杉山靖。先日の洋峰学園文化祭にも夫婦揃って訪れた。子供の頃は三人の中で一番碁が強かったそうだ。だが彼は棋士にはならず、医者になった。彼は心療内科医だ。こういう形で京子の検診にやってくる。
「……本庄さんに「その方法って囲碁を馬鹿にされてるようで悔しくない?」って言われて。でも私は、これだけ沢山の物に溢れた今の世の中、価値観って人それぞれでいいと思うんです。
私にとって囲碁は生きていく為の大切な糧だけど、囲碁のルールさえ知らない人からしたら「なにそれ」なのは理解できるし。だって、私にだって「なにそれ」っていう物、この世の中に沢山あって、その「なにそれ」を無理矢理好きになれなんて他人に強要されたら不愉快だし。
人それぞれ立場って言うものがあるんだから。『周知』は必要ですけど、それを『価値観の強要』にすり替えるのはやり過ぎだと………って、すみません、柴崎先生。文化祭の話、してた筈なのに……」
京子は柴崎と碁を打ちながら先日行われた文化祭の話をする。文化祭には柴崎を呼べなかったからだ。スマホの画像を京子のノート型パソコンに転送したものを柴崎に見せながら話をしていたのだが、話が脱線してしまった。
「いや、若い人のこういう話は興味深いよ。続けて」
盤面は白の柴崎優勢。棋士を引退したといっても数年程度では棋力は衰えない。
「……私、てっきり看護師さんだと思ってたら全然違う人だったみたいで。さすがに今回ばかりは私が悪かったなーと思って、文化祭後の研究会で三嶋さんに謝ったんです。そしたら「この次からは個人を特定するような発言をするな」と密約を交わされました」
幼馴染三人が声を上げて笑う。
「……それでね、武士沢さんが私のお父さんだと思った人が何人かいてねー。兄弟子だって言ってもみんな全然信じてもらえなくてー」
杉山は楽しそうに文化祭の出来事を話す京子をじっくりと観察した。段々と砕けた口調になっている。
「杉山先生、そんなに私、武士沢さんと似てますか?」
急に京子が杉山に話を振った。
「んー。髪の色艶がいいところぐらいかな。似てるのは」
「ですよね。私、あんなに心配性じゃないし」
三人がまた声を上げて笑った。
京子と柴崎の逆コミ六目半の対局は、白の柴崎の五目半勝ちだった。
『負けず嫌い』でムキになる時もあるのにすぐに冷静になり、ここでは勝てないとわかると『すぐに諦め』勝てそうな所に勝機を見出そうと切り替える。最近打たれたタイトル戦の棋譜もしっかり勉強している『研究熱心』な子であり、自分の頭脳と容姿に自信のある『自惚れの強い』子で、そして人をよく観察し何を考えているのか探るのが上手い『勘の鋭い』子。
こんな子供、岡本はよく見つけてきたものだ。
●○●○●○
「また来て下さいねー!って、今度は新年会ですね!私、来年は新年会に参加しますから!」
岡本家の門前。電話で呼んだタクシーに柴崎が乗り込む。行き先を運転手に告げた。
「そうか。じゃあ体調を整えておかないとな」
「はい!また新年会で打って下さい!」
柴崎は笑顔で「ああ」と一言だけ言って、タクシーの運転手に車を出すよう指示した。
京子、岡本、杉山が手を振ってタクシーを見送った。
岡本が手を振りながら、杉山に目配せする。
杉山は岡本の視線に気づいたが、一瞬目を合わせただけで、視線を逸らした。
何も言う事は無いらしい。
経過観察は問題無いようだ。
京子は急いで手袋とマフラーを外し洗面所で手を洗い、まず先に岡本の妻・純子への帰宅の挨拶をしてから、客人のいる応接間に向かった。
京子が応接間のドアをノックして開けると、そこにいたのはソファに腰掛けた岡本と二人の白髪の紳士だった。
「失礼します!岡本先生、ただいま帰りました。柴崎先生、杉山先生、こんにちは!」
「こんにちは、京子ちゃん。お帰り」
服を着ているというより、服に着られていると言ったほうがしっくりするほど小柄で痩せこけた老人、柴崎真人がにっこり微笑んだ。
「お帰り、京子ちゃん。お邪魔してるよ」
純子と共に時折愛でに行く杉山家の愛猫・お坊ちゃまくんとお嬢様の飼い主、杉山靖だ。
「素敵!幼馴染三人揃い踏みですね!またiTwitterに写真を投稿してもいいですか?ファンの皆さん喜びます!……やっぱ待って!まず先に柴崎先生、私と打って下さい!」
京子の入学式以来の柴崎の来訪に、京子は興奮気味だ。
「こら、京子。帰った早々」
「構わないよ。今日もそのつもりで来たんだし」
「ありがとうございます!私、着替えてきます!」
そう言うと京子はドアこそ静かに閉めたものの、ドタバタと足音を立てて二階に上がって行った。
