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布石編
教育的指導
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「俺もな、うっかり京子の目の前で岡本先生に「立花富岳を埼玉研の研究会メンバーにした」って報告したのもまずかったと思うけどさ」
と、三嶋大成は一回ここで言葉を切った。
「頼むから京子と仲良くしてくれよー!どうして推理小説の犯人、ベラベラ喋ったんだよ!俺に御鉢が回ってくるんだよ!「三嶋さん、あのチビとどんな研究してるんですか?他人に嫌がらせする研究ですか?」なんて嫌味言われたんだよ!」
埼玉県の大宮にある福祉センター会議室。年齢の割に小柄な少年は大人3人に囲碁的に言えば「アタリ」の状態で囲まれていた。
今日は日曜日。立花富岳がこの『埼玉研』に参加するようになって早9ヶ月が経とうとしていた。
「すみません……。つい……。っていうか、俺だって畠山から嫌がらせされたんですよ!エレベーターで怖い系のおっさんに絡まれて……。よく無事に帰ってこれたなと思いましたよ!」
富岳はあの後、必死で中国人のフリをしてやり過ごしたのだ。
「それでも京子ちゃんの嫌がらせは正当性が認められるな」
木幡翔がこう言うと、若松涼太と三嶋が頷いた。
「どうするんだよ?謝罪貯金が増えていく一方だぞ?」
なにそれ?そんな嫌な貯金あるの?
木幡が若松の足を蹴飛ばした。
「若松、たいした上手くもない自分のギャグで笑うな。俺なら謝罪負債という名称にするけどな」
どっちもどっちだ。
「とにかくだなー、なんとかして仲直りして欲しいんだけどさ」
こう言って三嶋がため息をついた。
「京子のやつ、春休みにも部活があるとかで時間作れそうにないってよ。それにお前のために時間を作るくらいなら、秋田に帰ってお祖父さん達に元気な顔を見せたいってさ」
「あー。地方出身あるあるだなー」
若松の両親は共に地方出身だ。
「じゃあさ。こうなったら京子ちゃんの帰省に同行しちゃえば?」
こう言ったのは彼女いない歴=年齢の木幡だ。
「「「………は?」」」
「……あれ?3人とも同じ反応?なんかマズかった?」
「お前なあ~!だから彼女ができないんだよ!女心を考えろ!」
「ストーカーとか言われるぞ!」
「すみません、木幡さん。それだけは絶対無いです」
「……中学生にまで絶対無いって言われた……」
はっきり言って富岳は、もう京子と仲直りできなくてもいいと思っている。
去年暮れの原石戦で事実上のライバル宣言されたわけだし。
第一、当の本人・畠山が謝罪を望んでいないように感じる。
それに最近のアイツを見ているとイライラするから、こちら側としても謝罪したくない。
このイライラの原因。
先日の瑪瑙戦。畠山京子の事で、何度考えても腑に落ちないことがある。
対局1日目の夜。寝る前にホテルの1階にあるコンビニに水を買いに行こうとロビーを覗いた時だ。
あの畠山がボーっと立ち尽くしていた。
理由を聞いたらまさかの「韓国語を話せない」。
しかし、あの畠山京子が韓国語を覚えずに韓国に行くとは思えない。
英語はペラペラだった。中国語も武者修行中のたった10日ほどの北京滞在で日常会話に支障無い程度の北京語をマスターしたと三嶋さんから聞いた。
英語ができる脳味噌があるならハングル文字だって読めるはず。北京語をマスターしたならハングルの発音だって問題ないはず。
どう考えてもおかしい。
おかしいのはそれだけではない。
畠山の瑪瑙戦の一回戦の棋譜を見た。
あの畠山がヨセで間違えた。
三嶋さん達は「初めての国際戦で緊張したんじゃないか」と結論づけたようだけど。
緊張してる奴がレストランの食材を食い尽くすまで飯を食えるか?
前夜祭・後夜祭でモデル歩きで登場してリップサービスでも笑いを取れるか?
