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手筋編
足跡を残すには?
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青玉戦
唯一アマチュアが参加可能な七大棋戦。
予戦は同段位同士のトーナメント戦(アマチュアは指定する大会の優勝者のみエントリー可能、志願者のみでトーナメント)。勝ち残った一名のみが本戦進出。
本戦はパラマストーナメント方式。まずアマチュア対院生による一回戦。二回戦は一回戦勝者と初段予戦突破者、三回戦は二回戦勝者と二段予戦突破者……とステップラダー。
挑戦手合いは五番勝負。持ち時間は予戦から挑戦手合いまで同じ三時間、使いきり秒読み六十秒。
高段棋士からしたら予戦突破の方が大変なこの棋戦だが、本戦は対局数が少なく高段者有利。ただし挑戦者決定戦にあたる十一回戦(十回戦勝利者対九段予戦突破者)は一番勝負なので、勝ち上がれば低段者にも一発逆転の可能性を孕んでいる。事実棋戦優勝者となる実力者の殆んどがこの青玉戦を皮切りに他棋戦も手中に納めている。が、そんな実力者が次から次へと現れるはずもなく、三段以下の低段棋士の殆んどは五段以上の格上相手に勝ち上がれない。
どの棋戦も挑戦者となるのは大変だが、規定のせいで低段者も高段者も挑戦者となるのが最も困難なのはこの青玉戦だと棋士は言う。
そんな棋戦を20年前、あわやという所まで本戦を勝ち進んできたアマチュアがいた。当時大学生だった畠山亮司。のちに畠山京子の父となる男である。
●○●○●○
畠山京子は対局を終えると、急いで棋院3階の小会議室に向かった。立て替えてもう3年以上経つのにまだ新築の建物特有の匂いが残る会議室のドアを開けると、あきた轟新聞の佐藤渉が椅子から立ち上がった。
「畠山さん、お疲れさまです!青玉戦三段位予戦トーナメント初戦勝利、おめでとうございます!」
「ありがとうございます、佐藤さん!」
いつものようにお互い元気よく挨拶する。最近ではエレベーターホールにまで響き渡るこの大声で、その日の畠山京子の対局結果がどうだったかが分かると棋士や職員の間で定説となっている。
今日の京子の対局は、青玉戦三段位予戦トーナメントの二回戦。京子は三大女流棋戦保持者のため第1シードなのでこれが初戦。今日の対戦相手は三段になってから中々勝ち星が増えない30代後半の男性棋士。京子は難なく123手中押しで勝利した。
「畠山さん。早速ですけどお話を窺わせて頂いても宜しいでしょうか」
新卒でいきなり京子の番記者になった佐藤だが、4年が経った今でも京子への態度は変わらず丁寧で取材対象への敬意は失われていない。
「はい!勿論!何から喋りましょうか?対局内容?今日のおにぎりの具?」
京子はカメラを構える佐藤に向かって笑顔を見せる。
「お!ご自分でネタ振りですか?今日はいつもと違う具にチャレンジしてみたとか?」
「そうなんですよ!バスケのインターハイで三重県に行った時、美味しい漬け物が……」
佐藤は一見囲碁とは関係なさそうな他愛ない会話から取材を始める。リラックスしてもらうためでもあるが、こうした他愛ない会話からその人の性格を読み取り、取材対象から信用と信頼を勝ち取る。そうして信用を得て他紙と取材内容で差をつける。佐藤が思うに……いや、佐藤でなくても、畠山京子は将来世間から注目される棋士になるのが容易に想像がつく、いわばドル箱だ。他紙に目をつけられる前に『秋田』という有利を生かして良い関係を築いておきたい。
それにあきた轟新聞は『京子を他紙から守る』という役目もある。有名になればこの容姿も相俟ってスポーツ紙から格好の標的になるだろう。他人を悪く言う人間は、良い行いをしても悪く言う。たとえ根も葉もない噂でも、悪口ほど広範囲に拡散炎上するものはない。
人口減少に歯止めがかからない秋田の現状を、まだ中学生の頃から対策を練り、高校生になってそれを実行に移し、秋田を救おうとしているこの女の子を、あきた轟新聞は今のうちから可能な限りの保護をしようとしているのだ。
佐藤はうんうんと頷きながら京子の話に耳を傾ける。自分も興味のある内容であれば、自分が持っている知識や情報を伝えながら。
佐藤が思うに、畠山京子という人物はとりわけ『物』より『情報』を欲しがる。秋田ふるさと村に新しい子供向けアトラクションが出来たと話した時は、食い入るように話を聞いていた。新店舗とか新企画とか新制度とか、とにかく現在の秋田の情報を欲する。
佐藤はそれに気づいてからは、秋田本社からまだ紙面に載らない、もしくは紙面が埋まってしまって載せられなかった記事を伝えるようにした。予想通り京子は喜んだ。
築き上げてきた関係は着実に実を結び始めている。あきた轟新聞は畠山京子が『株式会社KーHO』を設立したという情報をいち早く入手し報道した。秋田では「あの天才少女が会社を立ち上げた」と大騒ぎになった。
東京に住みながら秋田の重鎮を翻弄する女子高生。東京ではまだ囲碁棋士としての知名度しかないが、将来は日本を席巻する人物になると、あきた轟新聞の社員は誰しもが思っている。
物価高騰で新聞の販売数も減っている。より県民に興味を持ってもらうための紙面作りに、畠山京子はもう欠かせない存在となっている。
取材はようやく今日の対局内容へと移った。去年、京子が真珠戦を制覇した直後、新聞読者から「畠山京子のコーナーを作って欲しい」という要望があった。はっきり言って秋田の囲碁人口は多いとは言えない。はたしてコーナーを作って採算が取れるのか半信半疑だったが、社長の「じゃあ半年やってみるか」という鶴の一声で枠を設ける事になった。京子本人の了解を経て『畠山京子の対局記録』という名でコーナーを作ったところ、良い意味で予想を裏切り反響を呼び、たった一年であきた轟新聞に無くてはならないコーナーとなったのだ。
アマチュア初段の棋力を持つ佐藤は、京子の打った手をかなり深読みして質問する。ここまで聞いてくれる記者は棋院所属の記者以外にいないので、京子は嬉しくてついつい喋り過ぎてしまう。
「……で、ここに打たれたので私はこっちに……」
碁盤に今日の対局で打った碁を並べながら京子自ら解説していく。このかなりマニア向けの解説内容はデジタル版でかなりのアクセス数がある。佐藤は棋士が京子の手を研究しているのではないかと考えている。
事実、去年暮れに京子はパタリと勝ち星が増えなくなった。棋戦を勝ち上がり高段棋士との対局が増えたせいもあるのだろうが、おそらくこの『畠山京子の対局記録』を棋士達は熟読しているのではないかと思っている。そう考えれば辻褄が合うからだ。しかし当の京子本人は、「それで勝てなくなればそれまでの棋士ということでしょ?これを越えれば私はもっと強くなれる」と、意に介さない。
佐藤は、京子は本物のプロなのだと思った。これぐらいの年齢の子であれば、勝てなくなれば腐って何もかも投げ槍になってもおかしくは無いのに、畠山京子という囲碁棋士は勝てない自分を受け入れて精進する。時々人生を達観するような発言をするこの子は本当にまだ10代なのか?と思わせるほどに。
取材を締めようと、佐藤は最後の質問をする。
「青玉戦は初段、二段と本戦出場しましたが、三段になった今年も、まず目標は本戦出場でしょうか?」
「ええもちろん!本戦出ますよ!今年も!」
京子と同じ段位にライバルと呼べる者はいない。だが本戦でひとつ勝ち上がるとあの立花富岳がいた。しかし今年富岳は金剛石戦本戦リーグ入りを果たし七段に昇段。七段以上は棋戦挑戦手合いにも顔を出す猛者の集まりだ。今期富岳は青玉戦予戦を突破するのは至難の技。本戦で京子と富岳の対局が実現するかは富岳次第だ。
こんな方式の棋戦なので、この青玉戦本戦トーナメントは『七段戦以上が本当の本戦』などと言われている。
「ただ、本戦に出られてもなかなか七段の壁を越えられなくて……。それで今年の夏休みは時間があったので、ちょっと出稽古に行ってきたんです」
佐藤が目を丸くして驚く。囲碁棋士は決まった仲間と研究会を行い出稽古は珍しいと聞いていたからだ。
「そうでしたか。取材したかったですね」
「そうですか?たいした話題にならないかもと思って佐藤さんにお教えしなかったんですけど」
「そんなことないですよ。畠山さんのコーナーはとても人気で、プライベートな内容の記事が載ると反響がすごいんですよ。おにぎりの具とか『はしっこせいかつ』の映画を観に行ったとか」
「え?そんなことでも話題になるんですか?私って」
「もちろんですよ。秋田の有名人ですから」
佐藤がこう答えると、京子はちょっと考え事をするように俯いた。ややあって京子は口を開いた。
「あの……。『あきた轟新聞』さんに相談事があるんですけど」