「こら!静かに!……全く、まだまだ子供で……」
「元気でいいじゃないか」
「そうそう。まだ子供なんだし。子供は元気が一番」
●○●○●○
岡本・柴崎・杉山の三人は幼馴染だ。
今、京子と碁を打っている相手は、岡本と共に一時代を築き『奇術師』と呼ばれた元囲碁棋士・柴崎真人だ。数年前、大病を患い棋士を引退した。
現在、柴崎は都心のマンションで妻と二人で暮しているが、子供の頃は柴崎も岡本や杉山が住むこの町内で暮らしていた。実家は柴崎の長兄が継いだ。
体調の良い時に実家に顔を出し、ついでにこうして杉山と一緒に岡本家に寄っていくのだ。一年前からは京子と碁を打つというのも加わった。
柴崎にとって京子は不思議な子だ。百人以上の弟子がいた柴崎は、弟子の性格を五種類のカテゴリに分けていたのだが、京子はどのタイプのカテゴリにも当てはまる、難解な子だ。
『負けず嫌い』な子
『研究熱心』な子
『すぐに諦める』子
『自惚れの強い』子
『勘の鋭い』子
世間では『負けず嫌いの子』が大成するように言われているが、柴崎に言わせればそんなことはない。
『負けず嫌い』で『研究熱心』でも棋士になれなかった子は多くいるし、『すぐに諦める』子でも数こそ少ないが棋士になれた子もいる。
『負けず嫌い』で『研究熱心』なのに棋士になれなかった子は、ほとんどが『要領の悪い』子だった。自分に足りないものが何なのか見極められない。頑固でアドバイスしても受け入れられない。無駄な努力に時間を費やす。棋力は頭打ちになりこれ以上全く成長の見込みがないのに夢を諦められずにいる、視野の狭い子だ。
一見根性が無いように見える『すぐに諦める』子は『見切りが早い』子とも言える。気持ちの切り替えが早く、柔軟に対応できる。器用な子が多い。盤上に何箇所にも戦いが起こる囲碁特有のゲーム性では、この性格は囲碁棋士向きだ。ただ『すぐに諦める』子は、棋士になれそうにないという見切りも早い。棋士になれるか、なれないかは、運任せな部分もある。
『自惚れの強い』子はほとんどが弟子入りしてもすぐ辞めてしまう。自分より強い人はいくらでもいるという現実を思い知らされ、打ちのめされ、立ち上がれないからだ。そもそも『自惚れの強い』子は囲碁棋士に向いていない。こういう子は飽きっぽく何をしても長続きしないからだ。毎日の研鑽あってこそ囲碁棋士としての成長できるのだから。芸能人のような華やかな職業の方が合うように思う。
そして『勘の鋭い』子。いわゆる『天才』と呼ばれる類だ。感覚派の子が多い。教えなくても勝手に強くなる。その成長力は他を寄せ付けない。教える側としては楽だが、ひとつだけ問題がある。スランプに陥るとなかなか脱せないのだ。感覚派の子は、論理的に考えるのが苦手のようだ。自分の不調を論理的に考えられないのでスランプを脱せない。このタイプの子はスランプになってからが本当の成長と言っていいだろう。
畠山京子は一見『研究熱心』な子のように見えるが、平日の碁の勉強時間はたった一時間だという。まだ義務教育を受けている年齢なのでこの勉強時間の短さは納得いくのだが、それなのに棋風はAIを彷彿とさせる『記憶力』頼りの碁だ。普通の人なら何度も何度も同じ棋譜を並べないとこうはいかないのだが、この子は脳の作りが違うのだろう。
京子が弟子入りしたばかりの頃、岡本からこんなエピソードを聞いた。岡本門下の研究会で、三嶋と京子との会話だ。
◇◇◇◇◇
「棋譜整理ってなんですか?具体的に何をするんですか?」
研究会部屋に持ち込んだ自作パソコンのメンテナンスをしていた三嶋は、妹弟子から突然こんな質問を受けた。
京子はプロを目指して勉強を始めたばかりなので、この質問自体はおかしくない。今までは遊びでやっていた囲碁を、これからは生活の糧として生きていくのだ。プロとして覚えなければならないことは山のようにある。
「んー、例えば『小目大ケイマジマリ』とか『星ケイマガカリ』とか。まぁ、定石から序盤の棋譜を組分けする感じかな。それを『検索』一発で棋譜が出てくるようにすれば探す手間が省けるだろ」
京子は眉間に皺を寄せ、分かったような分からないような表情をする。
「……それをわざわざパソコンを使うんですか?入力する時間も検索する時間も勿体ないじゃないですか」
『道具など使わなくても頭の中ですればいい』と言いたいらしい。
「今はまだ囲碁の勉強を本格的に始めたばかりだから、量的にパソコンは必要ないかもしれないけど、年を重ねるに連れて量が膨大になる訳だから、今のうちから棋譜整理の癖をつけておいたほうがいいぞ」
「んー……まぁ、そうですね……」
生返事だ。なぜわざわざそんな面倒な事をしなければならないんだ?という顔だ。妹弟子になってからまだ日は浅いが、三嶋も京子の頭の良さに気づいている。
「記憶力がちょっといいからって油断してると大変な目に会うぞ」
「そうですね。油断大敵と言いますし。気に留めておきます」
◇◇◇◇◇
それでも京子は「なんでそんな事に時間をかけるんだろう?」という表情をしていたという。
おそらく京子は囲碁を覚えた頃から、記憶力を生かした碁を打っていたのだろう。あの『最強のアマチュア』と謳われた畠山亮司の娘なのだから、子供の頃から最良の棋譜を見て育ったはずだ。どれだけ棋譜の量が増えても、棋譜整理など脳内検索で充分という自信があるのだろう。現代らしいニュータイプの碁を打つ京子の活躍を、柴崎は楽しみにしている。
そして杉山靖。先日の洋峰学園文化祭にも夫婦揃って訪れた。子供の頃は三人の中で一番碁が強かったそうだ。だが彼は棋士にはならず、医者になった。彼は心療内科医だ。こういう形で京子の検診にやってくる。
「……本庄さんに「その方法って囲碁を馬鹿にされてるようで悔しくない?」って言われて。でも私は、これだけ沢山の物に溢れた今の世の中、価値観って人それぞれでいいと思うんです。
私にとって囲碁は生きていく為の大切な糧だけど、囲碁のルールさえ知らない人からしたら「なにそれ」なのは理解できるし。だって、私にだって「なにそれ」っていう物、この世の中に沢山あって、その「なにそれ」を無理矢理好きになれなんて他人に強要されたら不愉快だし。
人それぞれ立場って言うものがあるんだから。『周知』は必要ですけど、それを『価値観の強要』にすり替えるのはやり過ぎだと………って、すみません、柴崎先生。文化祭の話、してた筈なのに……」
京子は柴崎と碁を打ちながら先日行われた文化祭の話をする。文化祭には柴崎を呼べなかったからだ。スマホの画像を京子のノート型パソコンに転送したものを柴崎に見せながら話をしていたのだが、話が脱線してしまった。
「いや、若い人のこういう話は興味深いよ。続けて」
盤面は白の柴崎優勢。棋士を引退したといっても数年程度では棋力は衰えない。
「……私、てっきり看護師さんだと思ってたら全然違う人だったみたいで。さすがに今回ばかりは私が悪かったなーと思って、文化祭後の研究会で三嶋さんに謝ったんです。そしたら「この次からは個人を特定するような発言をするな」と密約を交わされました」
幼馴染三人が声を上げて笑う。
「……それでね、武士沢さんが私のお父さんだと思った人が何人かいてねー。兄弟子だって言ってもみんな全然信じてもらえなくてー」
杉山は楽しそうに文化祭の出来事を話す京子をじっくりと観察した。段々と砕けた口調になっている。
「杉山先生、そんなに私、武士沢さんと似てますか?」
急に京子が杉山に話を振った。
「んー。髪の色艶がいいところぐらいかな。似てるのは」
「ですよね。私、あんなに心配性じゃないし」
三人がまた声を上げて笑った。
京子と柴崎の逆コミ六目半の対局は、白の柴崎の五目半勝ちだった。
『負けず嫌い』でムキになる時もあるのにすぐに冷静になり、ここでは勝てないとわかると『すぐに諦め』勝てそうな所に勝機を見出そうと切り替える。最近打たれたタイトル戦の棋譜もしっかり勉強している『研究熱心』な子であり、自分の頭脳と容姿に自信のある『自惚れの強い』子で、そして人をよく観察し何を考えているのか探るのが上手い『勘の鋭い』子。
こんな子供、岡本はよく見つけてきたものだ。
●○●○●○
「また来て下さいねー!って、今度は新年会ですね!私、来年は新年会に参加しますから!」
岡本家の門前。電話で呼んだタクシーに柴崎が乗り込む。行き先を運転手に告げた。
「そうか。じゃあ体調を整えておかないとな」
「はい!また新年会で打って下さい!」
柴崎は笑顔で「ああ」と一言だけ言って、タクシーの運転手に車を出すよう指示した。
京子、岡本、杉山が手を振ってタクシーを見送った。
岡本が手を振りながら、杉山に目配せする。
杉山は岡本の視線に気づいたが、一瞬目を合わせただけで、視線を逸らした。
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経過観察は問題無いようだ。
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