77 / 129
次の一手編
「今までの日常を保持する」か「新しい事を始める」か
しおりを挟む
今住んでいる家をリノベーションしてからというもの、岡本純子は家で何もやることが無くなってしまった。
掃除はロボット掃除機がやってくれるし、洗濯機は乾燥までやってくれるし、食器洗いも機械に放り込めば全自動でやってくれる。買い物もスマホさえあれば家まで届けて貰えるので、家から出る必要が無い。
この家で私が出来ることは、ご飯を作って、ロボット掃除機では掃除出来ない所の掃除をするぐらいだ。
秋田の旅館で働いていた時、岡本に見初められ、結婚して東京にやってきた。すぐ子供が出来て、専業主婦として三人の息子が一人立ちするまで、家のことだけをやっていた。
末の子がこの家を出ていった時に、再就職を考えた。しかし時代は私が働いていた頃とは大きく変わり過ぎていて、ついていけなかった。一生懸命子供を育てていたのに、いつの間にか『社会不適合者』なるレッテルを貼られてしまっていた。学歴も資格も、何の取り柄も無い私には、もう何も出来る事が無い。
そう思っていた矢先、京子がやって来た。
欲しいと思っていた女の子だった。しかも日本人形のように美しい女の子。
でも中身は見た目とは程遠かった。
がさつで大雑把で、庭の柿の木に上るわ、足で戸を開け閉めするわ、一升炊いたご飯が一日で無くなるわ。息子三人いた時よりも大変だった。
でも京子が来てから、毎日が楽しい。
一番大きいのが『方言で会話が出来る』ことだ。私の実家の秋田市と、京子の住んでいた角館とでは、微妙に異なるが、夫の居ない時には二人で方言で喋りまくる。これが思いの外ストレス解消になる。秋田に住んでいた期間より、東京に出てきてからのほうが長くなったのに。やっぱり私は秋田で生まれ育った人間なんだと思う。
他には食べ物だ。京子からアンテナショップというものがあると聞かされ、二人で買い物に行った。秋田でしか手に入らないと思っていた「しょっつる」や「いぶりがっこ」が、東京に居ながらにして手に入る。衝撃の大発見だった。
京子に礼を言うと、「また来ましょうね」と、京子も「曲げわっぱ」を手に入れて嬉しそうだった。
京子の先輩棋士の女性から、子供の面倒を見て欲しいと頼まれた事もあった。あの時は突然で、とにかく私が引き受けなければその子はどうなってしまうのだろうかという思いで引き受けてしまった。
でも引き受けて良かったと思った。その子の母親は泣いて喜んでいた。ただ子供を預かっただけなのに。今の世の中は子供を育てるだけ、ただそれだけが、どんなに大変なのかと考えさせられた。
そんな風に京子との毎日は刺激と衝撃の連続で、退屈していた私に生きる活力を与えてくれた。
が。
京子がウチに来てもうすぐ2年を向かえようという矢先。京子から天と地がひっくり返る、ビックリ提案をされた。
「小学生向けの学習塾と併設して、託児所も開くので、もし良ければ手隙の時だけでいいので、手伝ってもらえませんか?勿論お給料をお出ししますので」
たぶん、小さな瓢箪から大きな馬が出てきても、寝ていて耳に水をぶっかけられても、ここまで驚かないだろうと思うほど驚いた。
まだ自身が学校に通っているにも関わらず会社を起こして、しかも子供に勉強を教えるという。
当然のように、会社を立ち上げるのを、私も夫も反対した。
しかし京子は、「なら純子さん、やってくれますか?」と私に問うた。
答えられなかった。私は何の取り柄も特技も無い、無能な人間なんだ。
「大人がやってくれないから、子供がやるしか無いんじゃないですか」
キツいその言葉に、私も夫も何も言い返せなかった。
事業内容を聞いた。託児所、子供食堂、プログラミング塾。
夫は「色々やりすぎだ」と言った。しかし京子は「これ、どれも全部いらないものですか?」と一蹴した。
