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手筋編
頑張っても結果を出せなかったら?
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洋峰学園女子バスケットボール部部室にて、緊急の会議が行われていた。集められたのは高校生だけ。中学生はすでにランニングに行った。
部長の篠原真帆が神妙な面持ちで部員18人を前に話し始める。
「LINEで連絡した通り、我が高等部女子バスケ部は夏の合宿所指名権獲得のピンチです」
真っ先に手を挙げたのは畠山京子だった。
「何故でしょう?中間テストで私は一位でしたが」
洋峰学園では修学旅行は無い。その代わり全部活で合宿が認められている。洋峰学園では蓼科・清里・湯沢に体育館を備えた保養所を所有しており、体育系の部に人気だ。部活動に力を入れている洋峰学園だが、学業も疎かにしてはならないと『定期テスト上位者が所属している部』から順に保養所使用期日の決定権を与えられるのだ。
中学の時、京子は3年間学年1位をキープしていたので、中等部女子バスケ部は他の部との兼ね合いなど気にせず好きな日程で保養所を使用出来た。
が、高校生になって初めての定期テストでも京子は1位だったにも関わらず、指名権獲得のピンチだという、京子からしたら訳わからん状態なのだ。
「ケイには本当に申し訳ないんだけど、折角ケイが1位になったのに、中間テストでそれを無効にしそうなのが二人、いるの」
「つまり、マイナスの方が大きい、と?」
部長が話し始めてからずっと俯いているのが二人いる。3年の木下聖羅と、今年スポーツ推薦で入学した五十嵐琉那だった。ルナの成績の良し悪しの察しはついていた。普段の何気ない会話ですら、成立しない時が度々あったからだ。つまり、京子の足を引っ張る者が二人もいるが為に保養所指名権獲得のピンチに陥っている。
「部長。まだ期末テストで挽回可能ですよね」
京子は手を挙げたまま立て続けに質問する。
「ええ。あと一週間しかないけど」
テスト一週間前ということで明日から部活動は禁止になる。
「わかりました。木下先輩は部長の方でなんとかして下さい。私は一週間でルナをなんとかします」
「でもケイは仕事で忙しいんじゃない?」
京子と同い年・大森詩音が言った。京子に元気が無いと一人で静かに大騒ぎし、石坂嘉正と連絡先を交わして早1ヶ月。あの直後、ケイは打って変わって元気になり、今はこうして先輩に発言出来るまでになっている。が、結局原因は何だったのか、分からずじまいだ。
「それなら大丈夫!今年は去年より忙しくないから!」
去年は三大女流棋戦全てで予戦から本戦まで相当数の対局をこなさなければならなかったが、今年は女流戦は挑戦手合だけでいい。しかももうすでに日程は決まっているので、スケジュールは組み立てやすい。
「それにね、私、まだ蓼科しか行ってないから、今年は清里に行ってみたいんだよね」
京子がニッと白い歯を見せる。琉那が身震いした。
●○●○●○
京子は「やる」と言い出したら行動が速い。その日の部活動を終えると、琉那の住んでいる学生寮の部屋に乗り込み(寮は寮生以外立ち入り禁止だが特待生特典を使って入った)中間テストの答案用紙を回収した。琉那の弱点を洗いざらいにするためだ。
そして土曜日、洋峰学園高等部女子バスケットボール部員一年生5人全員は岡本家にいた。
当初、琉那だけを家に呼んで勉強の面倒を見るつもりだったのだが、それを聞いた梨花が「ケイの家、行ってみたい!」と言い出し、私もと菜乃花も言い出し、詩音が「だったらみんなで勉強会しない?」と言い出したのだ。
今日と明日、集中勉強会を岡本家でやることになった。
岡本夫妻に挨拶を済ませて、4人は研究会部屋に入る。4人はしばらく本棚一杯の囲碁に関する書籍や碁盤を眺めていた。