2日目、対局の無かった畠山は後夜祭までどこに行ってたんだ?「観光してた」とか言ってたけど、その割にはお土産の数が少ないように感じた。
納得いかないことだらけだ。
「でもさ。なんだかんだ言って2人とも仲良いよな。あの李夏準に2人して半目負けなんてさ」
木幡はなんとか凹まされた心を回復させようと、話題を変えた。
そう。俺は瑪瑙戦決勝まで駒を進めたが、李夏準に半目で敗れた。
「そんな理由で畠山と仲良しにしないで下さい。それより三嶋さん。畠山には早めになんとかしておかなければならない問題がありますよ。服装です」
「服?」
あ。だめだな、これ。三嶋さんも気づいていない可能性がある。
論より証拠。富岳はこっそり撮影したスマホの画像を三嶋達に見せた。画像を見た途端、三嶋は目の焦点が合わなくなったかのように目を瞬いた。
「……そういや俺、制服か部屋着着ている記憶しかないな。なんでアイツ、こういうところまで悪目立ちするかな……」
「……去年、何度か埼玉研に来た時、いつも同じ服だなと思ってだけど……。なんていうか、男が女の子にファッションのことでとやかく言うと……とか思って……」
彼女いない歴を正当化する木幡の言い訳だ。
「この服、みんなが言うほど、そんなにダメか?京子ちゃんスタイルいいから、これも似合ってるぞ」
ここにもいた!美的感覚が少数派の人間が!
「若松、まさかこの服選んだのお前じゃないだろうな?」
「んなわけないだろ。彼女いるのに女の子の買い物には付き合わないよ」
「は?若松に新しい彼女⁉︎」
「木幡。その話は後でゆっくり聞こうな。まずは京子だ。どうする?純子さん……じゃなかった、岡本先生の奥さんに頼んでみるか?」
「あの服、奥さんが選んでたとしたら?」
「じゃあ誰に?女性棋士の誰かに頼めそうな人、いる?」
大人3人が腕組みして唸り始めた。
(あ。なんかデジャヴ。岡本先生に謝罪しに行く前のやりとりに似てる)
富岳はつくづく思う。しっかりした大人がいれば、と。『あと何回この光景を目にするんだろう』と思いながら、『成人するまであと5年切ったけど、俺はこんな大人にならないようにしよう』と決心した。
と、三嶋大成は一回ここで言葉を切った。
「頼むから京子と仲良くしてくれよー!どうして推理小説の犯人、ベラベラ喋ったんだよ!俺に御鉢が回ってくるんだよ!「三嶋さん、あのチビとどんな研究してるんですか?他人に嫌がらせする研究ですか?」なんて嫌味言われたんだよ!」
埼玉県の大宮にある福祉センター会議室。年齢の割に小柄な少年は大人3人に囲碁的に言えば「アタリ」の状態で囲まれていた。
今日は日曜日。立花富岳がこの『埼玉研』に参加するようになって早9ヶ月が経とうとしていた。
「すみません……。つい……。っていうか、俺だって畠山から嫌がらせされたんですよ!エレベーターで怖い系のおっさんに絡まれて……。よく無事に帰ってこれたなと思いましたよ!」
富岳はあの後、必死で中国人のフリをしてやり過ごしたのだ。
「それでも京子ちゃんの嫌がらせは正当性が認められるな」
木幡翔がこう言うと、若松涼太と三嶋が頷いた。
「どうするんだよ?謝罪貯金が増えていく一方だぞ?」
なにそれ?そんな嫌な貯金あるの?
木幡が若松の足を蹴飛ばした。
「若松、たいした上手くもない自分のギャグで笑うな。俺なら謝罪負債という名称にするけどな」
どっちもどっちだ。
「とにかくだなー、なんとかして仲直りして欲しいんだけどさ」
こう言って三嶋がため息をついた。
「京子のやつ、春休みにも部活があるとかで時間作れそうにないってよ。それにお前のために時間を作るくらいなら、秋田に帰ってお祖父さん達に元気な顔を見せたいってさ」
「あー。地方出身あるあるだなー」
若松の両親は共に地方出身だ。
「じゃあさ。こうなったら京子ちゃんの帰省に同行しちゃえば?」
こう言ったのは彼女いない歴=年齢の木幡だ。
「「「………は?」」」
「……あれ?3人とも同じ反応?なんかマズかった?」
「お前なあ~!だから彼女ができないんだよ!女心を考えろ!」
「ストーカーとか言われるぞ!」
「すみません、木幡さん。それだけは絶対無いです」
「……中学生にまで絶対無いって言われた……」
はっきり言って富岳は、もう京子と仲直りできなくてもいいと思っている。
去年暮れの原石戦で事実上のライバル宣言されたわけだし。
第一、当の本人・畠山が謝罪を望んでいないように感じる。
それに最近のアイツを見ているとイライラするから、こちら側としても謝罪したくない。
このイライラの原因。
先日の瑪瑙戦。畠山京子の事で、何度考えても腑に落ちないことがある。
対局1日目の夜。寝る前にホテルの1階にあるコンビニに水を買いに行こうとロビーを覗いた時だ。
あの畠山がボーっと立ち尽くしていた。
理由を聞いたらまさかの「韓国語を話せない」。
しかし、あの畠山京子が韓国語を覚えずに韓国に行くとは思えない。
英語はペラペラだった。中国語も武者修行中のたった10日ほどの北京滞在で日常会話に支障無い程度の北京語をマスターしたと三嶋さんから聞いた。
英語ができる脳味噌があるならハングル文字だって読めるはず。北京語をマスターしたならハングルの発音だって問題ないはず。
どう考えてもおかしい。
おかしいのはそれだけではない。
畠山の瑪瑙戦の一回戦の棋譜を見た。
あの畠山がヨセで間違えた。
三嶋さん達は「初めての国際戦で緊張したんじゃないか」と結論づけたようだけど。
緊張してる奴がレストランの食材を食い尽くすまで飯を食えるか?
前夜祭・後夜祭でモデル歩きで登場してリップサービスでも笑いを取れるか?
2日目、対局の無かった畠山は後夜祭までどこに行ってたんだ?「観光してた」とか言ってたけど、その割にはお土産の数が少ないように感じた。
納得いかないことだらけだ。
「でもさ。なんだかんだ言って2人とも仲良いよな。あの李夏準に2人して半目負けなんてさ」
木幡はなんとか凹まされた心を回復させようと、話題を変えた。
そう。俺は瑪瑙戦決勝まで駒を進めたが、李夏準に半目で敗れた。
「そんな理由で畠山と仲良しにしないで下さい。それより三嶋さん。畠山には早めになんとかしておかなければならない問題がありますよ。服装です」
「服?」
あ。だめだな、これ。三嶋さんも気づいていない可能性がある。
論より証拠。富岳はこっそり撮影したスマホの画像を三嶋達に見せた。画像を見た途端、三嶋は目の焦点が合わなくなったかのように目を瞬いた。
「……そういや俺、制服か部屋着着ている記憶しかないな。なんでアイツ、こういうところまで悪目立ちするかな……」
「……去年、何度か埼玉研に来た時、いつも同じ服だなと思ってだけど……。なんていうか、男が女の子にファッションのことでとやかく言うと……とか思って……」
彼女いない歴を正当化する木幡の言い訳だ。
「この服、みんなが言うほど、そんなにダメか?京子ちゃんスタイルいいから、これも似合ってるぞ」
ここにもいた!美的感覚が少数派の人間が!
「若松、まさかこの服選んだのお前じゃないだろうな?」
「んなわけないだろ。彼女いるのに女の子の買い物には付き合わないよ」
「は?若松に新しい彼女⁉︎」
「木幡。その話は後でゆっくり聞こうな。まずは京子だ。どうする?純子さん……じゃなかった、岡本先生の奥さんに頼んでみるか?」
「あの服、奥さんが選んでたとしたら?」
「じゃあ誰に?女性棋士の誰かに頼めそうな人、いる?」
大人3人が腕組みして唸り始めた。
(あ。なんかデジャヴ。岡本先生に謝罪しに行く前のやりとりに似てる)
富岳はつくづく思う。しっかりした大人がいれば、と。『あと何回この光景を目にするんだろう』と思いながら、『成人するまであと5年切ったけど、俺はこんな大人にならないようにしよう』と決心した。
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