京子は今を生きる子供だからこそ、子供に何が必要なのか、大人から何をして欲しいのかをよく知っている。京子がやろうとしている事は、今だけでなく、将来、子供が大人になった時に必要になるものだと。
京子は学校に行きながら、囲碁棋士としての仕事もして、さらに会社まで起こした。
私も何かをしたいと思った。60歳を過ぎても出来ることなんてあるのか、考えた。調べた。保育士の資格を取るのに、年齢制限は無いと知った。しかも実務経験さえあれば、高卒でも資格が取れるらしい。
私は【圃畦塾】に併設された託児所で働きながら、保育士の資格を取る勉強を始めた。
週4日。昼の5時間程託児所で働く。やることはなんて事ない。オムツ替えとミルクを飲ませる。三人の息子を育ててきた私には慣れたもんだ。
ただ、やっぱり私が子育てしていた頃とはオムツの性能もミルクを作るのに必要な道具も進化していて、目から鱗だった。
しかも昔と今とでは、子育て方法も違う。「当時の常識」が「現代では非常識」で、私が新米ママさんに教えられる事は何もなかった。
が、出来る事はあった。三人の息子を育てたと話すと、男の子を持つ母親から相談を受けるようになった。特に若い母親は、同い年で子供を持つ友達がいなくて、話し相手がいないとこぼしていた。
私を「本当の母親(子供からみたら祖母)より頼りになる」と言ってもらった時は、涙が出るほど嬉しかった。
私にも出来る事はあるんだ、と。
そんな事もあると、勉強も捗る。
久しぶりにご近所の主婦仲間の杉山順子の元へ行き、圃畦塾の話をすると、なんでそんな面白い事を黙っていたのかと怒られた。
順子も保育士の資格を取ると言い出した。看護師の資格があっても、保育士の資格とは別物らしい。
京子に順子の事を相談した。順子も圃畦塾で働くこと。二つ返事で許可が降りた。
今は順子と二人で圃畦塾に通い、一緒に働き勉強する。充実した毎日を送っている。
掃除はロボット掃除機がやってくれるし、洗濯機は乾燥までやってくれるし、食器洗いも機械に放り込めば全自動でやってくれる。買い物もスマホさえあれば家まで届けて貰えるので、家から出る必要が無い。
この家で私が出来ることは、ご飯を作って、ロボット掃除機では掃除出来ない所の掃除をするぐらいだ。
秋田の旅館で働いていた時、岡本に見初められ、結婚して東京にやってきた。すぐ子供が出来て、専業主婦として三人の息子が一人立ちするまで、家のことだけをやっていた。
末の子がこの家を出ていった時に、再就職を考えた。しかし時代は私が働いていた頃とは大きく変わり過ぎていて、ついていけなかった。一生懸命子供を育てていたのに、いつの間にか『社会不適合者』なるレッテルを貼られてしまっていた。学歴も資格も、何の取り柄も無い私には、もう何も出来る事が無い。
そう思っていた矢先、京子がやって来た。
欲しいと思っていた女の子だった。しかも日本人形のように美しい女の子。
でも中身は見た目とは程遠かった。
がさつで大雑把で、庭の柿の木に上るわ、足で戸を開け閉めするわ、一升炊いたご飯が一日で無くなるわ。息子三人いた時よりも大変だった。
でも京子が来てから、毎日が楽しい。
一番大きいのが『方言で会話が出来る』ことだ。私の実家の秋田市と、京子の住んでいた角館とでは、微妙に異なるが、夫の居ない時には二人で方言で喋りまくる。これが思いの外ストレス解消になる。秋田に住んでいた期間より、東京に出てきてからのほうが長くなったのに。やっぱり私は秋田で生まれ育った人間なんだと思う。
他には食べ物だ。京子からアンテナショップというものがあると聞かされ、二人で買い物に行った。秋田でしか手に入らないと思っていた「しょっつる」や「いぶりがっこ」が、東京に居ながらにして手に入る。衝撃の大発見だった。