佐藤の名でなく会社名で呼んだ。会社に相談、という事だろうか。
「はい。どのようなご相談でしょう」
「『あきた轟新聞』さんで畠山京子の半生記を出版しませんか?」
突然の申し出に、佐藤は思わず椅子から立ち上がった。
畠山京子の半生記の作成は前々から社内で出ていた。もし出版するとなれば京子の番記者である佐藤が担当することになる。編集長から「もし世間話でそんな話題になったら、それとなく聞いてみてくれ」と打診されてもいた。
しかし佐藤は京子の半生記の出版には乗り気はしなかった。もし出版するとなれば、プライベートな部分まで触れる事になる。京子はまだ未成年、しかも女の子。年頃の女の子のプライベートにおっさんが何処まで踏み込んでいいものか。下手すればセクハラだのモラハラだの、司法のお世話になってしまう可能性がある。
だが本人から話を持ち込んできたとなれば別だ。もちろん本人から話を持ち込んだからプライベートにずかずかと踏み込んでいいとはならないだろうが、おそらく「訊けば話してくれる」くらいには口が軽くなるだろう。
それに、あきた轟新聞には京子の小学生の頃からの写真が大量にある。素材には事欠かない。
佐藤は慎重に言葉を選びながら京子に質問する。
「い……いいんですか?実は、以前から畠山さんの半生記出版の話は出ていまして……」
「あ。そうなんですか?相思相愛じゃないですか!じゃあ何の問題も無いですね」
返って来た言葉が軽すぎる。
「いえいえいえ。ちょっと待って下さい」
京子があまりにもトントン拍子に物事を進めようとするので、佐藤がブレーキをかける。
おそらく分かっていない。半生記を出版するとなれば、何処まで自分のプライベートを世間に晒すことになるのか、が。
佐藤は説明する。もし出版するとなれば、出生から生い立ち、現在の状況、東京での生活、そしておそらく自室まで写真撮影を求められる事になるかも、と。
「あ。いいですよ。それくらいはしないと、半生記にはならないでしょ」
さらに軽い。ちゃんと理解した上でここまで取材に応じてくれるとは。
「あ。でも取材と出版時期に条件をつけてもいいですか?」
「それは勿論です。畠山さんの人権を侵害しないよう配慮しますので」
京子が取材に関する条件と、出版時期に関する提案を述べる。
佐藤は京子が出した条件を、一字一句違えないようにメモしていった。
唯一アマチュアが参加可能な七大棋戦。
予戦は同段位同士のトーナメント戦(アマチュアは指定する大会の優勝者のみエントリー可能、志願者のみでトーナメント)。勝ち残った一名のみが本戦進出。
本戦はパラマストーナメント方式。まずアマチュア対院生による一回戦。二回戦は一回戦勝者と初段予戦突破者、三回戦は二回戦勝者と二段予戦突破者……とステップラダー。
挑戦手合いは五番勝負。持ち時間は予戦から挑戦手合いまで同じ三時間、使いきり秒読み六十秒。
高段棋士からしたら予戦突破の方が大変なこの棋戦だが、本戦は対局数が少なく高段者有利。ただし挑戦者決定戦にあたる十一回戦(十回戦勝利者対九段予戦突破者)は一番勝負なので、勝ち上がれば低段者にも一発逆転の可能性を孕んでいる。事実棋戦優勝者となる実力者の殆んどがこの青玉戦を皮切りに他棋戦も手中に納めている。が、そんな実力者が次から次へと現れるはずもなく、三段以下の低段棋士の殆んどは五段以上の格上相手に勝ち上がれない。
どの棋戦も挑戦者となるのは大変だが、規定のせいで低段者も高段者も挑戦者となるのが最も困難なのはこの青玉戦だと棋士は言う。
そんな棋戦を20年前、あわやという所まで本戦を勝ち進んできたアマチュアがいた。当時大学生だった畠山亮司。のちに畠山京子の父となる男である。
●○●○●○
畠山京子は対局を終えると、急いで棋院3階の小会議室に向かった。立て替えてもう3年以上経つのにまだ新築の建物特有の匂いが残る会議室のドアを開けると、あきた轟新聞の佐藤渉が椅子から立ち上がった。
「畠山さん、お疲れさまです!青玉戦三段位予戦トーナメント初戦勝利、おめでとうございます!」
「ありがとうございます、佐藤さん!」
いつものようにお互い元気よく挨拶する。最近ではエレベーターホールにまで響き渡るこの大声で、その日の畠山京子の対局結果がどうだったかが分かると棋士や職員の間で定説となっている。
今日の京子の対局は、青玉戦三段位予戦トーナメントの二回戦。京子は三大女流棋戦保持者のため第1シードなのでこれが初戦。今日の対戦相手は三段になってから中々勝ち星が増えない30代後半の男性棋士。京子は難なく123手中押しで勝利した。
「畠山さん。早速ですけどお話を窺わせて頂いても宜しいでしょうか」
新卒でいきなり京子の番記者になった佐藤だが、4年が経った今でも京子への態度は変わらず丁寧で取材対象への敬意は失われていない。
「はい!勿論!何から喋りましょうか?対局内容?今日のおにぎりの具?」
京子はカメラを構える佐藤に向かって笑顔を見せる。
「お!ご自分でネタ振りですか?今日はいつもと違う具にチャレンジしてみたとか?」
「そうなんですよ!バスケのインターハイで三重県に行った時、美味しい漬け物が……」
佐藤は一見囲碁とは関係なさそうな他愛ない会話から取材を始める。リラックスしてもらうためでもあるが、こうした他愛ない会話からその人の性格を読み取り、取材対象から信用と信頼を勝ち取る。そうして信用を得て他紙と取材内容で差をつける。佐藤が思うに……いや、佐藤でなくても、畠山京子は将来世間から注目される棋士になるのが容易に想像がつく、いわばドル箱だ。他紙に目をつけられる前に『秋田』という有利を生かして良い関係を築いておきたい。
それにあきた轟新聞は『京子を他紙から守る』という役目もある。有名になればこの容姿も相俟ってスポーツ紙から格好の標的になるだろう。他人を悪く言う人間は、良い行いをしても悪く言う。たとえ根も葉もない噂でも、悪口ほど広範囲に拡散炎上するものはない。
人口減少に歯止めがかからない秋田の現状を、まだ中学生の頃から対策を練り、高校生になってそれを実行に移し、秋田を救おうとしているこの女の子を、あきた轟新聞は今のうちから可能な限りの保護をしようとしているのだ。
佐藤はうんうんと頷きながら京子の話に耳を傾ける。自分も興味のある内容であれば、自分が持っている知識や情報を伝えながら。
佐藤が思うに、畠山京子という人物はとりわけ『物』より『情報』を欲しがる。秋田ふるさと村に新しい子供向けアトラクションが出来たと話した時は、食い入るように話を聞いていた。新店舗とか新企画とか新制度とか、とにかく現在の秋田の情報を欲する。
佐藤はそれに気づいてからは、秋田本社からまだ紙面に載らない、もしくは紙面が埋まってしまって載せられなかった記事を伝えるようにした。予想通り京子は喜んだ。
築き上げてきた関係は着実に実を結び始めている。あきた轟新聞は畠山京子が『株式会社KーHO』を設立したという情報をいち早く入手し報道した。秋田では「あの天才少女が会社を立ち上げた」と大騒ぎになった。
東京に住みながら秋田の重鎮を翻弄する女子高生。東京ではまだ囲碁棋士としての知名度しかないが、将来は日本を席巻する人物になると、あきた轟新聞の社員は誰しもが思っている。
物価高騰で新聞の販売数も減っている。より県民に興味を持ってもらうための紙面作りに、畠山京子はもう欠かせない存在となっている。
取材はようやく今日の対局内容へと移った。去年、京子が真珠戦を制覇した直後、新聞読者から「畠山京子のコーナーを作って欲しい」という要望があった。はっきり言って秋田の囲碁人口は多いとは言えない。はたしてコーナーを作って採算が取れるのか半信半疑だったが、社長の「じゃあ半年やってみるか」という鶴の一声で枠を設ける事になった。京子本人の了解を経て『畠山京子の対局記録』という名でコーナーを作ったところ、良い意味で予想を裏切り反響を呼び、たった一年であきた轟新聞に無くてはならないコーナーとなったのだ。
アマチュア初段の棋力を持つ佐藤は、京子の打った手をかなり深読みして質問する。ここまで聞いてくれる記者は棋院所属の記者以外にいないので、京子は嬉しくてついつい喋り過ぎてしまう。
「……で、ここに打たれたので私はこっちに……」
碁盤に今日の対局で打った碁を並べながら京子自ら解説していく。このかなりマニア向けの解説内容はデジタル版でかなりのアクセス数がある。佐藤は棋士が京子の手を研究しているのではないかと考えている。
事実、去年暮れに京子はパタリと勝ち星が増えなくなった。棋戦を勝ち上がり高段棋士との対局が増えたせいもあるのだろうが、おそらくこの『畠山京子の対局記録』を棋士達は熟読しているのではないかと思っている。そう考えれば辻褄が合うからだ。しかし当の京子本人は、「それで勝てなくなればそれまでの棋士ということでしょ?これを越えれば私はもっと強くなれる」と、意に介さない。
佐藤は、京子は本物のプロなのだと思った。これぐらいの年齢の子であれば、勝てなくなれば腐って何もかも投げ槍になってもおかしくは無いのに、畠山京子という囲碁棋士は勝てない自分を受け入れて精進する。時々人生を達観するような発言をするこの子は本当にまだ10代なのか?と思わせるほどに。
取材を締めようと、佐藤は最後の質問をする。
「青玉戦は初段、二段と本戦出場しましたが、三段になった今年も、まず目標は本戦出場でしょうか?」
「ええもちろん!本戦出ますよ!今年も!」
京子と同じ段位にライバルと呼べる者はいない。だが本戦でひとつ勝ち上がるとあの立花富岳がいた。しかし今年富岳は金剛石戦本戦リーグ入りを果たし七段に昇段。七段以上は棋戦挑戦手合いにも顔を出す猛者の集まりだ。今期富岳は青玉戦予戦を突破するのは至難の技。本戦で京子と富岳の対局が実現するかは富岳次第だ。
こんな方式の棋戦なので、この青玉戦本戦トーナメントは『七段戦以上が本当の本戦』などと言われている。
「ただ、本戦に出られてもなかなか七段の壁を越えられなくて……。それで今年の夏休みは時間があったので、ちょっと出稽古に行ってきたんです」
佐藤が目を丸くして驚く。囲碁棋士は決まった仲間と研究会を行い出稽古は珍しいと聞いていたからだ。
「そうでしたか。取材したかったですね」
「そうですか?たいした話題にならないかもと思って佐藤さんにお教えしなかったんですけど」
「そんなことないですよ。畠山さんのコーナーはとても人気で、プライベートな内容の記事が載ると反響がすごいんですよ。おにぎりの具とか『はしっこせいかつ』の映画を観に行ったとか」
「え?そんなことでも話題になるんですか?私って」
「もちろんですよ。秋田の有名人ですから」
佐藤がこう答えると、京子はちょっと考え事をするように俯いた。ややあって京子は口を開いた。
「あの……。『あきた轟新聞』さんに相談事があるんですけど」
佐藤の名でなく会社名で呼んだ。会社に相談、という事だろうか。
「はい。どのようなご相談でしょう」
「『あきた轟新聞』さんで畠山京子の半生記を出版しませんか?」
突然の申し出に、佐藤は思わず椅子から立ち上がった。
畠山京子の半生記の作成は前々から社内で出ていた。もし出版するとなれば京子の番記者である佐藤が担当することになる。編集長から「もし世間話でそんな話題になったら、それとなく聞いてみてくれ」と打診されてもいた。
しかし佐藤は京子の半生記の出版には乗り気はしなかった。もし出版するとなれば、プライベートな部分まで触れる事になる。京子はまだ未成年、しかも女の子。年頃の女の子のプライベートにおっさんが何処まで踏み込んでいいものか。下手すればセクハラだのモラハラだの、司法のお世話になってしまう可能性がある。
だが本人から話を持ち込んできたとなれば別だ。もちろん本人から話を持ち込んだからプライベートにずかずかと踏み込んでいいとはならないだろうが、おそらく「訊けば話してくれる」くらいには口が軽くなるだろう。
それに、あきた轟新聞には京子の小学生の頃からの写真が大量にある。素材には事欠かない。
佐藤は慎重に言葉を選びながら京子に質問する。
「い……いいんですか?実は、以前から畠山さんの半生記出版の話は出ていまして……」
「あ。そうなんですか?相思相愛じゃないですか!じゃあ何の問題も無いですね」
返って来た言葉が軽すぎる。
「いえいえいえ。ちょっと待って下さい」
京子があまりにもトントン拍子に物事を進めようとするので、佐藤がブレーキをかける。
おそらく分かっていない。半生記を出版するとなれば、何処まで自分のプライベートを世間に晒すことになるのか、が。
佐藤は説明する。もし出版するとなれば、出生から生い立ち、現在の状況、東京での生活、そしておそらく自室まで写真撮影を求められる事になるかも、と。
「あ。いいですよ。それくらいはしないと、半生記にはならないでしょ」
さらに軽い。ちゃんと理解した上でここまで取材に応じてくれるとは。
「あ。でも取材と出版時期に条件をつけてもいいですか?」
「それは勿論です。畠山さんの人権を侵害しないよう配慮しますので」
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