「で、始める前にお昼ごはん何にするか決めない?」
何ピザにするか相談を始めようとした4人だが、京子が鰻と寿司のチラシを見せると、家捜ししていた梨花が急に大人しくなった。
「さて、じゃあ始めるよ」
みんな椅子に座る。梨花は一番高価な岡本の椅子。詩音は武士沢の。菜乃花は江田のに座ろうとしたが焼きもちを焼いた京子がスッと座って妨害、菜乃花は京子の椅子に座った。今回の最重要人物・琉那は三嶋の椅子で、京子の隣に座らされた。
「ルナはまずこれを解いてみて」
京子は琉那にプリントを渡した。
「もしかしてケイが作った問題?」
梨花がプリントを覗き込む。
「うん。リカもやる?」
梨花も中々の点数なのだ。下の方から数えて。
しばらく梨花はプリントを眺める。が突然、無言で鞄からノートや教科書を取り出した。
三年も付き合っているので、誤魔化せない。こういう時の梨花は後ろ暗いところがある、つまり、このプリントの問題を梨花も解けていない可能性がある。
そう察知した京子は、すぐさまプリントをコピーして梨花に渡した。
「ええ~!私もコレやらなきゃダメ?」
「今度は梨花が学年最下位になるかもよ」
事実、梨花は中学2年生の2学期に一度だけ最下位だったことがあるのだ。
渋々梨花もプリントをやる。なぜここまで渋るのかというと……。
「はい。ルナ。7×6?」
小学2年生で習う掛け算だからだ。でも実をいうと、梨花も掛け算を半分くらいは忘れている。自分一人で掛け算からやり直さなければならないのは恥ずかしいが、誰かと一緒ならなんとかなりそうだ、と梨花は前向きに考えることにした。
琉那はしばらく考えていたが、おもむろにこう言った。
「えーと、47?」
「素数だけど?」
詩音と菜乃花が同時にツッこむ。
「私わかる!43!」
梨花が元気に答えたが……。
「それも素数だよ」
と京子にツッこまれていた。
「素数って何?」
琉那が京子に聞いた。が、京子は無視して琉那に質問した。
「ルナ。もしかして8歳ぐらいの頃、日本に居なかった?外国で暮らしてた?」
すると琉那は驚いた表情でこう言った。
「そう!前に話したっけ?私8歳から10歳までパパの仕事の都合でマレーシアに住んでたの」
「「「えっ!?ルナ、帰国子女だったの?」」」
驚く詩音・梨花・菜乃花を無視して、京子は「おけ!原因が分かれば対策できる!」と言って椅子から立ち上がるとパソコンデスクに向かった。家捜ししたい梨花が食いついた。
「ケイ。何するのー?」
梨花はキャスター付きの椅子を座ったまま移動させ、京子の真後ろからパソコンを覗き込む。
「今から2人に覚えて貰うもの」
京子は暫くカタカタとキーボードを叩いていたが、プリンターが作動すると梨花達の方に向きを変えた。
「ルナ、リカ。今から言う勉強アプリをダウンロードして」
「えぇー!?勉強の!?」
梨花が渋る。
「大丈夫。遊びながら勉強出来るアプリだから」
2人にダウンロードして貰うアプリは勿論、京子が小学生の時に作成したアプリだ。でも京子は自分が作成したことは伏せて2人にダウンロードさせる。
アプリを起動する。可愛い犬のイラストが現れた。
「かわいー!」
「これなら勉強できると思う!」
利用者の生の声が聞けて、京子の顔が思わず綻ぶ。
プリンターの動きが止まった。プリントアウトした紙を2人に渡す。
「はい。これからルナには九九を覚えて貰います」
「九九?って何?」
京子が思った通り、琉那は九九を知らないようだ。京子が琉那のために質問に答える。すると「そう、それ!みんな呪文みたいなの唱えてて、ずっとなんだろうって思ってて!」と、琉那に近しい人間も九九の存在を教えなかったようだ。
日本独自の掛け算の覚え方なので、外国で生活していた琉那は知らなくて当然だ。外国と日本とでは当然ながら教育カリキュラムが違うのだから、習得していない分の教科については補習を行えばいいのに、この国ではほったらかしにしている。ここでも教育格差を作っているのに、この国はそれを改正するつもりも無いようだ。
ただ、琉那は日本に帰ってきて5年は経っているのだから九九というものがあるという事を知るきっかけは何回もあっただろうに自分で習得しようと思わなかったのか?、とも京子は思う。
でも、今はそんな事を議論している場合ではない。
「それで九九の覚え方だけど、まずこのプリントアウトした九九の一覧表を何度も声に出して読む。それからアプリでちゃんと覚えられたのかの確認をする」
琉那はうんうんと頷きながら京子の話を聞いている。性格は素直だ。
「それからリカは覚え直しね。といってもリカはどうやって九九の勉強をしたか覚えているだろうから、ルナに教えてあげて」
「へっ!?私が人に教えるの!?」
「うん。勉強を覚えるには、人に教えるのが一番の近道なんだよ。間違った事を教えちゃダメだし、ちゃんと理解してないと人には教えられないでしょ」
「はー、なるほど」
梨花は納得したように頷いた。
「はい。じゃあリカ、1の段から」
京子が梨花を促す。梨花が口を開けた。九九の1の段を唱え始める。それを見た琉那が続く。
その光景を詩音と菜乃花が黙って見守る。((高校生がここから始めるのか~))という表情で。
「さて、おまたせ。シオ、ナノ。どの教科からやる?」
「「えっ!?あ、うん。えーと……」」
突然話を振られて2人は慌てる。振り幅が大きくて2人は対応出来ずにポカンとしてしまった。
京子ぐらい頭が良ければ高校生にもなって九九を覚えていないなんて格好の笑い者にしそうだが、京子は笑うどころか、そんな二人を馬鹿にすることなく面倒みる。しかも真剣な表情だった。
(頭のいい人の考えている事は、わかんないなぁ)
詩音は思う。これだけ頭が良ければしょっちゅう人を馬鹿にしていそうだが、京子が人を小馬鹿にしたように笑っている所を見た事が無い。いつもジーッとその人を観察している。
(ケイには何が見えているんだろう?)
同じように、自分もその人を観察してみれば京子が何を見ているのか分かるようになるのだろうか?と考えたが、人の真似をしたところで同じモノが見えるのだろうか?とも思う。
(うん。今は勉強に集中しよう)
折角京子が勉強をみてくれるのだから。
「私、数学を教えて貰おうかな」
「私も!」
2人は中間テストでは中ぐらいの順位だった。漸く高校生らしい授業内容になった。
暫くすると、梨花と琉那の声が聞こえなくなった。九九を覚えるのに飽きたらしい。
こうなったら梃子でも動かないのが梨花だ。しかし3年も付き合っていれば、どうすれば梨花のやる気に再び火をつけられるかを京子は知っている。
「リカ。テスト終わったら何したい?」
梨花に餌を与えるのだ。
「テスト終わったらじゃなくて、今したい」
「何を?」
「ケイの部屋に行きたい!」
この研究会部屋に来てからずっと家捜ししていた梨花がそう言うだろうと京子は予測していた。なので用意していた対応策をぶつける。
「いいよ」
「やった!」
「ただし!期末テストで順位を50位以上あげられたらね」
「ごじゅう!?ムリー!」
京子と同じく3年の付き合いの詩音が心の中で(リカに50は無理だろー!)とツッコむ。
「無理じゃない。私が勉強教えるんだから」
(いや、それでも50は無理だろー!)と詩音がまた心の中でツッコむ。
どうやら京子は自分の部屋には誰も入れたくないようだ。
(ケイってそういう潔癖な所あるよなー)
「じゃあ、私も50位以上あげられたらケイの部屋行ってもいい?」
なぜか琉那も乗っかってきた。伸び代という点では梨花より琉那の方が可能性が高い。
京子はどうするのか。詩音はドキドキハラハラしながら見ていた。
「いいよ。ただし、ちゃんと50以上あげないと、49じゃ認めないからね」
「やった!がんばる!」
琉那が7の段を表を見ながら読み上げる。梨花の闘争心に火がついたらしく、梨花も負けじと大きな声で九九を唱え始めた。
(さすが洋峰学園バスケ部の参謀……)
京子のこの手腕は、囲碁棋士なら誰でも為せる技なのか?それとも京子の性質なのか?自分も囲碁を続ければ為せるのか?と詩音は真剣に考えていた。
●○●○●○
怒涛のテスト勉強会を終え、期末テストを終え、テストの結果が出た。
部員達は部室に集まり、部長が各部に送られてきたテスト結果を発表した。
梨花は順位を5位上げられた。梨花にしてはがんばった方だ。でも京子の部屋に行けなかったのが相当悔しかったらしく、京子に「また勉強会やろう!」と提案していた。
そして肝心の琉那と先輩だ。
琉那は全教科の点数自体は30点ほど上げられた。元々0に近く伸び代の大きかった数学で点数を稼いだのだが、たった一週間では他の教科までは伸ばせなかった。順位は変わらなかった。
そして先輩の方もだ。一週間程度では、どうにも出来なかったらしい。
結局、京子が洋峰学園バスケ部に入部して以来、ずっと確保してきた合宿所指名権を初めて手に入れそこなった。
あれほど清里に行くと息巻いていた京子がさぞガッカリしているかと思いきや、そうではなかった。
「まぁルナの中間テストの答案用紙を見た時点で、今年は諦めてたから……」
小声で遠い目をした京子が詩音に言った。こうなる覚悟の上で勉強会を開いたらしい。
(無駄だと分かっていても、一縷の望みにかけて勉強会を開いたんだ……)
まるで大差がついて負けると分かっていても時計がゼロになるまで試合を続けなければならないスポーツのようだ。
「あのー……、その、合宿の事なんですけど……」
琉那が申し訳なさそうに手を上げる。
「親に相談したら、寺泊にあるウチの別荘使ってもいいって。今年の合宿は新潟に来ませんか?」
「新潟に?」
「てらどまり?ってどこ?」
部員の半数以上が何処何処と言っている。
「いやいや、その前にちょっと!別荘ってルナってお嬢様!?」
琉那が帰国子女と知らなかった2~3年生が騒ぎだした。京子が簡単に説明すると、みんなの琉那を見る目が変わっていた。
「体育館も近くにあるし、20人ぐらいなら泊まれるから、ってパパが」
「「20人泊まれるって、どんだけおっきな別荘なのよ!?」」
京子を除いた部員全員がざわめき出す。
京子だけは独り心の中で「その手があったか!KーHOでリノベした物件の一つぐらいは使えたかも!?」と歯噛みしていた。
部長の篠原真帆が神妙な面持ちで部員18人を前に話し始める。
「LINEで連絡した通り、我が高等部女子バスケ部は夏の合宿所指名権獲得のピンチです」
真っ先に手を挙げたのは畠山京子だった。
「何故でしょう?中間テストで私は一位でしたが」
洋峰学園では修学旅行は無い。その代わり全部活で合宿が認められている。洋峰学園では蓼科・清里・湯沢に体育館を備えた保養所を所有しており、体育系の部に人気だ。部活動に力を入れている洋峰学園だが、学業も疎かにしてはならないと『定期テスト上位者が所属している部』から順に保養所使用期日の決定権を与えられるのだ。
中学の時、京子は3年間学年1位をキープしていたので、中等部女子バスケ部は他の部との兼ね合いなど気にせず好きな日程で保養所を使用出来た。
が、高校生になって初めての定期テストでも京子は1位だったにも関わらず、指名権獲得のピンチだという、京子からしたら訳わからん状態なのだ。
「ケイには本当に申し訳ないんだけど、折角ケイが1位になったのに、中間テストでそれを無効にしそうなのが二人、いるの」
「つまり、マイナスの方が大きい、と?」
部長が話し始めてからずっと俯いているのが二人いる。3年の木下聖羅と、今年スポーツ推薦で入学した五十嵐琉那だった。ルナの成績の良し悪しの察しはついていた。普段の何気ない会話ですら、成立しない時が度々あったからだ。つまり、京子の足を引っ張る者が二人もいるが為に保養所指名権獲得のピンチに陥っている。
「部長。まだ期末テストで挽回可能ですよね」
京子は手を挙げたまま立て続けに質問する。
「ええ。あと一週間しかないけど」
テスト一週間前ということで明日から部活動は禁止になる。
「わかりました。木下先輩は部長の方でなんとかして下さい。私は一週間でルナをなんとかします」
「でもケイは仕事で忙しいんじゃない?」
京子と同い年・大森詩音が言った。京子に元気が無いと一人で静かに大騒ぎし、石坂嘉正と連絡先を交わして早1ヶ月。あの直後、ケイは打って変わって元気になり、今はこうして先輩に発言出来るまでになっている。が、結局原因は何だったのか、分からずじまいだ。
「それなら大丈夫!今年は去年より忙しくないから!」
去年は三大女流棋戦全てで予戦から本戦まで相当数の対局をこなさなければならなかったが、今年は女流戦は挑戦手合だけでいい。しかももうすでに日程は決まっているので、スケジュールは組み立てやすい。
「それにね、私、まだ蓼科しか行ってないから、今年は清里に行ってみたいんだよね」
京子がニッと白い歯を見せる。琉那が身震いした。
●○●○●○
京子は「やる」と言い出したら行動が速い。その日の部活動を終えると、琉那の住んでいる学生寮の部屋に乗り込み(寮は寮生以外立ち入り禁止だが特待生特典を使って入った)中間テストの答案用紙を回収した。琉那の弱点を洗いざらいにするためだ。
そして土曜日、洋峰学園高等部女子バスケットボール部員一年生5人全員は岡本家にいた。
当初、琉那だけを家に呼んで勉強の面倒を見るつもりだったのだが、それを聞いた梨花が「ケイの家、行ってみたい!」と言い出し、私もと菜乃花も言い出し、詩音が「だったらみんなで勉強会しない?」と言い出したのだ。
今日と明日、集中勉強会を岡本家でやることになった。
岡本夫妻に挨拶を済ませて、4人は研究会部屋に入る。4人はしばらく本棚一杯の囲碁に関する書籍や碁盤を眺めていた。
「で、始める前にお昼ごはん何にするか決めない?」
何ピザにするか相談を始めようとした4人だが、京子が鰻と寿司のチラシを見せると、家捜ししていた梨花が急に大人しくなった。
「さて、じゃあ始めるよ」
みんな椅子に座る。梨花は一番高価な岡本の椅子。詩音は武士沢の。菜乃花は江田のに座ろうとしたが焼きもちを焼いた京子がスッと座って妨害、菜乃花は京子の椅子に座った。今回の最重要人物・琉那は三嶋の椅子で、京子の隣に座らされた。
「ルナはまずこれを解いてみて」
京子は琉那にプリントを渡した。
「もしかしてケイが作った問題?」
梨花がプリントを覗き込む。
「うん。リカもやる?」
梨花も中々の点数なのだ。下の方から数えて。
しばらく梨花はプリントを眺める。が突然、無言で鞄からノートや教科書を取り出した。
三年も付き合っているので、誤魔化せない。こういう時の梨花は後ろ暗いところがある、つまり、このプリントの問題を梨花も解けていない可能性がある。
そう察知した京子は、すぐさまプリントをコピーして梨花に渡した。
「ええ~!私もコレやらなきゃダメ?」
「今度は梨花が学年最下位になるかもよ」
事実、梨花は中学2年生の2学期に一度だけ最下位だったことがあるのだ。
渋々梨花もプリントをやる。なぜここまで渋るのかというと……。
「はい。ルナ。7×6?」
小学2年生で習う掛け算だからだ。でも実をいうと、梨花も掛け算を半分くらいは忘れている。自分一人で掛け算からやり直さなければならないのは恥ずかしいが、誰かと一緒ならなんとかなりそうだ、と梨花は前向きに考えることにした。
琉那はしばらく考えていたが、おもむろにこう言った。
「えーと、47?」
「素数だけど?」
詩音と菜乃花が同時にツッこむ。
「私わかる!43!」
梨花が元気に答えたが……。
「それも素数だよ」
と京子にツッこまれていた。
「素数って何?」
琉那が京子に聞いた。が、京子は無視して琉那に質問した。
「ルナ。もしかして8歳ぐらいの頃、日本に居なかった?外国で暮らしてた?」
すると琉那は驚いた表情でこう言った。
「そう!前に話したっけ?私8歳から10歳までパパの仕事の都合でマレーシアに住んでたの」
「「「えっ!?ルナ、帰国子女だったの?」」」
驚く詩音・梨花・菜乃花を無視して、京子は「おけ!原因が分かれば対策できる!」と言って椅子から立ち上がるとパソコンデスクに向かった。家捜ししたい梨花が食いついた。
「ケイ。何するのー?」
梨花はキャスター付きの椅子を座ったまま移動させ、京子の真後ろからパソコンを覗き込む。
「今から2人に覚えて貰うもの」
京子は暫くカタカタとキーボードを叩いていたが、プリンターが作動すると梨花達の方に向きを変えた。
「ルナ、リカ。今から言う勉強アプリをダウンロードして」
「えぇー!?勉強の!?」
梨花が渋る。
「大丈夫。遊びながら勉強出来るアプリだから」
2人にダウンロードして貰うアプリは勿論、京子が小学生の時に作成したアプリだ。でも京子は自分が作成したことは伏せて2人にダウンロードさせる。
アプリを起動する。可愛い犬のイラストが現れた。
「かわいー!」
「これなら勉強できると思う!」
利用者の生の声が聞けて、京子の顔が思わず綻ぶ。
プリンターの動きが止まった。プリントアウトした紙を2人に渡す。
「はい。これからルナには九九を覚えて貰います」
「九九?って何?」
京子が思った通り、琉那は九九を知らないようだ。京子が琉那のために質問に答える。すると「そう、それ!みんな呪文みたいなの唱えてて、ずっとなんだろうって思ってて!」と、琉那に近しい人間も九九の存在を教えなかったようだ。
日本独自の掛け算の覚え方なので、外国で生活していた琉那は知らなくて当然だ。外国と日本とでは当然ながら教育カリキュラムが違うのだから、習得していない分の教科については補習を行えばいいのに、この国ではほったらかしにしている。ここでも教育格差を作っているのに、この国はそれを改正するつもりも無いようだ。
ただ、琉那は日本に帰ってきて5年は経っているのだから九九というものがあるという事を知るきっかけは何回もあっただろうに自分で習得しようと思わなかったのか?、とも京子は思う。
でも、今はそんな事を議論している場合ではない。
「それで九九の覚え方だけど、まずこのプリントアウトした九九の一覧表を何度も声に出して読む。それからアプリでちゃんと覚えられたのかの確認をする」
琉那はうんうんと頷きながら京子の話を聞いている。性格は素直だ。
「それからリカは覚え直しね。といってもリカはどうやって九九の勉強をしたか覚えているだろうから、ルナに教えてあげて」
「へっ!?私が人に教えるの!?」
「うん。勉強を覚えるには、人に教えるのが一番の近道なんだよ。間違った事を教えちゃダメだし、ちゃんと理解してないと人には教えられないでしょ」
「はー、なるほど」
梨花は納得したように頷いた。
「はい。じゃあリカ、1の段から」
京子が梨花を促す。梨花が口を開けた。九九の1の段を唱え始める。それを見た琉那が続く。
その光景を詩音と菜乃花が黙って見守る。((高校生がここから始めるのか~))という表情で。
「さて、おまたせ。シオ、ナノ。どの教科からやる?」
「「えっ!?あ、うん。えーと……」」
突然話を振られて2人は慌てる。振り幅が大きくて2人は対応出来ずにポカンとしてしまった。
京子ぐらい頭が良ければ高校生にもなって九九を覚えていないなんて格好の笑い者にしそうだが、京子は笑うどころか、そんな二人を馬鹿にすることなく面倒みる。しかも真剣な表情だった。
(頭のいい人の考えている事は、わかんないなぁ)
詩音は思う。これだけ頭が良ければしょっちゅう人を馬鹿にしていそうだが、京子が人を小馬鹿にしたように笑っている所を見た事が無い。いつもジーッとその人を観察している。
(ケイには何が見えているんだろう?)
同じように、自分もその人を観察してみれば京子が何を見ているのか分かるようになるのだろうか?と考えたが、人の真似をしたところで同じモノが見えるのだろうか?とも思う。
(うん。今は勉強に集中しよう)
折角京子が勉強をみてくれるのだから。
「私、数学を教えて貰おうかな」
「私も!」
2人は中間テストでは中ぐらいの順位だった。漸く高校生らしい授業内容になった。
暫くすると、梨花と琉那の声が聞こえなくなった。九九を覚えるのに飽きたらしい。
こうなったら梃子でも動かないのが梨花だ。しかし3年も付き合っていれば、どうすれば梨花のやる気に再び火をつけられるかを京子は知っている。
「リカ。テスト終わったら何したい?」
梨花に餌を与えるのだ。
「テスト終わったらじゃなくて、今したい」
「何を?」
「ケイの部屋に行きたい!」
この研究会部屋に来てからずっと家捜ししていた梨花がそう言うだろうと京子は予測していた。なので用意していた対応策をぶつける。
「いいよ」
「やった!」
「ただし!期末テストで順位を50位以上あげられたらね」
「ごじゅう!?ムリー!」
京子と同じく3年の付き合いの詩音が心の中で(リカに50は無理だろー!)とツッコむ。
「無理じゃない。私が勉強教えるんだから」
(いや、それでも50は無理だろー!)と詩音がまた心の中でツッコむ。
どうやら京子は自分の部屋には誰も入れたくないようだ。
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京子はどうするのか。詩音はドキドキハラハラしながら見ていた。
「いいよ。ただし、ちゃんと50以上あげないと、49じゃ認めないからね」
「やった!がんばる!」
琉那が7の段を表を見ながら読み上げる。梨花の闘争心に火がついたらしく、梨花も負けじと大きな声で九九を唱え始めた。
(さすが洋峰学園バスケ部の参謀……)
京子のこの手腕は、囲碁棋士なら誰でも為せる技なのか?それとも京子の性質なのか?自分も囲碁を続ければ為せるのか?と詩音は真剣に考えていた。
●○●○●○
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梨花は順位を5位上げられた。梨花にしてはがんばった方だ。でも京子の部屋に行けなかったのが相当悔しかったらしく、京子に「また勉強会やろう!」と提案していた。
そして肝心の琉那と先輩だ。
琉那は全教科の点数自体は30点ほど上げられた。元々0に近く伸び代の大きかった数学で点数を稼いだのだが、たった一週間では他の教科までは伸ばせなかった。順位は変わらなかった。
そして先輩の方もだ。一週間程度では、どうにも出来なかったらしい。
結局、京子が洋峰学園バスケ部に入部して以来、ずっと確保してきた合宿所指名権を初めて手に入れそこなった。
あれほど清里に行くと息巻いていた京子がさぞガッカリしているかと思いきや、そうではなかった。
「まぁルナの中間テストの答案用紙を見た時点で、今年は諦めてたから……」
小声で遠い目をした京子が詩音に言った。こうなる覚悟の上で勉強会を開いたらしい。
(無駄だと分かっていても、一縷の望みにかけて勉強会を開いたんだ……)
まるで大差がついて負けると分かっていても時計がゼロになるまで試合を続けなければならないスポーツのようだ。
「あのー……、その、合宿の事なんですけど……」
琉那が申し訳なさそうに手を上げる。
「親に相談したら、寺泊にあるウチの別荘使ってもいいって。今年の合宿は新潟に来ませんか?」
「新潟に?」
「てらどまり?ってどこ?」
部員の半数以上が何処何処と言っている。
「いやいや、その前にちょっと!別荘ってルナってお嬢様!?」
琉那が帰国子女と知らなかった2~3年生が騒ぎだした。京子が簡単に説明すると、みんなの琉那を見る目が変わっていた。
「体育館も近くにあるし、20人ぐらいなら泊まれるから、ってパパが」
「「20人泊まれるって、どんだけおっきな別荘なのよ!?」」
京子を除いた部員全員がざわめき出す。
京子だけは独り心の中で「その手があったか!KーHOでリノベした物件の一つぐらいは使えたかも!?」と歯噛みしていた。
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