京子に礼を言うと、「また来ましょうね」と、京子も「曲げわっぱ」を手に入れて嬉しそうだった。
京子の先輩棋士の女性から、子供の面倒を見て欲しいと頼まれた事もあった。あの時は突然で、とにかく私が引き受けなければその子はどうなってしまうのだろうかという思いで引き受けてしまった。
でも引き受けて良かったと思った。その子の母親は泣いて喜んでいた。ただ子供を預かっただけなのに。今の世の中は子供を育てるだけ、ただそれだけが、どんなに大変なのかと考えさせられた。
そんな風に京子との毎日は刺激と衝撃の連続で、退屈していた私に生きる活力を与えてくれた。
が。
京子がウチに来てもうすぐ2年を向かえようという矢先。京子から天と地がひっくり返る、ビックリ提案をされた。
「小学生向けの学習塾と併設して、託児所も開くので、もし良ければ手隙の時だけでいいので、手伝ってもらえませんか?勿論お給料をお出ししますので」
たぶん、小さな瓢箪から大きな馬が出てきても、寝ていて耳に水をぶっかけられても、ここまで驚かないだろうと思うほど驚いた。
まだ自身が学校に通っているにも関わらず会社を起こして、しかも子供に勉強を教えるという。
当然のように、会社を立ち上げるのを、私も夫も反対した。
しかし京子は、「なら純子さん、やってくれますか?」と私に問うた。
答えられなかった。私は何の取り柄も特技も無い、無能な人間なんだ。
「大人がやってくれないから、子供がやるしか無いんじゃないですか」
キツいその言葉に、私も夫も何も言い返せなかった。
事業内容を聞いた。託児所、子供食堂、プログラミング塾。
夫は「色々やりすぎだ」と言った。しかし京子は「これ、どれも全部いらないものですか?」と一蹴した。
京子は今を生きる子供だからこそ、子供に何が必要なのか、大人から何をして欲しいのかをよく知っている。京子がやろうとしている事は、今だけでなく、将来、子供が大人になった時に必要になるものだと。
京子は学校に行きながら、囲碁棋士としての仕事もして、さらに会社まで起こした。
私も何かをしたいと思った。60歳を過ぎても出来ることなんてあるのか、考えた。調べた。保育士の資格を取るのに、年齢制限は無いと知った。しかも実務経験さえあれば、高卒でも資格が取れるらしい。
私は【圃畦塾】に併設された託児所で働きながら、保育士の資格を取る勉強を始めた。
週4日。昼の5時間程託児所で働く。やることはなんて事ない。オムツ替えとミルクを飲ませる。三人の息子を育ててきた私には慣れたもんだ。
ただ、やっぱり私が子育てしていた頃とはオムツの性能もミルクを作るのに必要な道具も進化していて、目から鱗だった。
しかも昔と今とでは、子育て方法も違う。「当時の常識」が「現代では非常識」で、私が新米ママさんに教えられる事は何もなかった。
が、出来る事はあった。三人の息子を育てたと話すと、男の子を持つ母親から相談を受けるようになった。特に若い母親は、同い年で子供を持つ友達がいなくて、話し相手がいないとこぼしていた。
私を「本当の母親(子供からみたら祖母)より頼りになる」と言ってもらった時は、涙が出るほど嬉しかった。
私にも出来る事はあるんだ、と。
そんな事もあると、勉強も捗る。
久しぶりにご近所の主婦仲間の杉山順子の元へ行き、圃畦塾の話をすると、なんでそんな面白い事を黙っていたのかと怒られた。
順子も保育士の資格を取ると言い出した。看護師の資格があっても、保育士の資格とは別物らしい。
京子に順子の事を相談した。順子も圃畦塾で働くこと。二つ返事で許可が降りた。
今は順子と二人で圃畦塾に通い、一緒に働き勉強する。充実した毎日を送っている。
0
あなたにおすすめの小説
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる